モノローグ[02]









 ・・・・電話が来た。

 携帯に、来た。











 もちろん、約束の時間をとうに過ぎてるから。

 まさか家に居ると思っていないだろうから、携帯に来た。









 本当の事を・・・言いたく無かった。



























 夏のあの日。







 重ねた、お互いの肌。

 確かめ合った体温。そして心臓の音――――――・・・・・・・・























 どっちがどっちかなんて、決めてた訳でも無いのに。

















 ごく自然にあいつが俺を抱き締めたから。

 その感覚が、気持ち良かったから。

















 俺も男で、あいつも男だったけど。

 そんな事は百も承知だったけど・・・・・・・・





 なんとなくこうなりそうな感じは頭の隅では思ってたんだ。

 あの日、まっすぐ服部の部屋に行った時から。





















 俺は、気がついて無かっただけだった。





 本当は・・・・・・ずっと前から、服部の事が好きだった自分に。





















 ・・・・・・・・でも。






























ひとくぎり































 新一は、電話の呼び出し音で瞳が覚めた。

 手を伸ばし受話器を取る。





















「・・・はい、工藤です」

『新一か? わりー、寝てたか』

「遥・・・・・・おう、今起こされたけど」













 話しながら枕元の時計を見る。

 夕方5時。暗いわけだ。













「あ、そっか。試合どーだった」

『快勝快勝! それより・・・お前大丈夫か?』

「平気・・・・・・・明日はサボると思うけどな。そん時は頼むぜ」

『はは。解った、無理すんなよ』











 そうして切れる回線。

 ゆっくり受話器を戻して、新一はベッドに腰掛けた。













 昨日の土曜日は、大学のサッカー試合があったのだ。

 この友人が出るから観に行くつもりだったが、急に平次との約束が入り、風邪を引いたと言ってキャンセルをしていた。









 本当に風邪を引いてしまったあたり、笑い話である。



 所属はしていないが、その能力は探偵と並んで知られている工藤新一。

 たまに練習試合などは参加させてもらうことも多かった。





















 大きく欠伸をして、身体を伸ばす。











 身体が軽い。

 頭も痛くない。







 ・・・熟睡出来たから、熱も下がったみたいだった。























「工藤・・・・電話終わったんか」

「うわ!」











 電気を付けようと扉へ向かった時、廊下から突然影が現れた。

 新一は驚く。













「何や」

「い、いや・・・いきなり居るから」

「・・・熱は」

「あ」











 突然の抱擁。

 突然の、額の触れ合い。



 反射的に新一は瞳を閉じた。











「・・・・・今度こそ下がったみたいやな」

「っ・・・」













 そうしてそのまま、額に口唇の感覚を得る。

 起き抜けのキスに妙に照れくさくなって新一は藻掻いた。





 でも、平次は離してくれない。



















「ちょ・・・ちょっと、苦しいって・・・っ・・」

「・・・・・」

「・・・・服部?」

















 新一の耳元。

 抱き締めながら・・・呟く次の言葉は。























「・・・・・俺の知らん工藤―――――――・・・見せつけんといて」

「―――――・・・は・・・っとり・・」



























 起き抜けの頭。

 眠って、戻ったまともな思考回路。





 ・・・思い出す今朝の自分。























 服部も・・・そう思っていてくれたのか―――――――・・・・































 大学の違う2人。

 それだけで、かなりの生活が違う2人。



 同じ学校の人間との方が、必然的に一緒にいる時間も多くなるし、会話も話題も増えて行く。

 それはどうしてもそうなる事で・・・





 でも。



















 それがたまらなく気になる。

 気になって、しょうがなくなる。









 考えないようにしてても。

 こうして、目の前で自分の知らない「相手」の生活部分を見せられるのは・・・・・・やりきれない。

























「・・・・・お前こそ」

「え?」

「何でもねーよ・・・・・なんかいい匂いすっけど・・・メシ?」

「お、おう。用意出来とるで――――・・・と。その前に風呂沸いとるから、入り」

「マジ?」













 風呂という言葉に笑顔を見せる新一。

 いい加減汗をかいていたから、気持ち悪くなっていた所だ。





 クローゼットから着替えを取り出すと、さっさと下へと降りて行く。
















 その、足取り。

 具合は完全に良くなった様だった。





























 ――――――・・・ちょお、残念やな――――・・・・























