TOP SECRET







 それは、秘密。

 暗黙の了解。



















 ・・・・・・俺達が、ずっと一緒にいる為に必要なこと。




























ひとくぎり



























「おー。久々に出るんやなー、コイツ」 













 土曜の朝。



 寝ぼけ眼をこすりながら寝間着のままリビングに現れた服部平次。

 朝刊の見出しに書かれている『怪盗キッド・一ヶ月ぶりに現る! 予告状の日は本日夜九時!!』の文字に目を止めた。











 怪盗キッド。

 宝石を中心に狙う、神出鬼没の大泥棒。



 白いマントに白いスーツ。

 そして白いシルクハットを着用しているそのあまりにも特異なスタイルは、すぐに捕まりそうでありながら、『変装の名人で声色を自由に変えられる』という才能を持ち合わせている為、彼の素顔は謎に包まれている。



 そして逃走の際の手際は見事なもので、マジック紛いのトリックに、いまだ警察も手を焼いている状態だ。

















「何が? ・・・・ああ、キッドの事か」











 さも興味なさ気に答えるのは、黒羽快斗。

 ご存じ、怪盗キッド本人である。











「でもそいつ、盗った宝石返してんだってな」

「・・・みたいやな」















 そう。



 この怪盗の解らないところは、それだった。





  ・・・・せっかく盗った目的であろう『宝石』

 それを、何故か持ち主に黙って返しているケースが多いのだ。













 盗みはするが、売るわけでもなく。

 ましてや殺人をする訳でもない。



 宝石専門に狙うと聞いているのに、珍しく貴重なそればかりを狙うわけでもなく。















 ・・・・とにかく一体何が目的なのか?



 それは、キッド本人にしか解らない。



















 平次は、ちらと快斗を見た。























「―――――――・・・何?」











 東京の大学に進学し、入学式当日に図書館で出逢った黒羽快斗。





 この通り、頭はオレンジ色で服装も派手。

 『図書館』という静閑な場所に似合わないその雰囲気は、すぐに目を引いた。 



 しかし後で聞いた話で実は、快斗がこの大学開校以来の『入学試験最高得点』入学者だと言うこと。









 その快斗と、何故か今平次は一緒に住んでいた。



















「・・・いんや。珈琲くれや」

「悪いな、オレ飲んでんの紅茶。自分で入れて」

「なら、それでええわ」















 ・・・・その相変わらずの態度に、平次は笑いを我慢できなくなってくる。













「なに笑ってんだ・・・」

「ホンマ性格変わるやっちゃな~。昨夜からは想像も付かんわ」

「早く慣れろっつーのに」











 からかっても冷静に返すのはさすがだ。 

 ポーカーフェイスが、もう身に染みているらしい。

















 ・・・・ポーカーフェイス。







 マジックを生業にしている快斗にとって、一番大事な言葉。

 今は亡き、父親が良く言っていた言葉。 

























「ほらよ」









 そうして、なんだかんだと言っても入れてくれる快斗。

 『おおきに』と、平次は目の前のふわふわした髪の毛を掴み、引き寄せた。



 そして、こめかみに軽く唇をあてる。

















「・・・・・」

「何や、不満か?」

















 睨む快斗に、平次は口の端を上げて微笑う。















「・・・ホントお前って、いい性格」

「ん?」

「ちゃんと口にしろ」

















 その言葉を待っていたかの様に、平次は目の前の顎に手を掛けた。

 キツイ眼差しが、逸らすことなく自分を映す。




 ・・・・快斗は、まだ目を閉じない。





























 ――――――・・・この目だ。











 この射るような視線に、平次は初めて逢ったときから惹かれていた。



























 初めて逢った時。

 ・・・・それは、まだお互い高校生だった頃。





 『怪盗キッド』を追いかけて、大阪湾に辿り着いた先に倒れていた一人の少年。

 それが、快斗。























 2年後に図書館で逢えたのは、運命と言うべきなのだろうか?





















