運が良かった。









 厚着をしていたのと、岸に近かったこともあって平次は自力で戻ってきた。


 新一はあの時自分も飛び込む気でいたのだが、すぐ平次は顔を出し無事が確認できたのだ。






 そうは言っても冬の海。濡れた服のままでは死んでしまう。

 急ぎ車に戻ると新一は服を脱がせ、自分のコートと上着を平次に渡した。





 ・・・・・エンジンを入れてヒーターをつける。





 













「へっくしょい!」 

「ほんと悪い・・・・・・」









 心配そうに、覗き込む新一。

 平次は笑った。












「俺は平気や。お前が落ちんで良かった」

「服部」

「はは。けどこりゃパーやな」











 びしょ濡れのコートのポケットから携帯電話を取り出す。

 実はこの前、買い換えたばかり。













「ごめん・・・・」

「気にすんな」











 ぽんぽんと新一の頭を叩く。

 だからその腕を掴み、平次にこう告げた。





















「今日は俺ん家に来い――――――――――・・・・・・風邪ひいたら、1人じゃ困るだろ」























 思いっきりアクセルを入れる。

 いくら平気と言われても、頭はまだ濡れていて微かに触れた手が熱いのが気になったから。



 自宅まで1時間弱。

 捕まらない、死なない程度に新一は高速を急いだ。




すべてはきみの瞳の中に[02]





 悪い予感は的中。

 

 道中だんだん無口になっていった平次は、新一の家に着く頃にはかなり熱が上がっていた。

 それでも意識はあったので、なんとか肩を貸し中に入ったが・・・・・・・・・



 部屋までたどり着くとベッドに倒れ込んでしまう。
















「服部、おい」

「すまん・・・・迷惑、かけてもうて」

「迷惑かけたのは俺だろう。ここに寝ててくれ、すぐ薬持ってくるから」
















 新一は豪快な足音を立て階段を下りる。

 リビングの左の電話台の下の救急箱を開けると、解熱剤を探した。



 一緒に水とタオルを持って部屋へ戻る。







 平次はうつぶせの状態。

 クローゼットから新しいパジャマを取り出すと、平次に話し掛けた。

 















「コート脱いで着替えろ。薬も持ってきたから、飲め」

「ん・・・」



















 重い身体をなんとか起こすと平次はコートを取った。

 明るい人工の光の中に現れた平次に、新一は思わず目を逸らす。




















 

 ・・・・・・・うわ!

























 別に初めて見た訳でもないのにその浅黒い肢体が脳裏に焼き付く。 


 着替えを終えた平次は、ゆっくりベッドに潜り込んだ。




















「ほら、薬飲めってば!」

「・・・・」















 どうやらそんな気力がもう残っていないらしい。

 目をこちらに向けるが、すぐ閉じられた。







 ・・・・・新一は困った。



















 

 とにかく薬を飲んでくれない事には先の保証がない。

 この解熱剤はかなり苦いが、よく効く。





 このままではあの手段を取るしかなくなる。

 それだけは、何とか避けたかった。

















 











「服部、頼むから薬飲んでくれよ―――――――――――・・・・・・じゃないと口移しになっちまう」































 覗き込みながら囁く新一の声は、最後の方はほとんど聞こえないくらい小さい。

 





 何だか身体が熱くなってきた。

 妙な鼓動が、聞こえてくる。


 平次の呼吸は荒く口も渇ききっているようだ。

 











 ・・・・・・ごくりと、新一の喉が鳴った。



















 避けたかったはずのその行為。

 新一の思いとは反対に、身体は動き出していた。






 コップの水に粉薬を溶かし自分の口に含む。

 そうしてゆっくりと平次の首の後ろに手を入れると、頭を少し浮かせその口内に液体を流し込んだ。

















 ・・・・・・・・・こぼれた雫がシーツを濡らす。

 























