誰かを想う時







 朝から実は変だった。

 お昼頃から頭痛が出始め、14時を廻る頃には冷房の効いてる部屋にいても暑くてしょうがなかった。











 ・・・・風邪をひいた、と思った。

































「マジかよ・・・・・」























 快斗はうな垂れる。

 額に手を当て、確かに熱いそれを改めて感じた。



 時計を見る。

 現在17時を過ぎた所だ。



























 ―――――・・・予告時刻まで、あと4時間。











































 そう。



 本日、黒羽快斗扮する世紀の大怪盗は、都内で仕事の予定が入っていたのであった。
































ひとくぎり



























「これがその宝石ですか」

「ええ。『ウィンディ・フォレスト』という英国のものです」

「知ってますよ。僕も同じ物を持っていますから」

















 白馬探。



 警視総監を父親にもち、現在イギリス留学中で、夏の間日本に帰ってきている快斗と同じ年の青年。



 硝子ケースに入っている、名の通り透き通った碧の結晶。

 それを見つめながら探は、胸元から小さなペンダントを出した。













 同じ碧。

 同じ煌き。



 ただ違うのは大きさだけの、これも正真正銘の『ウィンディ・フォレスト』。





 











「それは?」

「英国にいた頃、祖母から頂いたものでして」

「・・・貴方がお持ちだったとは」

「ご冗談を。知っていたからこそ僕だけを呼んだのでしょう?」



















 老人は微笑った。

 そして、大きな窓から覗く月に視線を向けた。











 怪盗キッドが予告状を出してきたのは昨日の事だった。

 都内の高級住宅街に住む、ひとりの老人の元にこれは届けられた。



 でも、老人は警察に連絡をしなかった。

 探にだけ電話をしてきたのだ。











 最初、どうして自分に直接電話してきたのか疑問だった。

 大抵は警察から連絡が入るからだ。



 でも、キッドからの予告状なら確かめねばならない―――――・・・

 そう思って、悪戯かとも思ったけど一応来てみた.













 そうしたら大きな家のこの部屋に通され、老人が待っていたのだ。



























「厳重な警戒態勢がしかれてると思ってたのに。驚きましたよ」

「彼はこれを奪いに来るのではありませんから」

「え?」



















 探は目を見開いた。

 盗みに来ないで、キッドは一体何をしにくるというのだ?

















「しかし予告状が来たと・・・・」

「これですか」















 老人は一枚のカードを探に渡した。

 それは、確かにキッドのマークが描かれていた。































 次に天を望む大きな場所から

 月が中心に描かれる頃


 永い刻を経て

 家族は再び巡り会う







 怪盗キッド































「確かに『頂く』とは書いてませんね・・・・」

「ええ」

「・・・昨日来たんですよね。するとこれが言『次』と言うのは」

「今日です。このバルコニーに続く、大きな扉から見える月が真正面にくる――――――――――・・・・・夜の9時」

「では家族とは?」

「――――・・・・私も半信半疑ですがね、彼が来れば解りますよ」



















 また、老人は微笑った。

 ・・・・どことなく気品のある、少し外国の血が混じった感のある雰囲気。



 この大きな家もそうだが、探は英国を思い出さずにはいられなかった。





















「・・・そうですね」





















 何故か、穏やかな気持ちだった。

 この雰囲気に少しやられたのかもしれない。



 


 探は腕時計を見る。

 針は、もうすぐ予告時間を示そうとしていた。
































ひとくぎり

































「・・・・・間に・・・あった・・・」























 白いマントを翻し、白い影が大きな樹に降り立った。

 でも、何故か動きが重い。


















 

「畜生―――――・・・・目が、霞んできちまった」























 瞼も重い。

 口からは、熱い息が漏れるのが解る。















 ・・・発熱の症状だ。























 朝から変だった。

 お昼頃から、ヤバイと感じ始め・・・・・



 でも予告した以上、取り消す事は出来ない仕事だった。





























「っとっと・・・と。うっわ~。足にキてんぜ・・・・・・こりゃ早めにずらかろ」





























 音もなく地上に降り立った身体がふらつく。

 それから何とか気力で、目指すバルコニーへと飛んだ。















 時間は、21時ジャスト。

 キッドはモノクルと帽子を整えると、大きな扉の硝子にその姿を映した。











 ・・・その時、視界に入ったものに息を飲んでしまう。





































 ――――――――――――・・・は・・・・白馬!?





























