「うざい」

「は?」

「・・・いつまでもくっついてんじゃねぇ。終わったら離れろ」















 平次の部屋へ向かう、マンションのエレベーターの中。

 簡易的な密室に、ここぞとばかりにキスを仕掛けた平次。



 だが。















 ・・・・・・・・瞳も閉じない新一は、冷ややかな視線でそう言い放った。



























「めっちゃ不機嫌やな」

「このクソ暑いのに、いつまでもしてられるか」













 夏に弱い、新一。

 あまり汗をかかない分、余計に身体に負担がかかるのだ。



 今日は日が暮れても、暑い。熱い。

 加えてこの湿度。























 世界は俺に喧嘩を売っているに違いない・・・・

























 そうでなくとも、ここに来るまでの電車の冷房。

 それと外気との気温差が激しすぎて、いい加減身体が怠くなって来ている。



 服を着ていることさえ不快に感じられ、とにかく座りたかった。

 その時、平次がニヤリと微笑う。













「気味わりーな・・・何だよ・・・」

「別に」









 いくら暑くて不機嫌でも、新一はキスを拒まなかった。

 平次は、更に微笑う。













「蹴るぞ」

「まあまあ、そんな怖い顔せんと。ほら着いたで」















 マンションの、自分の家の扉の前。

 眉根を寄せる新一を背中に感じながら、平次は鍵を開けた。






キスより熱い温度[1]







「はぁ~・・・生き返る」

「ホンマ、今年の夏は異常やな」













 もう、3週間以上も30度を超す気温。

 夜になってもそれは下がらず、熱帯夜は容赦ない。



 速攻でクーラーを付け冷珈琲を急かして入れさせた新一は、ようやく下がり始めた室温に、暫くぶりの笑顔を浮かべた。









 ・・・・・・こくりと飲む度、溜息が漏れる。

















「これ以上工藤の機嫌が悪なったら、どないしよかと思うたわ」

「・・・何だよそれ」







 

 涼しさは、新一の機嫌を回復させる。

 だがその笑顔に少しばかり翳りが見えたのを、平次は見逃さなかった。



 音を立てて、氷が割れる。

 眺めながら新一は、ソファにもたれ掛かった。







 





 ――――――・・・グラスの向こうに、平次が見える。

















「・・・工藤」

「暑い。寄るな」

「んな殺生な。涼しくなったやんか」

「お前は見てるだけで暑苦しい」











 いつの間にか、新一の目の前に詰め寄っていた平次。

 しかしその言われように、む。と眉根を寄せた。











「ほー・・・言うてくれるやんか。そんならもっと暑くしたる」

「え、ちょ、ちょっと待て! こぼれ・・っ」













 左手のグラスが、まだ中身を伴ったまま離れる。

 フローリングの上に音を立てて転がったそれは、ゆっくりと形を変えて広がった。



 氷が新一の指にあたる。



















「・・・・っん・・・」













 背中にあったはずのソファは外され、代わりに硬い感覚を得る。

 

 角度を変えて与えられる口付け。

 それは、新一から僅かに残っていた体力を奪っていった。















 ・・・やがて解放される身体。

 既に平次に廻す腕の力さえ無かった新一は、ぐったりとフローリングに横たわる。

















「何やねん。されるがままか」

「・・・・腹に何も入ってないから、力出ねぇんだよ」

「は? お前今日メシ食っとらんのか?」

「晩飯は食わしてくれんだろ・・・」













 まあ、確かにこれから夕食の支度をしようと思っていた平次だったが、まさか朝も昼も食べていないとは思いもしなかった。

 



 







「ちょお待て。まさかと思うけど・・・お前この夏休み中、ずっとそんな生活しとるんか」

「大丈夫だって。生きてるから」

「そんな問題ちゃうやろ!」

「・・・何でお前が怒るんだよ」



 







 新一は僅かに顔を曇らせる。

 もともと『食欲』自体が余りない新一は、食べることに興味が無い。













「不健康すぎる! 夏に栄養取らなアカン!」

「・・・・・・解ってるよ。けど一人だと面倒だし」











 料理が出来ない訳ではない。

 一通りレシピを見ずに、作れる腕前は持っている。



 ただ作らないだけ。













 平次は、それ以上は何も言わず肩を落とした。

 馬乗りになっていた体勢を外し、倒れたグラスを片づけ始める。

















「何だ。しねぇのか」

「・・・・取りあえずメシ作るわ。体力ないお前抱いても、つまらんし」

「そりゃー悪かったな」

















 新一は身を起こす。

 















