「わり、遅れた」

「・・・・全然反省しとらんな」















 都心から少し離れた所の、近所の高台。

 工藤新一と服部平次はここで待ち合わせをしていた。





 新一からの突然の呼び出し。

 なのに当の本人が到着したのは、約束より3時間も後だった。



















「何しとったんや」

「車の運転」

「―――・・・・・・怒るで?」











 新一が指定した場所だから迷うはずがない。

 遅れるなら遅れると、いつもなら連絡が入るのに。



 







 ・・・・・・・平次は睨んだ。

























「そんな顔するな」













 乗り込んだ平次の車の助手席。

 覗き込むように、新一は平次を見た。

 

 得意の上目遣い。

 計算し尽くされた、武器のひとつ。









 

 ・・・・・・・ぺろりと口唇を舐めた。



















「そんな顔したって誤魔化されへん」

「何だ。つまんねえ」

「工藤!」

「――――・・・・・・・ごめん」



 











 怒鳴られ、新一は大人しく謝る。



 拍子抜けする平次。

 いつと違う雰囲気を、少し感じた。

















「何かあったんか」

「・・・・別に」













 平次はその横顔に触れる。











 新一の住んでいる所から車で約10分。

 小さい頃は自転車でよく来ていた、お気に入りの場所。





 街全体が見渡せる程の高台。

 大きな1本の樹が目印で、登って空を眺めるのが好きだった。











 車が登ってこれるのはこの駐車場まで。



 ここから更に獣道を上に歩くと、少し広い場所に出ることを新一は知っていた。























「・・・・・・熱いな」

「ん?」

「お前の手、熱い」









 細い首筋が月明かりの下。

 よりいっそう、青白く見える。





 喉に滑らすと・・・・・・・・気持ち良さそうに、瞳を閉じた。



 













「・・・・・行こう」

「へ」

「ここ登った所に眺めの良い場所があるんだ。お前に、教えてやる」





















 新一は、名残惜しそうにその手の感触から離れる。

 車を降りてさっさと歩き出す姿に、平次は慌てて後を追った。









 



















 ――――――・・・今日はあまり暑くない。









 久しぶりの、熱帯夜から免れた涼しい夜だった。















手放せないもの







「・・・・・・足下、気を付けろよ」











 道を登り初めて10分程。

 鬱蒼と茂る雑草と木々を掻き分け、先を進む新一の背中を平次は追いかける。



 











「な、何か知らんけど・・・・・暗くて危ない道やなあ」

「この先抜ければすぐだ」















 新一は言う静かに言う。

 懐中電灯を持ってきて正解だったと、平次は思った。

















 ・・・・・・・数分後。

 木々の間に、夜空が大きく顔を出す。





 途端に流れ込んできた冷気に二人は息を漏らした。































「・・・・・・・・ほわー」

「思った通り、絶好の宇宙(そら)だ」























 そこはちょっとした広場で。

 大きな樹が一本立っていて、街を見下ろしていた。



 身体に感じる空気が、暑くない。

 それどころが気持ちいいくらい涼しい。

















 ・・・・・・・・目の前に広がる空が綺麗だった。






























ひとくぎり





























 二人は暫く横になり、宇宙を眺めていた。











 ・・・・星も見えない東京の夜空。

 漆黒の闇に、吸い込まれそうな感覚に陥る。























「・・・・・・何かあったんやろ。なんで、理由を言えへんねん?」

















 夜の7時に待ち合わせして。

 来たのが、10時過ぎ。













 我ながら・・・・・よく、待ったと思った。























 普通ならとっくに帰ってる。

 でも、相手が新一だからそうは行かない。



 逆に『何かあったのでは』との思いが心を掻き乱し、気が気ではなかった。

 携帯も通じなかったのだから余計に。















「何でもねえ。急に、お前に逢いたくなっただけ」

「・・・・・・」

「遅くなって本当に悪かったよ」

「工藤――――――・・・・・・・」





















 こんな新一を平次はどこかで見た気がした。









 ・・・・・そして思い出す。























 あれはこんな夏の日。

 空が、怖いくらい綺麗な夜。



















 去年の確か9月9日。















 蒸し暑い、夜だった。






























ひとくぎり



























 手がけていた事件。

 それにようやく解放された時は、既に真夜中だった。



 川沿いを二人で歩いて。

 見上げた空の綺麗さに、つい寝転がってしまった時――――――・・・・・・・・・・























 ・・・・・・ふいに交わした視線が絡まった。































 元々そういう想いを持っていたのかも知れない。

 ただ、何となく疲れていて・・・・・・何となく人肌が恋しかっただけなのかもしれない。



















 あんなに暑かったのに。



 触れ合うただ一カ所の熱さは・・・・・・・・どうしようもなく、気持ちが良かった。

























 何故か感情が止まらない。

 ・・・・・・新一の家に着いた時には、既に24時を廻っていた。

























『今日は工藤の日やな』

『何だ、それ・・・・』

『9月10日やろ? 9()10(どー)
・・・・・・・やんか』

『・・・・・お前、バカ?』













 月明かりが差し込むベッドの上。





 今まで感じたことのない、頬の熱さと。

 見たことのない相手の表情。

















 廻された手の熱さを感じて・・・・・・・新一はゆっくり瞳を閉じた。































 あれから、1年が過ぎていたのだ――――――――――――・・・・・・・・・・・


































ひとくぎり

































 平次はゆっくり起き上がる。

 目の前の樹に近付き、ひょいと登った。









「へー ・・・・・・ごっつ見晴らしええなあ、ここ」

「だろ。気に入ってんだ」









 新一も続いて登る。

 枝と枝の間、二人は肩を寄せ合った。





















 ・・・・・・街のネオンが星空のように
(またた)いている。

























「そろそろや」

「ん?」

「工藤の日」

「何だ・・・・・覚えてたのか」


















 気恥ずかしそうに新一は微笑う。

 その拗ねた目は、言ってくれるのを待っていたのだろう。













 ・・・・・平次も微笑った。



















「当たり前やろ」

「・・・・そうか」

「おう」





















 あれから一年。

 別に記念日とかを気にするタイプではないが、忘れられる訳がない。



 それほど強烈に記憶に残っている。

 今も、鮮やかに脳裏に焼き付いている―――――――――――――――・・・・・・・































 ・・・・・・その時。

 

