以心伝心










「・・・・・相変わらず寝起きが悪いな、君は」

「あ――――・・・・? もう朝か・・・・」

















 眩しい光りで目が覚める。

 枕に頬を沈め、未だ夢見心地で窓に視線を移した影は黒羽快斗。



















「朝食が冷める。早く起きてくれ」

「まだ眠い・・・・」

「・・・・なら、覚まさせてやっても構わないが?」

















 ニッコリ微笑んでベッドに近付いてくる人物は、この家の住人の白馬探だ。

 同じ高校で出会い、何故か気が合いそのまま仲間として過ごしてきた2人。



 しかし探は1年の殆どを海外で暮らす生活になっていて、昨日約半年振りに日本に帰って来た。


















「お前、朝から元気だな」

「強制するつもりはないよ」



















 覗きこむ視線にも探は動じない。

 逆に、自分よりも肌の白い男に見つめられ――――――・・・・
















 ・・・・・快斗は気恥ずかしくなり、目を逸らした。



























「あ、明るい所じゃ、ちょっと・・・・・・」

「じゃあ終るまで目を閉じていれば良い」

「ひえ」






















 何も身に纏っていない肌を、探の形の良い手が滑る。

 そして胸から首筋に上がってきたそれは、薄く開く口唇へと辿り着き・・・・・・・親指が撫でた。







 快斗は、声が出そうになるのを堪える。























「どうして我慢するかな」

「お、お前ってほんっと・・・・」

「僕が・・・・・何だ?」

「っ!」

「――――・・・・暗闇が好きな君と違って、僕はこういう明るい場所が好きなんでね」

「・・・・え?」



























 探は次に、動くその箇所を己のそれで塞ぐ。

 進入してきた舌に、やがて快斗は思考を絡め取られ・・・・











 ・・・・今言われた言葉の意味を考えるのを止めた。



































 『黒羽快斗』は、『怪盗キッド』。





























 それは・・・・



 誰にも言っていない、『もうひとりの自分』。































 この、白馬探にも。

 大学で『黒羽快斗』として出逢った、工藤新一にも。



 そして・・・・・



















 関西の探偵である服部平次にも言っていない、もうひとりの自分の事。









































 警察に密に関係している彼等。

 特に白馬探とは―――――・・・・・『キッド』としての結びつきの方が強いだろう。

























 ・・・・だから快斗は不安になる。





































 お前が俺とこんな関係を持っているのは『キッドの正体を掴む為の術』だろう?

































 だから。




 俺を――――――・・・・・抱くんだろう?

































 なあ?

 













 白馬・・・・・・・










































ひとくぎり







































「すっかり冷めてしまったな」

「でも、美味いことに変わりないって」

「ばあやが聞いたら喜ぶよ」















 適度な運動で身体も温まった2人は、探の自室に備え付けのシャワーに入った後、遅い朝食をとる。

 時計の指し示す時間は、既に11時。



 快斗はデザートのプリンを食べつつ言葉を出した。



















「お前、今度はいつまでこっちいんの?」

「正月は日本にいるよ」

「へー。そう・・・・」

























 この時。





 ・・・快斗の表情が僅かに和らぐのを探は見逃さない。





























「キッドも『冬休み』かな・・・・・最近噂、聞かないけど」

「どうだかな。学生じゃあるまいし」

「・・・・学生じゃないって何で解るんだ?」

「ごちゃごちゃうるせえよ。それより、どっか付き合えって言ってなかったか?」















 ちょっと『しまった』と思ったが、何事もなかったかのように快斗は話題を逸らす。

 お得意の、ポーカーフェイスで。















「そうだった。じゃあドライブに付き合ってもらうよ」

「え!? どこまで?」

「冬の湘南。見たいって言ってただろう? 知り合いの旅館も有るし、一泊しよう」

「――――――・・・・・だって、今日は・・・・・・」

















 その時、快斗の表情が崩れた。





















「・・・・・先約あるのか」

「悪い、夜に新一と待ち合わせしてて―――――・・・・・映画、観に行くんだ」

「それじゃ仕方ないな」

















 苦笑しつつ、探は紅茶のカップに手を伸ばす。

 さして残念そうに見えないその表情に、快斗はまた不安が湧き上がるのを感じた。


































ひとくぎり































 結局、だらだらと数時間そこで過ごして。

 チェスをしたり、イギリスの土産話なんかも聞かせてもらったりして。



 夕方になった頃に快斗は白馬邸を出た。























「『じゃあ明日』って、何で言わねーんだよ・・・・・・」

















 歩きながら快斗は呟く。

 さっきの探の言葉が、どうにも我慢ならないのだ。





















 ・・・・・今日が駄目なら、明日だって良いだろう?