 平次は少し、残念がる。 







 ・・・・あんな新一は滅多に見られない。

 不謹慎だが、もうちょっと見ていたかったのが本音。

















 軽く溜息を付き扉を閉める。

 廊下の窓から覗く月に、日が落ちるのが早いことを改めて感じた。
























ひとくぎり





























 ・・・お湯の温かさが、身体にも心にも染みわたる気がする。

 新一は、湯船の中で色々思い返していた。











 そうして、ふと気付いてしまったのだ。





























 ―――――――・・・・・服部って、もてる筈だよなあ。





























 自分と対照的な服部平次。

 何処を歩いていても、何を着ていても目立つ存在感は、他に類を見ない。



 料理もひと通り作れるし面倒見も良い。

 人懐っこくて甘い関西弁とくれば、まず女は興味を持つ。













 その服部が・・・・どうしてか自分を好きだと、あの日言った。





















 ? 何で?

 ・・・・・・どうして? まさか男が好きなのか?





















 そんな事を咄嗟に思ってしまうのも、無理はないだろう?

 普通、そう考えるだろう?









 ・・・・恋愛経験が豊富な訳では無かったし、俺は男と付き合った事はもちろん無かったし。

 どっちかというと、興味は余り無かったから・・・告白されても滅多に受けることは無かった。







 なのに。





























『・・・・・工藤、抵抗せぇへんの? このまま行ったら――――・・・・・・・どうなるか解っとるよな』



















 あいつは強引には、決して行こうとはしなかった。

 ひとつひとつ触れる度に俺に確認していた。























『――――・・・ああ』

















 それが何だか、おかしかった。

 何故か全然嫌じゃなかった。















 ・・・・・俺は服部が好きなんだろうか?

























 解らない。

 だから、解ろうと思った。





 この自分の想いが、どんな「名」を持つのか。

 予感はしていたこの状態が、何処へ向かうのか―――――・・・・・・・・









 暑いはずの外気温に比べ、涼しかった服部の部屋。

 だから、まず本能が求めるままに――――――・・・・・・・目の前にある体温に縋り付いてみた。

































「不安は、そこから始まったんだよなあ・・・・」





















 瞳を閉じる。

 雫が、落ちる。





 お湯をすくう。



 ・・・かたちのない液体は、瞬く間にこぼれ落ちて行く。



















 こんな関係になって、聞けないことが出来た。

 確かめたいことが出来た。













『恋愛ドラマ』は、ハッピーエンドになって「最終回」が決まりだけど。

 ――――――・・・・・その後も、登場人物の物語は続いている筈だ。















 主人公達は、その後も平穏な生活を続けているんだろうか?



























「こーゆーもんだよなー・・・現実は」













 考えているうちに、何だかお湯が温くなってくる。

 一体どれくらい浸かっていたのか解らなくなり、いい加減に上がる事にした。




















ひとくぎり































「くど~! 遅いから沈んどんのかと思ったわ」

「え? 俺どれくらい入ってた」

「40分」

「―――・・・・・・なーんだ。わり、俺いっつもコレくらい」

「うっそ、ホンマ!?」











 キッチンのテーブルの上に、既に用意された食材。

 新一ご希望通りの、しゃぶしゃぶだ。



 お湯は既に沸騰中。

 野菜もすっかり煮えて、もう食べ頃である。











「浸かると長いタイプやねんな・・・・ま、えーわ。食お」

「おう」









 2人仲良く「いただきます」をし、肉を掴み泳がす。

 さっとお湯に通すのがコツである。



 激烈にお腹が減っていた新一。

 とりあえずろくな会話もせず、とにかく食事に没頭する。





 その食欲に、平次は安堵の息を付いた。

















「ごちそーさん。でも、よく俺が今食いたいもん解ったなー」

「・・・何や。自分が言うたこと、覚えとらんのか」

「へ、俺?」

「そーやろな~・・・2度も寸前で逃げられたし」











 言いながら平次は食器を片づけ始める。

 手伝おうとする新一を制止し、そのままソファに追いやった。











「・・・・・」

「――――・・・・・・んな瞳で見るなっちゅーの。襲うで」



















 ポンポンと頭を叩かれる。

 その感覚が妙に気持ち良くて、でも何だか焦れったくもあった。























 ―――――どうしていつも、服部は俺に聞くんだろう・・・・

 なのにどうして、いつも俺は言いだせないんだろう――――――・・・・?































