「ちょお待てや工藤!」















 寒さも本格的になってきた頃。

 冷たい空気の中走ってくる声を、背中で聞く。 

 

 校舎内でだけ掛けてる眼鏡越しに足音の方をちらと見た。




















「・・・・・・何だ。大声で人の名前呼ぶんじゃねえ」 

















 

 もともと鋭い瞳。

 それを更に強くして、自分より少し背の高い男を彼は睨み付けた。





すべてはきみの瞳の中に[01]





 工藤新一。

 世界的推理小説家を父に持ち、女優だった過去の母を持つ工藤家の一人息子。





 それだけで話題性充分な境遇だが。

 生まれ持った頭のキレと、メディアに出てもアップに充分耐えられる容姿を両親から受け継いだサラブレッドだ。



 童顔とも言える幼さを残しながらも甘く見させないのは、その母親ゆずりの切れ長の瞳のせいだろう。








 
・・・・・・・
最近は特に若い頃の母親に似てきたらしい。

























「なんで先帰んねん? 誘ったんはお前やろ!」



















 大きく息を切らしながらそう言うのは服部平次。

 新一が高校生の頃、ある事件がキッカケで身体を小さくされて別人として過ごしていたあの時期。



 世間を騒がしていた少年の状況を知るため、東京に乗り込んできた少年がいた。

 それが平次だ。

 















 ・・・・・・・縁あって今、同じ大学に通っている。















 





「携帯に入れただろう。悪いけど、約束は無しだって」

「・・・なに怒っとんのや」

「別に」













 どう見ても不機嫌きわまりない表情の新一。

 平次はその訳を問いただそうとするが、今日の彼はガードを張っている。

 













「とにかく今日は駄目だ」

「工藤・・・・?」



















 前髪から覗く目が一瞬深く沈んだのを、平次は見逃さない。

 何かを言いかけた新一は、でも平次と目が合った途端ふいとまた背中を向け、そのまま歩き出してしまった。





















「・・・・・・・訳わからんやないか!」



















 足下の空き缶を思いっきり蹴る。

 



 冷たい風が平次の襟元を吹き抜け、震えさす。

 小さくなって行く自分より少し小さな背中はやがて人混みに消えた。






























ひとくぎり





























「・・・・・・・・」













 車に乗り込むと新一は、眼鏡を外してダッシュボードの上に置いた。

 買ってきた缶珈琲を口に含み飲み込む。



 シートを少し倒し、目を閉じる。

 道行く人々の雑踏の音が聞こえてくる・・・・・・・



























「・・・・・・世の中にはこんなに女がいるってのに」



















 自嘲気味に笑みを漏らす。



 耳に入ってくる女の子の話し声。

 でもそれは、ただ新一の聴覚を掠めるだけ。















 ・・・・・自分の心をかき乱す声を、昨日知ってしまった。























 出逢ってから数年間聞いてきたはずのその声は、突然色を変えて胸に飛び込んできた。











 今までこんな気持ちになった事はなかった。

 幼なじみの女の子も、中学校の時の憧れの人も、声を聞くとふんわりとした気持ちになっただけ。





















 ・・・・・・昨日、決心したじゃねえかよ。

















 降って沸いた感情のおかげで、ひどく狼狽してる自分が解る。

 身体が熱くなるのが解る。





 心臓なんて、もう破裂しそうな程。

 













