ANOTHER LOOK@ME 9.5

 熱い、暑い夜。

 快斗は部屋をそっと抜け出し、静かにその扉を出た。


 具合が悪くて寝ている新一が気になったが、隣には平次が居るから大丈夫だろう。




















「・・・確か明日は休館日だったけど」




















 携帯を取り出し慣れている番号を押す。

 そしてエレベーターに乗り込んだ時に、相手が出た。











「あ、寺井ちゃん? さっき電話したヤツ用意出来た?」
『ぼっちゃま・・・本当に大丈夫なんですか?』
「白馬の奴の罠かもしれないな。けど、今日は下見だし・・・一応、手は打ってっからさ」
『・・・ですが』
「心配すんなよ。俺だって解ってる」











 それだけ言うと快斗は電源を切った。

 同時に扉が開き、音も無くロビーを抜ける。










 ・・・蒸し暑い闇夜だった。



















ひとくぎり




















 夕方来た海外からの電話。

 それは、今イタリアに滞在している白馬探からだった。











『かの怪盗が狙いそうな宝石が日本に到着したらしいね。聞いたかい?』
「は?」
『8年前から行方が解らなかったとかで、関係筋では大騒ぎだよ』
「・・・へえ。何ての」
『MidNight Blue。地中海に沈んだとされていた「碧き瞳」だ。君も聞いた事があるだろう?』
「!」











 それは快斗が探していたビッグジュエルのうちの一つだった。












 父親の謎の死。

 それを解明する為にどうしても必要な『命の石・パンドラ』。




 ・・・まさに今行こうとしていた東都美術館。
 そこで開催される展示会に運び込まれる有名な宝石が、その名だった。











『僕が居なくて張り合いが無いだろうが、まあ頑張ってくれたまえ』
「まだンな事言ってんのか。俺はキッドじゃねえっての・・・そうだとしても、泥棒応援してどーすんだよ」
『そうそう、工藤君や服部君は元気かい? あの家は気に入ってくれたのかな』
「・・・・ああ。これから3人で泳ぐトコだよ」
『それなら良かった』











 ・・・その時の声がやたらと優しかった白馬。

 だから、そのまま上手く話題を逸らされた。



 どうせ向こうからの電話だからと20分くらい他愛ない話をして、俺は新一達の居る部屋へと戻った。



















ひとくぎり




















 俺には平次にも新一にも―――・・・・・・そして白馬にも言ってない事がある。





















 怪盗キッド。



 そう。

 世紀の大泥棒と呼ばれるそいつの正体が、この俺だと言う事だ。




















 ・・・でも。





























「何処まで本気なんだ・・・・・・あいつ」




















 警察の情報が欲しくて、誘いに乗った。


 けどそれは白馬だって同じだ。

 あいつは、いつも最中に俺の正体を暴いてやろうと問いかけてきた。



















 『男』のこの俺を・・・・・・平気で、抱きながら。




















 なのに。




















 ・・・いつからだったろう。


 ふとした表情の中に、読み切れない何かを見つけたのは。





























「・・・・風向きも丁度良いな。ほんじゃま、行きますか」




















 見晴らしの良いビルの屋上。指を鳴らすと同時にその身は白装束に包まれる。
 向かうは、東都美術館。

 『キッド』はひらりとマントを靡かせると――――・・・・・・街のネオンの海へと飛び込んで行った。
























ひとくぎり



























 いつもなら静かな真夜中の美術館。
 その一角から、影が何人も流れてくるのを快斗は横目で見る。




















「・・・こんなこったろーと思ったぜ」




















 そうして鳴り出す携帯電話。
 即座に出ると、明らかに相手が驚いているのが解った。











『黒羽君・・・?』
「おう。何だよこんな真夜中に・・・非常識じゃねえか」
『・・・いたのか』
「妙な事言うな。俺の電話に俺が出なくて誰が出るってんだ? それとも――――・・・『俺が出るわけ無い他の理由』でも有るのか?」
『いや、別に』




















 掛けてきた相手は白馬探だ。
 言葉では平静を装っているが、僅かに声が震えているのが快斗には解る。











 ・・・だから微笑った。




















「今さ、新一が具合悪くしちまって大変なんだよ。なんか消化イイもんねーかなーと思ってコンビニ来たんだけど・・・・スープって大丈夫かな。とりあえず水、2本くらい買ってこ。あ、おにーさんこれも足しといて」
『!』
「で、用なに?」
『忙しそうだから今度にするよ。真夜中に悪かったね』




