「俺、暑いと性欲もなくなるもんで」

「何やと!?」 

「せいぜい、体力つくもん食わしてくれ」













 そうしてニコリと微笑うと、ソファに腰掛けた。



 新聞を広げて、ニュース番組を付けた新一。

 その姿を横目に、平次はこっそり冷房の設定温度を少し下げたのだった。
























ひとくぎり























「どうです。解りました?」









 もう何分経っただろうか。

 目の前の食事を中断し、新一は携帯の相手との会話に夢中だった。



 どうやら事件絡み。

 事件の状況や状態をあらかた聞いて、既に犯人もトリックも解ったようである。







 こんな事はいつもの事で。

 平次は大して気にもせず、ビールを飲みながら野球中継に視線を向けていた。





 ・・・・が。























「早くしないと証拠品、消されちゃいますよ―――――――・・・・・・・そう、その中にある筈だから
・・・・いいトコ見せるんでしょ、ワタルさん」



























 ――――――――・・・・・・は?

 

















 平次は、つい思いっきり体勢を新一に向けた。

 その時派手な音をして足をテーブルにぶつけてしまう。



 驚いた新一はこっちを向いた。



















「え、いや何でもないです。ええ、じゃ頑張って下さい」















 電源を切った新一は、足の痛みを堪える平次を見る。

 そして口を押さえ笑い出した。















「あはははは! 何やってんだお前?」

「う、うっさいわ!」















 くっそー、と膝を押さえて平次は真っ赤になる。

 目の前の新一は食事の続きを始めた。







 ・・・・ビールのせいか、ほのかにその頬は高揚している。















「この豆腐ってそばつゆ掛けてんだ・・・・・・ミョウガが絶妙」

「なあ、工藤」













 ぼそりと呟く平次の声。

 新一は視線は向けずに『何だ』と返事をした。













「今の電話て・・・・高木はんやろ?」

「ああ。それが?」

「いや、ええんやけど」





















 ――――――・・・・・・いつの間に、名前で呼ぶ様になったんや?



























 高木ワタル。

 目暮警部の部下の、警視庁捜査一課の刑事だ。



 コナンの頃から何かとお世話になっていた人で、元に戻った今も、警察関係で近い存在の一人だ。

 年齢が割りと近い事もあって、プライベートでもたまに逢ったりしていた。











「警部、出張中なんだって。佐藤刑事も一緒だから、何とかいいトコ見せたいって頑張ってるみたいだぜ」

















 でも結局行き詰まって、こっそり新一に助け船を求めたらしい。



















「ここにおる間くらい、電源切っとけや」

「妬いてんのか?」













 面白そうに、新一は微笑う。

 その表情に何故かムッときて、平次はビールの缶を握りつぶした。











「・・・・・・ビール足りへんな。買うてくるわ」

「俺、別にもう要らないけど」

「俺が飲むんじゃい!!」











 ガタンと立ち上がり手の残骸をゴミ箱に投げ入れる。

 そのまま財布を掴み、外へ出ていった。




 あっという間の事に新一は瞳を丸くする。























「・・・・妬いてんじゃん」













 ぼそりと、呟く。

 嬉しくなる。





 でも。





















『ここにおる間くらい、電源切っとけや』























 ・・・・・・・それなら、何で?































 また、新一の表情が曇った。



















 同性同士の恋愛関係。

 誰にも言えない、秘密の関係。



 刻が過ぎれば過ぎるだけ、想いは悪い方へ向かってしまう。





















 ハッキリ言って、これ以上深くなりたくない――――――――――・・・























 戻れなくなりそうな気がする。

 いつか、絶対・・・

























 絶対に・・・――――――――・・・・離れる時が、来るのに。

































 アルコールがゆっくり廻ってくる。

 心地よい重力が、睡魔と共に新一に襲いかかった。











 ・・・ぱらぱらと、雨の音が聴こえてくる。

























 外は暑い熱帯夜。

 天候は気まぐれに、今日も何度目かの雨を降らせている様だった。
































ひとくぎり

































「・・・めっちゃムカツク雨やな」













 突然の、雨。

 もちろん傘など持ってきている筈もなく。



 コンビニで暫く様子を見ようと、買ったビールを足下に置いて雑誌を手に取った。













 ・・・・・・ぱらぱらとページを捲っていても、その情報は脳まで届かない。























「はあ・・・」











 平次は声に出して、溜息をしてしまう。















 ・・・・・・子供みたいな嫉妬や、これは。











 