 前髪をかき上げる。

 残っていた珈琲を一気に飲み込むと、エンジンをかけた。





 日が落ちるのが早い。

 暗くなり始めた景色を覗きながら、ガラスに映る自分自身に苦笑する。

















 ・・・・・・・新一は、信号待ちをしながら昨日の事を思い出した。






















ひとくぎり

































「うわ。めっちゃ混んどるやん」

「・・・・・・中央線が事故で止まってるみたいだな」









 山手線のホームで2人は呆然と立ちつくした。

 アナウンスが、ひっきりなしに放送を告げる。



 東京を縦断する形で通る中央線が人身事故の為に運転を見合わせている。

 溢れかえる人混みは、新一の表情を曇らせた。









「俺人混み苦手なんだよな・・・・・服部、別の路線で」

「何もたもたしとんのや、早よ行かな間に合わんで」

「え、おい?」











 平次は新一の腕を引っ張り、乗車率120%並の人の渦に乗り込んだ。

 2人がどうにか収まった所で扉が閉められる。









「おい・・マジでやばいって・・・・・」

「何がや?」

「・・・・・いや」









 今更言った所で後の祭りだ。

 どうにか身体を反転して窓側を向くと、新一は大きく深呼吸をした。



 やがてゆっくりと電車は走り出す。









 今日は前々から楽しみにしていた映画の封切り前日のオールナイトだった。

 場所はここから約30分間乗った所の、有楽町。



 しかしこんな時に・・・・・・予想外の出来事に新一は参った。

 実は高校生の頃、車内で倒れた経験があったのだ。







 コナンから新一に戻った時、まだ体調が万全でなかったのと、久しぶりの身体に馴染みきれてないのも重なって、3日程寝込んでしまった。

 そんな時に舞い込んだ事件に、病み上がりの身体を無理に行かせたのがまずかった。







 ・・・・・駆け込んだ山手線で、事もあろうにぶっ倒れてしまったのだ。













 帰宅ラッシュで隙間がないぐらいに押され、周りのオヤジたちのタバコの匂いやら整髪料の匂いやらで空気も悪く、季節的にも窓など開いてない。

 身長も高い方ではないので上空の空気も上手く吸えない。





 しかも場所が悪く、暫く開かないドア寄りにいたのだ。





















 ─────・・・やば・・・・・・



























 そう思ったら駄目だった。







 自分の顔から血の気が引く様があんなにハッキリ解ったのは初めてで、そこから意識がなくなり気が付くと病院で点滴をうっていたという有様だ。



 それから電車に乗るときは、空いている車両、時間を選んできた。

 ふとそんな状況になりかけた時は、必ずと言って良いほど吐き気がして・・・・・・・





 あの時の事を思い出してしまうからだ。













 一度経験した状況は自己暗示のように降りかかる。

 別に気分が悪くなくても、そうなってくるのだ。









 嫌な動悸が聞こえてくる。

 息が、しづらい。





 隣の親父からは、あの時と同じような整髪料の匂いとタバコの匂いがする。









 ・・・・・・・たまらず新一は顔を伏せた。



























「工藤?」













 そんな新一に、平次が気付いた。













「・・・・どないした。気分でも悪いんか」

「・・・・・・・」











 今の新一にはその問いかけに答える気力もない。

 ただ、ゆっくり目の前の肩が上下する様を見て平次は状況を察した様だった。



 窓の中に映るその表情からも、充分に読みとれる。









 途中駅に着き、反対側のドアが開いて人波が少し緩和される。

 ドアの右側の隙間の一角が空いたのに気付き、すかさず平次は新一をずらした。









 突然身に感じた揺れ。

 でも次の瞬間ひんやりとした空気が顔に流れてきて、新一は少し気分が楽になる。



 そしてまた一段と人の並が押し寄せた。









 ・・・・・でもさっき程圧迫感が来ない事に新一は気付く。



















 両脇から伸びた腕が手すりと壁に付いている。

 それは、後ろの平次の腕だった。





















「・・・服部?」

「ええからお前は、そこの空気吸っとれや」













 耳元に小声で話しかけられて新一は身体が竦んだ。







 命令調なのに、優しい響き。



 言われるまま、ドアの隙間から入り込んでくる冷気に顔をあてる。

 そうして目的の駅に着くまでの道のりを、この状態のままなんとか持ちこたえた。




























ひとくぎり





























 有楽町のホームで、暫く風にあたる。

















「・・・・・もう平気だから行こうぜ」

「せやかてまだ顔青いで」

「だって始まっちまうだろ?」







 映画は8時からだ。あと15分しかない。

 しかし平次は販売機で冷たい缶珈琲を買うと、新一に差し出した。







「11時にしたらええやん。急ぐ事もあらへんし」

「でも」

「・・・ええから冷たいの飲んで、気分落ち着かせろや」











 平次は笑う。



















「・・・・ああ」





















  ふわりと、新一は何故かそんな気持ちになった自分に驚いた。









 『女はつき合うてみんと解らんからな』



 それが口癖の平次は、大学に入ってからも何人かとつき合っていたが今はフリーだ。

 別れた理由はさまざまらしいが、でも決まって平次の事を悪く言う女はいなかった。







 ・・・・・新一は、なんだかその理由が解った気がした。

















 ふと目の前の影を見つめる。

 そして瞳があった瞬間、どくんと心臓が鳴った。



























「・・・・・!?」

「ん?」

























 自分の状況が解らない。

 その影は、新一を覗き込んだ。



















「い、いや、髪伸びたなと思って」

「そうか?」















 前髪を引っ張り、その後かき上げる。

 その姿に何故かたまらない動悸を感じ新一は立ち上がった。























 ・・・・・なんだよ、何だってんだよ!?