 キッドは驚いた。

 その硝子の向こうに、見知ったひとりの青年を見たからだ。





 ブルーのスーツに身を包むそれは、白馬探と言って『キッド』の正体である黒羽快斗の級友だった男。





























 ――――――な、何であいつがここに・・・・



































 今日は盗みじゃない。

 だからこそ、この家の主も警察に連絡をしなかったのだろうし。



 警備員も警察も囲んではいない状況から、それくらいは想像出来る。













 ・・・けど。























 やがて、向こうの2人も気付く。

 キッドは静かに扉を開けた。



























「これはこれは。貴方までいらしたとは」

「意外ですか?」

「今日私が伺う約束をしたのはこのご老人だけのはずですが」

「彼が、私をここに招待して下さったんです」

「―――・・・え?」

















 キッドは老人を見た。

 にっこりと微笑うと、問題の宝石に視線を投げる。



 『ウィンディ・フォレスト』。

 地中海を思わせる、透き通る碧の輝き。





 立っているだけがやっとのキッドは、いろいろ疑問は残るがとりあえず用事を済ませることにした。























「・・・・これを」

「お前さんは、どこからこれを・・・・?」

「英国にいた時にある人から預かりました。今、日本にいるはずの貴方に届けて欲しいと」

「彼女は・・・・幸せだったかね?」

「ええ、とても」

「―――・・・そうか。ありがとう」

















 そうして老人はキッドからひとつの包みを受け取った。

 開けてみると、宝石箱で・・・・



 中身は、そこにある筈の『ウィンディ・フォレスト』だった。





















「こ、これは」

「同じに見えるかい? でも、良く比べてみると・・・・・ほら」

「あ――――・・・ひとまわり小さい・・・?」

「そう。これは『対』でね・・・・そうしてこれが」

「・・・・まさか『家族』と言うのは・・・?」

「『ウィンディ・フォレスト』はもともと4つの石からなる名称なんだよ。とは言っても・・・・世間には3つの姿しか見せた事がなかったがね」

















 キッドも探も、その複数の輝く石にしばし見惚れていた。

 センスのいいテーブルに敷かれたレースの波に、碧が反射している様はまるで海のようで・・・



 思い出した様にキッドが口を開いた。





















「4つと仰いましたが・・・」

「ああ、もうひとつは彼が」

「―――・・・え」

「そうか・・・これはすると、兄弟の弟か妹か・・・はたまた子供か孫ですか?」

「そんな所だね」



















 探が首元のネックレスを出す。

 プラチナの鎖の先に繋がれているのは、そこにある3つよりも遥かに小さな碧の粒。





 キッドは、それで全てを悟った。

























 また、老人は微笑う。

 予言通り『家族』が、時を経て巡り合えたのだ・・・・



















「成る程。私が3人家族だと思っていたのは、4人家族だった訳ですね」

「今度彼女に逢う事があったら・・・・宜しく伝えておいてくれるかね?」

「・・・解りました。それでは、私はこれで失礼します」























 風が、マントを揺らしてキッドの身体を包んだ。











 ・・・次の瞬間、既に気配も姿も消えていた。


































ひとくぎり































 昔むかし。

 とあるひとりの少年が、少女に恋をした。



 少女も少年を好きになるが、少女には既に決められた相手がいた。

















 別れの時。

 少女は、あるひとつの石を少年に渡した。



 それはとても綺麗な碧の石だった。































 ・・・・少年は、遠く離れた島国に移り住んでから今までずっと、この石を大切に大切にしていた。



 2度とは逢えないだろう、彼女を想いながら・・・・



























「大丈夫かい、黒羽君」

「――――・・・・も、ダメ・・・・」

「ならきちんと布団を被りなさい。まったく、直ぐ腕を出すなんて子供か君は」

「うるせえ・・・熱いっつーんだよ・・・・」





















 白馬邸。

 その探の自室。



 そしてその探のベッドに、主ではないひとりの男が沈んでいた。

 黒羽快斗である。



















「夜の10時にいきなり現れて倒れるなんて非常識というか何を考えているんだ? 家に帰って家族に看病してもらえばいいろう」

「・・・オフクロは那須に旅行中で、誰もいねーよ」

「おや。それはお気の毒・・・というか僕がお気の毒」

「悪かったってば・・・・うー喉いってえ・・・」

















 顔をしかめ、快斗は咳き込む。

 