 平次の喉が飲み込んだのを確認して新一は唇を離した。

 その苦さに、つい平次はむせる。





 再び枕に頭を置いて開いた目の先に、平次は新一の濡れた唇を見つけた。

 熱のせいでぼーっとしたままの頭の中に声が聞こえてくる。





























「・・・・・・・お前が自分で飲まないからだ」





























 その後、額に冷たい感触を感じて平次は目を閉じる。

 新一は出来るだけ布団と毛布を掛けた。 



 しばらく、その寝顔を眺める。

























 ・・・・・・すこし開いた形のいい唇。





 さっき、自分のそれと確かに重なったもの。

































「・・・・・・服部」





























 声にならない声でそう囁く。





 新一は・・・・・もう一度それに触れた。







































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 ひとつの接触を図ると、また先に進みたくなるものだ。

 湯に浸かりながら目を閉じて考える。



 新一は、さっき確かに平次に生理的欲求を覚えた。

 感情が肌の触れあいを求めているのだ。









 お湯を手のひらですくってみる。

 形のない液体は止まることなく流れ落ちた。



















 ・・・・・・・まるで、自分の心みたいに。



























 風呂から上がって部屋に戻る。

 平次はもう、息も静かにただ眠っていた。



 濡れタオルを取り替え、出ていた腕をしまうと明かりを消す。















 新一は、今日は父親の部屋で眠ることにした。                                                















































 ・・・・・・・夢を見た。



























 白くて綺麗な肌が、自分に触れている。

































「─────・・・・・・・・・・・・工藤!!」






















 闇の中、汗だくで平次は目を覚ました。



 周りを見渡す。

 枕元の時計が、4時を差していた。





















「・・・・・俺も気にしすぎなんかな」

















 記憶が途切れる瞬間に、唇に与えられた感触を思い出す。

 あれは夢でなければ確か・・・・



 平次は、大きく肩を落とした。

















「気持ち、悪かったやろなあ・・・・・・・」















 いくら病人とはいえ、男相手にあんな行為をするのは気持ち良いものではないはず。

 しかも新一には惚れた相手がいる。



 平次は軽い自己嫌悪に陥った。





























『・・・・・・・お前が自分で飲まないからだ』





















 抑揚のない声。

 その新一の呟きだけが、頭にいつまでも残っている。




 感じる寒さに布団の中に潜った。

 新一のベットと新一の寝間着に包まれ、平次は何だか妙な気分だった。































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 朝。



 平次は額に冷たい感触を受け目を開けた。 

 白い指が、見える。

















「気分はどうだ」

「・・・・・工藤」

















 新一の顔が青い。あまり寝ていないのだろうか?

 平次は、身体を起こしてみた。























「平気や・・・・・・ちょお腰は、痛いけどな」

「駄目だ。まだ熱がある」

「へっ・・・?」



























 ・・・・平次は一瞬何をされたのか解らなかった。



























「どうした?」

「ど、どうしたて・・・・・・」























 平次は自分の顔が今、とても赤いのを感じていた。

 それもそのはず。

  

