『・・・・・君に逢いたい、早く逢いたい。とても3日も待てやしないよ』












ときめきの居場所





 新一は、カーステレオから流れる曲に耳を傾けていた。

 少し前の曲らしいが、最初のこのフレーズがやたらと耳に残る。



















 ・・・・・・ホントに、逢いたいなんて笑っちまうよな。

























 自嘲気味に微笑う表情がバックミラーに映る。

 こんな気持ちは、でも嫌いじゃない。



















 2年前の『あの日』以来、新一と平次は出来る限り一緒に居た。





 それぞれの生活もあるけど。

 それでも人の目に晒される場所以外では、それなりに楽しく。















 ・・・・・でも。





























「・・・これから・・・・・・こんな事が当たり前になって行くんだろうな」























『この溢れ出るときめきが、居場所を求めている』















 新一は車を止めて外に出る。

 吹き付ける風に向かって、ゆっくりと海側へ降りていった。



















 ・・・・・・本当に、この気持ちはどこまで行けば落ち着くというのだろう?















 歌のサビの歌詞がやたらと胸に刺さる。



 ここは、お台場。

 フジテレビ裏の潮風が気持ち良い場所。

















 そう言えば、あの時も来たっけな・・・・・・・

















 新一は初めて平次の体温を知った時を思い出す。

 一夜明けて、電話で目暮警部に呼ばれて来たのが確かこの場所だった。





















 ―――――――――・・・・・・あれから、もう2年。



















「雨、降りそうだな」











 側にあるベンチに腰掛ける。

 そして、腕時計を見た。













「ったくよ――――――――・・・・・・俺を待たせるとは良い度胸してんじゃねーか」













 約束は17時。

 時計の表示は、17時6分。



 待たせるのは良しとしても、待たされるのは我慢なら無い新一。

 イライラしながら煙草を取り出し火をつけた。













 今は6月。



 日中は夏日になることも珍しくないが、でもやっぱり夜が近くなると肌寒い。

 特に今は雨季だから、さっきまで晴れていても突然雲行きが怪しくなるのは当たり前。











 ・・・・・この季節が終わったらまた、1年中で1番嫌いな蒸し暑い夏が来る。

 新一はげんなりと不機嫌な表情を浮かべた。





















「工藤!」









 海辺に面する所の手すりに腕を掛け、ぼんやりと煙草を咥えながら波を眺めていた。

 そこに、やっと待ち人(きた)る。











「おっせーよ」

「これでも急いで来てん、堪忍や」









 ほんの少しでも待たせると機嫌が悪くなる新一。

 それを解っているから、平次は素直に謝った。









「ここ、むっちゃ寒いやん。んなカッコで平気なん?」

「別に。涼しいくらいだ」

「ならええけど・・・・」











 半袖のポロシャツにカーキのパンツという珍しくラフな格好の新一。

 少し大きめのサイズが、ますます細さを際立たせている。



 しかしどこか様子が違う気がした。















 ・・・最近の新一は、こんな風に時折遠くを見ているような眼差しを自分に向けることが多い。



















 それはどこか寂しいと言うか。

 諦めた、というか・・・・











 確かに何か言いたげなのに。



 でも、何も言ってこないから不安だった。



















「なあ工藤」

「ん?」







 声を掛ければ、声が返ってくる。

 視線を向ければ確かに視線は返ってくる。









 でも―――――――・・・・・違う『何か』が目の奥に隠れている気がしてならない。

















「今日は工藤んち、泊まりたいんやけど」

「・・・・え」













 途端に目を大きくして、新一は平次を見た。

 それは予期せぬ言葉だったからだ。













「駄目なん?」

「だってお前、またすぐ大阪帰るって・・・・・」

「今日の夜帰んのも、明日の朝帰んのも一緒や」









 案の定な反応の新一に、平次は嬉しさを隠せない。













「なら・・・・俺はいいけど」

「ほな、よろしゅう」









 言葉や表情では普通を装っているが、その心の内ではかなり動揺している新一。

 それもその筈。











 ―――――――――・・・・こうやってまともに大学以外で逢うのは2週間振りで。

 やっと時間が合ったと思っても、今日の夜の新幹線で大阪の寝屋川の実家へ帰ると言っていたのだ。





















 大阪は逃げへん。







 ・・・・けど、こんな工藤放っておいたらアカン気いする。

















 ここ2年の間で、新一の思考パターンは解ったつもりの平次。

 本音も本性も決して人に悟らせる素振りを見せないけど。



 ふとした言葉や表情から、新一自身でも気付かない気持ちが読み取れるようになった。





















 ・・・・・・それは、自分の前では気を許しているからだと平次は信じているのだが。



























 工藤新一。服部平次。

 高校生の頃から『名探偵』と(うた)われた彼ら。


















 あれから、もう数年の刻が流れ。









 ―――――――――――――・・・・・・今2人は避けられない選択を迫られていた。
































