恋はあせらず



 けたたましく、ドアホンの音がする。





 それは他世界からの音に聞こえ、平次は重い瞼を抑え枕元の目覚まし時計に目をやった。

 短針は9、長針は11を差している。





 かんにんしてや・・・寝たの7時やってん・・・

 思いつつ再び夢の世界へと移行しようとした時、今度は携帯電話が鳴った。





















 ・・・・・・・誰じゃこんな朝早く。



















 無視を決め込もうと思ったが、いつまで経っても鳴りやまない呼び出し音にブチ切れた平次は、隣の部屋に行って電話をとった。

 











「はい服部」 

  







 電話をとりながら再び、シーツの海へとダイブしようとした時だった。

 聞き慣れた声が耳に飛び込んできた。













「バカヤロウ! いるんなら無視すんな!! ドア開けろ!」

「・・・・工藤?」

「おおよ! だから早く入れろ!」















 だからって何やねん。

 ・・・・・そう思ったが、平次は素直にマンション入り口の開閉スイッチを押した。















「ええで」

「サンキュ」

















 言うや否や携帯を切られた。

 










 あいかーらず自分中心に地球回っとるな・・・・

 









 そう思うが、いつも何故か憎めない。

 どんなに我が儘を言っても、その後に必ず向けられる笑顔で何でも許してしまうのだ。









 工藤新一の悪魔の微笑。



 探偵やってるから良いようなものの、もし怪盗なんぞやってたら、微笑まれただけで逃がしてしまうかもしれない。

 そう平次は真面目に思う。







 さっきまでの眠気など一気に吹っ飛ばされ、玄関に向かい鍵を開ける。

 そのままキッチンに行き、起き抜けに牛乳を瓶のまま飲む。



 その途中でブザーが鳴った。













「開いとるで」







 右手に牛乳瓶を持ちつつ、ドアを開ける。













「いきなり来よって・・・・・・俺、寝たばっかなんやぞ」

「悪かったよ」









 珍しくしおらしく謝った新一に平次は驚く。   

 よく見ると、色白の顔がやけに青い。











「どないした?」

「トイレ、貸してくれ。どこだ」

「あ・・・・・ああ、そこ左にはいったトコ」









 言うと同時に新一は、トイレに駆け込む。

 平次は呆気にとられながらキッチンへと戻り、戸棚の上の薬箱を取った。





 暫くして、ため息をつきながら新一が出てきた。

 キッチンでハンカチを口にくわえて、手を洗う。













「工藤、ここ置いとくで。相変わらずか」









 手を拭きながら振り返ると、平次は茶色の薬瓶をテーブルの上に置いた。



 それは正露丸。

 新一は小さい頃から腹が弱く、真夏でも掛け布団を掛けて寝ないと寝冷えをしてしまう体質だ。











「・・・・・覚えてたのか」

「まえ大阪来て泊まった次の朝も大変だったやないか。んな簡単に忘れられるか」













 そんなに大変だったか? そう思いつつ3粒だして水で流し込む。

 そして、もう一度ため息をついた。



 目の前にはトランクスだけの姿で牛乳を瓶ごと飲む平次の姿。















「いいなあ、お前」









 平次は顔を向ける。

 朝っぱらから牛乳なぞ飲もうものなら間違いなく腹をこわす新一にとって、その姿は羨ましい限りだ。

 まだお腹を押さえ気味の新一は、静かに目の前のイスに座る。











「急に来るなんてどないした? こっち越してきてから始めてやな」









 大学を東京にして、しばらくはこっちの親戚の家にやっかいになっていた平次だったが、夏休み近くになってやっと住むところが決まったのだ。

 昨日、やっと何とか片づいたのである。







「別に。昨日まで大阪に行ってて、深夜バスで帰ってきたんだけどな・・・・・どーも腹ぐあいがおかしくて・・新宿からお前のマンションが確か一番近かったから、タクシー飛ばして来た」

