僕が君を避ける理由






 ・・・・・・・嫌な予感はしてたのだ。















「げ」















 人気も無くなった、講舎のトイレの鏡の前。

 自分の口を覗き込んで、新一はガックリと項垂れた。


























ひとくぎり

























「・・・・ごめん。俺今日、そっち行けねぇ」

『はあ?』













 怒濤の課題のレポート提出を終え、やっときた週末。

 明日は、待ちわびた土曜日。

















『何でやねん!? 俺ら、もう十日もろくに逢ってへんのやぞ?』

「それは解ってる」











 過酷なスケジュールは、二人の逢瀬の時間さえも許さず。

 だから今日を入れて三日間は、待ちに待った日の筈なのだ。



















 ・・・・・・・なのに、新一は『行けない』と言う。



 平次がキレるのも無理は無かった。



















「けど、暫く逢えない。悪い、このまま帰る」

『オイコラ! ちょお待てや工藤!?』













 怒鳴り声を最後まで聞かず、新一は携帯の電源を切る。

 そうして真っ直ぐ図書館へ向かった。




























ひとくぎり





























「・・・・・はあ」















 二時間あまり、本を引っぱり出してみたけれど・・・・・





















「・・・つまんねぇ」



















 西日のあたる窓側の一番奥の席。

 図書館で本を読むときは、決まってこの場所に新一は座っていた。



 深く大きな溜息をつく。

 そして、また痛みが大きくなってきたことを感じた。

















「もう帰ろ・・・」









 読みかけの本をしまうと掛けていた眼鏡も外す。

 ちょっとぼやける視界の中、目を擦りながら出口へと向かった。





















  ・・・・今日の晩飯どうしようかな。























「今度は何処に行くんや?」 

「!?」











 今まさしくドアから出ようとした、その瞬間。

 聞き覚えの有りすぎる声と共に腕を掴まれた。

















「・・・・・服部」











 不機嫌さを隠そうともしないその表情。

 いや、それより何で此処に平次が居るのか、新一には解らない。















「何で・・・・」

「お前の行動くらい、お見通しや」

「・・・・でも、行かねえぞ」

「せやから何でやねん!?」











 平次の最後の言葉が図書館に響きわたる。

 新一は、たまらずその腕を掴んで図書館を出た。



 すると今度は逆に平次が新一の腕を掴む。

 そのまま廊下の奥の人気のないトイレに入ると、個室のドアに新一を追いつめた。



















 

 ・・・・じっと。



 至近距離で、平次は新一を見据える。



















「俺がどんだけこの週末楽しみにしとったか、知ってて言うとるんか?」

「だ、だから・・・悪いって言ってんだろ」





















 そう。

 充分すぎるほど解ってる。









 ・・・・自分だって、嫌になるくらい楽しみにしていたのだ。



 でも、だからこそ・・・・・



















「他に約束出来たんかと思うても、なんや時間潰しみたいに図書館に居るし・・・」

「な・・・お前、いつから」

「お前の電話受けたとき、近くに居ったんやで俺」















 だんだんと、拗ねたような光を宿してきた平次の目。

 でも、変わらずそれに新一を映す。











 久しぶりに、こんな距離で平次を見る。

 コンタクトをしていない瞳でも、ハッキリとその表情が読みとれる距離。



 別に同じ学校にいるし、学部も一緒なんだから、毎日逢ってはいたんだけれど・・・・・・・・



























 ・・・・・・こんな距離で。



 甘い低い声で、囁かれるのは・・・・十日前のあの夜以来だったのだ。













「・・・・・工藤」 

「ちょっ・・・ここを何処だと思ってんだ?」

「これ以上・・・我慢、出来へん」

「!?」



















 ・・・・予想通り、平次の荒い呼吸と共に新一は唇の自由を奪われる。

 背中にドアを置かれ逃げることも出来ない。















 でも・・・



 逃げれる状況にあったとしても、きっと新一はそれを黙って受けるだろう。

















 ・・・・・触れ合えなかった期間は思ったよりも長く感じられたし、

 理屈よりも本能が、感触を求めていたのは確かだったから。



















 角度を変え何度も繰り返す接触。

 静まり返るひっそりとした空間で、響く淫らな効果音。











 ・・・・・・・そして、第二段階に差し掛かろうと、平次の舌が新一のそれを捜し始めたその時だった。































「・・・っ!」











 びくりと。

 大きく、新一の身体が跳ねたのだ。























 工藤・・・?





