 そうして相手は電話を切る。
 快斗は暫く耳に響く断続音を聞きながら、レジの精算を済ませて外に出た。











 ・・・手元の携帯を、睨みながら。




















「日本に帰って来てるくせに―――――・・・俺を騙そうなんて100万年早いんだよ」



















 『怪盗キッド』が現れたらしい。
 すれ違う刑事達が、そう言いながらすれ違って行く。

 買い物袋を提げながら快斗は、東都ショッピングセンター30階にある『東都美術館』を見上げた。











 予告状はまだ出していない。

 ならば、まず下見に現れるだろう。


 その可能性が有るのは・・・宝石が運ばれた今日から明日の休館日。

 明後日から展示が始まるから、隙をつくならば今夜が妥当。











 ・・・探は快斗が『キッド』だと確信している。

 だからこそ、夕方彼に情報を伝えたのだ。



 きっと警察と連絡を取り合い、キッドが姿を現した時点で報告が来る手筈になっていたに違いない。











 そうして電話をしてきた。

 その時刻に、快斗のもとに。『快斗』が『キッド』で無ければ電話に出るだろうから。


 しかし、彼は出た。

 ・・・今は携帯電話というモノが有るからアリバイも崩れやすいが、きっと探には伝わっていた筈。











 快斗の言葉の背景から聞こえた、コンビニ特有の効果音。

 そして、レジの音と店員との会話が。






 それは、確かな証拠だった。




















「しっかし真夜中まで、お勤め大変だねホント」




















 目立たない様にしてるつもりなのだろうが、警察関係者というのは雰囲気でバレるものだ。
 10何人かの男達がわらわらと真夜中走り回っているのは、かなり異様である。

 ・・・やがて空から白い光が飛び立った。
 




















「上手く行ったぜ、総司」











 見つめながら快斗はある名を呟く。
 そうして周りの気配を伺い、即座に気配を消し走り去って言った。




























ひとくぎり

























「快斗、こっちや」











 闇夜から声が聞こえた。その方向を確かめると、快斗は周りに他の気配が無い事が読み取れた上で移動する。
 月夜を背にした人物が見えると、微笑った。











「お疲れさん。急に頼んじまって悪かったな」
「こんなん朝飯前や。それより、そっちはもう片付いたんか?」
「ああ」











 ・・・快斗と良く似た声。

 なのに、関西弁ともまた違うやわらかな響き。



 長めの前髪をかき上げて現れたその顔は――――・・・











 『快斗』とまた良く似た顔をしていた。



















 美術館から10分と離れてない川辺。

 その土手で2人は並んで座った。










 眼前には大きな月が煌く。




















「これやろ? どないしよ思うてたら、案外カンタンに取れたんで持って来てしもたわ」
「さっすが。サンキュ~・・・んんん~」
「・・・どないや」




















 快斗に手渡されたのは、ひとつの宝石だった。
 そう。あの『碧き瞳』である。

 大事にハンカチで包まれたそれを月の光にかざすが、何も見えない事に表情が曇った。




















「――――・・・ハズレ、みたいだ」
「はー。そーかー・・・せやけど、そのビックなんたらってーのは一体世界になんぼあるん?」
「さあなあ・・・ごめんな総司」
「ええよ。丁度遊びに来とって良かったわ」











 表情の曇った快斗に、『総司』と呼ばれた人物はやわらかく微笑った。



 沖田総司。

 かの歴史上の人物と同じ名を持つ彼は、快斗の父方の妹の息子で、同い年の『いとこ』だった。




 
 血筋が同じと言うのも有り、小さい頃からまるで双子の様に似ていた2人。
 現在京都に住む総司は、夏休み恒例で東京の快斗の家に遊びに出て来ていたのである。




















「・・・いつも頼ってごめん」
「アホ。盗一伯父さんの件は俺も疑ぐっとるんや――――・・・お前がひとりでやる言うから今まで見とったけど、今日の事もあるし、ええ加減俺も協力させてくれへん?」
「今日は助かった。けど、『キッド』は俺ひとりでやる」
「ホンマ意固地やな~。せやけど瓜二つな俺が居た方が絶対便利やぞ」
「それは解ってるけど・・・」
「まあええ。けどまた何かあったら遠慮せんで連絡せえよ? 寺井ちゃんも心配しとったで」




















 総司は知っている。

 快斗が『怪盗キッド』だと言う事を。



 元々は、彼の父親がそうだった事も。










 これは黒羽一族の暗黙の了解事。











 ・・・突然の『事故』でこの世を去った快斗の父親。


 その真相を暴く為に、快斗がキッドを継いだ事も。











「明日は家帰るから、母さんにもそう言っといて」
「やたら急ぐんやな。何か心配事あるん?」
「ああ。一緒に遊んでた友達が具合悪くして寝込んでんだ」
「せやったら俺もーちょい『キッド』しとこか? どーせソレ、返さなアカンしな」




















 快斗の手にある『碧き瞳』。

 求める『パンドラ』ではなかったから、用は無い。


 『悪いな』とだけ呟くと、総司は『ええよ』と微笑った。



















ひとくぎり




















 午前2時。

 生ぬるい風が相変わらず吹く中、総司は音も無く気配を消す。











 さあ帰ろう。

 そろそろ戻らないと、居ないのに気付かれる。










 そうして快斗も腰を上げた。





























 ・・・そしてまた続くのだ。

 終わりの見えない、宝物探しの旅が。



















 『怪盗キッド』が盗みを止めるのは、それが見つかった時なのだから。





























「明日あたり白馬に電話して・・・またベッドの中で、情報聞き出すか」




















 月夜に煌く明るい髪。


 それは本心を隠す為の、ささやかなカモフラージュ。




















 快斗はひとつ欠伸をすると、さっきコンビニで買った袋を抱え、来た道を戻って行った。























Fin