モノローグ[1]







「工藤?! お前、いつになったら来るんや?」

『・・・・わり・・・・今日、ちょっとヤボ用入っちまったんだ』















  暑さから逃れたと思ったら、急に冷え込んだ10月も後半。

  明日はやっとの日曜日。



  久々に逢おうと、連絡を取り付けた。

  その時、確かに新一はOKしたのだ。



  ・・・なのに。











「何ーっ!!? こっちはとっくにハチ公前やねんぞ!!?」

『・・・だから、わりーって言ってんだろ・・・』

「俺より優先さすヤボ用って何や!?」

『・・・うるさい・・・・・とにかく、そーゆー訳だから、切るぞ』

「ちょ、おえ工藤っ!!」













  言い終わらないうちに、途切れる音声。

  ・・・断続音が、空しく耳に響く。



















「―――――・・・ったく!!」













  あからさまな苛立ちを顔に出し、平次は電源を切った。









  相変わらず街は騒がしく賑わいを見せている。

  さっきまでは心躍っていたのに、今となってはその様が無性に腹立たしい。









  ・・・・それもこれも、新一が居ないせいである。























  あああああああ!! めっちゃムカツクわ!

  何やねん!? 楽しみしとったのに!!





















  怒りが収まらない平次。

  少し長めの前髪を掻き上げ、大きく息を付く。











  ・・・・・周りの女の子達が、さっきからその様子を覗き見ている。

















  客観的に見ても、かなり目立つ部類に入る平次。



  高校を卒業したあたりから伸び出した身長は、もう180に届き。

  決して着飾ってはいないのにどんなファッションも着こなすのは、天性のスタイルの良さだ。









  そんな視線に慣れっこな西の名探偵。

  待ち人が来ないと悟り、話し掛けようと女の子達が寄って来はじめた。



  いつもなら軽く愛想の良い笑顔を振りまく平次だが、今は虫の居所が悪い。

  足早にその群を突き抜け、来た道を駅に戻って行った。















  ・・・1人の渋谷なんぞ、楽しくもなんともない。

  ポケットの中の携帯を握りしめながら、平次はもう一度大きく息を付いた。


























ひとくぎり



























「・・・・・・怒ってたなあ」

















 携帯を握りしめ、新一は小さく呟く。













 目頭が熱い。

 喉が痛い。





 ・・・・頭が、ぼーっとする。

























 ――――――――・・・風邪を、ひいてしまった。























 定期的に発する咳。それは喉を熱く締め上げ、熱を呼ぶ。

 熱を出した理由があまりにも情けなかったから、平次には言えなかった。

























「――――・・・はー」

















 ベッドの上で、ころんと横になる。



 寒い。

 今日は涼しいというより、寒い。











 隣の部屋から掛け布団を取ってきて、新一は深く溜息を付く。

 見上げた窓から、月が顔を出していた。











 刻は、21時。



 ・・・ホントなら、今頃メシを食って映画を見ている時間だった。



















 布団にくるまって、ぼーっと月明かりに視線を移す。

 その時、携帯の呼び出し音が鳴った。



 「ルパン三世」の着メロ。

 平次が勝手に入れたものだ。





















「・・・・何だよ。今取り込み中なんだけど」













 液晶に映し出される文字は、『服部平次』と表示している。

 新一は努めて冷静に、懸命に普通に声を出した。











『桃、買うて来た。食うやろ?』

「・・・もも?」











 突然のその台詞に、新一は面食らう。

 だが、「桃」と聞いて喉の渇きを思いだし、思わず返事をしてしまった。















「・・・・食う」

『やっぱりな。ほんなら、カギ開けてーな』

「え?」

















 次の瞬間、インターホンが鳴り響いた。



 携帯の向こうから聞こえてくる音と重なり、新一は驚く。

 ふらつく身体を支えながら、そろそろと1階に降りて行く。











 ・・・そして、ゆっくり鍵を開けた。





















「・・・な・・・んで・・?」

「よう―――・・・そんなこったろーと思うたわ」

























 其処には、携帯片手の服部平次。

 もう片方の手に桃の入った袋を掲げ、新一の前に姿を現した。






















ひとくぎり































「俺の『工藤レーダー』を侮るんやないで?」

「・・・何だよそれ・・・」













 桃の皮をむく平次に、新一は呆れ顔で返す。















「ほい。」

「・・・自分で食えるよ」

「ええやん、ほい」

「―――・・・ったく」











 剥き終わった果実を、平次が直接、指で新一の口に運ぶ。

 最初は嫌がって見せるが、本気では無いので2度目は素直に受けた。









 ・・・喉を通る、甘い感覚。

 平次の指と一緒に、新一は自分の口唇を舐める。





「くどーが俺との約束、破るなんて考えられへんかったしな~」

「そーかよ・・・」











 にやにやしながら、平次は剥き続ける。

 皿に盛られてゆくそれを、新一は今度はフォークで食べ始めた。