 ゆっくり雑誌を棚に戻す。

 ふと、夏のイベント記事が特集の表紙が目に入った。





 花火。祭り。海。旅行。

 色々な催し物の情報が、そこには記されている。



 ・・・・・・恋人同士には、持ってこいの想い出づくりだ。









 でも。



 暑さに弱い新一は、極力夏に出かけようとはしない。





















 そうでなくとも、この大学の長期休暇の半分以上を、ロスの両親の元に行っていた新一。

 帰ってきたのはつい、3日前の事だ。



 もうすぐ8月も終わるのだから、何処かへ出かけようと誘っても「イヤだ」の一点張り。

 真夏のロスも結構な暑さだったらしいが、とにかく日本は湿度が高い。



 帰国予定日の夜も、うだるような熱帯夜。

 逸る気持ちを抑え電話した平次だったが、久々の新一の声が凄まじく不機嫌。


 開口一番の台詞は、「てめー生きてたのか」だったのだ。

















「海くらい、行きたいっちゅーねん」













 まあ、多分そう言ったら間違いなく『行けば?』と返されるのが解っている。

 これでも友達は多いから、誘えば男も女もそれなりに行く仲間は居るけれども・・・・













 でも、やっぱり。

 ・・・惚れてる人間がいて、両想いなんだから、そいつと行きたいのが当然の欲求。



 夏の想い出はないんかなぁ・・・・・・と再び溜息を付いた時。

















「なんだ、服部くんじゃないか」

「た、高木はん!?」













 ポンと肩を叩かれて振り向いた先に居たのは、さっき新一と電話で話していた張本人。

 高木ワタル刑事、その人だった。



















「・・・・・・この近くに住んどるんですか」

「いや、この辺でちょっとあってね。でも何とか片づいたから、これから帰る所なんだ」











 さっきの新一の助言で、無事事件は解決したらしい。

 たくさん飲み物を抱えて居るところをみると、使いっ走りにされているのだろう。



 背広が暑そうだった。



















「君はこの近くなんだ」

「ええ、この先のマンションです」

「新一君は、確か米花町だったよね」











 突然出た、新一の話題。

 平次はぴくりと反応する。













「・・・そうですけど、アイツが何か?」











 知らず声が低くなる。

 平次より数センチ背の高い高木刑事に、つい睨むように視線を向けた。











「昨日、僕の家に忘れ物してね。これから届けに行く所なんだけど・・・・・・」

「忘れ物?」

「そう、腕時計。洗面所で見つけたんだ」



























 ・・・・・・は?

 何で工藤が、こん人の家に腕時計を忘れてんねん?

















 忘れるって事は、それを外したって事で・・・・







 人ん家で普通、時計を外すか?

 しかも、洗面所?





 いや・・・そもそも、何で工藤は高木はんの家になんか行っとんのや?























 それに。

 工藤の事を、名前で呼んでたような気がする・・・・・























「服部くん?」







 突然ボーっとした平次を、高木刑事は覗き込む。

 それで我に返り慌てて言葉を出した。







「あ、スンマセン」

「僕はもう行くから、それじゃ」

「高木はん、工藤いま俺んトコ来てますんで・・・・・・・・良かったら渡しておきますけど」

「ホント? 助かるよ」









 言うと、ポケットから小さな紙袋を取り出した。

 それを平次に渡す。







「そうだ、あとコレも」

「はい?」











 買った飲み物の袋からジェリービーンズの袋を出して、一緒に紙袋に入れる。

 よいしょと荷物を持ち直して、高木刑事は言った。









「好きだって聞いてたからさ。一緒に渡してくれると、有り難いな」

「・・・・解りました」

「昨日は、無理に誘って悪かったって言っておいてくれる?」











 その時の高木刑事の様子は、何か慌てた様子で落ち着かず。

 平次に『じゃあ、宜しく言っといて』と言付けを頼んだかと思うと、足早に外に出ていった。





















 ・・・・・・残された平次の手のひらに、ブルーの紙袋が乗っている。





















『昨日、僕の家に忘れ物してね。これから届けに行く所なんだけど・・・・・・』

























 何やそれ。




 ―――――――・・・今日は俺んトコ泊まる気は、さらさら無いっちゅー事か?





























