俺は、もともと我慢強い方だと思っている。

 決して短気では無いし、一時の感情で物事を言うなど、冷静さを失う事にはならない様にしている。



 しかし。



















 ・・・・・どうも、人間相手じゃないと上手くいかないらしい。









キスの冷めない距離





「くどおー、何怒ってんのや」

「呆れてんだ!」





 









 昨日まで二週間ばかり。

 俺は、今両親が滞在するスイスに行っていた。



 まあ。

 あの二人は相変わらずの仲で、久々の親子の時間を過ごしてきたという訳だ。







 













「お前、二週間も逢ってなくて、言うことはそれだけか?」





















 

 そう。

 二週間だ。

















「せやから『お帰り』言うたやろ」



 





 

 国際電話もなし。

 帰ってきて携帯を調べても、着信履歴にこいつの名前はなし。




 一日家で待ってみても、連絡の入る気配も留守伝もなし。















 嫌な予感がしたが、しゃくに障ったが、それでもやっぱり気になって。


 こいつの家の前に来てインターホンを鳴らしたのだ。











 ・・・・・それで、出てきたこいつの開口一番の言葉と来たら。





















『あ。工藤ぉー、お帰り』

『・・・ただいま』



 









 

     

 ・・・・・その時瞳に映ったのは、こいつだけじゃなかったのだ。



 俺が一番逢いたくなかった存在。

 それは、当たり前のように服部の腕の仲に収まっている一匹の仔猫だった。
















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 ・・・・・・俺は、嫉妬なんかするようなタイプじゃなかった。















 だって、いつだって服部は俺を見てた。

 あいつの目に映っていたのは、いつだって俺だけだった。













 なのに・・・・今月の始め。

 こいつの部屋に同居人が住みついてから、服部はそいつに夢中なのだ。




















「桜子。久しぶりだなー」













 俺はあくまでも愛想を振りまき、頭を撫でる。

 すると桜子は服部の腕の中で、ゴロゴロ喉を鳴らして『にゃあお』と俺にすり寄った。

























 ──────・・・・・・・相変わらずコイツの前じゃ可愛いふりしやがって。






















 そんな悪態を心でつく俺。





















「こいつも待っとったんやで? な、入りや」

「・・・・・・」





















 一瞬迷うが、只でさえ二週間も声も顔も見ずに来たのだ。







 ・・・・・・・断れなかった。






















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 悔しい。

 元はと言えば、こいつから俺に夢中になったはずだ。













 子供の姿だった時に出逢って。

 数分間だけ戻った時の俺が忘れられなかった、とか言って。



 俺は、こいつの視線に負けたのだ。















 いつも、いつでもこの目は俺を見ていた。



 二人が一緒のときは、必ずと言っていい程事件に巻き込まれて。

 その度に、子供の身体の不便さを思い知らされて。















 でも。



 そんな時こいつは、影でいつも助けてくれていた。

 それは最初、俺も気付かないほど自然に。













 ・・・・・俺が、そういうのを酷く気にするからだ。





















 だから、元に戻った時は、そりゃもう嬉しかった。





 早く元の俺を見せたくて。 

 いてもたっても居られなくて、大阪に電話をした。



















「なんや。食欲ないんか」

「・・・・ちょっとな」









 足下に触れる、柔らかい感触。

 アメリカン・ショートヘアーの仔猫。名を『
桜子(サクラコ)』。


















「どやった、おやっさん達」

「別に。変わりない」

「そか」

















 それだけかよ。

 他に言うことはねえのかよ?





 さっきから服部は、一度も俺自身のことを聞こうとしない。






















 ・・・・・そうかよ。













 桜子がいるから、別に俺が居なくたって淋しくもなんともなかった訳か。





 俺は、猫に負けたって事か。





















「プリン食う?」









 出されたプリンを、俺は大人しく受け取る。

 桜子が、ぴょんとソファに移った俺の膝の上に乗ってきた。



















「ふーん・・・・・・もう暴れないみたいだな、こいつ」

















 初めて逢った時はそりゃもう、部屋中端から端まで走り回っていた桜子。





 もう慣れたのだろう。 

 すっかり服部の部屋は、自分のなわばりの様だ。



 服部も、隣に座った。

 俺はプリンを一口食べる。





















「・・・・・うまい」

「そか」











 嬉しそうに服部は言う。

 すると、膝の上の桜子が俺達の間に割って入ってきた。























 ───────・・・・・・邪魔すんなっつーの!




















 どうやら俺は本気で桜子に妬いているらしい。

 なんだか、無性に腹が立った。 



 桜子を挟んで、俺は目の前の呑気に俺を見るこいつを睨む。

























 俺だけこんな想いをするのか?