 新一に、額と額をくっつけられていたのだ。













 海外生活の長い工藤家では至極日常的に行われていた行為。

 幼い頃から、新一は両親にこうやって熱を計ってもらっていたため何の抵抗もない。



 言葉を紡がれてかかる吐息に、平次はたまらなくなり新一を離した。

























「・・・・・服部?」

「悪い────────・・・・・1人にしてくれんか」
























 手で顔を覆い、それだけ言うと平次は背中を向けまたベットに潜り込んだ。

 いきなりの拒絶に新一は訳が分からない。

























「・・・・・解った」

















 だから、それしか言えなかった。

 新一は静かに部屋を出る。



















 扉の閉まる音を聞きき、平次はゆっくりと視線を移した。

 ドアの前にトレイが置かれおり、そこに小さな土鍋とスプーンが乗っていた。




 まだ熱の残る身体を起こして、それを取る。

 中身は雑炊だ。



















 ・・・・・・座って、ひとくち口に運んだ。

































「熱ち・・・・」













 出来立ての雑炊は美味しかった。

 平次は食べながら、新一の事を考える。







 多忙な両親は海外在住。



 中学を卒業して向こうのスクールに転入する話も出たらしいが、幼なじみの毛利蘭と離れたくなくて一人暮らしを始め。

 最初の頃は家事もろくに出来なかったが、蘭の指導と持ち前の器用さで上達は早く、今じゃ料理も大抵の物はすぐ作れるほど。








 でも。

















 平次は新一の部屋を見渡す。



 余計な物は極力ない部屋。 

 脇に転がるサッカーボールが、唯一の趣味を語っている。











 ここで新一は何年も一人で暮らしている――――――――――――――・・・・・・





























「・・・・・・昨日の俺みたいに熱出した時、ここで1人で過ごすんか、あいつ」















 自分も大阪を離れ1人暮らしをしているが、寝込んだのはこれが始めてだ。

 思い返してみれば、新一が居てくれたからこそ熱も落ち着いているのだ。








 なのに、どうしてさっきあんな事を言ってしまったんだろうか・・・・・?

















 いきなり至近距離で見た新一の顔。

 思ったより睫が長くて、シャンプーの香りが微かに香って。













 心臓を鷲掴みされた気がした・・・・・・






























「やばいで・・・・シャレにならん」












 平次は晃の言葉を思い出した。

 女と続かなくなった理由。それは自分の心に、別の人間がいたからに他ならない。
































「せやけど・・・・・・」













 今ハッキリと解った自分の気持ち。

 でも、どうしようもない。



 新一には好きな相手がいるのだ。

 苦しいまでに悩ましい表情を、無意識にさせてしまうほどの相手が。











 ひやりと風を感じて、平次は身を竦めた。

 汗をかいたままの寝間着だった事に気付く。



 着替えを新一に聞こうとドアを開けようとして、さっき自分から押し返したことを思い出した。


 



























「俺のアホ・・・・」

















 ドアに額を付けて、平次は大きくため息を付いた。







































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 新一は書庫で小説をめくっていた。

 ここにあるのは推理小説が主だが、中には恋愛を綴った物もある。






















「事実は小説より奇なり・・・か」 

















 紙の上のホームズやワトスンは何も答えてはくれない。

 その時、上の方で何かが落ちる音がした。

























「・・・・土鍋?」



















 新一は、急いで2階に戻った。























「服部!」









 思い切りドアを開けると、絨毯の上で平次が足を押さえて座り込んでいた。



 土鍋が転がっている。

 足の指の上に、落としたらしかった。














「はは・・・やってもうた・・・・痛てて」

「何やってんだよ!? ああもう、鍋なんて俺が後で持ってくから置いといてくれればいいのに・・・・・」














 トレイの上に食器を戻し平次の足を覗く。

 素足に受けた衝撃は、ちょっと痺れが強いらしい。












「鍋、渇くと落ちんやろ・・・水に浸からせとかなアカン思て」

「・・・ぷっ」











 その言葉を聞いて新一に笑みがこぼれた。

 そして、お腹を抱え始める。











「何やねん!」

「だ、だって・・・・・・・そういやお前、以外とそーゆー事うるさかったな」












 笑い転げる新一。

 面白くない平次だったが、でも、息をつく。

 















「やっと(わろ)たな」  

「え?」

「・・・・いや」













 黒のタートルネックにグレイのシャツ。

 そしてストレートのジーンズに包まれたその線の細い身体を、平次は改めて見た。




 どこから見ても、誰が見ても男に他ならない。

 確かに綺麗な顔をしているが女には見えないのだ。




















 なのに、俺はこいつに惚れているらしい―――――――――――・・・・・・





















 どうして俺は工藤が好きなんだろう。

 そんなことをつい考えてしまったが最後、新一から目が離せなくなっていた。



 その視線に新一も気付く。





















 ・・・・・・自然に笑みは消えていた。





































「なあ工藤」

「え・・・・」















 平次の顔が近づく。



 新一の心臓が破裂しそうな程に波打ってきた。

 熱の残る平次の表情が、やけに艶めかしく映る。




 瞳を開けていられなくて新一はつい視線を逸らした。

 絨毯の上の平次の指が、新一のそれと触れる。

























「お前の好きな奴て・・・・・・・誰や?」






























 聞ける訳なかった言葉。

 多分聞きたくない、言葉。



 でも聞かずにはいられない言葉。

















 そのまま2人はしばらく動けなかった。

 新一は、突然の問いかけに戸惑いを隠せない。



















 言えるわけがないのだ。

 常識的に考えて、受け入れてもらえる訳がないのだ。






 今まで普通に友達として過ごしてきたのだ。

 この関係は壊したくはない。





















 ・・・・・・・指先に感じる体温を押しのけて、新一は立ち上がる。































「・・・・・汗かいただろ。風呂沸いてるから、入れ」

「工藤!」



















 言えない。



 上手く誤魔化せばいいのに、出来ない。

 ポーカーフェイスが作れない。

 