「大阪? 何しに行ったんや」

「高校の友達があっちの大学に行っててさ。案内してくれるって言ってたから」

「・・・どこに」

「通天閣」

「お前、前に俺が案内したやろ!」











 平次は空になった牛乳瓶を持って、キッチンへ向かう。













「だって、あの時コナンだっただろ。俺、全然景色見てなかったんだよ。その後事件に巻き込まれて、お前は弾くらって入院しちゃって、そのまま観光ダメになったし」

「・・・・・・・」













 平次はマグカップにココアを入れ、お湯を注ぐ。

 スプーンで充分かき混ぜて、新一に渡した。













「大阪は地元民に案内されてこそやで? なんで東京モンに案内させるん」

「だってお前、いま新宿だろう」











 そらそうやけど・・・・・・とブツブツ文句を言う平次から渡されたココアを、新一はこくりと一口飲んだ。

 暖かい感じが喉を通り自然に顔がゆるむ。











「うまい」

「そらどーも」

「せっかく来てくれたトコ悪いんやけどな、ちょっと寝てええか? さっきも言ったけど寝たの7時なんや」

「寝ろ寝ろ。俺が勝手に押しかけたんだから」











 テーブルの上に置いてある新聞を取る。











「講義2限なんだ。そん時まで居ていいか?」

「なんや、今日ガッコ行くんか」

「ああ」

「・・・トイレだけ、借りにきたんか」

「ああ」











 目は新聞を追ってる新一は、声だけ平次に返す。

 なんか気にくわなくなった平次。



 新一から、新聞を取り上げた。











「何すんだよ」

「むかつくやっちゃな! ココは公衆トイレか!」

「せっかく来たのにお前が寝るって言うからだろ」

「ええっちゅーたんは、お前やろが!」

「だから寝ればいいだろ」

「ちょいと寝たらスッキリするし、それからどっか遊びに行こかと思っとったんじゃ!」

「俺だって今日の講義さぼるつもりだったさ! お前がいたからな」











 一気に言い合うと、2人は一呼吸置いた。

 数瞬間、見つめ合う。

















「・・・・・・解った、こうしよ」 









 

 言うと同時に平次は新一の腕をひっつかみ、シャワールームに連れていく。













「服部?」

「ただでさえ血行悪いねんから風呂はいってこいや。そんで、俺が寝て起きたら車で海にでも行こ」



















 ・・・・・そう言うと、にこりと笑いドアを閉めた。




























ひとくぎり



































「・・・そや、悪いな。今度代わりに代返したるから。あ、それから2講でるやつおらん? 工藤の分も頼みたいんやけど」











 抜け目無い平次は、友人連中に代返のお願いをしている。

 そして、さぼり万全の体制を整えた後そのままベットに転がった。



 かすかに、シャワーの音が聞こえる。  















「ねむー・・・」











 その音が、なんだか気持ち良くて眠気を誘う。

 時計を見ると、既に10時を回っていた。



























「おえ工藤」

「・・・ん」

「もう、2時やで」







 風呂から上がった後、新一もソファで寝てしまっていた。 

 目を開け大きな欠伸をする。











「うわ。結構寝ちまってたな」


「ほな行こか」

「どこ行くんだ」

「湘南あたりでええんちゃう?」











 まあ妥当か。

 そう思いながら駐車場へ降り、車に乗り込んだ。











 ・・・・・外へ出るとフロントガラスに滴。























「雨や・・・」

「うわ、本当だ」

「どないするんや」

「・・・・まあとりあえず走っとくか?」












 車内はクーラーが効いていて涼しいが今は夏。

 さっきまでは以外と過ごしやすかったが、雨が降ったとなると話は別だ。



 湿度が異常なほど高くなる。

 でもせっかくだから、出発することにした。











「お前、暑いのも弱いんやったっけ」

「悪かったな。好きでこんな体質になった訳じゃねえ」

「サッカーやってたんやろ? 何でそんな暑さに弱なったんや」

「・・・・・コナンから戻った時からちょっと変わったんだ。薬の後遺症かもしれないって、博士が言ってた」

「探偵は体力勝負やろ? 力、つけな」

「うるせえ」







 しかし。

 そんな会話を繰り返しながら走っていたが、いっこうに雨がやむ気配がない。



 その時、携帯が鳴った。













「あ。俺だ」







 新一がポケットから取り出す。









「もしもし・・・」









 出たときは普通だったのが、話している内に声が暗くなって来ている。

 平次は会話が気になって仕方がなかった。













「それはだから断っただろ? 別に俺じゃなくてもいーじゃねえか・・・・・・・とにかく、俺は今取り込み中だから・・・あん? 今? そんなのどこでもいいだろ! じゃあな!」













