「・・・・・わ、バカてめ、どこ触って・・・・・・っ」















 薄闇の中。

 漏れる、二つの吐息と声。















「どこて・・・・・・言うてええんか?」

「ちょ、ちょっと待て、そんなとこクチ付けんな!」

「工藤。ちょお黙っとれ」











 

 身を乗り出し、平次は新一に覆い被さる。

 うるさい口を己のそれで塞ぎ言葉を止めた。









 藻掻く身体。

 伝わる激しい動悸。





 冷たかった身体は、一気に熱を帯びる。

















「・・・・・・・身体は正直に出来とるな」

「信じらんね・・・っ・・・・・」

「お前のそん顔・・・・・ホンマ、たまらん」





 





 右手で軽く新一のものを掴む。

 敏感な部分はそれだけで大きく波立ち、一瞬にして新一の表情を妖しく変えた。









 新一は、そんな自分が信じられない。



















「・・・見んな!」

「は?」

「ち・・・・くしょー・・・何で俺・・・・何でっ・・・」















 平次を押し戻そうと腕に力を込める。

 だが、中心を掴まれていて思うようにいかない。









 ・・・・・新一は至近距離の平次を睨んだ。

 



















「やっぱ嫌なんか。俺ん事」

「そう、じゃねえ・・・・・」

「じゃあ何や」

「・・・・・」



















 新一は目を伏せる。

 それが拒絶に思え、平次はカッとなり右手を強く握った。



















「―――・・・っ・・はっと・・り・・・止め・・っ・・・!!」



















 苦しそうに見上げられる視線が更に平次を高ぶらせる。

 余計に力を込め、今度は指先で先端を遊びだした。









 のし掛かる体重は容赦なく自分を押さえつける。

 


 ・・・・力が、入らない。

















 うっすらと滲み始めた涙が・・・・・どうにか目尻で止まっていた。

 













月の魔力









 合意の上でもつれ込んだ筈だった。

 





 ほんの少し前まで、確かに二人は単なる友達同士だったのだ。

 平次の部屋で飲んでいて、酔った身体で立ち上がろうとして、倒れ込んだ時に支えてくれた平次の腕。





 それは酷く気持ちよく。

 すっぽりと収まるその空間に、新一はつい身をすり寄せて目を閉じた。























『・・・・平気か? 工藤』

『だーいじょうぶ・・・・・・はは、何だか気持ちいー・・・・』















 覚えがあった気がした。

 この腕の感覚は、以前どこかで。















 ・・・・・・どこだったんだろう?























 思いだそうとしたその時、平次が笑った。



















『・・・・・・お前全然変わらへんな。細っこいまんまや』

『え?』

『俺らが高校ん時、コナンだったお前が元に一日だけ戻った時があったやろ? 劇の最中に事件起きて・・・何でかお前は、黒い衣装付けて芝居に出とって・・・・・』

『・・・ああ、お前があの下手な俺の真似してた時か』



 











 くすくすと腕の中で微笑う新一に平次は続ける。















『そんで解決した途端、苦しみだして・・・・・・意識無くなって保健室まで運んだ時もそうやった。ほっそい肩やと思うたわ』

『あの時・・・・・お前が運んでくれたのか』

『あれ? 何や知らんかったんか』

















 



 

 ・・・・・・だから、覚えがあったのか。















 新一は何故か安心した。

 お酒の酔いも感じ、身体を丸める。



















『不思議だ・・・・・俺、お前とこうしてると気が休まる』

『俺もや。何でやろ』



















 ふいに瞳が合った。

 伸びた平次の前髪から覗く、濃い色の目が新一を映していた。









 

 ・・・・・・それを、もっと近くで見たいと思った。





 



















