Moon talk






 暑い熱い夜。

 梅雨が明けたばかりの、7月の夜。





















・・・・・・窓をノックする音に、不思議とも思わず立ち上がった夜。


































ひとくぎり





























 それは真夜中直前。

 夕飯も終わり、あと30分くらい後にシャワーでも浴びて寝ようと思っていた時間帯。



 部屋でメールチェックをしていた新一が欠伸をしていた時、背後から窓をノックする音が聞こえた。

















 普通ならば考えられない状況。

 でも新一は驚きもせずベッドに乗り、カーテンと窓を開ける。



 すると、白装束の有名人が飛び込んできた。





















 それは『怪盗キッド』。

 数年間のブランクを経て復活した、世紀の大泥棒。



 靴を脱ぎ、頭に乗せた白い特徴のある帽子を優雅に外す。





















 ・・・・・そうして目の前の綺麗な顔に、にっこりと微笑った。



























「たまには玄関から入って来い」

「それより不便だよやっぱ。この窓、ベランダ付けようよ」

















 その怪盗の口から出たのはいつもの丁寧口調でも気障ったらしい言い回しでもなく。

 ごく普通の友人に対する、普通の会話だった。





 腕を組む新一。

 しかし、キッドの様子がおかしいことに気付いた。















 ・・・右足を庇っている?

