 言うと同時に携帯を切った新一。

 平次は、聞いた。















「どないした」

「・・・・・」

















 答えない。

 数瞬間のち、ポツリと声を漏らす。























「携帯の番号、教えたつもりねえのに・・・・・・・」





















 新一は、滅多に自分の番号を人に教えない。



 携帯電話自体持つつもりもなかったが、何か事件が起こった時に便利だからと、持ってるだけだ。

 大学で知り合った友人たちには、携帯を持っていること自体教えたつもりがない。









 ・・・・・・・新一は、運転席の男を睨んだ。

















「何やねん」

「俺の番号、誰かに教えたか?」

「はあ?」

「・・・・・どうなんだ」











 ただならぬ雰囲気が流れる。













「んな事せえへん。許可もなしに」

「・・・そうか」

「何かあったんか」











 少し黙った新一。


 でも、事のすじを話し始めた。













 聞くところによると、2日程前、大学から知り合った友達に買い物につきあって欲しいと言われたらしい。

 その時すでに大阪に行くことが解っていたし、帰ってきたそうそう疲れるのでその場ですぐ断った。



 しかし今の電話で言うことには、今日の講義が終わった後、もう一度頼むつもりだったのに新一はいない。代返した奴に聞くと、平次とどっか遊びに行ったらしいと言われ、誰から聞いたのか携帯に連絡してきたということだ。











「もてもてやなお前」

「・・・・・挙げ句の果てには『今、どこにいるんだ』とか言ってやがるし・・・・・あいつ、おかしいんじゃねえか」

「惚れられたか?」

「気色悪りいこと言うな」

















 心底嫌そうな顔をする新一。

 平次はそれ以上なにも言わず、カーラジオを付けた。







 流れてくるヒット曲を聞きながら、少しだけその男に同情する。

 工藤新一の悪魔の微笑。それにやられたクチやな、と。



 予想に反して上がらない雨に、結局2人は首都高を前に戻ってきた。

 マンション備え付けの駐車場で、指定の位置に車を止めようとした時、新一が突然口を開いた。













「悪い、服部。行きたいトコあんだけど」

「・・・・・あのなあ、ここ入る前に言えっちゅーねん」













 うなだれ、新一を見る。

 何か思い詰めているような顔をしているのに気づき、声を掛けた。

















「・・・・・電話、買い換えたいんだ」











 