 ・・・・怖いんだ。









 言えば、服部はもう逢いに来てくれないかもしれない。









 だから・・・

 だから、俺は―――――・・・・























 ソファに腰を乗せ、尚も新一は平次を見つめた。

 そんな新一から平次は視線を外せない。



 少し伏せ気味の瞳。

 一番好きな、角度―――――――・・・・

















 しばらく、動けない。





























「・・・工藤」

















 その名を呟いても外さない視線。

 ・・・・それに引き寄せられる様に、平次は薄く開く口唇を塞ぐ。











 いつも通り渇いた感触。

 まだ濡れた髪から、くすぐったい香りが漂う。



 平次は少し角度をずらし、息継ぎをした。

 そしてゆっくり身体を離す。





 いや、離そうとした―――――――・・・・・























「!?」

「―――――・・・続きはしねーのか?」



















 新一はまだ視線を外してはいなかった。

 その手は平次のシャツの裾を掴んで、離さない。





 ・・・呟く言葉。

 それは小さかったが、平次の耳に確かに届いた。



















「工藤――――・・・・?」

「俺の瞳は、口ほどにモノを言うんだろ・・・・・・? なら、俺が今どんなこと考えてるか解るんだろ?」























 あくまでも新一は口には出そうとはしない。

 ただ、平次を自らの視線で捕らえ続ける。









 ふと。



 根負けしたように、軽く平次は息を付いた。

 そして、目の前の身体と一緒にソファに倒れ込んだ。















「病み上がりがどーなっても知らんで・・・・・・・・」

「そしたらまた、お前の世話になるさ」

「お。言うたな」



















 微笑う新一。

 その憎らしくも妖しい口元に、平次は親指をあてる。



 ゆっくりと撫でられる感覚。

 それだけで、新一は身体の力が抜けていく――――――――・・・・・・・

















 変やで。どないしたんや工藤・・・・・



























 こんな誘う様な新一は、初めてで。

 平次は急に不安が強くなる。























 ―――――――・・・・・・服部・・・・お前だから。

 だから・・・・























 新一は新一で、誘うのに何故か決心をしたようにしがみつく。

























 好きなのは確かで。

 でもそれは、単なる「仲間」の好きで―――――・・・・・・



 恋愛感情の「好き」と、友情の「好き」。























 ―――――――――――・・・・・・・それを、勘違いしてるんじゃないだろうか?



