「服部、寒いから行こうぜ」











 不可解な想いを振り切るように階段へ向かう。

 平次は、その後を追いかけた。


























ひとくぎり

























 目的の映画館へ着くと、まだ8時の回に間に合うようだったので2人はエレベーターに乗り込んだ。

満員だ。















「!」













 ・・・・・そのとき新一は腰に嫌な感触を受けた。



























 またかよ。











 決して女っぽくはないのに、どうしてか新一はよく痴漢にあっていた。



 最初の頃は
狼狽(うろた)えもしたものだが、もうそんな事はない。

 ちらりと後ろを睨み付けると、気味の悪い笑みを浮かべる自分より頭ひとつ高い男がいる。















 こいつか・・・・・・・



















 新一はくるりと身体を反転してにこりと微笑むと、到着のチャイムが鳴ったのと同時にその男の股間を思いっきり蹴り上げた。





 流れ出る人の波に蹲るのを確認してエレベーターを降りる。

 その男は立ち上がれず、そのまま扉は閉まり下へ向かっていった。



















「全く・・・世の中、変態が多いぜ」



















 その一部始終を見ていた平次は、笑いが止まらない。





















「何笑ってやがる」

「いや・・・お前、かっこええなあ」









 尚も腹を抱えて平次は笑う。

 面白くない新一は、その身体に軽く蹴りを入れると、さっさとチケットを取りだし場内に入っていった。







 不機嫌きわまりない表情を隠さず、でも薄く上気する肌をすれ違う人々が振り返る。

 面白いのは男も振り返る事だ。



 顔に騙されるとえらい目にあうという手本の様な新一に、機嫌直しの飲み物でもと買ってくか・・・と販売機の前に立った所で平次は声を掛けられた。















「なんだよ、(へー)じゃんか」

「晃・・・・・・なんや、お前も来てたんか」








 滝澤晃(たきざわあきら)
。東京に来てから知り合った剣道仲間だ。



 女連れか。

 平次は軽く、頭を下げる。











「・・・・・続いとるみないやな」

「お陰様で。お前は? どうせ女と一緒?」

「いんや、友達と・・・・・」











 親指で場内を指す。

 その時ちょうど、なかなか来ない平次を探しに新一が出てきた。 



 歩いてくる途中で誰かと一緒なの気付き、晃に会釈すると『真ん中の左寄りにいる』と告げ戻っていく。

 驚いたのは晃だった。















「友達って今の!?」

「ああ、工藤や。知っとるやろ」

「知ってるも何も噂通りじゃん・・・・・・・なんか俺、お前が女と続かないワケ解ったな」

「何やそれ」















 平次は眉根を寄せる。

 聞き返そうと口を開いたその時、ブザーが鳴った。













「あ。じゃあな、今度ゆっくり話そうぜ」









 それだけ言うと彼女の手を取り中へ入っていく。

 平次は買い損なっていた珈琲を買うと、熱い缶を持て余しながら場内へ続いた。







 新一はすぐに見つかった。

 座席の背にもたれ、目を閉じている。



 平次はその頬に缶を当てた。













「熱ちっ! ・・・・・・てめ、何しやがる」

「はは。ほい」













 隣に座り珈琲を飲む平次。

 新一は、その横顔をじっと見る。













「・・・・サンキュ」

「そろそろやな」

「あ。そういや、さっき声かけて悪かったな」

「さっき?」

「友達・・・・気悪くしなかったか?」

「するかいな。何言うとるん」

















 そう言われ、平次は友人に言われた事を思い出した。































 『お前が女と続かないワケ解ったな』

























 どうゆう意味なんやろ・・・・・・・













 高校の後半から女と長く続かなくなった。

 1人の女とつき合っている間は、その女を大切にしてきたつもりだったのに。



 もやもやした気持ちはだんだん膨らんでゆく。

 平次は、後で晃の携帯に連絡して聞き出そうと決めた。

















 やがて場内は闇に包まれる。



 ・・・・・・新一も平次も、何故か映画の内容に集中できなかった。 


















ひとくぎり
































「はー・・・・」











 地元の駅に着いて家までの道のりを、歩きながら新一は考えた。







 今日の俺はどう考えても変だ。   

 どんな事があったって、こんなに心乱される様な事はなかったのに。





 あいつは高校からのいい友達だ。

 ただ、それだけのはずだ。























 ・・・・・・・それだけだった。



 昨日までは、少なくとも。 

























 宇宙を見上げる。