 新一が身を起こす。

 柔らかな髪が、平次の手のひらから離れた。



 平次は近づく薄茶の瞳に心を奪われる。

 逸らすことなく自分を映すそれに、吸い込まれるように身を屈めた。





















 ――――――――――・・・・やっぱり、それは安心する感触だった。

































『・・・・・俺、お前とのキス好きかも・・・気持ちいい』

『俺も・・・・・疲れとる、だけかな』

『確かに今日は疲れたよなあ・・・・・・・』















 久々の事件で一日頭を使った。

 ここに来たときは既に12時を過ぎ、酒を飲み始めてから1時間以上は過ぎている。





 怠さが、酒の廻りを早めていた。

















『・・・・・・もっと気持ちよくさせたろか』

『もっと・・・・・?』

『せや。男同士にしか解らん、気持ち良さや』

『へえ・・・・』

















 解っているのか、いないのか。

 新一は微笑うと目を閉じた。





 ・・・・・平次はそれを合図に、シャツの裾から滑らかな素肌へと右手を進ませる。



























 その日は明け方まで、二人は互いを離さなかった。

































ひとくぎり



























「お前、俺ん事『好き』言うたやろ!?」

「俺は『キスが好き』だって言ったんだ!」











 新一が余りにも抵抗するので、平次はだんだん苛立ってきていた。











「ほんなら何か? お前はキスさえ出来れば、惚れとらん相手とこんな事、平気で出来るんか!?」

「そーゆー事を言ってんじゃねえよ! 何でわっかんねーんだよお前は!」













 新一の怒鳴り声が不安さを増してくる。

 ベッドの上で何一つ纏っていない身体が、震え始めた。













「・・・・・ああ解らへんな。俺はお前に惚れとる・・・・・・それが、不満か」

「別に不満とかじゃ・・・・・・ただ俺は」

「もうええ」











 そう吐き捨てると平次はベッドを降りた。

 乱暴にドアを開け放つと、そのまま新一の視界から消える。













 ・・・・・バスルームの扉が閉まる音がした。


























ひとくぎり

























「・・・・・・・もう嫌だ・・・・・俺にも、わかんねえよ・・・・・・っ・・・・」

























 自分でも不可解な苛立ち。

 触れられる度、与えられる度。







 ・・・・・・強くなる激しい怒りにも似た感情。

















 新一は、顔を伏せた。

























 平次がいなくなって寒さを増した部屋。

 掛け布団を引っ張り、頭から被った。


















 ・・・・・暗闇の中。



 どうしようもない想いが、次から次へと沸き上がる。

































 友達だった。



 服部は、俺の。



















 ・・・・・・それが一夜にして『友達』ではなくなった。





























 コナンだった頃から知っていて。

 逢うといつも事件が起こって。







 その度に、その存在は俺の中で大きくなっていった。





























 ・・・・・・気づかなければ・・・良かった―――――――――――・・・・・

































 あの晩俺は、興味本位で服部を誘った。





 片づけた事件がちょっと後味が悪くて、ムシャクシャしてた。

 酒で紛らわそうと飲んでも、まだおさまらない。















 魔が・・・差したのだ。



























 ガキが出来る訳じゃなし。

 同性同士の方が気持が良いと、どこかの雑誌で見た気もする。













 とにかく・・・・・・何でもいいから、刺激が欲しかった。

























 でも、心のどこかで『乗るわけない』と思っていた。

 服部は、こんな誘いに乗るわけが無いと。



 意外にそういう輩に誘われる事が多い服部。

 いつも、嫌悪感丸出しに突き放していた。











 それに俺も、そっちに興味はまるでなかった。





























 でも、あのとき身体の奥が疼いた。

 支えてくれた体温を、もっと知りたいと思った。















 ―――――――・・・・・月が綺麗だったから、その魔力かもしれない。































 結局あの晩眠りに付いたのは明け方近く。





 もしかしたら服部は、男との経験があったのかもしれない。

 それほど上手く、手慣れていた。














 ・・・・・・誰にも見せたことない顔を見られた。

 自分でも聴いたことのなかった声を、聴かれた。











 自分でも見たことない身体を、場所を――――――――――――・・・・・・知られた。

























 ・・・・友達に、戻れるわけがなかった。

































 その時から俺は妙な動悸に悩まされた。

 沸き上がる焦燥は、食事さえ喉を通さなかった。

















 そうして、俺はこの気持ちが『恋愛感情』だと知ったのだ――――――・・・・









































「・・・・俺は悔しいんだ」















 枕を抱いて布団も被ったまま、新一は声を押し殺した。













 組み敷かれたときに、思い知った力の差。

 体格の差。



 ずっと同等な立場で事件を解決してきたのに。

