 平次は目を見開いて、新一に向いた。





























 いま新一の服から僅かに香ったのは・・・・・・・・

 消毒液の、独特な匂い?







































「工藤―――――・・・・・・・お前、病院行って来たんか?」

























 柔らかい髪の毛が揺れた。

 新一は、口を開く。















「いや。行ってないけど」

「そ、か―――――・・・・・・・いやスマン」

「何で謝るんだよ」

「へ? あ、いや何となく」























 話したくないのなら無理には聞かない。

 今の新一を見て、そう思った。



























 ・・・・・・・『コナン』だった身体。

 今は、確かに戻った身体。



 多量に投与された様々な薬。

 その副作用、後遺症。



























 それらが。








 新一の身体に、影響を与えていたんだという事実を――――――――――――・・・・・・






























ひとくぎり

































『――――――・・・・・・・・工藤君。私達は、いつ細胞が破壊してもおかしくないの』





















 予想してた言葉。

 考えないように、してた現実。



 『灰原哀』と名乗っていた少女は今、成人を迎えた女性の身体をして。











 ・・・・・・静かにそう言った。





















『でも決まってる訳じゃないわ。一生そうならないかも知れないし・・・・明日、なるかも知れない。それは私にも解らない』

『そうか。まあ・・・・何となく、そんな気はしてたけどな』























 不定期に訪れる微熱。

 前に比べて、格段に落ちた体力。





 ・・・・・身体のだるさ。













 そう。

 そんな気が、ずっとしていた。



















『サンキュー宮野。俺は、別に死ぬのは怖くないんだ。怖いのは・・・・・・・』

























 ・・・・・怖いのは・・・――――――――・・・・

































『え?』

『いや、何でもない。また来るよ』





















 そう、また。

 何事もなく生きていられたら・・・・また定期検診に、ここに。





 『病院』ではなく。

 阿笠博士と、宮野志保の研究室である・・・・・・・













 この、場所に。

































 そうして外へ出ると、既に闇が色濃かった。













 新一は平次に逢いたくなった。

 とにかく今日、逢いたかった。

















 だから電話した。


 今から一時間後に、この場所へ呼び出した。





























 ・・・・・・怖かった。





 『死』なんて今まで、恐れたことなかったのに。




























 服部に逢えなくなる――――――――――――・・・・・・・・?



































 そばにいられなくなる。

 二度と、触れ合えなくなる。































 ・・・・・・・この熱い体温を二度と、感じられなくなる。







































 え?



 この、体温を・・・・・・?

































「おえ工藤!!」

「!」


























 目眩に襲われバランスを崩す。













 ――――――――・・・・・新一は次の瞬間、平次の視界から消えた。




































ひとくぎり





























 ・・・・・・・・熱い。





























 夏の暑さ。

 体温の熱さ。











 ・・・・・命の、暖かかさ。



































 どれもこれも。

 手放したく、ない―――――――――――――――・・・・・・・































「・・・・目え覚めたか」

「服部・・・・」

「お前、樹の上なん忘れとったやろ。焦ったわ」

「もしかして俺、落ちた? ・・・・いててて・・・・・」

「まあ・・・・そんな高い樹やなくて、良かったで」



















 気が付くと樹の根元に横になっていた。

 頬に掛かる草が、くすぐったい。





 月明かりを背にした平次が・・・・・・・心配そうに覗き込んでいた。























「ごめんな」

「なあ、工藤」

「・・・何」

「誰もがいつか死を迎える。それは、命あるものが避けられない運命や」

「え?」

「せやからあんま考え込まんでええねん。今、こうして俺らは一緒におって・・・・・・」























 言葉の途中で視界を塞がれる。

 すると口唇に、ふわりと平次のそれが触れた。






























「っ・・・」

「・・・・・・・キスも、出来るんやし」



































 平次には解っている。

 新一が何を恐れ、こうして自分を呼び出したか。



 この身体から香ったもの。

 そして、この一年の間で確実に衰え続けている体力。









 あれから幾度となく触れ合っているのだ。

 変化に気付かない訳が、なかった。

























 ・・・・・・でも。



























「そりゃ・・・そう、だけど」

「俺なんかよう今まで無事やったと思うわ。チャカ向けられもしたし、試合でも死にかけたしなあ」

「・・・・笑って言うことかよ」

「笑えばええねん。今、こうして俺らは生きとる」

「・・・・・・」

「先のこと考えてもしゃあないで? んな事より俺んこと考えてくれや――――――――――・・・・・・・・せっかく、二人きりやのに」



























 ・・・・・たまらない想いが胸を満たした。

 新一は手を伸ばし、平次を引き寄せる。



























「そうだな」

「そうや」

「じゃあ、確認するか」

「・・・・工藤」

「俺に『生きてる』熱さを証明してくれ。今、ここで」































 ・・・・・・それは新一からの誘い。



 初めての、誘い。





























 涼しい風が頬を撫でる。

 平次は少し驚いたが、閉じられた
(まぶた)を合図に・・・・・・































 目の前の白い肌を、月明かりの下へ露出させて行った。




























ひとくぎり































 手放せないもの。







 それは・・・・・







































 ・・・・・・この、存在。





























Fin