 2人はお互いの体温を確かめながらも不安を隠せなかった。

 言葉を交わせば聞きたくない事が、聞こえてきそうだった。





 だから、何も。

 息遣いの他には・・・何も部屋には響かなかった。















 キスをすれば絡み合うお互いの舌。

 触れれば、反応を返す身体。



 漏れる声は、確かに耳に心地よく。

 ・・・縋り付いてくる腕も、確かに暖かい。



 でも。













 ・・・・・身体は別に気持ちが伴ってなくとも――――・・・『快楽』に反応する様になっているものだ。





























 離れている時間が、長すぎる2人。



 今までそれが当たり前だったのに。

 肌を重ねる前までは、別に気にもしてなかったのに――――――・・・・・・・





 自分の心の内をさらけ出せるほど、新一は素直では無かった。

 無理矢理そう言う方向に仕向けた気がしてならない平次は、新一に強い態度に出ることが出来ないでいた。

























「・・・っ・・!」









 新一がもの凄く締め上げ、2人は同時に果てる。

 途端に感じる冷気に身を震わせ・・・暫くお互いその体温にしがみついていた。
























ひとくぎり





























 それから2週間が過ぎた。

 あの翌日、朝早くに自宅に平次は戻った。



 新一は大事をとってもう1日寝て、次の日から大学へ出た。

 ところが、この日から平次が何故かぱったり新一の元に姿を現さなくなった。





 ・・・週3日は必ず来ていたのに。























「最近こねーじゃん、トモダチ」

「・・・・・」











 同じ大学の仲間。

 講義の最中に言われる程に、平次は此処ではもう有名だった。















 ―――――・・・最初のうちは、確かに新一も気にはなっていたが、段々と思い出す時間も少なくなってきたことに、気付いた。







 今まで通りの時間が戻って来ただけなのだ。

 ほんの数ヶ月前までの、平次の肌の温もりも知らない頃の時間が。



















「なあ、久しぶりに遊ばねぇ? お前、紹介しろって女多くてさー」

「悪いな。しばらくパス・・・・・まだちょっと調子悪くてさ」

















 なんとなく、まだ身体が怠かった。



 熱は下がっている筈なのに、なんとなく調子が悪かった。











 火曜の夕方。明日は祝日で講義は無し。

 友人の誘いも断った新一は、時間を持て余した。







 ・・・何故なら、いつもなら平次がいた時間だから。





















「もうコート出さなきゃ寒いな・・・・」















 西日が眩しかった。

 新一は雑誌を立ち読みしようと、駅前の本屋に入っていった。



 その後、TSUTAYAで何本かビデオを借りる。

 食事の支度もしたくないから、コンビニで適当に買って家に帰った。



















「?」











 その時、扉の前に影があった。

 新一の足音に気付いたそれが、ゆっくり立ち上がる。



 家の前を通り過ぎる車のヘッドライトで平次だと解った。















「お帰り」

「・・・・何してんだ此処で」















 久しぶりに見た顔は、何だか別人に見えた。

 更に伸びた前髪が、やけに男っぽく見えた。



 忘れてたのに。

 お前の事なんか、忘れかけてたのに。



















「ロードワーク終わって、まんま来てもうた」













 見ると、その姿はナイロンのパーカースウェット&ジャージ。

 前髪を掻き上げながら近づいてくる影に、新一は無意識に後ずさる。



 その反応に自嘲気味な笑みを平次は浮かべた。

















「――――・・・風邪、ちゃんと治したんか?」

「てめーに関係ねーだろ」













 ろくに相手にせず新一は鍵を取りだしドアを開ける。

 振り返り睨み付けると、直ぐさま扉を閉め、鍵を掛けてしまった。









 ずかずかと階段を昇り、鞄を放り出す。

 そしてベッドに突っ伏したら・・・何だか怒りがこみ上げてきた。

























 ――――――――・・・ちっくしょ―――――――っっっ!!!



 何なんだアイツ? もう来ないかと思えば、いきなり人ん家の前に現れんてんじゃねーよ!

























 許せない。

 絶対、許せない。







 こんな気持ちなんて要らない。

 もう、こんな思いは沢山だ。





















 忘れてたんだ。



 忘れようとして、やっと最近思い出さなくなったんだ。























 今までの事も。

 あの夏の、始まりも。



 優しい声も、熱い体温も、自分と違う肌の感触も、全部、全部―――――――・・・



























「なのに・・・・」



















 苦しかった。

 もう思い出したら、止まらなかった。



 何で、こんなに俺を放っておいたんだ?

 どうして電話もしてこなかったんだ?















 ・・・・・・声が、聴きたかった。









 言葉が、欲しかった。



























「・・・・・え・・・・?」















 『何で一度も言うてくれんのや? 俺はお前の「言葉」が聴きたいねん』





























 上半身を起こし、電気も付けない暗闇の中で新一は愕然とした。

 思い出されるあの日の平次の言葉。













 ・・・これは、まさにこの事か・・・・・?

























 新一は、やっと気付いた。







 どうしてあんなに、平次が「言葉」を欲しがったのか。

 何故、執拗にそれを求めたのか。



 音にしないと解らない気持ち。

 ・・・それは、気持ちを確かなものにするものだったから。

















 ――――――・・・やっぱり人は、態度だけでは解らない。









 『音』にすることで、気付く想い。

 無意識に出た「言葉」で、気付く気持ちが・・・・確かにある・・・・・・?





















 窓から覗く、月。

 その光が蒼く部屋を照らす。



 ・・・そこからは玄関は覗けない。



















「風・・・冷たかったな」























 まだ、居るだろうか・・・・?