 夏休み中、放っておかれて。

 逢うことも声を聞くことも出来ず。











 やっと帰ってきても・・・・相変わらず態度は冷たいまま。

























 暑いのが苦手なのは解ってる。

 真夏は特に、俺と接触するのさえ避けている。



 別にだからと言ってあいつを嫌いになんてならない。











 俺は『工藤』に惚れているから。

 触れなくても、良くはないけど我慢は出来る。























 だが。



























 ・・・・一緒に居たい。



 そばにいたい。

























 声が、聴きたい・・・・・















 キス したい。



























 これくらいは、当然の欲求だ。

 あいつも、決して嫌がってはいない。





 真夏でも、不意打ちでも。

 ・・・キスだけは、いつも工藤は受けて返してくれた。



























『昨日、僕の家に忘れ物してね。これから届けに行く所なんだけど・・・・・・』



















 再び頭を巡る言葉。

 ぶんぶんと頭を振って、平次は店を出た。

 





 ・・・雨は、もう止んでいる。



























 ――――――――・・・・・帰す気なんてない。



 今日は、俺の部屋から外には出さない。



















 いっそのこと、一週間ぐらい閉じこめておきたい。





























 嫉妬だ。

 醜い、感情だ。



 解ってる。

 別に、あいつとあの人の間に何も無いことくらい解ってる。

















 自分の知らない、あいつの時間。



 それは、あいつの自由。

 どこで何してようが、あいつの自由だ。











 けど・・・





























 ―――――――――――・・・・・・俺ら、どんだけ逢うてなかったと思うてるんや?





























 平次は急いで家に戻った。



 ・・・・・・新一が居なくなっていないことを、祈りながら。




























ひとくぎり



























 ノブを一回し。

 鍵は、開いている。



 ほっとして平次はそっと中に入った。











 ・・・テレビの音声が、耳に飛び込んでくる。





















「工藤・・・・・?」











 つい、恐る恐る呼んでみる。























 ・・・?・・・



















 ビニール袋を置いてリビングを覗き込む。

 すると、ソファに横たわる新一を見つけた。













「何や、寝ちまったんか」











 左手に携帯を握りしめたまま。

 仰向けに、気持ちよさそうに眠っている。



 テレビを消し、複雑な気持ちで平次はその寝顔を暫く見つめた。

 そして、ぽつりと言葉を漏らす。

























「俺はお前の何なんやろなぁ・・・・」



















 怒りに似た感情が、沸いてくるのが解った。







 激情。

 やるせない、想い。

















 身体を重ね合わせた時点で、友達ではなくなった。

 手に入れた、そう思った。





 けど・・・ 























 心は手に入れてはいない、という事なのだろうか?

