 ・・・・・・・俺を撫でる時のあいつの表情は、俺から身体の力を奪っていく。



















 そうなったらされるがまま。

 あいつに言われるがまま、快感に身をゆだねてしまった。





























 だから。



 だから、抵抗した。































 ・・・・・好きだ。





 俺は・・・もうこんなにも、お前の事が――――――――――――・・・・・・・























 だから余計に・・・・・素直になれない。

































 月が変わらず照らしている。



 ・・・・・新一は、その
魔力(ちから)を睨まずにはいられなかった。



























ひとくぎり































「もー・・・・どないしたらええねん」















 お湯を最大限に出し、シャワーを頭から浴びる。

 ・・・・・新一の顔が脳裏に焼き付いて離れない。





























「何でや・・・・・何であんな顔するんや・・・? 何で、抵抗するんや・・・・・・・・」



















 ひょんな事で自分の気持ちに気付いて。

 そしたら、もう止められなくて。



 勢いで、雰囲気だけで突破した最初の夜。

 朝、目が覚めると・・・・・・新一はもう部屋にいなかった。

















『俺は『キスが好き』だって言ったんだ!』



























 ショックだった。













 確かに、肌を重ねてこれで2度目。

 未だに新一から『好き』と言われていない。





 でも、そんなこと口で言われなくとも平次は確信していた。

 新一は自分に惚れてると。



















 触れる度に漏れる声。



 ・・・・・・自分を映す、琥珀の瞳。















 しがみつく腕の力。

 感じる、逸る鼓動。













 驚くほど敏感な身体は、面白いほどに新鮮で――――――・・・・・・・・


 そのどれも単なる『快楽』からだけだと言うのか?





























「ちゃうよな・・・・・ホンマに嫌やったら、あの時抵抗してた筈やし」

















 平次はあの晩のことを思い出す。





 成り行きの行為。

 男は『締め付け』が女とは比べものにならない程良いという噂を、確かめてみたかったのが本音。



 それと・・・

 いつも推理で一歩先に行く新一を、征服してみたかったという欲求があった。



















 初めて逢った時から、綺麗な顔だと思ってた。





 頭も良く、腕っ節も強くて運動神経も良い。

 特に足は天下一品で、あの蹴りにはまず勝てないだろう。



 大学に入ってからもそれは変わらず、あいつはずっと目立つ存在だった。

























 一番の友達だった。

 仲間だった。



 ふとした時に見せる顔は、とても幼くも見えた。

 冷たく見える表情の影には必ず翳りが見えた。













 ・・・・・・・時々、壊れそうな雰囲気を感じた。





























 そんな新一が、あの晩やけに甘えてきた。





























『不思議だ・・・・・俺、お前とこうしてると気が休まる』

『俺もや。何でやろ』



















 気が付くと目の前の口唇を塞いでた。

 あいつは、黙ってそれを受けた。























 それからはもう止まらなかった――――――――――――――・・・・





































「・・・工藤」









 そのまま、平次は座り込んだ。

 頭上からは休む間もなく暖かい湯が降っている。

















「・・・・は・・・・・」











 途中まで上げられた熱は、簡単に下がるはずもない。

 持て余していた己自身を掴み、慣れた手つきで擦り始めた。





 ・・・・・脳裏に浮かぶ、新一の艶っぽい表情。

 与える刺激に素直な反応を返していたのを思い出す。



























 こんなに。



 もう、こんなにお前の事しか考えられない。























 お前の顔しか、浮かばない―――――――――――――――・・・・・・





































 段々と早くなる指の動き。

 降り続く、温水。

















「・・・んっ」











 そうして、小さく呻き平次は己を解き放つ。

 快楽の残骸は、自嘲気味の微笑いと共にシャワーが全て流していった。



































ひとくぎり

































『工藤。今日、泊まりに来いへん?』

『泊まり?』













 水曜日だった。

 明日も1限から、講義が入っている。



 突然の誘いだった。









 成り行きで肌を重ねて、何となく喋りづらくて。

 あれから3日経って平次が新一に話し掛けてきた。











『工藤! 授業、遅れちまうぜ?』

『あ・・・ああ、今行く』

『無理にとは、言わんけど』











 向こうで別の友達が呼ぶ。


 そう言って去った平次。













 ・・・・・新一は授業中ずっと気になって仕方なかった。































 迷った。

 迷ったけど、結局来た。

















 ・・・・・・・やっぱり友達に戻ろうとか?



 あれは気の迷いだから、気にすんなとか?