 日が暮れると、もう空気は格段に冷たい。

 新一はゆっくりベッドを降りると、静かに部屋を出ていった。































「さっぶー・・・・」











 日中暖かかったが、やはりもう夜は寒い。

 平次は、まだ玄関先で蹲ったままだった。



















 ―――――・・・・・・此処まできて、すんなり帰れるかいアホ。





















 新一の事だ。

 もう少ししたら、心配して覗きに来るに決まっている。













 最後の、賭だった。









 何を言っても、何をしてもやっぱり不安そうな顔しかしない新一。

 どんなに自分が好きだ惚れたと言っても、どうしてか信用しようとしない。





 あの風邪の日。

 どうにか解り合った気がしたのに、新一と自分の間にまだ壁があるのを感じた。



















 空には月が煌々と照らす。

 空気も澄んでいて、余計に寒く感じた。



 パーカーの帽子をかぶる。

 はーっと両手に息を吐いた時、背中に人の気配を感じた。











 平次が振り向くと共に、扉の鍵が解かれる音がする。

 その後ゆっくり開けられて、現れる影。











 ・・・・・・座ったまま上げられた平次の視線と、伏せ気味の新一の視線が絡み合う。





















「珈琲・・・入れた。飲むだろ」



















 ぶっきらぼうに呟く声。



 相変わらず表情は見えなかったが、発せられた言葉と目線が家の中に向いて居たから、平次はその背中を追おうと腰を上げた。




















ひとくぎり

























「それ」











 紺色のマグカップ。

 少し大きめのそれは、この家に常備してある平次専用のもの。



 リビングのテーブルの上に置かれていたから、その脇のソファに平次は腰を下ろした。

















「・・・おおきに」

「なんでそんな薄着で来んだ。風邪ひくぞ」

「―――・・・・・心配してくれるん?」

「何の、用だ」













 向かいのソファに座り、自分のカフェオレを飲む新一。

 両手でカップを包みその暖かさを感じつつ、目は閉じたまま平次に問いかけた。



 やれやれと平次は息を付く。















「・・・試合終わるまで我慢しとこ思うたんやけどなぁ・・・・・禁断症状出てもうた。気ぃ付いたら、ここに来とった」

「試合・・・?」

「言うとったやろ。明日、大会やねん。ここんとこの強化合宿にレポートまで重なってもうて、ろくに家にも帰ってへんかったんや」

「大会? 剣道のか?」















 そう言えば『剣道は日本の文化やからって、安直に毎年この日に試合あんねんで』とか聞いていた気もする。



 だから、この格好なのか。

 新一はやっと平次に目を向けた。











 そして、もうひとつ思い出す。

 少し前に・・・・だから『10日くらいは来れない』と言われていた事も。











 新一は、途端に真っ赤になった。

 平次はその様子に直ぐに気付く。

















「くどー・・・・お前まさか、放っとかれたて思うたんか」

「ち、違う」

「電話とか―――・・・・・待っとってくれたん?」

「待つわけねーだろ!」





















 嘘だ。

 待ってた。





 最初の2・3日は別に何とも無かったけど――――・・・5日を過ぎる頃から、家の電話も携帯も気になってしょうがなかった。





 自分から、掛けてみればよかったのに。

 何故か・・・・それが出来ずにいた。



















「もう、お前なんか忘れてた・・・・また、元の生活に戻れたと思ってたんだからな」





















 違う。

 俺が言いたいのは、こんな事じゃない。



 さっき、気付いたのに・・・













 どうして口から出てくる言葉は、思ったことと正反対の事ばかり―――――・・・























 新一が握るカップが、震えていた。

 それは寒さからくるものでは、決して無かった。



 平次は飲み終わったカップを置いた。

 そうして、立ち上がり歩き出すと・・・顔を伏せている新一の後ろに廻り、ソファを挟んでその首に抱きついた。

















「は、はっとり・・・?」











 いきなりの感触に、新一は驚く。

 するとますますキツく抱き締められ、平次の口元が新一の右耳に触れた。



 その、瞬間だった。



























「――――――――・・・・好きやで」

「・・っ・・・」

























 静寂な空間に響く、声にならない声。

 今此の場所に他の誰かが居ようとも、新一にしか聴こえないだろう程にそれは小さく。













 ・・・でも。



 その短い言葉は、決して不確かなものには聞こえなかった。



























「・・・・服部」

「んー?」

「今の、もう一度」