 お前はもう、俺のことを気にもしないのか?





















 何で、電話の一本もかけてこないんだ・・・・




 どうして、帰国予定の日に逢いにも来てくれないんだ? 

















 ───────・・・・・・こんなに好きなのは、俺だけなのか!?
































「工藤?」

「・・・・帰る」

「え、ちょ、工藤!」























 ふざけんじゃねえよ!



 てめぇなんか、一生猫といちゃついていやがれ
!!

















 俺は廊下をづかづかと、玄関に向かって歩き出す。

























「工藤!!」















 ふと腕を掴まれ、強い力が俺を振り向かせた。



















「何だよ!?」

「・・・・」











 振り向いた先に見えたのは、ぼやけた服部の顔。

 そして、与えられる生ぬるい感触。



 壁に背中を押しつけられて、奴は尚も俺を貪る。

























 ・・・・・・・ずるい。





 こうなったら、俺は抵抗なんて出来ない。

















 やがて名残惜しそうに唇が離れる。

 自然に浮かんでいた目尻の雫を溜めたまま、俺は服部を睨んだ。























「・・・・・後ろで桜子が呼んでるぜ?」





















 しきりに飼い主を呼ぶ声。

 大好きなお前を、呼ぶ声だ。















「俺の事なんていいから、早く行けよ!」

「めっちゃ嬉しい・・・・・・」

「何?」

















 いきなり服部が俺の瞳に口付けた。

 丁寧に目尻をなぞって、雫を舐め盗る。





 不覚にも、俺はぞくりとしてしまった。























「せやかて、こんなに感情剥き出しな工藤見んの、初めてやもん」


「!!」

















 そのまま俺を引き寄せて、首筋に顔を埋める。







 ・・・・こんな時に思い知るのが、もうハッキリしてしまった身長の差。

 細身に見えるクセに、妙に腹筋も付きやがって・・・・・

















 服部の肩越しに、ちょこんと佇む桜子が見えた。

 じーっとこっちを見ている。

















 ──────・・・・・これは俺の。
























 猫に本気で嫉妬するなんて、すげぇ情けないけど・・・・



























 逢わない二週間もの間に、俺は身に染みて解ってしまったから。 













 空気の様にいつもそこにいて、触れ合ってきた存在。

 ただ、いるだけで安心できたんだ。













 ・・・・・・・こんな俺に、自分自身が一番驚いてる。























「ごっつ逢いたかった・・・・毎日毎日、お前ん事しか考えてへんかった」

「え? だってお前・・・」

「前の日めっちゃケンカしたやんか。次の日そんまま行ってもうたし」

「あ」

























 ────────・・・・・・そうだった・・・・忘れてた。










 俺達、ケンカしてたんだっけ・・・・・





























「ぷっ」

「工藤?」

「あははは!」

























 俺は・・・・腹を抱えて笑ってしまった。

























「そーだったそーだった・・・あん時も・・・お前が原因だったんだっけなー」























 桜子を抱え上げ、その顔をじっと見る。

 服部が珈琲を持って来た。



















 桜子が来たその日から。

 服部はとにかく、こいつに首っ丈だった。



 寝ても覚めても。

















 ・・・別に、俺だって嫌いじゃない。どっちかっていうと猫は好きだ。

 だけど。







 服部は、度が過ぎてると俺は思うのだ。























「ほい」

「ん」









 カフェオレ。

 俺が好きだから、ここに常備させてるものだ。













「猫に妬くなんて、アホやで?」

「・・・計画犯罪だろ」













 あまりにも服部がにやにやと微笑うので、俺は悪い予感がした。

 もしや、全部こいつの計算なんじゃないのか?

















