inner thinking





「お前のご主人様は、ちょっと大阪に帰ってるんだってば!」















 ここは、大学を東京に選んで移り住んだ、服部平次のマンション。

 なのに何故か家の主は居ない。















「寒いだろ? ほら、こっち来いって!」















 こたつの中からそう叫ぶのは、工藤新一。

 『暖房は好きやない』と、冬場の寒さをしのぐものは此のこたつしかないリビングで、新一は玄関に向かってそいつに叫ぶ。



 そしてさっきから何度も、その身体を抱え上げようとするのだが・・・直ぐにするりと抜け出して行ってしまうから、もう諦めてしまった。











 ・・・・そうして、じっと扉の前で座ってしまう。

 新一は、もう深く息を付くしか無かった。



















「ったく・・・・・・おい服部・・・早く帰って来ねーと、桜子・・・凍死しちまうぜ?」



















 桜子(サクラコ)。と言っても、人間の名前ではない。

 平次が昨年、親戚から貰い受けたアメリカン・ショートヘアの『猫』である。



 これがまた、大層な美人に育って。

 親バカの名の通り、平次はとにかく桜子にベタ惚れなのである。







 しかし、父親から急な呼び出しが有り、今日大阪へと里帰りする羽目になってしまった。

 色々飛び回る事になるから、桜子を連れて行く訳にも行かず、新一に託すことにしたのである。











 当初の頃の様に、新一に敵意剥き出しなのは無くなったが・・・・平次が視界に居ない事を感じ取ると、とにかく『にゃぁにゃぁ』うるさい。

 寒い時は「猫はこたつで丸くなる」と言ったもんだが、とにかく最後に平次を見た玄関のその場所から離れないのである。







 ・・・・震えて、いるのにだ。

















 新一は、もうどうして良いか解らなくなってしまった。



























「お前に何かあったら・・・俺が怒鳴られるんだからな」















 それでも、桜子はじっと扉を見つめる。



 ふわふわの体毛を震わせて。

 上目遣いに、きっと鋭い瞳をして。











 ・・・・・新一は、側に来てその身体を撫でた。

























「お前、ホント自分に正直だな」



















 早く帰って来て欲しい。

 早く戻ってきて、自分の身体を抱きしめて欲しい・・・・



 言葉が通じない生き物は・・・その分、態度で語るしかない。











 ・・・自分に、繋ぎ止めておくために。

 こんなに正直に、俺はあいつに接していただろうか・・・?























「そーだな・・・・一緒に、待つか」













 新一は、こたつの電源をオフにする。

 もう一枚上に羽織り、電気ストーブを持ってきて、玄関脇のコンセントに差した。



 そして、座布団。

 更にタオルケットを持ってきて・・・あぐらをかいて座る。



















「桜子、ほら」









 ちょいちょいと、手招きを新一はする。

 すると、てててと歩いてきて・・・・新一の足の間に丸くなった。



 だが、相変わらず顔は上げて、扉を見つめている。



















「・・・・いつ、帰って来んだろな」













 飛び出して行ったのは、ほんの少し前。

 大学はもう春休みみたいなもんだったから、差し障りはないけど。







 ・・・その電話を受け取った時の平次の顔は、心底嫌そうな顔をしていたのを思い出す。

























 何故って?