 平次は新一を見上げている。

















 ・・・・・やっぱり、言えない。







































「・・・・・・・お前にだけは知られたくない」


「工藤・・・・・」































 深く沈んだ瞳。

 足下のトレイを持ち、新一は部屋を出た。 




































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 閉じられた扉を、平次は暫く見ていた。













 『お前にだけは知られたくない』



 くりかえし響く言葉。

 それは平次の中に、苦しいまでに鈍い痛みを残している。

























 ・・・・・・・・工藤が、あんな顔するなんて。





























 どうしようもない嫉妬が沸き起こった。

 こんな事は、初めてだ。



 今一度、平次は晃の言葉を思い出した。











 『お前が女と続かないのは工藤が側にいるから』 



 いい加減に平次にはもうその意味を理解していた。

 工藤新一という存在に、いかに心を占められてきたか。










 どんなに可愛い女と一緒にいても心のどこかで比べてきたのだ。

 必ずといって良いほど毎日あいつの顔をみて過ごし、逢う度に知らなかった部分を見て。



 その行動ひとつひとつが工藤新一を形作ってると知って。














 きっととても惚れ込んでいる。

 自分とあまりにも違う部分を持ち、そして同じ部分も併せ持つこの存在に―――――――・・・・・・・







 無意識に、惚れ込んでいたのだ。
























 しかし遅すぎた。

 あいつの心に誰か住んでいると知ってから、気付くなんて。

































 平次は重い身体を起こす。



 なんだか頭がボーっとしてきた。寒気もまだする。

 とにかく、身体を暖めようと思った。



























 一階のリビング。

 平次は、そこのソファに寝そべる新一を見つけた。



 クッションを抱えて天井を見つめているその姿に、平次は数瞬間立ち止まった。

 少し躊躇ったが声を掛ける。















「・・・・・工藤」

「服部? そうか風呂か・・・・・」















 身体を反転して平次に向いた。

 その姿がやけに可愛いく見え、平次はドキリとする。


















「あ、いや・・・さっき言うの忘れとったんやけど。雑炊、旨かったで」

「ホントか? 作ったことなかったから、ちょっと心配だったんだ」


















 その言葉に新一の表情が変わる。

 同時に平次は、自分の心臓が急に高鳴るのを感じた。































 ─────・・・・・・・・どないしよ・・・何か俺今、めっちゃやばい気分や・・・


































 このままここにいたら新一に何をするか解らない。

 理性を失いそうな自分が、信じられない。



























「あ、じゃ、じゃあ俺風呂入ってくるから、着替えよろしく頼むわ」

「おう。しっかり暖まって来いよ」


















 微笑まれ平次はもう正視できない。


 そのまま早口で捲し立てると、その場を後にした。






































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 浴槽で、平次はこれまでの事を考えた。 







 映画を見に行く途中の電車の中での新一。

 劇場内で熱いと解っていながらも、飲んで舌を焼いていた新一。



 海を見に行った時の新一。











 初めて逢った時の言い表せない衝撃。

 そして、新一の苦しい想いの先に住む誰かを知った時の自分────────
・・・・・・



















 こんな気持ちを抱いていると知ったらあいつは離れてく。

 ただでさえ男から好かれやすい新一は、人一倍そういう事に嫌悪感を持っていた。



 嫌われるのは、耐えられそうにない。











 平次は湯船に寄りかかったまま、しばらく目を閉じた。

 遠くでサイレンの音が聞こえる。















 ・・・・・天気のいい、日曜の午前だった。

































 風呂場を出るとかごの中に新しい寝間着が用意されていた。

 着替えてリビングへ戻るが、新一の姿がない。






 部屋に戻っているのかと2階へ上がるがそこにも居ない。

 もう一度リビングへ引き返して見ると、テーブルの上にメモが置かれてあった。



 買い物に出ているようだ。











 ちゃんと寝てろとかかれた追伸に苦笑し、冷蔵庫から飲み物を勝手に取る。

 平次は新一の部屋に向かうべく階段を上っていった。











































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「・・・・・遅いなあ」













 平次は枕元の時計を見る。もう3時を廻っている。

 なんだか嫌な予感がした。



 まだ3時だと言えばそれまでだが、病人の平次をひとり放っておくような新一ではない。

 その時、平次は風呂に入っているときに聞いたサイレンの音を思い出した。
















「・・・・・・まさか工藤の身に何か」









 机の上にある受話器を取り、押し慣れた番号を辿る。

 思い過ごしであって欲しいと願いながら相手が出るのを待った。








 『もしもし?』







 暫くして声が聞こえた。

 だが、それは新一の声ではなかった。









「誰や!?」

『え、いや、君こそ・・・・・・工藤くんの友達?』

「その声は高木刑事・・・・・!?」









 なんと、携帯電話に出たのは高木刑事。

 事件の度に世話になっている警視庁の刑事だった。











 『服部君かい? 警部、服部君です!』











 電話の向こうが何だか忙しない。





 どう言うことや?

 どうして工藤の電話が警察に?