 お前は、暫く日本にいるんだろう?





















 俺ばっかりか?





 こんな・・・・気持ちになってんのは・・・・・・・・?























 北風が冷たかった。

 今朝までのあの体温が、既に幻の様だった。



 でも新一の約束をなしにすることは、快斗には出来なかった。

























 ・・・・・新一は、快斗にとって探とはまた違う『特別』な存在。

























 恋愛感情はないけれど、それ以上の想いが彼にはあって。

 新一の方からキャンセルがない限り、今までどんな事があっても約束を破ったことはなかった。



 電車を乗り継ぎ、駅ビルなどで待ち合わせの時間まで適当に過ごす。

 そうして待ち合わせ場所である杯戸駅前のスターバックスへ、快斗は入って行った。
































ひとくぎり































「・・・・・ふーん。別に、俺は今日じゃなくても良かったから、言ってくれりゃあさ」

「いいんだ。お前との約束が先だし」

「そりゃ、そうだけど」

















 時間を少し過ぎて駆け込んできた新一。

 手を合わせて一生懸命謝る姿が、人目を引いていた。



 コートを脱ぐと、現れる真っ黒なハイネックのセーターに定番のジーンズ。

 そんなごく普通なスタイルが似合う、『怪盗キッド』のライバル『東の名探偵』・・・・

















 そして椅子に座る時、ぽろっと濡れた愚痴。



 それも珍しかったが、何よりその表情が『いつもの新一』っぽくなかったから、快斗は驚いて色々聞いた。











 しかし。

 聞けば聞くほど何だか自分達のいつものケンカに似てると思い、苦笑してしまう。

















 ・・・まさか。





 新一と服部まで、そんな関係ではないだろうに。

























 手元にある既に冷めている紅茶を、快斗は飲み切る。

 そしてふうと息を吐き、前髪を揺らした。























「・・・・・どうした」

「え?」

「元気、ねえみたいだけど」















 目の前の顔が急に曇ったのを、新一は気付いた様だ。

 快斗は悟れられない様にしてたのに、この雰囲気は珍しいと思ったのだろう。



 流石に、『東の工藤』だ。















「ちょっと今日、あってさ」

「・・・へえ」

「それよりそろそろ行こうぜ? 始まっちまう」

「あ。ホントだ」















 もうすぐ20時。

 新一と快斗は腕時計を見て、席を立つ。



 慌てて着てきたジャケットを羽織ると、2人は出口へ向った。



























 2人は、1週間前に約束していた。











 来週のこの日、この時間に。

 映画を観に行く事を。



















 ・・・・・・そりゃあもう、本当に楽しみにしていた。






































ひとくぎり





























「じゃーな新一、気を付けて行って来いよ」

「ああ」

「来年も宜しくな~」















 23時。杯戸駅。

 いつもならこのあと飲みにでも行くのだが、何故かそんな雰囲気になれず。



 今世紀で逢うのは、今日が最後だと言うのに。

 新一と、もっと一緒にいたかった筈なのに・・・・・・快斗は手を振り別れた。















 映画は面白かった。

 刑事物で、ひとりの熱血刑事が相棒と共に事件解決に挑むというものだった。



 まあ、良くある話と言えばそうなのだが。

 主人公のそばで、いつも手助けをしていた『クールな友人』が誰かに似てると思ってしまった。



















 ・・・・・・お陰で、観てる間中思い出すのはソイツの事ばかり。

































「今頃何してんだろ・・・・・・」

















 身を震わせ、改札を通る。

 別の路線の電車に乗る為、快斗は足早に人波を擦り抜けた。


































ひとくぎり

































「あ。ワックス切れてたんだっけ――――――・・・・コンビニで買ってこ」



















 快斗はホームに降りた時、ふとヘアワックスが切れていた事を思い出す。

 今日は探のを借りたから良かったものの、あれがないと髪型が決まらない。



 だが駅前のコンビニに入ろうと信号待ちをしていたその時。



















 ・・・・いきなり、腕に重力が掛かった。

























「!?」

「―――――・・・・静かに。僕だ」

「は、白馬??」

「乗って」



















 目の前の、やたらと高そうな外車。

 その車から突然人が出てきて、しかもそれが白馬探だったから驚く。





 ・・・・深夜と言う事もあって、人通りが全くないのが救いだ。

 じゃなければ、まるでその様子は『誘拐』。









 快斗は助手席へ押し込められた。























「む・・・迎えに来るなんて言ってたっけ?」

「いいや」

「そーだよなあ・・・・いつ帰って来るか解んねえのに・・・・・・あれ。じゃあ何で?」













 上着を脱ぎながら首を傾げる。