 不振に平次は思ったが、久しぶりの唇の感触に深くは考えず、そのまま口内をまさぐり始める。

 そして、ある箇所に今まで味わった事のない感触を見つけた時だった。

























「・・・・・・・・・・・・・・・っ・・・!!」



















 ・・・・・すごい力で、新一は平次の身体を突き飛ばしたのだ。





























「な、何や!?」

「・・・・いっ・・・てー・・・・」













 突然の状況に平次は目を見開く。

 すると新一は口元を押さえ、なにやら顔をしかめていた。

















「も・・・絶対お前なら、そう来ると思った・・・・だから逢いたくなかったんだ」

















 目尻に泪を浮かべ、新一は平次を睨む。



















「口ん中・・・・どうかしたんか」

「・・・口内炎になっちまったんだ」

「口内炎?」

















 そう。

 日頃の不摂生がたたったのか。







 ・・・・口の中に出来たイソギンチャクかクレーターの如くの、やっかいなシロモノ。 

 それが、いま新一の口の中に出来てしまったのだった。

















 『口内炎』


 主に、睡眠不足とビタミン不足が原因と言われるこの症状。

 でも実際の所は、ハッキリとした原因は解っていないらしい。





 新一の場合は、ちょうど歯のあたる左側の口内にまとめて三個。

 そして右側の唇のすぐ裏のところに一個出来ていた。









 ・・・・最悪である。























「え・・・知らんけど、そんなに痛いんか? ソレ」

「お前、なったことねえのか?」

「ない」

「・・・羨ましいヤツ」

















 なんだか急に力が抜けた新一は、ドアに寄りかかった。























「・・・・・これさ、すっげえ厄介なんだ・・・とにかく甘いものや熱いものが染みるのなんのって・・・トマトなんて食った日にはもう、飛び上がる」

「さっきあたったの・・・ソレやったんか」









 新一の口の中で感じた異物感。

 平次が思いっきり刺激したから、我慢できなかったのだ。













「そう・・・・すっげえ痛かった。だから」

「せやからて、何でそんなんが来ない理由になんねや」

「なった事ないヤツには解らない痛みだろうな・・・・・・・何してても気になるし、気分まで滅入るし・・・歯まで痛くなるし、それから頭痛に繋がって」

「・・・そんなんが理由や無いやろ?」

















 いつの間にか、再び平次が目の前にいる。

 逸る鼓動が自分の耳にまで届きそうになる。

















 平次の言う通り、そんなのは大した理由では無かった。

 一番の原因は・・・・



























「お前と一緒にいれば・・・・・・やっぱキスしたくなるし」



























 小さく囁く声。

 伏せられた瞳。











 ・・・夕闇にもハッキリと解る高揚した表情。

 それは、一瞬にして平次の心臓を鷲掴みにした。





















「俺だってお前と過ごせるこの日を待ってたんだ・・・・・でも、朝から急にコレが進行しちゃってさ・・・・そりゃ、キスは無くてもやることはやれるし・・・・お前と一緒に居ることも出来るけど」































 ・・・・・・・逢えば触れ合いたくなるのは解りきっている。

 キスもしたいし、その先だって当然の様に。























 けど、どうしても口内炎が痛いし気になる。



 ・・・・舌が進入するキスには、嫌でも刺激されてしまう。



















 新一は行為の中で一番キスが好きなのだ。

 だから・・・・余計
キス(それ)に専念出来ない状況は、嫌だった。

























 そうして、また自分の歯があたって新一は顔をしかめる。

 思わず平次は
微笑(わら)った。

















「・・・そんなにおかしいかよ」

「ちゃうねん、何や嫌われた思うとったから・・・・・・・・けど心配する事なかったわ。工藤、俺にラブラブみたいやし」

「なっ!?」











 満面の笑顔を浮かべて平次は新一に抱きついた。

 十日ぶりの新一の感触を、目を閉じて身体全体で充分に味わう。













「自惚れんな!」

「ちょい痩せたんやないか? 食生活ちゃんとせなアカンで」

「大きなお世話だ」

「そおか。染みるモン駄目なんやったら・・・・・・今日、何食おか?」


















 観念したように新一は小さく息を付く。

 そうして、その耳元に囁いた。

























「しょーがねえな・・・・・悪化させんなよ?」






























ひとくぎり





























「唾液は平気なんやろ? なのに痛いんか?」

「あのなぁ・・・・・口ん中掻き回すだけ掻き回しといて、思いっきりつつかれたら痛いに決まってんだろ!」

















 帰りに薬局に寄って買ってきたチョコラBBと、アフタッチ。

 それを取り出して枕元に置く。



















「薬もええけど、大事なのは睡眠やぞ」

「・・・それはお前次第だろ?」





















 ふわりと。



 新一は上目遣いに微笑う。



















 睡眠を充分とるどころか、今日眠れるのかさえ解らない。

 なにしろ、十日ぶりなのだ。  























「手加減しろよ・・・・」 















 誘うように薄い唇が開く。

 ぎしりと音を立てて、ベッドが揺れた。



















 ・・・・・・きっと、大丈夫。

























 多分そのうち痛みを忘れるくらいの波が来るから。



 こいつは、そうさせてくれる筈だから。



























 ―――――――・・・確実に、治りは遅くなると思うけどね。 



























 口の端だけで微笑う新一に、平次が怪訝な顔をする。

















「何や・・・」 

「別に、早くしようぜ」









 既に何一つ身につけていない肢体を、新一は絡ませる。

 久しぶりのせいか何時になく積極的なその姿に、平次も満足げに笑みを浮かべた。





















 ・・・そうして、最初はやはりキス。

 ちょろっと差し入れた舌で、新一がびくりと竦む。





















「・・・ちっくしょう・・・っ・・面白がってんな」

「せやかて、そそるんやもん」






























 まだまだ夜は肌寒い。 

 だから、そばにいて。

























 お前を避けていた理由は、本心じゃ無い。









 きっと逢えないストレスも・・・・・・・・・この症状の原因だったのだから。
































Fin