 ・・・いくらケンカしたからって、いつもなら先に折れてくるのは服部だった。

 俺が帰ってくるときは、決まって空港まで車で迎えに来てた。










 うるさいくらいの留守伝も。

 日に一度じゃきかない、国際電話も。



 それが、一切なかったのだ。

















「・・・服部」

「はは。せや。俺の大切さが解ったか?」

「やっぱり・・・・」























 俺は、うな垂れる。







 ・・・・もう、降参だ。



















「でも、俺も辛かったんやで? 一生懸命、我慢してたんや」

「ホントかよ」

「ほんまやって! な? 桜子」



















 桜子は、ひと鳴きすると、ぴょこんとベッドに飛び乗った。

 そして堂々と枕元に寝っ転がる。

























「・・・・・おい、あれ」

「しもた・・・いっつも一緒に寝とったから・・・クセ付いたんやな・・・」

















 桜子は、既に腹を上下して眠りの中だ。























「俺、やっぱ帰ろうかな・・・」

「客間のベッドまだあるし!な、シングルやから狭いかもしれんけど・・」

「そこ、桜子は寝たことあるのか」

「? ないけど」

「・・・なら、いい」



















 これ以上、桜子の存在を強調されてたまるか。

 寝るときくらい忘れさせてくれ。





 俺は、こくりとカフェオレを飲んだ。

























「工藤・・・ええか?」

















 脇でいきなり真面目な顔で言ってくるから、俺は面食らった。

















「聞くか? フツー」























 全く。変なときに消極的なんだからよ・・・・



 俺はカップをテーブルの上に置くと、奴の首に手を廻した。
























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「・・・・ん?」















 ソファの脇で事に及んでいた俺達。

 今まさに絶頂を迎えようと、気分もハイテンションになっていた矢先だった。








 ・・・腰に妙なくすぐったさを感じた。

























「な、なに・・・」

「どないした」

「─────────あああああ!! お前いつの間に!?」


「にゃ?」 



























 ・・・・・・無邪気な悪魔の瞳をした天使が一匹、俺の腰にすり寄ってきたのだ。



























「こら! 降りろっ」

「なんや桜子か!?」













 しかもそのままぴょんと跳ねたかと思うと、仰向けになっていた俺の胸の上に着地して、首を傾げてこっちを見たではないか。



















「ちょ、やめろ!コラ!!」















 すると桜子は俺の首やらをぺろぺろ舐めだし、そこで丸くなってしまった。

 俺達は、数秒間そのままお互いを見た。



 俺達は、まさに爆発寸前に火を消し止められてしまった。

























「・・・マジ?」

「にゃ」





















 ・・・・・桜子はまたそう鳴くと、今度は服部にすり寄ってゴロゴロ喉をならしやがった。


























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「俺、もう桜子のいるトコでお前に逢わない!!」

「そんな~ 仲ようしたってな」

「出来るか!!」

















 ・・・あんな所で邪魔に入られて、黙ってられるか!?



 その後トイレで処理した、俺の情けなさをこいつは解ってない!!























 どーしてこいつは猫優先なんだよ!?

 俺はやっぱり猫以下か?























「あああああ!! すっげームカツク!!!」

















 どうにも腹の虫が治まらない俺は、怒りの蹴りをこいつの腹にぶち込んだ。























「痛ってー!」

「頭冷やしやがれ!!」















 そのままオートロックのドアを開け放ち、蹲る服部を振り向きもせず俺はエレベーターに乗り込んだ。


 一息付いて、後ろに寄りかかる。



















「も・・・最低だ」















 桜子に対するあの服部の熱の入れよう。

 ・・・俺に対する計画犯罪なんて言ってたが、絶対あれはミイラ取りがミイラ状態だ。



















 服部も服部だ。



 何も桜子が割って入って来たからって・・・止めることねぇじゃねえか。

 入ってんだから、そのまま達かせろっつーんだよ!!



















 駐車場に止めていた自分の車に乗り込むと、エンジンを掛ける。

 つい、俺は大きくため息を付いた。





















 ま・・・しゃあねえか・・・



 そんな所も好きな俺が一番懲りねえんだからな・・・・・























 惚れた弱み。 



 嫌になるほど、惚れた弱みだ。





















 気を落ち着かせようと、タバコに手を伸ばしたその時だった。

 フロントグラスに走り寄る影が見えた。























「・・・服部」









 ガチャリとドアを勝手に開けて、服部は息を切らしながら俺を見た。

 そして、ぐいと顔を掴まれ口を塞ぐ。

















「・・・んんっ」













 角度を変え、舌を絡められ。

 首の角度が痛くなる程、息も出来ない程、深く。




 服部は、何分も俺を離さなかった。



















 やがて解放された俺は、もう身体に力が入らない。























「・・・・帰らんといて」























「キスで誤魔化す気かよ」

「誤魔化しでも嘘でもあらへん」

















 そう言った服部の目は、やっぱり俺の好きな目で。

 だから、俺は許してしまう。























「・・・解ったよ!我慢するよ、すりゃいいんだろ?」















 来てくれたから。


 ちょっと期待してた通り、お前は引き留めに来てくれたから。





 だから、もういい。































 ・・・・・どうせ、また桜子に妬きもちをし続けるだろうけど。


 それもまた、お前の計画通りなんだろうけど。











 猫に、負けちゃいられない。

























 だから、出来る限り側にいて。



 桜子の目の前で、いっぱいせいぜい見せつけてやる。



























 そう。





 俺と服部の・・・・・・・キスの、冷めない距離で。  
































Fin