 夜空に雲が薄くかかっている。





















 ・・・・・・・認めるしか、ないだろう。























 この想いが何なのか。




 信じられないけど、信じたくないけど。

 明日から今までと同じようにあいつの事を、友達として見れそうにない。







 新一は自宅玄関前に着くと立ち止まった。





















 

 母親から譲り受けた容姿。

 かつて演技派女優だった藤峰有希子の血も、濃く受け継いでいるだろう。

















 ・・・・・・役に立つだろうか。



























 初対面ならいざ知らず、相手は平次。



 何年も一緒にいた相手。

 しかも男に、今更。





















 出来ればこれからも・・・・・・・あいつとは、一緒にいたい。

































 ゆっくりと鍵を取り出す。

 新一は、静かに扉を開けた。 

































ひとくぎり


































「服部。今日の夕方、時間あるか」 

「何やねん・・・・・こんな、朝っぱらから」









 暖かい光が差し込むベッドの上。

 平次は布団に顔を埋めたまま、受話器に話しかけていた。



 朝の8時である。











「悪い」

「・・・・・平気やと思うけど」

「じゃ、4時に図書館な」











 急いだ様子で新一は電源を切る。

 大きく欠伸をして、平次は受話器を戻した。





















「・・・・・・」



















 思い出される、夕べの電話。

 真夜中にかかってきた晃とのやりとり。




 平次は思いっきり頭を振る。

 ゆっくりとベッドを降りると、バスルームへ向かった。





































ひとくぎり


































 そうして待ち合わせの場所に、時間通りに行ったが来ていない。

 携帯の留守電を聞くと『悪いけど約束は無しだ』の一言だけ。



 この展開はいつもの気まぐれだろうか?

 とりあえず寒いし、平次は図書館に入ることにした。 















「ん?」














 その時、携帯が震えた。

 ポケットから取り出した液晶に映る番号を見て平次は外に出た。

















「工藤?」


『あ、うん・・・・・・その』















 外はもう夜の闇が降りてきていた。

 平次は、身体を震わせる。

















「・・・・何か用か」

『今日、悪かった』













 そう言った新一の声は、さっきの抑揚のないものとは違っていた。

 消えそうな囁く声。



 平次は、なんだか笑ってしまう。

















「・・・・・・・そう思うんやったら迎えに来いや。俺今日、車おいてきたし」

『校門の前に―――――――・・・・・・来てる』

「へ?」

















 そうして声は切れた。

 平次は校門まで走り、見覚えのある車を視界に入れた。









































 ・・・・・・・・・結局、新一は戻ってきた。











 自分の顔をそんなに良いと思った事などないが、そこそこ役に立つのなら。

 やってみるしかない。









 そんな新一の決意を乗せた車に、平次は乗り込んだ。 

























 しばらく2人は黙ったまま。

 新一は、車を出そうとしない。 

















「工藤?」









 平次はその綺麗な横顔を見つめた。

 すると、その唇が静かに動いた。





























「────────・・・・・海、行っていいかな」
























ひとくぎり

















 新一は千葉方面へ向かった。

 着くまでの間会話はなく、流れるのはFMから流れる昔のメロディー。



 平次も何となく話し掛けられない。







 やがて、闇に光る水面が目に飛び込んできた。

 海岸の脇の道路に車を止め水平線を眺める。











 平次が、口を開いた。





























「・・・・・何か話、あるんやろ」



















 新一は視線を窓の外に向けたまま目の色を変えた。

 それに気付かない振りをして、平次はシートベルトを外す。















「のど渇いたな。俺ちょお、飲みモン買うてくるわ」













 平次は外に出る。

 首に感じた風に一瞬震えて、少し歩く位置にある自動販売機へ向かった。



 相方の居なくなったシートを見つめて新一は肩を落とす。

























 ・・・・・・・・信じ、られない。



















 どんなときも冷静沈着な自分はどこへ行ったのだろう?