 その時の平次の右手は――――・・・新一の頬に触れていたから。









 つまり、『邪魔』されたのだから。





















 父親には、てんで頭の上がらない平次。

 言うことを聞いておかないと、あとでどんな目に遭うか解ったもんじゃない。



 とにかく急に大阪へ帰ることになってしまったが、突如消された熱は簡単に収まる筈も無く・・・・・数分に渡る長い口付けを交わす事で、一応の決着を付けたのである。















 そしてこの扉から消えて6時間。

 ・・・既に日付は、変わってしまっていた。





 新一は、桜子の綺麗なグレイの毛をゆっくり撫でる。

 すると、気持ちよさそうに目を細めた。











 やっと最近、新一に対しても暴れることの無くなった桜子。

 だが、やっぱり新一にとって今も尚『一番の恋敵』のに変わりはない。























「いいよなぁお前は・・・・堂々と、あいつと一緒に居られて」













 それは、決して平次には聞かせられない言葉。

















「この首輪を選んでる時のあいつも・・・・・・・・ムカツクくらい、とろけそうな顔だったしな」

















 池袋の東武で、本屋に寄って行こうとした時だった。

 その途中に、猫のイラストの雑貨屋みたいなコーナーを見つけたのだ。



 目が印象的なその絵が、やけに平次は気に入った様子で。

 色々な実用的なアイテムの中に、「猫グッズ」を発見し・・・・赤と黒の2種類あった『首輪』を購入したのである。









 選んでいる時の平次ときたら、まるで彼女にプレゼントを選んでいるかの様な雰囲気。



 『これ、似合うと思わへん? いや、何でも似合うやろな~アイツ、べっぴんやからな!』等と、聞いてるこっちが恥ずかしくなってきてしまい・・・・『いいんじゃねーの、何でも』なんて冷たい返しも何のその『やっぱし?』なんて満面の笑顔で言われたら、もう何も返せなくなってしまうってもんだろう。

