 考えれば考えるほど、もうどうしようもなくて。

 だから・・・・













 新一はマンションの扉の前で数分間、インターホンを押せなかった。





























 暫くそのままで、やっぱり帰ろうかと思ったその瞬間。

 突然カチャリと扉が開いた。















『工藤・・・?』

『よ、よう』

『来て・・・・・くれたんか』

















 待っていたのだろう。

 こうして扉を開けて新一がいないか・・・・・・何度も。



 確かめていたのだろう。























 そうして、新一はそこにいた――――――――――――・・・・・・・



































 閉じられた扉の鍵が閉まる音がした途端、息が止まりそうだった。







 ・・・・やけに唇が渇いていた。































 そのまま平次は新一に近づき、どちらからともなく触れ合った―――――――――・・・・・



































 そうして。

 改めて知ってしまった圧倒的な力の差に、途中で悔しくなった新一。




 
















 ・・・・・・それは同じ男だらこその仕方ない感情だった。

































ひとくぎり



































 平次がバスルームから戻ってきた。

 新一は、くるまった布団の中でその足音を聞く。





 ・・・・・ベットが軋んだ。























「工藤。起きとるんやろ」

「・・・・・」

「もう何もせえへんから・・・・・・せやから、顔見せて」















 その時の平次の声は先程までの強い口調ではなく。

 だから新一は、そっと顔を出した。



















 濡れたままの髪。

 心地よい、シャンプーの香りがした。



















「・・・何」

「スマン。調子に乗ってしもた」















 嫌われては居ない。

 けど、惚れられてる訳でもない・・・・









 仲間だったから。

 友達だったから、だから。





 ここまで拒絶出来なかったんだろうと、平次は最終的に思い至った。



















「服部」

「俺、あっちで寝るし。明日もガッコやろ? 無理言うて、悪かった」

「・・・・・ひとつ聞きたいんだけど」

「え?」


「俺は女じゃねえのにどうして抱ける? お前・・・・・そういう趣味じゃ、なかっただろ」

















 上目遣いの新一に平次は目を細めた。

 そして静かに、言葉を返す。

















「・・・・・お前に欲情したからや」

「!」

「言うとくと、今でも『そういう趣味』はないからな」

「な・・・・・」

「あの晩あの時のキスで、俺はお前に落ちた。そんとき下半身が疼いたんや・・・・・そうしたらお前の中に入りたくて堪らんくなっただけや」

























 囁くように新一の耳に。

 平次は、語りかける。





 そうして解った。

 新一が、どうしてあんなに反抗してたのか―――――――――――・・・・・・

















「工藤・・・・・・そうか。『抱かれる』事実が嫌やねんな」

「!」

「お前かて男やし、組み敷かれると『負けた』気いすんのやろ?」

























 新一は目を見開く。











 もともと男だから、女を男が抱くのは当たり前。

 けど同性同士だと・・・・・・・どちらかが女役になるのも、当たり前。

























「そ・・・それは」


「アホ」

「何だと?」

「抱かれるからて『負け』やったら、女は一生『負け』側なんか?」

「・・・・」

「俺から見たら、女の方が一枚も二枚も上手で適わん存在やけどなあ。うちのオカンもそうやし」





















 この世の中。

 女性の方が、怖いくらいに強いのだ。
















 


 ・・・・・・新一は微笑った。































「言われてみれば、そうかもな。父さんも母さんには勝てないし」

「せやろ」

「・・・・つまり俺は理由を付けたかっただけなんだな」

「ん?」

「お前に惚れちまったっていう信じられない事実を、何かのせいにしたかったんだ」

「工藤・・・・いま何て言うた?」











 平次は新一の頬を包んだ。

 至近距離で、聞き返す。



















「二度と言うかっての」

「工藤~~」

「・・・・・でも、そうか・・・・・俺も、こうしてお前の体温を感じているのが『気持ちいい』と思っちまったんだもんな」

「へ・・・・」

「その時点で『受け入れる側』決定、か」

















 新一の吹っ切ったような笑顔。

 平次は、どきりとする。























 伸びてきた手。













 ・・・・・・・それを合図に、二人は目を閉じ口唇を合わせた。





























ひとくぎり



























「・・・・工藤、キツイ?」

「だ・・・だからそういう事を、口に・・・・出すな!」

「ならどーすりゃええねん・・・・・抜くか?」

「ばっ・・・・かや・・・ろ、少し、じっと・・・・・・してろ・・・・・・っ・・・・」

「せや、かてなあ・・・・・あんま・・・・締め付け、られると・・・・・ホレ」

「!」



















 腕の中で新一は震える。

 あり得ないものが、身体の中に入ってきている感覚に・・・・・



 まだまだ慣れてはいなかった。



















「感じては・・・・いるようやから、ええか」

「・・・・良く、ねえ」

「はいはい」



































 抱くのも。

 抱かれるのも。























 ・・・・・・・『好き』という気持ちがあれば、それでいい。







































 男だからとか。



 そういうのは、実際はあまり問題ではない。































 人は、自分以外の誰かに恋をする。

 それが・・・・・・















 二人の場合は、お互いだっただけなのだから。





























Fin