「電話した時・・・めっちゃ嬉しそうやったし」

「自惚れんな。」

「あれれ? 俺の気のせいなんかなー?」

「その「コナン」の真似、やめろって言ってんだろ!! ――――・・・つっ・・・」









 叫んだ途端、強い目眩に襲われた。

 座っていたにも関わらず頭が揺れ、あわや椅子からずり落ちそうになってしまう。















「工藤!!?」

「・・・・何でもねー・・・大丈夫だ」













 力無く微笑う新一。

 最後の一切れ桃を口に入れた時、平次がいきなり立ち上がった。



 次の瞬間、ふわっと身体が宙に浮く。

 最初、何が起こったのか新一には解らなかった。















「―――――――・・・はっ・・服部っ!? ななな、何やってんだ! バカ下ろせーっ!!」

「うるっさいのー。大人しくしとれ、落ちるで」





















 背中に脚に、廻された腕。

 頬に感じる心臓の音。





 ・・・完全に、身体は浮いている。













 新一は、いわゆる「お姫様抱っこ」状態。

 「うっしゃ。」と声を出すと、平次はその身体を抱えたまま廊下へ出た。











「下ろせ! 1人で歩ける!!」

「黙っとれ。階段で転けられたらこっちがたまらん」









 有無を言わさず平次は新一を運ぶ。

 決して軽くは無いだろう身体なのに、流石に男の腕力だ。



 少し開いていた新一の部屋のドア。

 それを足で全開にし、平次は「よっ」っと中に入ると、ベットに新一を下ろした。





 布団の冷たさに、瞬間竦む。

 新一は何か言いたげに平次を見上げた。









「何や」

「・・・別に、まだ寝なくたって平気だ」

「アホか? 寝んでどーやって風邪治すんや。汗かかなアカンやろ」

「そ、そりゃそーだけど」

「そーか。ほんなら一緒に汗、かこか?」

「はあ!?」









 訳解らないことを言い出したと思ったら、何と平次までベッドに乗ってきたではないか。



 先の想像がついた新一。

 枕を抱きかかえ、防御態勢をとった。











「俺は病人だって、解ってんのか?」

「・・・健康管理も出来へん奴に、同情の余地はあらへんわ。こんなん、一晩寝たら治る・・・」

「って、おい! バカ脱ぐな―――――っっ」

「人肌で暖めたろ思てんのに、何やその態度・・・」

「信じらんねー――――っ!!」













 枕を取り去り、平次はその身体に覆い被さる。

 抗う力も無くされるがままに、新一は瞳を閉じ、与えられ始めた感触に身体を震わせた。



 熱が上がる気がするのは・・・風邪のせいだけでは無いだろう。













「・・・めっちゃ心配だったんやで・・・・声に元気あらへんかったし・・・逢えへん言うし・・・・・・・・何で素直に『風邪ひいた』言わんかったん?」

「いいだろ、別に」

「可愛くないのー。こーゆー時は甘えるもんやで」

「・・・・甘える? 俺がお前に?」

「そんな意外そーな顔せんでもええやんけ・・・・」











 苦笑しつつ、平次はその口を塞ぐ。

 減らず口が聞けない様に、ゆっくりその気力も体力も奪うように―――――・・・・





 お互いの体温が混ざり合う、闇空間。



 明かりを付けるのを忘れていたから、僅かに窓から月の光が差し込むだけ。

 感じる肌寒さに、掛け布団の中に2人は潜った。

















「・・・はっとりー・・・」

「んー・・・」









 触れ合う身体。

 耳元にかかる新一の声と息。



 妖しいまでのその雰囲気は・・・まだ見たことのない新一の表情。





















「・・・・わりー・・・・薬、効いてきたっぽい・・・」

「へー・・・・・はあ!?」















 眠たげな声。

 上体を起こした平次が見たものは、もう閉じられた新一の瞼。









 そして次に聞こえてきたのは――――――・・・穏やかな、吐息だった。



























「マジ・・・?・・・」





















 答えの代わりに聴こえるのは、苦しげな息遣い。

 急に罪悪感を覚えた平次は、軽く溜息を付き、はだけさせた胸元を丁寧に直し始めた。



 きちんと布団を掛け、その寝顔を見つめる。



















 ――――――・・・初めてやなー・・・・工藤が風邪で寝込むやなんて。

 しかし・・・何つーか・・・・・不謹慎やけど・・・・やっぱ・・・



























「工藤って綺麗な顔しとんなー・・・・」















 印象の強い鋭い眼光が閉じられていても、全く衰えない存在感。

 それどころか、ますます微妙な雰囲気を醸し出している。





 この新一と知り合って数年たって――――・・・・・・まさか人には言えない関係になろうとは。



 新一が、受け入れてくれるとは。



















「でも、なぁ・・・・」











 心の奥に、眠るひとつの疑問。

 今この状態を幸せに思いながらも・・・・その事がいつも、平次の頭から離れなかった。
























ひとくぎり

































 ・・・夢の中で、話し声が聴こえる。













 新一はその声に目を覚まし、「うん?」と頭を上げる。

 しかし壁際に向かって眠っていた為、つい頭を壁にぶつけてしまった。













「あて!」









 ・・・寝ぼけていた脳細胞。

 何が起こったのか解らない新一が頭をさすっていると、廊下から夢の続きの声が聴こえてきた。















「今日は駄目や。用事あんねん」



















 服部?

