 ―――――・・・俺にも何か、買いやがれ。























 そんなおねだり光線を発したのが届いたのか。

 一緒に買ってくれたのが・・・・蒼い綿素材のパジャマだった。



 思ったより肌触りも良く、新一は以外と気に入っている。

 それが、今着ているコレである。





















 ふと。

 手の中の感触が、傾いた。



 新一が覗き込むと・・・・待ち疲れたのか、桜子はとうとう眠ってしまったようだった。

 眠気にはやはり、動物だって勝てないらしい。











 それは、人間も同じで・・・

























「・・・寝ちまったか・・・・・俺も、寝よ」

















 座布団を桜子に譲ってやると、ことんと新一はその場に崩れる。

 ストーブの熱でいくらか床も暖まっていて、それが更に睡魔を誘っていた。





































ひとくぎり







































「みゃっ!」

「・・・ん――――・・・あ、しまった・・・付けっぱなしで寝ちまった」

















 耳元で桜子が跳ね起きた。

 その気配で起きた新一は、一晩中ストーブを付けていた事に気付き、急いで消した。















「あぶねーあぶねー。あいつに怒鳴られちまう・・・」

「・・・遅いわ」

「!?」



















 背中から聴こえた声に、驚き振り向く。

 すると、そーっと扉を開けた隙間から・・・・平次が覗き込んでいた。



















「は、服部!?」

「早よ、このチェーン・・・・外してくれへん?」













 そう、それは服部平次。

 自分のキイで入ろうとしたが、防犯用に付いているチェーンに阻まれて、自力では入れないのだ。



 しかしその僅かな隙間からすり抜けた桜子は・・・

 新一よりも早く、平次に飛びついていた。















「はは。桜子、淋しかったやろ? 堪忍な~」













 ペロペロと平次の頬を舐める桜子。

 新一が無言で速攻、チェーンの外したのは・・・言うまでも無い。































ひとくぎり





























「早かったじゃねーか」

「朝一番の新幹線、飛び乗ったんや。も~車中、爆睡してもうて・・・・・・東京が終点で良かったわ」



















 時計を見ると、9時を廻った所。

 朝に弱い新一は、まだ寝ぼけ眼だ。







 こたつ、向かい合わせの2人。

 桜子は定位置の平次の膝の上に丸まっている。







 ・・・・・もう、こんな光景は慣れっこだ。























「火ぃ、気ぃ付けや。危ないでマジに」

「悪り」

「にしても何で玄関で寝とったん? 覗いた時ギョッとしたで」

「桜子がさ、お前をあそこで待つって聞かねーんだ。だから」

















 平次が入れてくれた珈琲。

 両手で包みながら、新一は『なぁ?』と桜子に相づちを求める。



 すると、それに応えるかのように・・・・平次にすり寄り喉を鳴らした。

 愛おしそうに、平次はゆっくりその身体を撫でる。

















「すまんな~ 俺も離れたなかってんけど、しゃあなかったんやで?」





















 ・・・・・・・慣れっこだが、やっぱりあんまり見ていたくは、ない。























「また・・・・桜子かよ。」













 新一はつい、その感情を正直に表情に出してしまった。

 そして言葉にも。



















「工藤?」

「お前、帰って来てから一度も俺に触ってない・・・」





















 一度流れ始めた言葉は、止まることを知らない。





















 俺以外にそんな顔をするな。

 俺以外に、そんな声で語りかけるな。























 そして俺以外に。



 そんな風に、優しく触るな――――――――・・・・・

























 それは例え、人間相手じゃないとしても。



























「コイツは猫やで?」

「そんなの見りゃ解る」

















 少し呆れた様な、平次の声。

 けれども嬉しそうだ。















「・・・・その顔、ええなあ」



















 少し眉根を寄せて。

 ほんの少し上気する新一のふくれっ面。



 明らかに妬いている新一の表情。

 自分だけしか知らない、新一の表情・・・・・・・























「俺は、お前のそんな顔がムカつくけどな・・・・」

「照れんなや。ホンマお前って」

「・・・・・俺が、何だ」























 両手で珈琲カップを挟んで。

 目は、平次の好きな上目遣いで。

























「・・・何だよ?」





























 ――――――――――――・・・そう誘われたら、触れずに居られる訳がない。































「・・・最高やな」

「当然だろ」

















 既に、至近距離。

 そしてお互い微笑うと・・・・ついばむ様に、口唇を吸った。





 当然藻掻く、桜子。

 2人にちょっかいを出そうとするが、その前に接触は終わる。

























「もう終わりかよ・・・・」

「ひとまずや。桜子が睨んどる」

「・・・・・やっぱコイツか」























 ガックリ肩を落とし、新一は桜子を睨む。



 まったく。

 どこまで行っても、何をしていても邪魔をしやがる存在だ。

























「やってらんねー・・・・・」













 ふてる、新一。

 背もたれにもたれ、溜め息を付く。



 平次は少し苦笑いして、そんな新一を見た。















「・・・工藤、あの家に独りで居て――――・・・・・淋しくならへんか?」

「へ?」

「俺な、やっぱ最初東京来て・・・・・・・・明かり消えとる家帰んの、凄い嫌やってん。あっちはオカンがいつも居ったし、慣れるまで・・・・誰かといっつも飲んどったわ」

















 手の中で桜子がまた眠っていた。

 ふわふわの毛並みを、感触で平次は楽しむ。





















「そんな時、コイツに逢うたんや」

「・・・服部」

「こんなん、お前にだって話せへんかった。なんか情けない思て・・・・・・・」

「・・・・」



























 新一は、愕然とした。

















 そりゃ自分も、ひとり暮らしは長い。







 でもそこは住み慣れた土地。

 そして、昔からなじみ深い近隣の人々。



 決して新一は、ひとりではなかったのだ。

















 しかし平次は少し違う。



 大阪ではないから、もちろん周りに大阪弁を使う人間も居なくて。

 周りに住む人々も、全てが初対面。もちろん、馴染みのある人間なんて居はしない。





 いくら新一が居る土地だとしても。

 環境が違うと、慣れるまでが一苦労なのだ。















 ・・・そんな時にやってきた、一匹の仔猫。





 一途に自分を慕ってくれる、ちいさな存在は――――・・・・思った以上に平次の心を癒し、『家に帰る』という原動力となっていたのである。























「せやから、仲良うしたって」











 もちろんその頃から、新一とは人には言えない関係になっていた。

 でも、男のプライドもあり・・・・そんな弱い心を見せたくはなかったのだ。









 ・・・・新一は、何だか自分が情けくなった。





















「努力・・・する」

「おおきに」

「それで―――・・・・もう、平気か?」

「ん?」

「まだ・・・だから」















 ちらと、平次を見る。

 何故か言葉を出しにくそうに。



 でも、平次はそんな新一の言いたい言葉を感じ取った様だった。

 気にしてくれているのを、心底嬉しいという表情で微笑う。



















「・・・・あったりまえやがな。」

「あ、そ」















 対して新一は、その満面の笑みを真っ直ぐ見られない。

 そして照れ隠しに・・・・・・冷め始めた珈琲を、一気に飲み干した。

























ひとくぎり

























 その後は、2人と1匹で仲良くドライブ。

 天気も良かったから、思い切って千葉の外房まで車で行くことにした。



 最初桜子は、車に乗った時ぶるぶる震えてうずくまっていたのに。

 今では率先して新一の腕に収まり、走行方向をじっと見ている。



 そして元気に、車内を走り回るのだ。















「俺も、猫飼おっかなー」

「なぬ!?」

「・・・何だよ・・・その嫌そうな顔」

「い、いや別に・・・・」













 新一は、平次と桜子の関係が羨ましくてしょうがなかったのだ。

 自分もそんな存在が居れば、少しはこの性格も丸くなるかな?と思ったのだ。





 だが、平次は考える。





















 ―――――・・・やば・・・俺、余計なこと言うたんか・・・・?