 少し温くなったビールをひとつ取りだし、新一の頬にあてる。

 瞳を覚ますには充分まだ冷たかったので直ぐに瞼を開けた。













「・・・あ、お帰り」

「寝るんなら、テレビくらい消せや」

「悪い。電話してたら眠くなっちまった・・・・・・」









 僅かにぴくりと平次が強ばる。

 悟らせない様にしながら、さっきの紙袋を取り出し、渡した。













「・・・何これ」

「コンビニで高木はんに逢うたんや。昨日、忘れたんやて?」

「ワタルさん?」













 開けて中身を確かめる。

 腕時計と、入っていたのはジェリー・ビーンズ。



 つい、新一は笑みをこぼした。





















「・・・・そうか。なら大丈夫だな、サンキュ」





















 その表情と言葉に、平次は胸の奥から沸き上がる今まで以上の嫉妬を感じた。





























 もう駄目だ。



 ・・・・・・これ以上、我慢できそうにない。























 こんな気持ちは、初めてだ――――――――――――――――・・・・

































 どんな女と付き合っても。

 どんな仲間と居ても。



 こんなに苦しい感情に出くわしたことはなかった。



















 自分は、自分。

 相手は相手。





 どんな奴と付き合おうが、何処で何してようが、お互いの自由。



















 束縛も好きじゃない。

 独占欲なんて持ったことは無い。



 だから、一方的な感情を押しつけられるのも大嫌いだった。

















 今までの女も別れた理由は大体それ。

 少し付き合いが長くなると、携帯の呼び出しが日増しに増えてくる。





 ・・・・・・そうして結局は面倒くさくなって別れるのだ。

























 今考えてみると・・・・・・・そんなに好きで、付き合っていた訳ではなかったのかもしれない。

































 相手を想う気持ちがこんなにも苦しかったなんて。

 身体を重ねてからの方が、こんなに不安だったなんて。





 人一倍ポーカーフェイスの上手い、新一。

 何を考えているか、解らない新一。

























 解らなければ解らない程、想いは深く堕ちて行く――――――・・・・・







































「服部?」













 自分を見つめたまま動かない平次。

 瞬きを忘れたかの様なその目に、新一は自身を見た。





 何故か息を飲む。





















「・・・・腕時計、何で外したんや」

「え? だってシャワー浴びんのに、濡れちまうだろ」





















 ・・・・・ぷちーん。























 その一言に、平次の何かがキレた。

 自分の中の感情が、一気に静まるのが解る。







 ・・・・・・同時に言い表せない怒りが頭に登った。

























「・・・工藤」











 平次が、ゆっくり新一を追いつめた。

 ソファの背に身体を押しつけ身動きを封じる。



 今までと違う雰囲気に、初めて戸惑いの表情を新一は見せた。















「な、何」

「俺にはもうお前が解らへん」

「っ・・・・?」

















 不意打ちの、口付け。

 息をする間も与えず、平次は荒々しく口内を貪り始めた。





















「・・・っ・・・!!」













 今まで与えられたことの無い、乱暴な舌使い。

 目眩に似たものが新一を急激に襲い、身体から力を奪っていく。



 苦しくて、無意識に平次を引き離そうと藻掻いたその時。





















「・・痛っ――――――・・・!」

















 血が、滲んだ。

 平次が、新一の口唇を噛んだのだ。



 渇いたそれは、既に切れやすい状態だった為にすぐに染まった。















 ・・・妖しいまでに紅く。





























「・・・・・・・何も言わんのか」

















 肩で大きく息をして平次を睨む新一。

 瞳にもうっすら泪が滲み、明らかに怒りの感情を見せている新一。





 でも。





















 ・・・・・・何故か、何も喋ろうとはしなかった。



 それが余計に平次の気に触った。



























「もうええわ。俺もう、疲れたし――――――――・・・・・・悪いけど帰ってくれへんか」

「!」























 その時見せた新一の表情。

 それは、もう既に平次の視界には入ってはいなかった。



















 背中を向け、買ってきたビールを冷蔵庫に入れる。

 一本は持ったまま自室へ行くと平次はその扉を閉めた。

























 静寂な空間の中。



 思い出したように、また雨の音が聞こえだした。

























 ――――――――・・・やがてそれは、段々激しさを増して行く。





































 どんな難事件も、難問も。

 そつなくクリアしてきた、東と西の名探偵。









 どんな些細な出来事も。

 誰もが見逃すような、表情さえも。















 ・・・相手の目や状況を見れば全て解る。そう思ってきた。









 なのに・・・――――――――・・・・・



































 お互いの心。













 それだけが・・・・・・・

 どうしてもこの二人には、解らなかった。




























ひとくぎり





























 新一は、黙ってソファに座っていた。

 その表情は凍ったままだ。































 これ以上、深くなりたくはない。

 でも、想いは思った以上に自分の心を占めていた。





 このままじゃ、自分が駄目になると思った。  

























 今まで好きになった人がいても、事件が起こると、気持ちは
事件(そっち)に向いていた。



 別に放って置いてる訳では無く、頭の切り替えが出来たのだ。

 捜査に私情は持ち込む事はだから決してなかった。





 それが、今。















 あいつの事となると制御出来ない自分が居る。

 だから、頻繁に逢わない方がいいだろうと思った。















 大学が違う分、普段あまり逢えない。

 すると夏休みは必然的に、一緒に居たくなってしまう。



 住んでいる所も近くはないから余計に。

























 新一は怖かった。





 逢えば逢うほど、想いは止まらなくなっていたから――――――――――――・・・・・





























 そうして。



 ・・・そうして平次は今、自室に閉じこもってしまった。



























 新一は暫くして立ち上がり、食器を片づけ始めた。

 どれもこれも、余りお腹にもたれないサッパリとした味付け。



 夏に食欲の全く出ない新一の為の、平次の用意した献立。

 どれも、美味しかった。









 途中、冷房の風に直にあたり身を竦める。

 ・・・・・かなり涼しい設定。









 そう言えば、さっきの平次の口唇は酷く熱かった。

 外はかなりの熱帯夜なのだろう。



 新一と違い暑さに強い平次は、滅多に冷房は入れないと言っていたのを思い出す。

 今日は、来てからフル回転だ。























 ・・・・・・こんなに自分の事を、考えていてくれる平次。























 なのに。

 なのにどうして?









 

 どうして・・・・・・・



























 片づけも終わり、軽く溜息を付く。

 ・・・・切れた口唇がまだ痛かった。







 噛まれた自分より、噛んだ平次が痛そうな顔をしていた。

























 触れると、酷く熱かった――――――・・・・

































 閉じられたままの、平次の部屋の扉。

 前に立つと新一は小さく呟いた。





























「・・・・・・・・・俺、帰るから」























 中で、僅かに動いた音がした。

 でも新一は直ぐ背中を向け、そしてそのまま出ていった。