「それは明日にでも付き合ったるし・・・・ええやん、別に何でも! 俺をダシに使うな!!」























 ――――――――・・・・誰だろ・・・・

























 その声は、廊下からの平次の声だった。

 新一の睡眠の邪魔にならないようにとの考慮で、部屋の外へ出ていたらしい。



 座り込んで、楽しそうに話しているのが聴こえる。

 何となく・・・・・新一は「む。」という顔をしてしまった。











 当たり前の状況なのだ。

 大学が違うんだから、お互いそれぞれ知らない交友関係があることは。



 俺以外に、あいつは沢山友達がいることくらい知ってるし・・・・

 俺にだって、服部の知らない友達はいる。





 ・・・でも。















 新一は、その時喉の渇きを感じた。

 下に降りて水でも飲もう。そう思った。



 だから、ゆっくりベッドを降りた。











 近づく平次の話し声。

 その平次に視線を向けず、新一はその前を通り過ぎ階段を下りていく。



 もちろん平次は気付く。

 ぺたぺたとスリッパも履かずに去っていく新一に、慌てて携帯を切ると、平次はその後を追いかけていった。

















「工藤! お前、起きて平気なんか!?」













 冷蔵庫の前で肩を掴まれる。





 顔だけ振り向いた新一。

 ウーロン茶のペットボトルの口を開ける。



 少し口に含んだ所で、ふぅと息を付いた。











「平気」

「・・・ホンマか?」

「何だよ。嘘だと思ってんのか?」

「せやかて、こんなに熱いで首・・・」













 触った肩から首に滑らす。

 いきなりの感触に、新一は少しびくっとする。



 次に平次は前髪を掻き上げ、自分のそれとくっつけた。











「あほー!! 全然下がってないやんけ!」

「・・・そおか?」

「寝ろや! あと薬・・・あ、でも何か腹に入れんとアカンな――――適当に作るか・・・・工藤、ちょお其処のソファ座って待っとって! 毛布被ってやで! って持ってこんと無いか~! 上行って取ってくるわ!!」











 けたたましく言い放った後、平次は激しい足音で2階に上がっていく。

 早口で言われてよく聞き取れなかったが、「ソファ」という言葉が解ったので、よたよたと歩いて其処に座った。







 ・・・ひんやりとした感触が気持ちよくて、つい寝そべる。





















 結構心配性なんだあいつ・・・・























 ちょっと、口元が緩む。

 独りが長かったから、こうして気に掛けてくれる人が居るというのは・・・ちょっと嬉しい。



 暫くして、だだだだと階段を降りてくる音がした。















「ほれ、被っとれ」





 ちょっとうとうと仕掛けた所に、バサッと毛布が落ちてくる。

 くるまり、顔を出した。





「んー」

「何食いたい?」

「・・・・なんでもいい」











 平次の顔が、瞬間強ばる。













「一番腹立つ答えやで、それ」

「え?お前のメシ何でも旨いし・・・・好き嫌いも無いし・・・まさか、マシュマロ使わねぇだろ?」















 言った後に咳き込む新一。

 落ち着き見上げた時に見えた平次の表情は、何故だか真っ赤だった。













「・・あ、そーゆー『何でもええ』・・・・な。」

「?」

「よ、よっしゃ、ちょお待っとってや!」

「んー・・・」













 そして平次は、そそくさとキッチンへ向かった。

 冷蔵庫の前で立ち止まり、そしてゆっくり息を吐き出す。























 ――――――・・・・・さらっと殺し文句言いよるやっちゃなぁ。

























 ムラムラと、やばい疼きが沸き起こる。

 大体、昨日あそこで止められて・・・今こうして日の光の下で、熱っぽい顔を見せられて・・・





 しかも、家に2人っきり。





















 ―――――・・はは・・・・耐えられるんか? 俺・・・



























 これ以上どんな環境が必要だと言うのだ?









 平次は新一に惚れている。

 惚れてる相手が、此処にいる。



 まるまった新一。

 無防備な、新一。















 ・・・熱のせいで、余計に妖しい新一。





















 ――――――――・・・アカン・・・・昼間っからアホか俺は・・・・

























 急に我にかえる平次。

 気を取り直し、野菜炒めとお粥を作ると急いで新一の元へと運んだ。













「工藤、起きぃ」

「・・・ん」

「食わせたろか?」

「ざけんな・・・」











 減らず口が叩けるから、まぁ大丈夫だろう。

 食欲も思ったよりあるらしく、むくっと起きあがって手を伸ばした。



 ・・・お粥を、口に運ぶ。













「あち。」

「猫舌には悪いねんけどな、我慢して食えや」

「んなこと言ったって、熱すぎだ・・・」















 平次が、じっと新一を見つめている。

 食べるところを見られるというのは、ものすごく嫌なものだ。



 余計熱くて、味なんか解らなくなってくる。



















 ――――――・・・・・・それにしても、何でコイツこんなにニヤニヤしてんだ?



