「何度でも言うたる――――・・・・・好きや」



























 言葉は通り過ぎるもの。

 ならば、何度でも囁けば良いのだ。







 何度でも―――――・・・聞けばいいんだ。



























「・・・・・・嬉しいもんだな。言葉って」

「お。やっと解ってくれたんか」

「なあ、服部・・・」

「うん?」



















 新一は平次の腕を引っ張り、自分の口元をその耳に近づける。

 『およ?』と言いたげな顔を押さえ、何か言葉を囁いた。







 瞬間平次の動きが止まる。

















 ・・・そして、首から何から真っ赤になって、耳を押さえた。























「くっくく・・・・工藤・・・っ!?」

「明日試合なんだろ・・・特別サービスだからな」

「も、もっかい! もっかいだけ言うてくれへん?」

「うるせえ。何度も言ったら御利益なくなるだろうが」















 まとわりつく手を振り解き、すっくと新一は立ち上がる。

 飲み終わったカップ2個を持つと、首まで赤くしてスタスタとキッチンへ向かった。









 ・・・平次は、未だ夢の中の気分だ。























 初めて聴いた、新一からの告白。









 いつもの口調。

 いつもの、そっけない声。





 でも、確かにそれは『言葉』になって・・・平次の耳に届いたのだ。

























 ――――・・・はー・・・・ビックリした・・・





























 賭け、だった。





 新一は本当は自分の事をどう思っているのだろう。

 そういう対象で『好き』なのか、違うのか・・・一緒にいるにつれ、段々解らなくなっていったから。





 だから、ちょっと離れてみた。

















 ・・・大会が近いからって、本当は別にそんな稽古は厳しくなかったし。

 大学の課題だって、電話も出来ないほどのモンじゃ無かった。













 あいつから携帯(れんらく)くらい――――・・・くれてもいいのに。

 そう、思ってた。

























 でも結局、何もないまま2週間が過ぎて。

 やみくもに毎日稽古して、考えないようにしてきたけど・・・・・・今日突然、ヤクが切れた様に無性に逢いたくなってしまったのだ。





 そして、さっきの言葉。













 『そういう意味の言葉』かどうかは・・・・・・・まだ解らないけど。

 もう、そんな事はどうでも良かった。















「泊まるつもりで来たんだろ? 玄関の鍵、閉めといてくれ」

「おう」





















 こんな何気ない言葉すら、嬉しいから。

 何よりも離れていたくないのを自覚してしまったのは――――・・・・・・この自分だったのだから。


























ひとくぎり





























 新一のベッドは、窓からの月明かりが綺麗に差し込む。

 その上で寝間着姿の2人は、並んで窓側に寄りかかり掛け布団から上半身だけ出した状態でいた。



















「ひとつだけ・・・聞いてもいいか」

「何や」

「お前、男が好きなのか?」

「は?」

















 まじまじと。

 聞き難そうに・・・・でも、一番確かめておきたかったことを。



 ただ声だけ小さく問いかける。











 そんな新一に、平次はショックを隠せない。

















「お、お前・・・・っっ・・・まさか、今までそーゆー目で俺を見とったんか!?」

「だから男の俺を平気で抱けるんだろ? 違うのか」

「せやったら聞くけどなあ。お前は男が好きやから、俺に抱かれとったんか」

「そ、それは・・・・」











 言葉に詰まる新一。

 平次は、軽く息を付く。





















「それと同じことや」

「・・・・・でも、お前」















 まだ何か言いたげな新一。

 その様子に、平次は耐えきれず怒鳴り出す。















「何やねんな。言いたいことあんなら、ハッキリ言え」

「だってお前・・・・・最初ん時、随分慣れた手つきだったじゃねーか」

「・・・・・は?」

「だから、てっきり――――・・・・」

















 しばしの沈黙。

 何となく流れる、冷ややかな空気。

























「あのなあ・・・・」













 平次は、何と言っていいのか言葉を探した。

 どう言えば新一は解ってくれるのか。



 そうして、天井をみた。













 ・・・・・・新一はずっと顔を伏せたままだ。























「俺は『工藤新一』が好きなんであってやな、『男』が好きな訳や無いからな」

「・・・・」

「そんでもって、な・・・慣れた手つきっつーのも言い方引っかかるんやけど・・・・同じ男やねんから、ある程度は身体の何処をどう触れば気持ちええのかぐらいは解るやろ? 経験無いとは、言わせへんで」