 それだけ言うと、黙ってしまう。

 ひとつため息をつき、平次はギアを入れた。























ひとくぎり



























「そんなに知られた無かったんか。そいつに」

「・・・・・」











 新一は表情を変えない。

 平次もそれ以上は聞かず、まだ降る雨の中へ車を走らせた。



 ドコモショップで解約を済ませた後、ビックカメラで新しい機種を見る。

 適当に決め買い物を済ませた新一は、いくぶんかホッとした表情で平次の前に現れた。













「終わったか」

「ああ」

「んじゃ行こか」











 下へ降りる階段へと歩き出す。



 車に乗り込む頃には、もう日が落ちていた。

 雨は小降りになっている。











「工藤、今日泊まってけ」

「え?」 

「おっしゃ。じゃ、何か食うもん買ってこか」 













 平次はただそれだけ言うと、地下の食品街へ向かう。

 そうして二人分の食料を調達してから、マンションへ戻った。






















ひとくぎり



























 夕食も食べ終えリビングでくつろぐ。

 新一は、新しい携帯にメモリを移していた。 









「新しい番号、なんぼや」

「あとで渡すよ」

「ほな、先に風呂入ってくるわ」

「ん」














 そう言い平次はその場を去る。

 何とか一通りの作業が終わった新一は、軽く息をついてソファに沈んだ。



















「・・・・・・ふざけんじゃねえっつーの」  


























ひとくぎり























 3日前の午後。





 天気のいい構内の木陰。

 つい、うとうとと寝入りそうになっていた昼下がり。



 『おい工藤?』と知り合いの呼ぶ声に、ちょっと狸寝入りを企んだ新一。

 それから数十秒のち、いい加減起きてやろうかと思った時。















 ・・・・・・・・唇に何かが触れた感覚。





















 結局起き上がれず、そいつが去るまで寝たふり。



























「・・・・・・・・何だってんだ」















 その時、バスルームのドアが閉まる音がする。

 平次がタオルで髪を拭きながら現れた。













「早かったな」

「そら、シャワー浴びるだけやからな」













 冷蔵庫からビールを取り出す。

 そして反対側のソファに腰を下ろそうとした時、新一が立った。











「俺も、浴びてきていいか」

「? ああ」











 新一の様子がおかしいと感じた平次。

 通り過ぎようとする、その腕を掴む。







 ・・・・・怪訝な顔をした。















「何だ」

「・・・・・ホンマは何しに来たんや。俺に、他に話したいことあるのとちゃうんか」

「離せ」

「工藤!」















 睨まれる平次。



 ・・・・・・どうにも、やりきれない気分だった。

























 新一が今朝ここに突然来たこと自体、おかしな事なのだ。



 いつもなら電話するのも押しかけるのも、平次の方から。

 そんな新一が連絡もなしに現れた。何かあったことは、間違いない。 

















「俺は、そんなに頼りにならんか」

「・・・・そうじゃない」

















 反らす視線が震えている。







 平次は、ため息をつく。

 そしてゆっくり腕を離した。

























「泣きそうな顔すんなや――――――――・・・・・・」





















 新一の耳元でそう呟く。

 ビールを持ったまま、平次は自室に戻った。


























ひとくぎり

























 窓の外は雨が降り続いていた。

 一気に開けたビールが、足下に転がっている。











 ・・・・・・なんで、あんな顔するんだろう。

 いつもの通り、嫌味な口調で返すと思ったのに。















 もう少し待てば良かった。



 自分から話してくれるまで、待てば良かった。













 そう平次は思うがプライドが人一倍強い新一。

 何かキッカケを作ってやらないと、ダメだということも解っていた。






























ひとくぎり





























 流れ出る湯を見つめながら新一は立ちつくす。













 あいつはもう解ってる。

 俺に、何かあったのを。





 ・・・・・でも無理に聞こうとしない。















 頭からシャワーを浴びる。

 ゆっくりと、自分の唇をなぞる。



















「たかが皮膚じゃねえか・・・」













 そうだ変わらない。

 手や足と同じ、単なる皮膚だ。



 でもあの感覚は消えない。













 おぞましい、あの感覚は―――――――――――・・・・・・























 バスルームから出てきた新一は、リビングに平次の姿がないのに心なしかホッとする。

 しかし。



















「何ホッとした顔してんねん・・・・・・」

「うわ!」











 背後から、声がした。

 新一は驚きを隠せない。

















「・・・・・・・そんな俺の顔見たないんやったら、帰り」

「え?」

「何べんもそないな顔見せられて・・・・・・・いい加減、ひと馬鹿にすんのもええ加減にせえ!」

















 新一は、平次の気迫に押されてソファに倒れ込む。

















「服部・・・・」


「何でいつものポーカーフェイス作らんのや・・・・・・・・何もして欲しないんやったら、俺に気取られんようしてくれや」























 静寂が2人を包む。

 雨の音も、聞こえない。









 ・・・・・新一が口を開いた。

























「・・・・・・お前さ。キス、されたことあるか」

「へ・・・・?」

「・・・・・男に」