「おい」

「ん~?」

「・・・楽しそうだな」











 そう言うと、平次はさっきにも増して満面の笑みを浮かべた。















「せやかて、めっちゃ楽しいねんもん」

「―――――・・・嫌味か」

「はぁ? 何でや」















 ちらりと、新一が平次に視線を移す。

 暫くして目を戻すと、箸を置いた。















「・・・・ごちそうさま。わりー、全部食えなくて・・・」

「それはええけど・・・・」

「薬飲んで、寝る。だから・・・・お前、もう帰っていいぜ」

「!」













 言うなり、毛布にくるまったままソファを立つ。

 戸棚から薬箱を取り出すと、錠剤を取りだし水で流し込んだ。



 そして平次に顔を向けず言葉を続けた。



















「・・今日――――――・・・何か用事あったんだろ? 俺なら平気だから」





























 少し伏せ目がちに呟く言葉。

 喉を押さえ、吐く息が熱い。



 肩からずり落ちた毛布を直すと、ぺたぺたとリビングを出ていく。



























 ―――――――・・・あんのアホ――――っっっ!! 何でそーなんねんな!???



























 どかどかと大きな音を立てて平次は後を追う。

 階段の途中で追いつき、驚く新一を抱え上げ、そのまま部屋に入りベッドに放り投げた。













「ちょ、服部! いってーな何だよ!?」

「聞きたいのはこっちや! 何や『帰れ』って? 何が『平気』やって? ええ加減にせえや!!」

「いっ・・・・言った通りの意味に決まってんじゃねーか!!」













 ひんやりした掛け布団の感触。

 そして突然の怒鳴り声に、新一は寒さで身体を震わせた。











「全然平気や無いクセに、いらん意地張るなっちゅーんじゃ!!」

「うるせー! 頭に響くから怒鳴んな!」











 咳き込み新一は耳を押さえる。

 だんだんと襲ってきた頭痛を感じ、硬く目を閉じた。





 頭を抱え込んだまま、音にせず言葉を出す。



















「せっかくの休みに・・・何も俺の世話しなくてもいいって言ってんだよ・・・・」





















 風邪は、自己管理を怠った結果。

 自分の責任。





 ・・・その言葉が、頭をぐるぐる廻る。



















 それは、事実だから。



 そしてそれ以上に―――――――――・・・























「工藤・・・・」











 ベッドに潜り込んだ新一は、壁に向かって丸くなる。

 平次の呼びかけにも、応えない。



 暫く静かな空気が流れた。

























 頑固に背を向ける新一。

 平次は大きく息を吸うと、ベッドに乗り、布団をひっぺがした。













「――――――なっっっ!!!?」

「ほーんま・・・・・・素直やないなぁ全く・・・」











 掛け布団も何も全て、放り投げる。

 只でさえ熱があって寒気がするのに何をするのだこの男は!?



 新一は信じられないといった表情で、平次を見上げた。

















「――――寒いか」

「当たり前だ!」

「・・・どないして欲しい?」

「どうって、戻せよ布団を!!」











 平次を押しやりベッドから降りようとした新一。

 しかし急に起きあがった為か、目の前が真っ暗になりバランスを崩した。























 ―――――――――――・・・っ・・・!!





