 混乱している所に耳に飛び込んできたのは、目暮警部の声。
















『おお服部君、君の携帯に連絡したんだが通じなくて困ってたんだよ。工藤君がさっきここに運ばれて───────・・・・・・」


「・・・え?」

『とにかく早く来てくれ。 米花中央病院だ』

「病・・・院・・って・・・・・まさか」



















 血の気が引いた。

 慌てて飛び出そうとして自分が寝間着なのに気付き、クローゼットの中から適当に新一の服を取り出して着替える。



 コートの中からまだ湿ったままの財布を掴むと、まだ熱の残る身体を引きずりながら家を飛び出した。











 ようやくタクシーを捕まえて乗り込み、運転手をせかす。

 しかし運悪く渋滞していてなかなか進まない。
















 ・・・・・・・平次は、なんだか気が狂いそうだった。





























 人間に限らず、命ある物みなそれに限りがある。



 今さっき確かに暖かかったものが次の瞬間までそうだとは限らない。

 いくつもの事件を経験してきて、それは痛いほど解っていた。































 死。





















 それは存在がなくなるということ。

 二度と逢えないということ。

























 ・・・・・・・もう二度と、触れられないということ。





























 誰も新一が死んだとは言っていないのに、この頭はどんどん嫌な方向へと考えを巡らせている。

 車はやがて病院へ到着した。



 平次は飛び降り院内へ入ろうとした所で、高木刑事に呼び止められる。










「服部君!」

「あ・・・・高木刑事、工藤は!?」

「今、検査が終わった所だよ。目暮警部が中にいるから─────・・・・・・」










 言い終わらない内にロビーへと平次は駆け込む。

 受付の所に、目暮を見つけた。









「警部はん!」

「おお服部くん」

「・・・・・工藤は!?」

「外傷は大したことないらしいんだが・・・・・・」













 警部は平次を病室に案内する。

 静かに開けたドアの先に、見知った顔が見えた。






 瞳は閉じられ生気が感じられないその顔色に平次は愕然とする。


























「銀行強盗があったんだが・・・・・・小さな女の子が人質に取られて、車で逃走しようとしていた所に偶然通りかかった工藤君が車に乗り込んだらしい」














 警部は視線を新一に移す。

 木漏れ日が、その白い顔をほんのすこし明るくしていた。














「なんとか女の子を救い出した時、犯人がドアを開けたまま逃げようと走り出して・・・・・・振り落とされてガードレールに衝突してしまったんだ」

「!」

「犯人はすぐ捕まったんだが・・・・・・ワシも通報を受けてここに来て驚いたんだ。まさか彼だったとは」

「容態は・・・・・?」

「とにかく意識が戻れば、大丈夫らしいが」


















 ・・・・・・・平次はベットの側の椅子に座った。



















「ちょっと工藤君を頼むよ。ご両親に、連絡してこなきゃならん」






















 そういうと目暮は病室を出た。

 静寂な空間が、2人を包む。































「・・・・・・工藤」



















 ただ眠っているようにしか見えない。



 でも肌は青白く、唇は紫色に近い。 

 所々に見える傷が痛々しかった。











 平次は、ほんの数ヶ月前の大阪の友人のことを思い出した。















 高校時代の友人。 



 よく家に遊びに行っていた時に遊んだそいつの弟。

 姉弟のいない平次にとって、まるで自分の弟のように可愛がっていた。








 その弟が前触れもなしに突然死んでしまった。

 原因はクモ膜下出血。



















 夜、頭が痛いと言い出して病院に運ばれ・・・・・・・・・・・・・・そのまま、帰らぬ人となったのだ。






































 ・・・・信じられなかった。