 まるで自分を、コントロール出来ない。





 こんな調子で接していたら、あいつにはすぐ解ってしまう。

 俺がこんな気持ちを抱いていることなんか、すぐ。

























「情けねえな・・・・」





















 苦しさが、喉からあふれそうだった。





























ひとくぎり





















「おわ、さっぶー・・・」











 腕の中に缶珈琲を抱え平次が戻ってくる。

 開けようとドアに手を掛けようとして、中の影が動くのに目を追った。















「・・・・・・」











 真っ白いタートルネックのセーターが、暗闇に鮮やかに浮かび上がる。

 影は両手を上げて伸びをするとゆっくりとシートを倒した。





 平次は目を、離せない。



















 瞳を閉じて身じろぎするその姿。

 まるで、何かに怯えている様だ。

















 ・・・・・・・・今まで、こんな新一は見たことがない。



























 何となく中に入れず、平次はしばらく海の見える堤防に腰掛けていた。

















































「なんで俺が狼狽(うろた)えとんねん・・・・」













 手の中の珈琲が、暖かかった。

 風は相変わらず冷たさを増す。





 平次は、ただずっと水平線を見つめていた。























「・・・・・・・ホンマにどないしたんや、工藤」



















 やがて新一は起きあがる。















 どうしようもない想い。

 人を好きになるという事は、こんな感情を伴うものなのか?



 今まで『好き』と思っていた感情とは、まるで違うことに新一は戸惑う。















 考えれば考えるほど答えのない迷宮。











 ・・・・・・・こんな事じゃいけない。

 新一は、大きく深呼吸した。



























「ちくしょう、しっかりしろ工藤新一!」















 自分の両頬をべちと叩くき気合いを入れる。

 その時車の前の堤防の先に、動く影を見つけた。

















「・・・服部?」









 ロングコートをたなびかせて立つそのシルエット。

 海の上のネオンと重なり、綺麗に新一の目に映った。





 車を降りその影に近付く。

 影は、肩をすくめて立っていた。



 波の音に紛れて聞こえる足音。

 平次はすぐに気付く。





















「工藤」

「なーにやってんだ? こんなとこで」 

「何て・・・・・」

















 新一の目が赤かった。



 充血気味の新一の目。

 それが今、平次の脳裏に鮮やかに焼き付いて不思議な感情を植え付ける。 



















「飲み物はどうした」

「あ、そやった―――――――――・・・・・・ぬるくなってもうたかも」















 慌てて両ポケットから缶を取りだす。

 すでに、ぬるいを通り越して冷たくなっていた。



 新一は思わず吹き出す。

















「いくら俺が猫舌でもなあ」

「・・・・・スマン」

















 やけに明るい彼に、平次は戸惑いを隠せない。





 新一はその缶を開け一口飲み込む。

 そのまま、ネオンの浮かぶ海に視線を移した。

























「服部・・・・・どうしたらいい?」

「へ?」





















 新一は呟く。

 波の音に隠れてしまいそうなぐらいの囁きで、続けた。























「俺――――――――――・・・・・・こんなに人好きになったの、初めてでさ。どうしたらいいのか、解らないんだ」

「!?」

























 瞬間、風が平次の前を通り過ぎた。 

 新一は尚も海へ視線を向ける。





















「ど、どうて・・・・・・」

「自分でも信じられねえんだ・・・・・・そいつの事考えるだけで、頭ん中いっぱいで・・・・・・・感情がコントロール出来ない」



































 ──────・・・・・・工藤が、誰かを、好き?



