「そ、そりゃ・・・・」













 経験。そう。

 自分自身で確かめる感触―――――・・・自慰行為。



















「でも、気持ち悪いとか・・・思わなかったのかよ」

「・・・へ」

「自分の身体ならまだしも、他の男の身体だぜ? クチ付けたり、舐めたり・・・・」

「さっきから言っとること堂々巡りやで? ええか? ならお前は何で、俺にそうされとる時に嫌がらんかったんや? 全部自分に置き換えて見いや」

「・・・・・・」



















 煮え切らない新一。

 まだ、何か言いたいことがあるのだ。

















 ゆっくり、顔を上げる。











 ―――――・・・・・・平次は黙って新一を見つめていた。

























「・・・ん?」















 月明かり。

 逆光の、平次。









 それでも声は優しかった。

 だから、新一は言うことにした。





























「なあ・・・・・・セックス、しなきゃ駄目か?」

「――――――は?」

























 一番、聞きたかったこと。

 新一にとって、一番の悩み所・・・・それが、これだった。





 素っ頓狂な声を出してしまった平次。

 つい、新一ににじり寄る。















「お前、嫌やったんか? やっぱホンマは嫌やったんか?」

「そうじゃない、嫌じゃなくて」

「何やねん・・・・全然わからへんで!?」













 下の方から新一の肩を掴み揺らす。

 その目は、鋭い。















 受け止めきれず――――――――――・・・・・思わず新一は、視線を逸らしてしまった。

























「お前が嫌いな訳じゃない、イヤなわけじゃない・・・・・触られんのも、キスされんのも・・・・それは、好きなんだ、気持ちいいからそれは・・・・でも」

「でも?」

「―――――・・・・・・最後に、あんな所に・・・・入れられんのが、その」





















 最初の夜。

 予想はしていたが、思った以上に痛かった・・・・辛かった。



 次の日に襲ってきた激痛で、しばらくベットから抜け出せなかった。













 それから、もう駄目だった。

 何度か肌を重ねたけれど・・・・あの瞬間が来るまでは、確かに感じているのに。







 我慢するのに精一杯で、快感なんて何処かに消え去ってしまうのだ――――・・・・・・・・・























「工藤・・・・」

「やっぱ・・・お前としては・・・あれだろ? あれが無いと・・・駄目、だよな?」

「・・・・・」

















 意を決して、顔を上げる。

 平次の目が据わっている・・・・・・・





 反射的に新一は、後ずさった。























「服部・・・・・・」















 言った。

 言って、しまった。









 平次が男を好きで、だから新一を抱いているのなら、それが無い行為は無意味に決まっている。

 女にしかない部分を補う為に、代用で挿入するための場所なのだから。



 でも、元々そういう機能で使うものではない場所だから・・・・身体にくる負担は、かなりのもの。









 確かに、人それぞれだから、平気な人もいるだろう。

 そっちが良いという人だって、いるだろう。



 でも。















 ・・・・俺には快感よりも痛みの方が強くて耐えられない―――――――・・・・・

























「ちょおショックやな・・・・」

「ご、ごめん」

「・・・・・随分と、俺を見くびってくれとったんやなあ」













 平次はゆっくり手を伸ばす。

 そして、その胸ぐらを掴んで睨み付けた。















「・・・・はっとり」

「俺はお前に惚れとんのや。せやから抱きたくなった・・・・・・せやから、気持ちよくさしたい思うたんや。嫌なら・・・・辛かったんなら、何でもっと早よ言わんのや? そしたら、お前傷つけずに済んだんやろが」