 平次は、新一が猫を可愛がる姿を想像する。



















 自分に向けるよりも優しい顔で。

 自分に向けるよりも、穏やかな声で・・・





 新一の愛情を存分に、自分の知らないところで・・・・独り占めすると言うことだ。





















「アカン!! 工藤、やめとき。結構、世話大変やで?」

「解ってるよ」

「家ん中、めちゃめちゃになるで? 片づけ、大変なんやで?」

「・・・・何だよ。すげー反対すんだな・・・・」

















 焦りまくる平次。

 そんな平次に・・・・新一は心の中で、してやったりと微笑う。



















 解ってる。

 服部は、俺がそいつに夢中になるのを恐れてる。







 ・・・・解ってて、言ってるに決まってんじゃねーか。





















「お前、桜子といて楽しそうだし。俺も、こういう奴、いて欲しいし」

「くど~ 俺だけじゃ不満なんか?」

「ああ不満だね」











 ショック。という顔を、ホントに素直に表現する平次。

 目の前の信号が赤なのに気付き、慌ててブレーキを踏んだ。



 桜子がビックリして、『にゃにゃ?』と新一にすり寄る。















「あっぶねーなぁ! 前みてちゃんと運転しやがれ!」

「くどお~」

「ほら、青!!」













 何も言えず、平次はアクセルを踏み込む。

 桜子を抱きながら、新一はその一挙一動がおかしくてたまらなかった。





















「いーじゃんなぁ? お前に友達、つくってやっからな~」















 手の中の、あたたかな存在。

 同じに生きてる存在。









 ・・・・・平次の心を捕らえて離さない、しゃくな存在。























 ―――――――・・・・それでも憎めない、存在。























「惚れとんのはお前だけやで?」

「んな事わかってる」

「・・・ホンマかいな」

「じゃなかったら、お前のそばになんかいねえよ」



















 車の振動が新一の眠りを誘う。

 少しシートを倒すと、ゆっくりと瞳を閉じた。











 FMから、懐かしい洋楽が流れている・・・・





























 ――――――・・・やがて聴こえてくる、穏やかな吐息。

 桜子も、その腕の中ですやすやと眠っていた。

















 高速は、ゆるやかに流れる。



 雲一つなく、気持ちのいい空が・・・・・光となって、窓から差し込んでいた。





























ひとくぎり

























 ひとりで辛いとき。



 ひとりが、無性に悲しいとき。



























 ・・・・・・誰かに、想いを聴いてほしいとき。



























 暗い部屋。

 手探りの、明かりのスイッチ。



 寒い部屋。



















 『ただいま』を言っても返事はなく。

 迎えてくれるのは、窓から覗く月だけ。

















 でも、そんな我が儘で相手を縛り付けたくなかった。

 お互い自己の有る人間同士だから、個人の時間は有意義に使うべきだと思っていた。









 ・・・・・だから、言わなかった。























 どんなに好きでもひとりの時間は欲しかった。

 でも、暖かい存在も部屋にいて欲しかった。



 そんな時、出逢ったのが――――・・・・・























「にゃ?」

「ほーら、あれが海やで? おっきいやろ~」

「んー・・・着いたのか・・・・?」

















 新一が目をこすりながら呟く。

 平次は桜子を腕に抱えると、身を乗り出した。



 そして、寝ぼけ眼の新一の口唇に軽く触れる・・・・





















「あそこでメシ、食おうや」

「も、そんな時間か・・・・」

















 波が、光を受けて綺麗に反射している。

 車を降り、平次のフトコロに収まる桜子を見て新一は・・・・



 やっぱり自分も猫を飼おうと心に誓ったのだった。


























Fin