 平次は突然の言葉に、衝撃を受けている自分に驚いた。

 相談事があると思ってはいたが、まさか恋の悩みだとは思ってなかった。 

















「初めてて・・・・・蘭ちゃん好きちゃうんか?」











 新一には幼なじみの毛利蘭という女の子がいて、その子の事が好きなはずだった。 

 しかしその名前を出された新一の表情が瞬間、沈む。















「蘭の事は好きだ。今でももちろん」













 毛利蘭。

 ちょっと気が強くて、涙もろくて、でもそこがすごく可愛いい幼なじみ。



 新一からコナンになって毛利家に居候して、蘭の心の内側を覗く度に胸が痛んでいたあの頃。

 早く元に戻りたくて。でも小学生の身体では思うように行かなくて。





 ・・・・・・蘭のために早く元に戻りたかった。

 それは本当だった。

















 でも──────────────・・・・・・































 新一は、平次の前に移動し顔を上げる。

 初めて逢った時には同じくらいだった背の丈も、今じゃ自分が少し顔を上げないと視線が合わない。



























「・・・・・・・こんなに苦しいのは初めてだ」

















 同じ年で話の出来る友人を持たなかったそれまでの自分。

 両親があまりにも有名すぎて、先入観を持たずに接してくる人なんてハッキリ言っていなかった。



 そして出逢った大阪の少年。















 想いを打ち明けて、拒絶されたとき自分はどうしたらいいのだろう。 

 何もなかったように友達に戻るなんて出来そうにない。

























「工藤・・・・・・」













 平次の唇が新一の姓を形取る。

 新一はそれに、とても甘い疼きを感じた。



 気付かれたくなくて顔を背ける。





















「悪い。気弱になっちまった・・・・・・寒いから車、戻ろうぜ」















 ダッフルコートのフードを頭に被り、新一は平次に背中を向け歩き出した。

 その後ろ姿を見ながら平次は前髪をかき上げる。





























 ・・・・・・・ちょお待て。









 工藤が、誰かを好きやと?

























 平次は今日の新一を思い出す。

 さっき見た姿も、今日の自分への態度も皆そいつが原因だと言うのか。









 ・・・・・しかも相手は毛利蘭ではないらしい。























 新一は相手の名前を言わない。

 平次も聞かなかった。いや、聞けなかった。





 それが何故なのか平次にはまだ解らない。























 風がまた強くなってきた。

 平次は販売機に行き、もう一度缶珈琲を買ってから車に戻った。 



































「ほい」

「あ、サンキュ」













 差し出された缶の暖かさに新一は頬を付けた。



 風が強くなってきたらしい。

 車体が、揺れる。

















「寒いな。エンジン入れてヒーター付けるか・・・・・あれ?」

「どないした」













 コートのポケットに手を入れて、新一は何かを探している様だった。









「っかしいな。ここ入れといたのに・・・・・・落としたかな」

「何をや」

「携帯。ちょっと探してくる」















 言うと新一は車を降り、堤防の先に走っていった。

 開けたドアから突風が入り込む。













「おわ! ちょお風強いな・・・・・あいつ、飛ばされないやろな」















 よたよたと動く影が気になり、平次はフロントガラスを見つめる。

 その時大きく車が揺れ新一が視界から消えた。

















「!」















 慌てて平次は車を飛び出す。

 新一は、コンクリートに座り込んでいた。





















「び・・・びっくりした―――――――――・・・・」

「工藤!」

「あれ服部・・・・・?」 











 平次が息を切らして走り寄ってくる。

 新一の肩を掴むと、大きく息をのんだ。

















「アホ・・・・・落ちたかと、思った・・・・・」

「え?」



























 もしかして、俺の為に飛んできてくれた・・・・・・・・・?





























 瞬間、新一の体温が一気に上昇した。

 顔から火が出たように熱い。

















「だ、大丈夫だって! ほら、携帯も見つかったし・・・・・と!」

「工藤!」

















 振り上げた右手から携帯が離れた。

 バランスを崩した身体が、海の方へ倒れ込む。































 ────────・・・・・しまった、落ちる!































 しかし。

 腕に感じた強い力が自分を押しとどめたと気付いた時、何かが海に落ちる音を新一は聞いた。



































「え・・・・・・?」



































 そこに、平次の姿はなかった。  

 夜の闇に微かに浮かび上がる海面に白い泡を確認して、新一は叫んだ。 





























「・・・・・服部──────────────っ!!!」