「どうした、それ」

「―――――・・・・あ、バレちゃった? 夜道・・・・っつうか、屋根で転んじゃって」

「お前が?」

「ちょっと目測誤っちまってさ~。暑さにやられたかな」















 いててててと彼は靴下を脱いで、ベッドに座った。

 そうして足を『ほら』と新一に向け、でも『ぺしっ』とはたかれ思い切り顔をしかめた。













「痛って――――――っ!! 何すんだ!??」

「んー・・・・・明日、病院行ってみた方がいいな。骨は大丈夫みたいだけど」

「看るなら優しくみろよな~・・・・・・・それで、泊まってっていいよな? 俺これじゃ車運転出来ないし~ 乗せてって♪」

「今日は米花美術館だったっけ。モノは、どうした」

「返して来たよ。白馬の野郎にちゃんと」

「・・・・そうか」















 右足を激しく捻ったらしい怪盗キッド。

 首もとのネクタイを外し、鮮やかなブルーのシャツのボタンを3つほど外した。



 足を触り程度を見ると、どうやら素人目にも明日には腫れが酷くなりそうな状態で。

 冷湿布を持ってこようと部屋を出ようとして、『あ。』と何かを思い出し振り返った。















「お前いい加減『快斗』になれ。その格好に相手すんの疲れる」















 『快斗』とは、『黒羽快斗』。

 怪盗キッドの本来の姿は―――――――・・・・・新一と同じ年で、新一と同じ空気を持つ青年だった。























 ・・・・・勿論この『真実』は、世間には絶対の秘密。

























「ほら着替え。スーツさっさと脱げ、シワになる。シャツは明日洗ってやるから」

「はーい」

「メシ食うか? 簡単なもんだったら作るぞ」

「食う!! もー 腹へっちゃって」

「じゃあ何でもいいな。待ってろ」

「・・・・なあ新一、ちょっと」

「ん?」



















 座ったままの快斗。

 だから新一は、戻って腰をかがめた。

























 ・・・・・その時、不意に腕を引っ張られ口唇を奪われる。










 新一は暫く、目を見開いたまま。


















「・・・お前なあ」

「新一って俺の前でも結構『演じ』ちゃってるからねー。『素』を見るには、これくらいしなきゃ」

「付き合ってらんねえ・・・・・さっさと着替えとけよ」

「ほいほーい」























 快斗のこんな行動はいつもの事で。

 新一は耳まで赤くなりつつ、その場から逃れようと部屋を出て行った。






























ひとくぎり































「・・・・暑いのにラーメン?」

「嫌なら食うな」

「じゃあもっとクーラーの温度下げてよ~」

「つべこべ言うな」















 30分もしないうちに新一が部屋に戻って来る。

 しかし手元のお盆から見える湯気に、快斗は少し眉根を寄せた。

















「でもよ~」

「文句は食ってからにしろ。これ、北海道土産で貰ったんだけど、美味いぜ」

「ホント?」

「ここに置くからな。あと足。湿布持ってきたから貼るぞ」















 あぐらもかけないだろうと新一は自分の机の上にそれを置く。

 右足に響く痛みに顔を歪ませながら、快斗はその椅子に座った。



 次に右足のくるぶし辺りに冷湿布をくるりと貼る。

 少しヒヤリとする感触に、快斗は幾分か満足の表情を浮かべた。











 ・・・・そうして麺を口に入れる。





















「・・・・うまい」

「だろ」

「うん。麺が違う」



















 それからは喋りもせず快斗は食事に没頭。

 新一はその様子に微笑いながら、クローゼットの奥から新しいシーツを出した。



 大阪の友達である服部平次や、東京の同じ探偵仲間である白馬探がこの家に泊まる時には隣の客室に案内しているのだが、この快斗だけは別で夏でも冬でも同じベッドで眠る。







 だから、涼しい青い色のシーツに変えた。





















「今日は天気も良かったしな。布団もシーツも気持ちいいぜ?」

「けど逆に暑くねえか」

「暫く冷房入れとくから平気だろ」

「そっか。 あ、ごちそーさん! これ、どしたらいい?」

「ああ、俺が持ってくからお前はシャワー浴びちまえ――――・・・・って言ってもなあ。何とか歩けるか? 汗かいてるし、入らないと気持ち悪いだろ」

「んー・・・・頑張る」

「うん。頑張れ」















 少し『ええ~』という顔を快斗はするが、新一が泊まる人間に対しても絶対に風呂に入ってもらう主義なのを知っているから、そう頷く。



 これは、彼の隣で眠るための必要最低限の儀式なのだ。



















「先にコレ持って行ってるから。ゆっくり降りて来いよ」

「なあ新一・・・・・」

「ん?」

















 空のどんぶりを乗せた盆を持ち、扉に向かう。

 けれども背後から聞こえた快斗の声に、新一は振り返った。



 椅子に寄りかかったまま目線を少し上げている。





















 ・・・・それは自分も得意とする角度だ。

























「何か素っ気ない・・・・」

「は? これ以上ねえくらい優しいだろうが、俺」

「―――――・・・・そうなんだけどさ」

「快斗?」

















 そう言うと窓の方を向く。

 ほのかに見える月に目を細め、動きを止めた。

































 ―――――――――・・・・・快斗・・・・・

































 その姿は、本当に自分に似ている。









 顎の角度も背の高さも空気までも。

 その身体を包む雰囲気全てが、自分と酷似している。



























 だから、気付いた。



 『怪盗キッド』が『黒羽快斗』だと気付いた。































 だからこそ―――――――・・・・・

 何を言おうとして、結局言えないのか新一には解る。

































「・・・っ!?」

「さっきのお返し」

「新一・・・・」

「早く浴びろ。ビール、冷えてっからな」





















 快斗が目を大きく見開いていた。

 突然新一が近付いて来たと思ったら、視界の月をその綺麗な顔で隠されたからだ。

















 ・・・・・口唇への柔らかな感覚に、快斗は瞬間息が止まる。























「天下の怪盗キッドが情けないツラすんな」

「・・・・・」

「見つからない物は見つかるまで探せばいいだろ? あんまり考え込むな」

「―――――・・・・うん」

「ほら。さっさとする! もう夜も遅いんだ」





















 ぽんぽんとその頭を新一は叩く。

 そうしてそのまま、今度こそ盆を持って階下へと降りていった。






































ひとくぎり



































 ・・・・・・こんな関係は、他の誰にも理解出来ないかもしれない。
























 探偵と怪盗。

 普通に考えたら、相容れない2人。































「んー。気持ちいいな~ 布団♪」

「布団だけか?」

「そりゃモチロン新一も・・・・・・ってーっ!!」

「調子に乗って足動かすなっての。ばーか」

「ちくしょ~ ててててて・・・・」

「そんなんじゃ暫くキッドは休業だな。ま、養生しろって」























 ひとつのベッドで2人はじゃれ合う。

 でも、決してそういう意味で『抱き合う』事はない。





















 ・・・・・2人に『身体の関係』はないのだ。







































 そう。

 お互いがお互いの存在を確かめるという意味での―――――――・・・・・・・













 『キス』を、除けば。































「なあ新一」

「ん?」

「また口唇荒れてる。ちゃんと食ってる?」

「―――――・・・・キスするたんびに診断されてちゃ、たまんないんだけど」

「もっと体力つけねえと『キッド』には勝てねえぜ~?」

「うるせえ。お前こそ、魚食えねえから足、捻挫するんだろうが」

「それとこれとは全然関係ないだろ~~っ!?」















 からからと笑いながら、また2人はじゃれ合う。

 口唇を重ね、お互いに髪の毛に頬を埋め合う。



 ・・・・そして枕元の時計が25時の『カチリ』を告げた。

























 瞬間2人は動きを止める。



 新一が窓に顔を向ける。

 同時に快斗は、何故か新一に背を向けた。





















「・・・・快斗」

「駄目。言わない」

「俺、そんなに信用ないか?」

「新一を危ない目に合わせる為に――――――――――・・・・正体明かした訳じゃない」





















 高校の同級生である白馬探にも。

 新一を通して知り合った、関西の服部平次にも話していない快斗の正体。



















・・・・けれど、その本当の存在理由を新一は知らされていない。































何かを探しているのは解る。

それが見つかるまで、『怪盗キッド』は存在し続けなければならない事も。





でも・・・・・





















「でもな、快斗」

「新一だってあの幼馴染の女の子に、小さくされてた時のこと秘密にしてるだろ?」

「・・・・それは」

「知ったら俺を助けようとするだろ? 何か協力出来ないかって思うだろ?」

「当たり前だ!」

「・・・・だから嫌だ。じゃ、オヤスミ」

「快斗!? ちょ、おい?」

























 背を向けたまま発せられた声は、途端に止む。

 そしてそのまま、快斗は身体を丸くしてしまった。



















 ・・・・新一は息をつく。

































 まただ。



 また、聞き出せなかった。































 あの帽子とモノクルを外させる事が出来たのは、ほんの数ヶ月前。



 何度目かの対決で。

 月夜のビルの屋上で、苦しそうに微笑う『怪盗キッド』に接触出来たあの時。

































 ―――――――――・・・・・・あんな風に、もう微笑って欲しくないのに。

































 見上げる窓からは、相変わらず月が覗いている。

 もうすぐ満月なのだろうか。



 ・・・・それは彼の心に反映してか、輝いてはいたけれどどこか哀しげで。

































 広大な宇宙の中。





 たったひとつで煌く姿はとても快斗に似ていると、新一は思った。






































ひとくぎり







































 それは、暑い熱い夜。

 梅雨が明けたばかりの7月の夜。

















 窓をノックする音に、不思議とも思わず立ち上がった夜。

































 ・・・・・・・・また今夜も、快斗の望むものは見つからなかった夜。
















































Fin