The morning of the birthday








 朝。

 久しぶりの快晴に、黒羽快斗は伸びをして起きた。





















「さすが俺様の誕生日だね」















 やたらと広い部屋。

 そして、やたらと大きなベッド。



 これまた大きな窓から、さんさんと熱い日ざしが降り注いでいる。









 ・・・・壁の時計を見ると8時だった。























「おや。随分早起きだな」

「白馬・・・・」

「あんなに酔っ払ってたのに、君は二日酔いとは無縁のようだ」



















 その時、扉が開いて現れたのは白馬探。

 

 そう。

 ここは、白馬の家の探の部屋なのである。

















「悪かった。いきなり押しかけて」

「全く。ここはホテルじゃない」

「知ってるさ。そこらのホテルより全然豪華だ」

「・・・黒羽君」

「んな怖い顔すんなって。それ朝飯?」

















 それ。

 目線で示したのは探が運んできたトレイだ。



 焼きたてのパンに、ミルクティー。

 誘われる様に快斗は近付くと、受け取り脇のテーブルに座った。

















「・・・何」

「え?」

「何か聞きたいんだろ」

「聞いたら答えてくれるのか」

「質問による」

「・・・・だろうね」

















 言いながら、正面に探は腰を下ろす。

 そうしてまだ暖かいポットから紅茶をカップに移した。









 ひとくち。

 ・・・また、ひとくち。

 喉を通し湯気の向こうの快斗を見る。

























 でも何故だろう。

 彼は、さっきから自分と目を合わせてくれない。























「あのさ」

「ん?」

「お前。今日の試合どっち応援する?」

「・・・・ああ、ワールドカップか。それは勿論イングランドだが」

「やっぱ新一と同じか」





















 ワールドカップ。

 今日は準々決勝で、ブラジルとイングランドが対決するのだ。



 事実上の決勝戦と言われる好カード。

 快斗の友人であり探の友人でもある工藤新一の名が出て、少し空気が揺れた。











 やっぱりでも、視線は重ならない。



























 ・・・・聞きたくても聞けない。



 それは、実は快斗の方だ。

























「君はどっちだ?」

「勝って欲しいのはイングランド。でも勝つのは多分ブラジル」

「おや。言い切ったね」

「組織力で押しても、最後に勝つのは個人技」





















 冷静に。

 表情はいつも通りに。



 でも、意識は違う方に向いて。























 探は相変わらず笑みを浮かべている。





 ・・・・・朝から容赦なく照りつける日差しの中で、嫌なくらいに涼やかに。

































 ―――――――――・・・・ムカツク。



































 とうとう横目で見てしまい、快斗は苛立った。































「ごちそーさん」

「もう良いのか」

「ああ。帰る」

「帰る?」

「・・・・泊めてくれてサンキュ。じゃあな」

「黒羽君!」



























 着替えようとベッド脇の椅子に掛けてあった衣服に手を掛けた快斗。

 その左の手を、探が掴んだ。







 ・・・・振り向いた目がな表情に相手を映している。

























 今日初めて交わされた視線。

 快斗は振りほどこうとせず、ただ言葉を出した。























「何だよ」

「僕は今日1日空けてある。それが、何の為か忘れたとは言わせない」

「誰が空けろって頼んだよ。誰が、お前と過ごすって言ったよ?」

「・・・・何がそんなに気に入らないんだ」



























 更に探が腕を引き寄せる。



 至近距離。

 朝日の中に揺れる前髪。















 ・・・・そこから覗く瞳が、瞬間威力を増した。























「全てだ」

「え?」

「今日のお前は、最初っから何もかも気にいらねえ」

「それが一晩宿を借りた人間に対する言葉なのか?」

「ここは『お前の』家じゃねえだろ。お前の『両親』の家だ」

「・・・・・本当にどうしたんだ。嫌な夢でも見たか」

「うるせえ!」



















 とうとう手を振り解き、背を向ける。

 寝巻きとして着ていたTシャツを脱ぎ捨て、ブルーのシャツを掴んだ。



 しかしその時。























「!?」

「・・・・僕は君ほど頭が良くない。何に怒ってるのか、言ってくれなければ解らない」




























 探は快斗の足を払い、ベッドに倒した。




































ひとくぎり





































 日差しは更に強く。

 金色に反射する髪が眩しくて、探は目を細める。