 微笑うと、平次はゆっくり目を閉じる。

 そして誘うように薄く開く唇を、己のそれで塞いだ。




























ひとくぎり



























「・・・・カイ。もう離せっちゅうねん」

「いーじゃねぇか・・・・気持ちいい――――――――――・・・・」

















 なだれ込んで、リビングのソファでワンラウンド終えた二人。

 朝食も食べず一戦交え、平次は腹が減っていた。



 だがしかし、快斗が解放してくれない。















 窓から差し込む光と、気持ちのいい風。

 瞳を閉じたまま、その手は平次の首に巻き付いて離れない。







 しかも離れないのは・・・・・・・手、だけではなく。



























「お前はええかも知れんけどなあ・・・俺にはこの体勢、辛いんやけど」

「我慢しろよ・・・って、コラ抜くな!」



















 ソファは、狭い。



 仰向けの快斗はまだ良いが、平次は支える足の置き場がない。

 構わず、自身をずいと引き抜いた。













「ええ加減にせえ・・・・何や、今日は」 

「言っただろ。俺今日、実家帰る日」



















 一瞬、平次の動きが止まる。





















「・・・・ああ、そやったな」



















 平次は、夕べの快斗の言葉を思い出した。



















「ま、いーや・・・・汗かいたから風呂入ってくる」













 快斗は身体を起こし、脇に落とした下着を拾う。

 そのままソファを降りると、バスルームへと直行した。




























ひとくぎり






















「・・・・・」


















 ―――――――・・・・ホンマにあれが『怪盗キッド』やなんて、信じられんわ。

































 一緒に住んでいる快斗が、実家に帰ると言い出す時。

 それが、キッドの現れる時。



























「・・・・怪我だけは、気い付けてもらわんと」















 初対面のあの姿を、平次はいつも思い出す。



 大阪湾沿いで倒れていた快斗。

 右目のこめかみに血が滲み、身体中至る所に傷を作っていた、快斗。















 ・・・・・・あの時はまだ、快斗がキッドだなんて知らなかったけれど。




















 それは、秘密。

 二人だけの暗黙の了解。






 『怪盗』と『探偵』という顔を持つ二人が、一緒にいる為に必要なもの。































 決して快斗は、平次に自分の正体を言ってはいない。

 平次も快斗に問いただしてはいない。





















 ・・・・・・知らない振りを、続けなければいけない。





 『怪盗』をしてまで掴みたい何かが、快斗にはあると平次は知ったから。

































 触れ合ってから見せるようになった、翳りの表情。

 時折感じる、不安定な雰囲気。








 ・・・・・戦の前に、執拗に求められる身体の繋がり。




















 そんな時の快斗は、さっきの様になかなか解放を許してくれない。































 それに、本当の所は全然解らない。

 快斗は、自分に惚れて一緒にいるのだろうか?



























 ・・・・・・・・出逢ってから、お互い一度も『好き』とは言っていないのだ。



































平次は自嘲気味に笑うと、冷蔵庫から牛乳を取りだし一気に飲んだ。




































ひとくぎり































「・・・・(へー)
のヤツ――――――――――・・・なんで何も聞かねえんだよ」





















 頭からシャワーを全開に浴び、目を閉じる。









 目眩がする。

 なんだか、胸の辺りがムカムカする。










 ・・・・・気持ち、悪い。

























 『黒羽快斗』は『怪盗キッド』。

 そんなこと、とっくに平次は気が付いている筈なのだ。










 ・・・・・・キッドの出現する晩に、快斗はいつもどこかへ出かけているのだから。





























 お湯を止め、湯船に浸かる。

 快斗には膝を抱えて座り込んだ。











 ・・・・・瞳を閉じると今でも鮮明に思い出す。





























 ―――――――――・・・・・あの、夏の夜の出逢いを。




































ひとくぎり



























「・・・・何や。お前、怪我しとんのか」 

「!?」













 あれは、高校二年生の夏の夜。



 狙いは、ロマノフ王朝最後の秘宝『インペリアル・イースター・エッグ』。

 キッドに扮した黒羽快斗が、奪取に成功してハンググライダーで逃走中の事だった。



 大阪湾に差し掛かろうとした時、何者かが快斗を狙撃したのだ。











 銃弾は運良く強化硝子を施したモノクルに命中し跳ね返ったが、その衝撃で空中でのバランスを崩した。

 あわや海の中、という所でなんとか身体を翻し水没は免れたが、コンクリートに叩き突けられてしまったのだ。





 さすがに、暫く動けなかった。

 キッドの証拠となるマントやシルクハットを隠し込み、肩で大きく息を付いたその時。

















 