「ほらほら・・・大人しくしとき」

「・・・離せっ・・・」

「―――どないして欲しいか、聞いてんねんけど?」











 抱き留めた身体は、酷く震えている。

 目眩の余韻の痺れが抜けない新一を、平次はゆっくり横たえた。















「・・・寒いっつってんだろ!」

「せやから?」

「だ、だから・・・って・・」













 近づく顔。

 かかる吐息。







 ・・・新一は、ようやく平次の魂胆が見えた。



 見上げ、睨む。





















「――――――――・・・・」

















 何か言いたげに目を細める新一。

 薄い唇が僅かに開くが、声にはならない。



 ぷいと、顔を背けた。





















 言わない。絶対に、言わない。

 こいつは俺から『暖めて欲しい』と言うのを、待っている。























 服部は
(ずる)い。

 解ってて、そう仕向けようとする。





 ・・・俺が何を思ってるかなんて、お見通しのくせに。



















 でも。



 本当に解って欲しいことに―――――――・・・全然気付いてはくれないんだ。




























「・・・抱きたいんなら、抱けよ」

「何やその言いぐさ」









 吐き捨てる様な新一の言葉に、平次が眉根を寄せる。



 触れるか触れないかの、距離。

 新一の両脇に腕を置いて、決して密着はしない平次。



 視線が、新一を捕らえる。



















「――――工藤は狡いわ・・・」

「なっ・・・」

「何もかも、俺に言わせる。いつも・・・・・待っとるだけや」

「!」















 平次の手が、震える新一の頬に触れた。

 突然の冷さに、新一は大きく反応する。



 その手は暫く肌の感触を楽しみ、前髪を掻き上げ、おでこの熱を計るように乗せた。











 ・・・かなり熱かった。

























「お前・・・・俺ん事ホンマは、どう思とんねん」

「・・・・・え」

「答え――――・・・『謎』に対しての答えも・・・・聴かしてもろて無いんやで?」















 耳元に囁く言葉。

 その後ゆっくり位置を変え、額に唇が触れる。



 熱い場所に、熱い感触。















 『謎』

 そして、『答え』。





 それは2人の関係を、一変した出来事。













 忘れられない。

 忘れることなんか、出来るはずがない。





















 ―――――・・・あの夜から、新一の悩みは始まったのだから。






























ひとくぎり





























 大学が違うのに、何故か週3回は必ず決まって平次は新一に逢いに来た。





 最初は『何で?』と新一は思った。

 でも、やっぱりどの友達よりも話す内容は噛み合い、事件捜査の時も、違う視点からの考え方やものの価値観など、参考になる場合が多かったから段々と気にしなくなっていったのだ。