 ・・・・そのまま約1分。

























 先に視線を逸らしたのは快斗だった。





























「昨日・・・・」

「え?」

「新一、泊めただろ」



























 押さえつけられる素肌に感じる体温。

 降り注ぐ日差しよりも熱いそれに、快斗の身体は不覚にも震えた。



 それでも言葉だけはしっかりと紡ぐ。























「ああ――――・・・・泊めたと言うか、徹夜で警視庁だったから・・・・朝やっと解放されて、僕の家で夕方まで眠ったかな」

「同じ事だろうが」

















 きょとんとする探。

 出てきた友人の名に少し驚きながら淡々と説明すると、それがまた快斗の気に障ったらしく探の胸倉を掴み再び睨み返して来た。



















「ちょっと待ってくれ。何が同じなんだ」

「お前はどこで寝た」

「・・・・自分のベッドに決まってるだろう」

「って事は、新一とこのベッドで眠ったって事だろ?」

「は?」

「信じらんねえ―――――――・・・・・よくそんな事出来るな」
























 そうして快斗は、枕の下から何かを取り出した。









 腕時計。

 ・・・・・工藤新一の、腕時計だった。



















 驚いたのは探だ。






















「どうして工藤君の時計がそんな所に」

「こっちが聞いてんだ!」

「僕は隣の客用ベッドに彼を案内したんだ。一緒のベッドでなんか、寝ていない」

「じゃあどーゆー事なんだよ!?」



















 夕べ遅く、快斗は泥酔状態で白馬邸に来た。

 大学の友達付き合いを断りきれずに飲んでいたら、思ったより酔いが廻り一人で帰れない状態になってしまった。




 友人はこれから次ぎはカラオケだ! と言ったがそれは快斗は断る。

 ひらひらと手を振り彼等を見送り、少し外の風に当って酔いを覚まそうとしたが雨が降ってきてしまった。








 そして思い出したのが、ここから近い白馬の家。

 何とか正気を保っている意識で電話をかけ、迎えに来てもらったのだ。

















『大丈夫かい、黒羽君』

『ん~ だいじょーぶ~』

『こんなに泥酔するまで飲むなんて――――――――・・・・良いか? 吐くならきちんとトイレまで行ってくれ。僕は今日、客間で寝るから』

『なんだよ~ 一緒に寝ねーの~?』

『酔っ払いは御免だ』











 呆れた顔をしつつも口調は優しくて。

 だからその影が隣の部屋に消えてゆくのを、薄れ行く意識の中で目で追った。



 なんだかんだ言っても頼ってしまう自分。

 そして応えてくれる探。







 小さな幸福を感じつつ、快斗はふかふかの布団の感触で眠りにつこうとした時・・・・・























 ・・・・・枕の下に入れた手が何かに触った。




























『?』















 快斗は半分目を閉じたまま、それを取り出す。

 そして見た瞬間、眠気は吹っ飛んだ。

























 ――――・・・・・・・・・・これは確か新一の腕時計。




 どうして、こんな所に・・・・・・




































 眠気所か酔いまで覚めてくる。

 物凄く、嫌な動機が胸を走る。





















 このベッドは探のベッドだ。



 何度も何度も、一緒に眠った事のある場所だ。
























 ・・・・どうして?



 何で、俺以外の人間がここで眠るんだ?






























 言ったじゃねえか・・・・・・












 どんなに仲の良い友達が泊まりに来ても、一緒にこのベッドで眠ることはないと。

 必ず隣のゲストルームに案内すると。




























 ここで眠って良いのは俺だけだと――――――・・・・・・何度も耳元で囁いたのはお前だろう?

































 なのにどうして『腕時計』が『枕の下』にある?

 大体、腕時計なんてものはそうそう外すものではない。





 外すなら、自分だったら・・・・・・眠る時か、シャワーを浴びる時。































 そして探はしばらく考えていた。

 目の前の快斗は、今にも噛み付いてきそうな雰囲気だ。



 そして『あ』と謎が解けた顔をした。



























「・・・・どうやら工藤君にハメられたな」

「は?」

「起きて僕がシャワー浴びてる時にでも、こっそりここへ隠したんだろう―――――・・・・・枕元にただ置くより『枕の下』に隠した方が効くから。それに、男物の腕時計が僕のベッドに有った所で普通は僕のものだと思うだろう。思わないのは、これが僕のものではなく工藤君の物だと知っていて・・・・このベッドに眠る可能性のある特定の相手。つまり、君だ」

「ええ!?」

「帰り際に『快斗に宜しくな』と言ってたから妙だと思ったんだが・・・・・つまり、バレてた訳だ」



















 目の前で冷静に状況に納得している探。

 対して、快斗は今の言葉に動揺を隠せない。




















 バレている?