 平次は怒っていた。

 新一にというよりも、自分に対して怒っていた。







 何で、その気持ちに気付いてやれなかったのか。

 しがみついてきた腕が語るホントの想いが、何で解らなかったのか。













 ・・・・・思いだせば、みんな当てはまるのに。

















 確かに入り口は狭かった。きつかった。辛そうだった

 でも、自分に与えられる刺激に我を忘れて―――・・・・身体の欲望が進むままに、身を沈めていたのだ。































「・・・・・俺はお前と一緒に居られるだけでええねん」















 見開いたまま、新一は動かない。

 いや、動けない。





 すると、そのまま平次が覆い被さってきて、胸ぐらにあった手が頬に廻ってきたではないか。



















 左手は額にのせ、そして前髪を退けるようにすいてゆく。

 その感覚に新一が一瞬瞳を閉じた時、そこに伝わってきたのは――――・・・・・・・







 口唇の、感触だった。

























「・・・っ・・」

「せやから聞いて、確かめて・・・・・・お前が『ええ』っちゅーて頷くから、今までやってきてしもたんや」

「俺も、服部が気持ちよさそうだったから・・・・・・・我慢、してた」



















 2人、至近距離で合わす視線。

 その時に解った。



 つまり・・・・・お互いがお互いを想うが故に、ちょっとしたズレを生んでしまったのだ。















 平次は、新一が大切だから。

 だから無理矢理は出来なかった。









 新一は平次が大事だったから。

 だから、平次が望むのなら・・・・辛くても我慢しようと思った。























 離れて暮らす2人。

 大学も違う、2人。



 毎日は逢えない、だから平次は逢いに行った。







 同じ大学に進まなかったのは、志望する学部が違うのもあったが・・・違うからこそ、新一に逢いに行けば、この自分の存在を新一は気にし出すだろうと踏んだからだ。















 そして、それは成功した。

















 『謎』を残して暫く別れる。

 今まで3日と顔を見ない日は無かったのに、その『謎』のお陰で新一はずっと平次が頭から離れなかった。









 何故なのか、どういうつもりなのか。

 考えれば考えるほどに解らなくなってきて。













 ・・・でも、偶然に再会したあの日の東京駅。

 新一はこの日、自分の気持ちを思い知らされて――――――・・・・



















 けれども不安は生まれてきて。

 知らない友達、知らない相手の生活空間。



 今まで気にも止めなかった事が、だんだん気になりだして。















 ・・・・・・2週間音沙汰なかった時には、考えないようにする事で忘れようとした。

 忘れることで、この苦しさから逃れようとした。





 平気だった、筈だった。





























 ――――――・・・全然平気じゃ無かった・・・・・































「なんや。ならもうせえへん」

「・・・いいのか?」

「キスも触んのもええんやろ? 充分や。まあそうやな・・・そっちは口でしてもらおか」

「わ、解った」

「うそ、ホンマ!??」















 冗談のつもりで言った言葉。

 すんなり良い返事がきて、逆に平次は慌てた。



















「・・・お前いつも俺にしてくれるし・・・・こーゆーのは、2人が楽しむものだしな」

「工藤・・・」





















 腕の中で、新一が恥ずかしそうにぼそぼそと言葉を紡ぐ。

 誘われる様に、平次はその瞼に口唇を落とした。

















 そのとき漏れる声。

 声というよりは、吐息。









 雰囲気も、2人の体温も適度に甘く。





















 ・・・・・寝間着のまま、ふたりはキスを交わし合う。



























「・・・明日、まさか負けねえよな」

「俺が勝てへんのは、お前だけで充分や」

「18時に渋谷で待ってる。あの日と同じ場所で、待ってる」

「へ?」

「待ってるからな。休日の渋谷に、俺を待たせてみろ・・・・承知しねぇぞ」



























 続きを、しよう。



 あの日の続きを。



















 映画を観て、ご飯を食べて。

 適当に遊んで、夜中に家に帰ってきて、それから―――――――・・・・一緒に眠ろう。

























「強引やなあ・・・・お前もっかい風邪ひけ。その方が可愛ええぞ」

「お前がいなくなりゃ、また引くかもな」

「何やそりゃ?」

「・・・・お前が『特効薬』みたいだからさ」



























 ここ2週間ずっと、なんとなく調子が悪かった。

 なのに、お前に逢ったらすっかり気分が良くなった。





















 ・・・・・・・・つまり、お前が『良薬』だってことだ。





























 きょとんとする平次。







 でも、言うと同時に新一は瞳を閉じた。

 そうして聞こえてくる、規則正しい吐息・・・・















 ・・・・・・・平次はその口唇に軽く自分のを重ねた。













 明日は、朝の9時に集合やったっけ・・・・・



















 ぼんやりとスケジュールを思い出す。

 そうして隣に転がると、平次もすぐに瞳を閉じた―――――――――・・・・


























ひとくぎり































 言いたい事を言い合おう。

 思ったことを、ちゃんと伝えよう。















 ・・・・曖昧な言い方では、自分が思っている通りに相手は思ってはくれないもの。































 探り合い、疑りあい。

 人はそうして相手を解っていく。













 『言葉』は・・・・決して無意味でも不確かでも無い。

 ただ、音にしない「言葉」があることを知っておけばいい。



























「・・・」



















 何も言わない中にも気持ちは必ず在るから。



 その中に、必ず真実(ほんとう)の想いは存在するのだから――――――・・・・


















Fin