 嘘だと思った。















 その知らせを受けたのはメール。

 抑揚のない文字列で語られるその現実に、涙が止まらなかった。



 通夜であいつを見かけても、何も話し掛けられなかった。

 口を開いたら涙があふれそうだった。

























 今まで他人の死を何度も見てきた。

 でも、涙を流すことはなかった。





 親しい人で体験して、初めて『死』という現実を思い知ったのだ。

















 目の前の新一も普通の人間だ。

 次の瞬間も今と同じに笑い合ってるなんて、保証はない。


































 でも、こいつは生きてる。





 その事実が今どれほど大事か、平次は身にしみて感じていた。



































 そして決心した。

 諦めない。





 嫌われても、後悔しない。 





















 この存在をなくしてからでは後悔じゃ済まない。


































「反省はしても──────・・・・・後悔はせえへんのが、俺やったはずや」




































 俺は工藤新一に惚れてる。

 男だとか女じゃないとか、そんな事はもうどうでもいい。



 工藤に他に好きな奴がいてもどうでもいい。



































 ──────・・・・・・・俺は、工藤を落とす。 





























 新たな決意を胸に秘め、平次は新一の顔を見つめた。

 とにかく今はただ意識が戻るのを願うばかりだった。































「・・・うわ」











 椅子に座っているのに目眩を感じる。

 視界が、一瞬ぼやけて見えた。

















「どうだね服部君、工藤君の様子は」

「いや、まだ・・・・」

「!? おい、服部君?」













 目暮警部が戻ってきた。



 返事をしようと振り返った時、変に引力が平次を襲う。

 新一のベッドに倒れ込む様に身体を崩した。

















「・・・・・服部君!」























 叫ぶ声が―――――――――――・・・・・・・遠くなる意識の底で、聞こえた。












































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 平次は診察室の脇のベッドで目を覚ました。

 見覚えのない天井に、一瞬ここはどこなのかを考える。


 看護師が気付いた。















「俺・・・?」

「熱あるのに無理に出歩くからよ? 友達大切なのは解るけど、自分の身体も大事にしなさいね。注射打っといたから、もう大丈夫よ」

「あ、すんません・・・・・」











 頭を下げて部屋を出ると、窓から入り込む日差しがもう夕暮れだということを差していた。

 平次は新一の病室に急いだ。











 静かに扉を開けてみる。

 目暮警部と、毛利小五郎の姿が見えた。



 ・・・・・小五郎が気付く。













「やっと目え覚ましたのか。ったく・・・・・・このお騒がせ野郎どもが」

「毛利のおっちゃん・・・・・・」

「おお服部君、平気かね具合は?」

「新一。それじゃ俺は仕事だらな。警部、行きましょう」

「そうだな。じゃあ服部君、あとは頼んだよ」

































 ・・・・・・・・・・・工藤!?



























 会話の流れで新一が目を覚ました事を知り、病室に入る。

 











 小五郎も目暮警部に呼ばれて駆けつけたらしい。

 悪態をつきながらも、表情でどんだけ新一を心配していたかが解る。




 平次が来たことで捜査に2人はまた戻っていった。






 


























「はっとり・・・・・・」

































 確かに聞こえる新一の声。

 それに平次は、身体中の力が抜けて座り込んでしまった・・・・・・・・