 あの名探偵に??

















 ・・・・この腕時計は、わざと枕の下に残して行った?





























「な、何で?」

「まあでも、彼なりの誕生日プレゼントと言うことかな。この状況は」

「そりゃちょっと楽観的過ぎんじゃねえのか??」

「だって君がこんなに妬いてくれるとは・・・・・こっちが一方的に好きだと思ってたからね。気付かせてくれた彼に、感謝だ」

「・・・・ちょ、ちょっと・・・・」

「僕が今どんなに嬉しいか解るかい? さっきから、目の前でこんな素肌見せられて・・・・・・・・我慢も限界だ」

「――――――・・・・ん・・・っ・・・!」

















 腕を押さえつけていた手。

 それが離された途端、探は快斗の胸の突起を舌で転がす。



 いきなりの感触に、つい快斗は声を漏らした。























「あ、そうそう黒羽君・・・・・誕生日おめでとう」

「・・・・て、め・・・・っ・・・舐めながら・・・・っ、んな台詞、吐くんじゃねえ・・・・・」

「いいじゃないか別に」

「ばかやろ・・・・・誰か来たら、どーすんだ・・・・・」

「呼ばなければ誰も来ない。いいから、大人しく感じててくれ」

「っ・・・!」
















 ・・・・・気付かれた。

 こいつに、バレてしまった。












 今までずっと、そんな素振り見せて来なかったのに・・・・・・




















 言ってしまえば、こいつはもっと優しくなるだろう。

 もっと俺を幸せな気持ちにしてくれるだろう。



















 でも――――――――・・・・・





































 ・・・・・未だ達成されてない『目的』が、快斗の理性となり気持ちを押し止める。



































 温もりに慣れてはいけない。



 こいつの腕の中の気持ち良さに、慣れてしまったら――――――――・・・・・




































 ・・・・この先、恐くて『目的』に突き進んで行けない気がしたから。




 だから。


































「黒羽君・・・・・?」

「・・・・・ん・・・っ・・・・・も、う・・・・・・」

「―――――・・・・・いくよ」

「っ・・・!」







































 ・・・・・なあ白馬。








 俺、どうしてお前と逢っちまったんだろう・・・・・・・?










































 快斗が意識の底で繰り返す自問自答。


























 『キッド』になるより先にお前と出会っていたら。

 そうしたら、俺は今とは違う状況にいれただろうか?



















 ・・・・・東の工藤新一や。



 西の、服部平次とも同様に。










































 ―――――――――・・・・・・・解ってる。




























 自分が『怪盗』でなければ、探偵達とは出会っていなかった。

 白馬探も、単なるクラスメートとしてだけで・・・・・



































 ・・・・・だから後悔はしてないけど。

































「朝から疲れさせやがって・・・・・」

「でも良かっただろう?」

「・・・そりゃまあ」

「次は何をして欲しい? 今日の僕は君の貸し切りだ。何でも聞こう」

「へえ・・・・・何でも?」



















 枕元の新一の腕時計。

 その針が示す時間は、もう10時を過ぎていた。



 ひと波終わって、眩しい日差しの中まどろむ2人。

 余韻を身体に感じたまま、快斗は至近距離で微笑む探を見上げた。





















「そうだな。取りあえず今度は冷たいミルクティー・・・・・喉乾いた」

「了解」

「あ。運ばせるのはナシだぜ? お前が、持って来るんだからな」

「解ってるよ」

















 返事と共に口唇に温もり。

 直ぐに離されるけれども、熱さは充分で。








 ・・・・・そうして髪の毛をすきながら探はベッドを降り、素早く着替えると部屋を出て行った。



































ひとくぎり

































 朝。

 久しぶりの、梅雨の合間の快晴。













 今日は、俺、『黒羽快斗』の誕生日―――――――――・・・・・・








































「それにしても新一が知ってたなんて・・・・・っつーか、あいつこーゆーのどう思ってんだろ・・・・ああああ~ 今度どーゆー顔して会えば良いんだ・・・・・」




























 当たり前というか何と言うか。

 探との関係は、細心の注意を払って気付かれないようにしてきたのだ。




 ・・・さすがは探偵の勘と言うべきか?








 しかし。

 この数日後に、快斗は信じられない光景を目撃する事になるのだが・・・・

 それはまた、別の話。
















































Fin