 ・・・・・・・闇の中から、現れた影があったのだ。































「どないした、立てるか」

「お、お前・・・・」











 それは服部平次だった。



 関西では有名な、高校生探偵。

 快斗の出した予告状の為に、今まさに自分を捕らえる為に、追跡してきた大阪の少年。













「うわ、血い出とるやんけ」

「俺に構うな。平気だ」

「・・・・・明らかに平気ちゃうやろ。東京モンが、こんなトコで何しとったんや」













 人懐っこい顔をしながら、口調だけ表情が変わる。

 どうやら標準語を喋る人間が、こんな夜の大阪湾で何故血を流して倒れてるのかを不振に思ったようだ。





















――――――――・・・・まずいな。よりによって服部平次(コイツ)に見つかるとは。



































 快斗は、痛む身体をゆっくり起こす。



 長居は無用。

 早いとこ、この場を去った方が懸命だ。





















 ―――――――――――・・・・・・俺には、まだやることがある。



























「・・・・ワケありか」 















 平次は、息を付いてシャツを脱いだ。

 出血の見える快斗の身体を、隠すように投げ掛ける。





















「え・・・?」

「そのまんま歩いとったら警察に通報されるで。それは返さんでええし」

「・・・・親切なんだな、西の探偵さんは」












 目を細めて、快斗は平次を見上げる。







 これが、服部平次。

 関西を中心に活動する、高校生探偵。



 ・・・背は、幾分か快斗より高いだろうか。たいして変わりはない様にも見える。

 それに、色素の濃い肌は自分と対照的だ。







 その人懐っこい顔が、口の端だけ上げて微笑った。















「地元モンやないお前にまで知られとるなんて、光栄やな」

「君こそ足引きずってるぜ・・・大丈夫か?」

「大したことない」













 見れば、脇にバイクが一台止められていた。

 傷だらけの。









 ・・・・転倒したのか。

























「礼を言うよ。じゃあ」











 快斗はそう言うとシャツを羽織り立ち上がる。

 痛みを堪えて、やがてその後ろ姿は海岸を背に消えた。








 ・・・・空には、月が大きく存在を主張している。

































「ホンマ、何しとったんやろ」

















 見えた肌に、隈なく傷。

 頬にも、見え隠れする額にも、痛々しく。





 けれども、平次のその時の快斗に関する興味はそこで途切れた。



























 ・・・・あくまでも、追いかけるべき相手は『怪盗キッド』。





 平次は再びバイクに跨ると、夜の闇へと走り出した。




































ひとくぎり



























 そうして大学に進学し、図書館で平次に逢ったときは、さすがに驚いた。

 顔が知られている平次を、快斗が覚えているのは不思議じゃない。



 だがあの時たった一度。

 しかもほんの一瞬、夜の闇での快斗を平次が覚えていたのには・・・・・・
 さすがに驚きを隠せなかった。























 ――――――――――・・・・だから、誘った。



























 好きになったからじゃない。
 秘密を、つくる為だ。


 そういう関係になってしまえば―――――――――・・・いざという時、役に立つはず。











 人気のなくなった図書館の、一番奥。

 服部平次(あいつ)は、眉一つ動かさずに俺の誘いに乗った。


























「・・・・なのに俺が本気になっちまうなんて」















 自嘲気味に笑う。

 思いっきり顔に、お湯をぶっかける。






 俺から、離れられない様にさせるつもりだった。

 夢中にさせる自信が、確かにあった。





 けど・・・・

































 捕まってしまったのは―――――――――・・・・・俺の方だった。





































 自分は今まで、これでも経験は充分してきたと思っていた。

 女は当然として、男相手だって数えきれぬ程。



 抱くのも、抱かれるのも。

 快斗にはそれなりに相手を満足させられる、自信を持っていたのだ。



















 だが。



 ・・・・・・このとき快斗は、自分を見失う程の快感を知ってしまった。 





























 もう知らない頃には戻れない。

 知らない振りも、出来ない。














 だから――――――――――・・・・・離れることなんて、できない。
























「・・・・・・俺は」













 怪盗キッドは、その名の通り『怪盗』

 『怪盗』は、『泥棒』。それは犯罪者だ。



 そして、平次は『探偵』

 『探偵』は・・・・・







 本来なら、同じ空間にいるべき二人ではないのだ。

 それでも快斗は今、キッドを止める訳にはいかない。















 それは、絶対に出来ない。































「親父・・・・・・・」













 快斗はそのまま湯船に寄りかかり、目を閉じる。

 やがて、昨日の睡眠不足を補うかのように眠りに落ちていった。




































ひとくぎり

































「くおらカイ! こんなトコで寝とるんやない!」

「・・・んー・・・」













 頭上から声がして、快斗は目を開ける。

 するとそこには平次の顔。















「風邪引くで。まったく」

「あれ・・・・・寝ちまったのか」

「出て来んと思うとったら案の定、寝こけおって・・・・・・早よ出え」













 言うなりバタンと大きな音を残し、平次は出ていく。

 目を擦り、快斗はボーっとその残像を追った。



 そうして大きく息を吸う。







 シャワーを全開にして、今度は冷水を出す。

 顔にかけ、ぱんと頬を叩いた。



















 ・・・・・目を覚ませ、快斗。



 お前にはまだ――――――――――・・・・・やるべき事があるはずだ。





































 思いきり伸びをする。

 そして明るい日差しを背に、バスルームから出た。








































ひとくぎり



































「ほれ」

「・・・・悪い、サンキュ」













 差し出された水を一気に飲む。

 大きく息を付いて、快斗はソファに沈んだ。















「アホかお前は? 心配させんな」

「ふーん、心配してくれたんだ」

「当たり前やろ」















 さも当然といった風に平次は返す。

 そして、風呂上がりで上気している目の前の身体をじっと見た。











 ・・・・俯せになった身体には、腰のタオルしか巻かれていない。































「・・・・何時ごろ帰るんや」

「昼過ぎ」



















 平次は観念したように息を付く。

 そうして顎で自室のベッドを示し、微笑(わら)った。




































ひとくぎり

































 お互いが、お互い気づかない振り。

























 出逢いは、必然。

 偶然なんて有り得ない。































 ・・・・・身体が触れ合っているこの瞬間だけが、確かな真実。




































 だから、求めるなら与えよう。

 必要としてくれる限り、いくらでも。

























 ・・・・・・それは秘密。



 暗黙の了解。





































 大丈夫。



 人は誰しもが、七つの大罪を持って生まれてくる。























 ・・・・・罪を犯したことのない人間なんて、この世に存在しない。





































 いつか、お前は言ってくれるだろうか?

 その心の中の想いを。























 腕の中だけで見せる・・・・・・あの表情と、ともに。





























Fin