 きっと平次も、自分と同じ気持ちなんだろう。

 だから、こんなに頻繁に話しに来るのだ。



 そう、新一は思っていた。















 ・・・・・・俺たちは、そんな何処にでも居るような普通の友達同士だったのだ。























 そうして4ヶ月程経った頃。

 長い夏休みに入り、俺達はそれぞれの休暇を過ごすべく東京駅にいた。



 大阪の実家に帰る平次と、両親の住むロスに向かう新一。

 大した荷物もなく、総武線のホームに2人は立っていた。











『別に見送りなんて要らねーよ』

『ええやん。ひと月も逢えへんのやで? 淋しかろーと思ってな』

『・・・んな訳ねーだろ』











 相変わらずの、軽い口調。

 でも淋しげな声色を感じ、新一は少し驚いた。











『お前もロス、気ぃ付けて行ってこいや』

『ああ、解ってる』

『・・・・なあ、工藤・・「謎」ひとつ置いてくわ』

『謎?』













 ここから平次は新幹線で、新大阪。

 新一は成田エクスプレスで、一路成田だ。





 『謎』という単語に、反射的に反応してしまう新一。

 平次は辺りをキョロキョロ見回し、その腕を掴んで階段下の死角へ連れ込んだ。















『な、何だよ』

『・・・・次に逢うまでに、解いておけや』

『―――――え?』













 その声は、入ってきた電車の音で消される。

 聞き返す前に、口唇に何かが触れた。



















『――――――――――・・・・!?』

































 繰り出される、激しい風。

 耳に響きわたる轟音。







 ・・・・塞がれた、視界。



















 やがて電車が止まり扉が開くと・・・ゆっくり平次は離れた。





























『ほんじゃ、またな』













 呆ける新一を、車内へ押しやる。



 発車ベルと共に、我に返った新一。

 ・・・閉まる扉の向こうに、ひらひらと手を振る平次を確認する。





















 動き出す視界。

 遠くなる平次の残像。





 そして、目の前には硝子に映る自分の顔があった――――――――――――・・・



























 口唇に残された『謎』。

 感触が、夢では無いことを示している。



 余韻が残りすぎていて、身体中が熱くなってきた。

















 その後、飛行機でも。

 ロスにいる間中もずっと。



 新一は、平次の事を考えない日は無かった。



















 本気なのか。

 ・・・冗談なのか。





 考えれば考えるほど、余計解らなくなって行く。























 でも、別れ際に見た平次が――――――・・・・・・全ての答えの様な気がした。

























 そして日本に帰ってきて、降りた東京駅。

 予定より、かなり早めの帰国。







 ・・・・・・ちょっと、1人で考えたかった。























 ロス(あっち)は両親がベッタリで、1人になれる時間なんて無かったから――――――・・・













 軽く溜息をつき、階段を昇っていく。

 しばらくエスカレーターで移動して、総武線から地上ホームへ向かうべく先を急ぐ。



 その、時だった。





















 ・・・・「銀の鈴」の方から来る人波に、遠目にも目立つ人間を見つける。

























 オレンジとネイビーの、派手な配色のナイロンハット。

 短めのTシャツから伸びる足は長く、怠そうに大きなスポーツバックを抱えて。



 新一は、瞬時にそれが平次だと思った。





















 ――――――――・・・・嘘?





