「何?」



















 また暫くの沈黙。

 平次は、もちろんこう答える。



















「な・・・・・ない」

「だろうな」















 また、黙ってしまう。

 平次は続けた。

















「・・・・されたんか」

「・・・」

「そいつが、携帯にかけてきた奴なんか」

「・・・・」

「いやならハッキリ言うたらええやないか。お前のことやから、蹴りの一発くらいお見舞いしたんやろ」

「してない。俺が気付いてたのも、知らない」

「あん? 話見えんぞ」















 平次は、事のあらましを最初から話すように言った。


























ひとくぎり





























 だいたい聞き終えた平次は、天井を見上げる。

 新一は相変わらず俯いていた。













「だいたいお前が狸寝入りなんぞしとるから・・・・・」

「したから悪いっていうのか? したからってキスするか? されると思うか? 俺は男だぞ。あいつだって男なんだぞ?」  













 どう考えても理解できない。したくもない。

 そんな瞳をして新一は平次を見た。



 平次は、そんな新一にこう言う。















「よっぽどお前んこと、好きなんやな」

「服部?」

「世の中、自分以外の人間好きになるようになっとるんや。それがたまたま同性だったっちゅう事や。男だから、女だから人を好きになるんとちゃうやろ?」

「・・・・」

「お前が理解できんのは、しゃあない。でも、それだけで嫌悪すんのはやめろや」





















 新一は、だまって平次の言葉を聞いている。

















「・・・・でも」

「まあ、人の了解もナシにキスは反則やな。しゃあない、一種の握手やと思っとったらええねん。同し皮膚と皮膚が当たっただけやて。外国の挨拶と同じや」

「握手・・・・」

「また変な事してきよったら、今度こそ蹴り喰らわしたら一発やろ」















 それは無理矢理な理由だったけど。

 かなり気が楽にはなったから、新一は少し微笑った。

















「ありがとな」

「ん?」

















 ポツリと、新一が呟く。

 平次には聞こえないぐらいの小さな声で。













 そして、ふと自分の心に浮かんだ考え。

 ・・・・新一は、たまらず部屋に駆け込む。











 突然のダッシュに、平次は呆気にとられ消えた方向をしばらく見つめていた。


































ひとくぎり

























 ベットの上に倒れ込んだ新一は激しく動揺していた。

 耳まで真っ赤になっている。

















「何なんだよ・・・・・・俺、どうしたんだ?」

















 突っ伏しながら、消えない思考に頭が混乱する。



 ふと、自分の心に浮かんだ考え。

 それは、さっきまで平次に話していた男が、もし『服部』だったら・・・・・という置き換えを、無意識にしてしまったのである。



















 ・・・・・・・・唇に触れたあの感覚が、服部からのものだったら?





























 その答えがこの有様だ。





 全然不快に思っていない自分の感情。

 それどころか、鼓動は高鳴り、体温は上昇。

















 何でだ?

 何で気色悪くないんだ?









 そんな突然わき上がった感情。

 それに対処しきれなくなった新一の元へ、平次が心配になって様子を見に来た。 

























「おい工藤、どないした」











 カチャリとドアを開けると、ベットの上にうずくまっている新一が見える。

















「気分でも悪い・・」

「来んな!」







 言葉を遮るように叫んだ新一に、ひるまず平次は近づく。



 視界に入る平次の口唇。

 ますます止まらない鼓動に、思わず新一は平次を突き飛ばした。











「な、何すんねん!」

「うるさい! 頼むから俺に近寄るな!」

















 枕を抱えて新一は後ずさる。

 今までと違う雰囲気の新一に、平次の動きが止まった。





















「・・・・・工藤?」



















 新一は、平次の顔を見ない。

 見られない。















「・・・・そうやな。しばらく男に触られたないよな。すまん、気付かんで」


「違う。そんなんじゃない・・・・・」

「・・・工藤?」

「ごめん・・・・・ごめん、服部・・・」















 平次は新一の側に座った。

 枕に顔を埋めたままの新一の頭を、ぽんぽんとたたく。















「確かに変や。こんな工藤、見たことあらへん」

「・・・・・」

「色々あったしな。一晩寝たらスッキリするやろ」

「するかな・・・・」

「まだ気にしとるんか? さっきも言うたやろ、あれはキスやのうて・・・・・」

「キスじゃ、なくて・・・・?」

















 顔を上げた新一の瞳に、自分が映っている。









 こんな至近距離で、こんなにゆっくり新一の瞳を見たのは初めてだった。

 母親譲りの、少し切れ長の色の薄い瞳。

















 ・・・・・・・・・つい見入ってしまった次の瞬間、平次は自分でも信じられない行動に出た。

































「・・・・・・握手や」

「!?」


「そう思えば、なんて事ない」

























 突然の接触に新一は固まる。











 しばらく思考が止まっていた新一。

 我に返ると、持っていた枕を平次に叩きつけた。





















「んな訳ないだろ!! 何だ今の!??」

「そんだけ元気なら心配あらへんな。今日はもう寝えや」



















 それだけ言うと静かに部屋を出て行く。

 平次の後ろ姿を追いながら、新一は肩を大きく上下した。



























 あいつは今、俺に、何をした?



 想像上の感覚が、現実で起こってなかったか?

