 すると、快斗の着ている白いファーが揺れ、その姿が妙に面白くて探は微笑った。















「黒羽君。今日も外泊して平気かい?」

「へ?」

「深夜の湘南は、また格別でね」



















 きょとんと。

 快斗は目を大きく見開く。





 ・・・・・・IQ400の持ち主とは言え、今の言葉を理解するのに数秒の時間が掛かってしまった。





















「今から行く気か!?」

「ああ」

「そ、それでここで俺を待ってたって言うのかよ?」

「―――――・・・・そう、なるかな」

「馬鹿じゃねえの!? 俺が来なかったらどーするつもりだったんだよ!」















 探は、ゆっくりとフットブレーキを解く。

 そうして走り出す。





 それは、快斗の返事が『OK』だと確信したから。



 だから発車させた。



















 ・・・・揺れる色素の薄い前髪。



 目を細め、視線は向けずに探は言葉を出す。

























「僕は探偵だ。君の出かける間際の表情を見れば、自ずと答えは導き出せる」





























 右手で、『どうぞ』と缶紅茶を探は渡す。

 多分買った時は熱かったのだろうが、もうかなり温くなっている。





 その事実が、快斗の身体を一気に火照らせた。























「白馬・・・・・」

「ん?」

「・・・・なら俺が今、何考えてんのか解るか」



























 もちろん探は運転しているから、前を向いている。

 けれども。



 隣から発せられる痛いくらいの視線が肌に刺さってきた。



















 ・・・自然に、鼓動が逸る。































 そう。



 それはまるで―――――――・・・・あの世紀の大泥棒である『怪盗キッド』を追っている時の様に。



































「・・・勿論だ」

























 最初に出逢った時から、既に心は盗まれている。







 だから。

 今更何を奪われたって、なくすものはない。























 探は高速に乗る前の信号を左に曲がる。

 そこで脇に乗せエンジンを切ると、静かにライトを消した。



 シートベルトを外し、視線を右に移す。

























「・・・・やっぱバレバレか」

























 ・・・柔らかく、探は微笑う。



 それに誘われる様に快斗も微笑い、そして。





























 薄く開いて待つ口唇へ、己のそれを重ねた・・・・・・・




































ひとくぎり































「あ――――――・・・・腰、痛てえ・・・・・」

「・・・流石に動きにくいな」

「でも、とりあえず満足」

「それは良かった」

















 『とりあえず』と言う快斗に苦笑する探は、エンジンをかける。

 快斗は乱れた衣服を直し、ふと窓の外を見た。

















 ほんの少し見えている星。



 何故か・・・・未だ見ぬ『パンドラ』を思い浮かべた。



























 ・・・・・早く見つけたいけど。



 白馬に追いかけられてるのも楽しいからな・・・・・

































 その時、くしゃみひとつ。























「寒いかい?」

「汗かいて、また冷えたからかな――――――・・・・」

「・・・ヒーター強くしようか」

「ん・・・」

















 返ってくる言葉が小さくなってゆく。

 上着に包まり、ごそごそしていたかと思うと・・・やがて吐息が聴こえてきた。





 どうやら眠ってしまったようだ。





























 ・・・・・赤信号で待っている間、探はその寝顔を見つめていた。





































「本当は不安で仕方なかったんだ――――――・・・・・」































 自分にしか聞こえない声。



 静かな、空間。

































「君にとって・・・・・・本当に工藤君は『特別』な存在みたいだし」



































 そのまま新一の家に泊まるかもしれない。

 ひと晩中、遊んで来るかもしれない。

























 でも自分は待っていたかったのだ。





 少しの、可能性が有るならば――――――――――・・・・・





































 そうして君は、ここにいる。































 確かに。







 ・・・・僕の、そばに。

































 探は高速に乗ると、アクセルを強く踏んだ。































 もうすぐ。



 快斗の好きな、海が見えてくる・・・・・・








































Fin


>>>同時進行していた平新シリーズ「約束の場所」はこちら。