 さっき薬は飲ませたし着替えもさせたし・・・と、頭の中で色々計算した探は、じゃあ大人しくあとは睡眠だなと微笑った。



















「お前・・・どこ寝んだよ」

「隣に別室がある」

「・・・・あ、そ」

「気にしてくれるなんて思わなかったな」



















 バーカと呟くのを最後に快斗は瞼を閉じる。

 直ぐに聴こえてくる吐息に、探は電気を消し別室へと移動した。



 






























ひとくぎり





























『ねえおばあちゃん、それ綺麗だね』

『なんだい? 探はこれが気にいったのかい?』

『うん!』

『じゃあ探にはこれをあげよう。いつか、探に好きな人が出来た時に、上手くいくようにっておまじないだよ』

『すきなひと・・・?』

『おばあちゃんもねえ、好きな人にこの石をあげたんだよ』





















 あれはまだ小さかった頃。

 僕が、英国の祖母の家で過ごしていた頃。





 まだ恋なんて知らない時に渡された小さな碧の石のペンダント・・・・

















 ・・・確か、あの時は鎖が長すぎて結局しまいこんじゃって・・・・・この前、部屋を整理してたら宝箱から出てきたんだっけ・・・・

























 『キッド』はいつ祖母に会ったのだろうか?

 遥か遠い地に住む彼女に、何を託されて来たのだろうか?





















 若くして嫁ぎ、母親を生み・・・・・



 そうしてこの自分に受け継がれた『ウィンディ・フォレスト』は、このペンダントを残して全てさっきの老人の下に揃って。



 小さいからという理由だけでこれだけがペンダントの装飾がなされている他は、皆形のままの宝石の姿だった。



















「おはよう。気分はどうだ」

「かなり楽・・・・にはなった」

「それは良かった。起き上がれるか? 何か胃に入れないと、薬が飲めない」

















 いいニオイがしている。

 快斗は身体を起こし、ベッドを降りテーブルへ向かった。



 途中よろめいたが、何とか椅子に座り朝食を取り始める。



















 ・・・何かが、光に反射していた。





























「白馬、何ソレ?」

「え」

「ちらちら反射して眩しいんだけど」

「すまない。でも綺麗だろう」

「・・・・似合ってんじゃん。誕生日のプレゼントかなんかか」

「は?」





















 素っ頓狂な声を探はあげる。

 それに驚いたのは快斗だった。



 つい、手のパンを落としそうになる。















「は? って・・・・・お前昨日、誕生日だったんだろ?」

「ああ! 忘れてた」

「忘れてた? 普通自分の誕生日忘れるか?」

「何せ昨日はキッドの事で頭がいっぱいだったので」

「・・・・へー」























 今の言葉。

 快斗は悪い気がしない自分に驚いた。



 それどころか、ちょっとばかり嬉しくさえなって来ている・・・・
















 何だこれは・・・・?



























 朝日がまぶしい。

 差し込む光が、心まで明るく照らすようだ。







 そして・・・・・























「ごちそーさ・・・・あれ?」

「黒羽君!?」

「あらら~・・・・まだダメみたい・・・・」

「薬! 薬飲んでからベッドに倒れるように!」

「それは難しい相談~・・・・」





















 撃沈した快斗。

 やっぱり、昨日の今日ではまだまだ復活には遠いようで・・・





 食事の間に取り替えられていたシーツ。

 そして枕と寝間着。











 ものの数分後には、また気持ち良さそうに吐息が聴こえ始めた。
































ひとくぎり

































 碧の石『ウィンディ・フォレスト』

 それは昔から伝わる、想いの森の破片・・・・・























 老人は知っていた。

 探が、彼女の子孫だと知っていた。









 そしてキッドも彼女を知っていた・・・・・







































 謎は、多く。



 未だ解明されない想いの森。































 胸に光る碧の粒。



 



































 ――――――・・・・・・きっと、もう石は誰の元に行くのかを知っている。










































Fin