ひとくぎり



































「ほい。コレで良かったか?」

「うわ熱ちっ」







 平次が後ろから、ひょいと何かを頬にくっつける。

 ベンチに座っていた新一が驚いて立ち上がった。









「ははは。ぬくいやろ」

「バカてめ、熱いっつうの!!」









 怒鳴る新一の隣に座ると『すまんすまん』と笑い、平次は自分の缶珈琲をさっさと開ける。

 ・・・・新一は静かな声で呟いた。

















「なあ服部」

「ん?」

「俺、やっぱりロスに行くことに決めた」































 瞬間、風が凪ぎ。





 ・・・・そして、どこか吹っ切ったように艶やかに微笑った。























「お前は親父さんに負けない刑事になるんだろ? 頑張れよ」























 避ける事の出来ない選択。

 それは、将来の事だった。





 数年前から続く不況。

 その中で自分のやりたい仕事に就ける可能性は、極めて少ない。











 ・・・・・どんなに良い大学を出ていても、企業の新卒採用率は年々低下していく一方。





























 でも。



 幸いなことに2人には、恵まれた環境があった。





























「・・・・・もう滅多に逢われへんな」

「別に一生逢えない訳じゃねーし。今だって、毎日逢ってる訳じゃねーし・・・・・」

「工藤はそれでええんか?」

「――――・・・良いとか悪いとかの問題じゃないだろ」





















 言葉は静かだけれど。

 でも強く。





 新一は、平次を睨み上げる。



























「・・・・・・」

「―――――――――・・・平気なわけ・・・・・・ねえだろうが・・・・・・・」



























 今年に入って、東京に居る時間が極端に減ってきている平次。

 何かと呼ばれては大阪に帰ってしまうから、一緒に過ごす時間も最近は週に一度あれば良い方だった。



















 ・・・・寂しいに決まってる。

 でも、このままずっと一緒に居られないことも解ってる。



















 2人の進む方向は同じようで違うから――――――――――――・・・・・・・



























「良かった。平気言われたら、どないしよ思うたわ」

「・・・・嬉しそうに言うな」

「せやかて俺めっちゃ不安やもん。工藤のいない生活なんて・・・・今だって気い狂いそうやのに」

「そうか。ならいい」





















 満足そうに新一は微笑う。

















 逢いたいときに、逢えなくなっても。

 その気になれば生きている限りいつでも逢える。





















 ・・・・逢えない時間が長い分。



 きっと、再会した時の嬉しさは格別だろうから。



























「う~ むちゃくちゃ寒なって来たで、帰ろうや」



















 海からの風が本当に冷たい。

 流石に震えだした新一に、平次は自分の上着を・・・・・・と思ったが、この一枚のシャツしか着ていないのに気付く。





 とすれば取る行動はひとつ。



















「ちょ、おい服部!?」

「ん~?」

「ここをどこだと思ってやがんだ!!」

「・・・・・・俺の居場所」



















 耳元に、吐息と共に囁く声。

 それは今までにないくらい、低く甘く・・・・・・・







 恥ずかしげもなく平次は新一を抱きしめ、さらっとそう呟く。





















 フジテレビ裏のレインボー・ブリッジが見える、いわゆるデートスポット。

 恋人同士が寄り添う場所として有名で、今日も平日とは言えちらほらと人影が見える。



 その脇のベンチに座ったまま、平次は新一を堂々と抱きしめているのだ。
















「お・・・・お前、少しは周りを気にしろ!!」

「暗いし、誰も他の奴ん事なんて気にしてへんて」

「だ、だからって」

「――――――――・・・・・あんまごちゃごちゃ言うとると、そん口塞ぐで?」

「!」























 最後の言葉は、音に出さず。



 ただ新一だけに聴こえるように・・・・・











 ・・・・気付き触れ合う口唇に、やがて2人は瞳を閉じた。



























「結局塞いでんじゃねえか・・・・・」

「先に目え閉じたんは、どっちやねん」

「ったく――――――・・・・信じらんねえな俺達」



















 微笑い合い、名残惜しげに2人は身体を離す。

 運は良い事に人影は遥か遠くだ。











 ・・・・・月にさえ霞がかかり、見られてはいない。



























「俺も、ここだ」

「ん?」

「・・・・・・居場所だよ」





























 例えどんなに離れていても。









 ・・・・・・・暫く、逢えなくなっても。

























「・・・・ホンマ?」

「嘘。」

「くーどー・・・・・・・・」

「ほらほら。雨降って来ねーうちに帰ろうぜ」

































 忘れるな。


















 ・・・・お前のそばだけが、この俺の居場所だと言う事を。
























Fin