 でも、こんな所で逢うはずが無かった。

 平次の帰ってくる日は、まだ一週間も先の筈なのだ。















 ・・・ホントに服部か?





















 人違いだろう。

 俺が、考えすぎてるから・・・だから、そう見えてしまっただけだ。



 そう思い込んで視線を戻し、よいしょとスーツケースを持ち直す。

 そうして左側のエスカレーターを使おうと歩き出した、その時―――――――・・・・・・・





















 ・・・・呼ばれた、気がした。























『え?』















 顔を上げる新一。

 さっきの人物が、手を振っている。





















『――――――・・・はっとり・・・・・』

『なんや工藤、今日帰ってくる日ぃやったっけ?』















 一段と伸びた髪。

 それを押さえるように、被っている帽子。



 もともと黒かった肌は、ますます色合いを増し・・・













 手を振りながら、微笑いかけるその姿。

 瞬間、新一は見とれてしまった――――――――・・・・





















 投げかけられた、謎。

 手がかりの、一瞬の触れ合い。



 平次はそんな新一の視線に気付き・・・照れたように帽子を深く被った。



























 あの時と変わらない平次の視線。

 あの夜と変わらない、甘い声――――――・・・

















「・・・そんなに、聴きたいか」

「聴きたい。」

「言葉なんて・・・通り過ぎるだけだ」

「そんな事あらへん。全部俺ん中に残る」















 じっと、その瞳を捕らえる。

 捕らえて、決して離さない。



 その上あまりにも真面目に囁かれ、新一はますます顔を赤くした。













「お前・・・ほんっと恥ずかしいコト、さらっと言えるよな・・・・」

「言わんと解らんやろ? もひとつ言ったろか?」

「なっ」

「惚れた奴に対しての世話はな、『迷惑』て言わんのや――――――・・・何を心配しとんのか知らんけどな」











 とうとう平次は耐えきれず、目の前の身体を抱き締めた。

















 冷えた肌。

 震えていた腕の中の存在。



 やがて、平次は背中に手の感触を得る。



















「まだ、言う気になれへん?」

「無理矢理言わせて――――――・・・嬉しいか?」

「・・・そーきたか」



















 平次は軽く息を付く。

 その時、携帯の着信音が鳴り響いた。



















「!」











 新一の携帯と同じメロディ。

 でもそれは直ぐに、平次の方のものだと解る。



 家にいる間は、新一は携帯の電源を切っているからだ。















「・・・・・出ろよ」

「かまへん」

「緊急の用件だったらどーすんだよ!?」

「今以上の緊急事態なんてあらへん。用があったら留守電に入るやろし」

「・・・・」











 平次は新一から視線を逸らさない。

 尚もうるさくメロディーが鳴り響いていたが、やがて消えた。



 その時新一が眉を寄せたのを感じて、平次『あ』と慌ててベッドを降り、その電源を切った。















「スマン。頭に響いたな」

「・・・いいのかよ」

「ええ加減にせえや!! お前より優先さすものなんて俺には無いっちゅーとんじゃボケ!」













 あまりにも解ってない新一に、平次はもうブチ切れてしまった。



 大声で叫びベッドに戻ると、その身体の自由を奪う。

 胸ぐらを掴み睨んだ。











「ホンマにそう思とるんか!? ホンマにお前、俺行ってもええて思てるんか!!」

「だってしょーがねーだろ! 俺は何処にも行けないんだぞ?・・・・自己管理も出来なくて情けないって言われて・・・・・お前の行動を束縛する権利、俺にあるわけねーだろ!!」