 全然不快に思っていない自分の感情。

 それどころか、鼓動は高鳴り、体温は上昇。









 ・・・・・・新一の目はしばらく扉から離れなかった。
































ひとくぎり



























 その頃、平次は部屋でベットに突っ伏していた。

 瞳を閉じても消えない、新一の綺麗な表情。

















「なんであんな事してしもたんや・・・・・・」













 自信を持って言えるが、決してそっちの趣味はない。

 しかし、だけど。



 綺麗な顔に、男も女もないのだ。





















「・・・・・・今なら俺、工藤にキスしてもうた奴の気持ち解るなあ」

















 あの顔を目の前にして我慢できなかったに違いない。





 たとえ、瞳が閉じられていたとしても。

 だからこそ。





















  あいつ、存在自体が犯罪や・・・・・

























 口・・唇・・・



 薄く開いて、た工藤の唇。

















 平次の脳裏に鮮明に蘇る――――――――――・・・・・・新一の綺麗な薄い唇。



























「って、何思い出しとんのや俺~~!」













 べちべちと自分の頬を叩くが、いっこうに残像は消えてくれない。

 大丈夫大丈夫・・・・・・演技と思えば大丈夫、あれはドラマの撮影で・・・





 などとむちゃくちゃな設定を心の中にたて、嫌でもやってくる夜明けを平次は迎えようとしていた。
























ひとくぎり



























 そして朝は来た。



 午前8時。

 いい加減そろそろ起きないと、授業に間に合わない時間。









 ・・・・そろそろと平次はドアを開けた。



















「おはよう」

「!」

「ずいぶんゆっくりじゃねーか。お前も1限なんだろ」


「・・・・」

「何だよ」

「い、いや」











 普段通りの新一に平次は拍子抜けする。













「俺、今日もサボるわ・・・・」

「え?」















 何だか自分が情けなかった。

 平次は途端に大学へ行く気をなくし、自室へと引き返してしまった。
























ひとくぎり



























 ・・・・・・あいつは友達や。



 男や。















 しかし、解ってしまった自分の本心をもう否定は出来ない。





















「服部・・・・入るぞ」











 ドアは開けるが入ってこない。

 昨日の一件で、変に警戒心を持っているようだ。





 ・・・そら、そやろな。

 自嘲的な笑いを浮かべた平次に、新一は眉間にシワを寄せる。













「服部」

「工藤。いっしょにサボらへん?


「なっ・・・・」











 そう言うや否や平次は新一に近寄り、その腕を掴んで部屋へと招き入れた。

 自分の胸にその手を当てさせる。












「どうしてやと思う・・・・・・?」

「ど、どうしてって」













 手から伝わる平次の鼓動。

 新一は、その手を振りほどいた。







 ちらと見た目の前の顔がさっきまでと違う。













 ・・・・・新一は、反射的に目を背けた。


























ひとくぎり





























 服部の様子がおかしい。













「・・・・・お、おい」











 そこには今まで見たこともない顔をした平次が立っている。

 新一の動きが、止まった。













 見つめ合いの状態で・・・・・・耐えられず目を反らしたのは、新一。





















「何だよ・・・何か言えよ。いつまで黙ってんだよ!」
















 ここから出て行こうと思えば出ていけるのに、身体が動かない。

 新一は立っていられなくなり、すぐ後ろにあるベットに腰を下ろす形で倒れ込んだ。



 本能的にやばいと感じた新一。

 立ち上がろうとするが、肩を押さえつけられ止められる。















 ・・・・・・・見上げた新一の視界に影が降りた。



























「!」



















 触れるだけの口づけは、それこそ握手のようにあっけない。



 突然の出来事に目を開いたままの新一。

 その肩に、観念した表情を浮かべた平次が脇に腰を下ろした。



















「工藤」

「・・・なに」



















 やっとの思いで声を絞り出した新一。

 そして、頼りない声を出す平次。

























「・・・・・・・好きや」

「っ・・・」























 かすれた声。

 平次の身体が、僅かに震えている。

















 ・・・・・・身体の奥から沸き上がるのは甘い焦燥。

























 全身が心臓になったみたいに跳ね上がる鼓動。

 そして、唇に残るとてつもなく気持ちのいい感覚。





 新一は目を閉じた。





















 そうか。



 そういう事か・・・・・・・































「・・・・・俺もだ」 























 囁くようににそれだけ言うと、平次は驚いたように顔を上げる。

 そうして今度は新一の方から唇を重ねた。


























ひとくぎり





























 この日、昨日行けなかった海へ行くことにした。 



 実は、あれからなだれ込んで行くところまで行くはずだったのだが、肝心の最後の方が一体どうしたら良いのか解らなくなってしまったのだ。



 とりあえず男同士なので、どこをどうすれば気持ちがいい云々は解るものの、もともとノーマルな2人。

 それから先が進まず、終いには顔を見合わせて大笑いしてしまった。















「今度までに勉強しとかなアカンな」

「すんな、そんなもん」 











 とりあえずキスは気持ちがいいし、触れるのも触れられるのも気持ちがいい。

 そしてこの後3日も経たずして、インターネットや雑誌で平次は事のやり方を知り、カルチャーショックを受けるのだがそれはまた別の話・・・・・・・・



























 車は高速に乗り一路湘南へ。





















 ・・・・・夏は、これからますます熱くなる。 
















Fin