「え・・・」













 耳に響く平次の声。

 頭痛が酷くなっていくのが解る。



 平次の顔に、気恥ずかしいような色が浮かんだ。















「・・・・・アホ」

「な、何だと!?」

「ほんま無意識に殺し文句言うやっちゃな・・・・・・・」























 手を離す。







 ふっと。

 身体から、重みがとれる。



 押さえつけられていた腕が自由になり、新一は目を見開いた。





















「なあ、工藤」

「・・・んっ」











 次の瞬間。

 上着の裾から、手が入り込んできた。



 新一は逃げない。





















「・・・・もっとワガママ言うてくれた方が、嬉しいんやけどな」













 熱い身体と、熱い息。

 ゆっくりと前をはだけさせ、表れた肌に口唇を滑らして行く。













 こんなに肌は、俺を引き留めているのに。

 この瞳はこんなに、「帰るな」と訴えているのに。







 ・・・どうしてそれを『言葉』で言ってはくれないのだろう?

















 そろそろと、平次の背中に廻る腕。

 それは体温を確かめる様に、段々と力が込められていく。



















 ――――・・・ほら、この腕だってそうやで? 工藤・・・・

























「俺んこと・・・好きて言うてや」

「・・・な、に言って・・・」

「何で一度も言うてくれんのや? 俺はお前の『言葉』が聴きたいねん」















 平次の視線が容赦なく突き刺さる。

 咳き込みながら、新一はその目を覗き見た。





















「俺はお前以外の奴と・・・・・・・こんなこと、しない」



























 平次の首に腕を廻す。

 寒さを体温で補おうと、きつく絡みつく。











 心臓の音が―――――――・・・・・・・・・・・・やたらと伝わってきた。

























「・・・・・・これまた遠回しなこった」





















 新一はそれ以上、何も言わない。

 ・・・・言えないのだ。















 実は、自分の本当の気持ちが何なのか解らないから。



 だから、言える訳が無かった。

















「ま・・・ええか。『目は口ほどにモノを言う』とは良く言ったもんや・・・・工藤の場合は『目も身体も』みたいやけど」

「・・・・言ってろ」

「けどなぁ・・・・言葉にせんと伝わらない事は多いんやで?特にお前は・・・表情(カオ)じゃ誤解される事、しょっちゅうやろ」

「別に、構わない」

「お前なあ」













 平次は止めていた動きを再開する。

 抱き締めていた手を、寝間着の裾から肌に滑らし――――・・・・肩口に乗せていた口唇を首筋に落とした。





 耳元で、新一が呟く。

















「・・・服部。さっき俺は薬を飲んだ――――・・・・・・・これがどーゆー事か解るよな」

「へ・・・」

「そろそろ限界だ・・・・」

「うそやろ―――――――っっっ!?」

















 目の前の瞳が、もう閉じられている。

 これから行ったろかと思ってた矢先、昨日と同じ展開になるというのか?



 揺さぶった時、新一が口を開いた。















「晩御飯・・・・しゃぶしゃぶ希望」

「え?」



















 その後はいくら待っても言葉は聞こえず。

 ぽかんと呆けた時、吐息が聞こえてきた。













 またボタンを留め、寝間着を整える。

 ベットを降りて叩き落とした布団を被せ、しっかりと新一に乗せた。









 苦笑する平次。







 ・・・・日差しが、新一の眠りを照らしていた。



















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