上機嫌の理由





 ・・・むくり。



















 朝も10時を過ぎて目を開ける新一。

 ゆっくり身体を起こし目覚まし時計を眺め、また枕に顔を埋めた。













 ・・・・天気は、曇っているが雨にはならなそうだ。





























「ん―――・・・あっぢー・・・・・・・」



















 日差しはないのに、じわじわと暑い。

 寝てられず起きる。





















 ぐぅうぅううぅ。



























「・・・・・なんか食うもんあったっけな」

















 起きた途端鳴った腹を、じっと見る。

 寝起きもそのままに眼鏡を取って部屋を出た。






























ひとくぎり



























 冷凍庫に保存してあった食パンを、トースターにセットする。

 そして、玄関から取って来た新聞を読み始めた。



 くいと珈琲をひとくち。

 やっと何とか、目が覚めてきた。























「夜の6時までまだまだ時間あるな・・・・・・」















 手元の新聞。

 大きく写るひとりの人物。



 その関連記事を、ひと文字も漏らさず読む。













 今日は、日本サッカーチームの。

 ・・・シドニーオリンピックの、予選当日なのだ。



 相手は、南アフリカ。















 この時期になると、本当に楽しみで。

 いつも寝不足で過ごす日々。





















 ―――――・・・・・ドキドキが、今から止まらない。































「・・・・・・・・・はぁ~」

















 自然に緩む顔。

 そんな自分に、は。と気付き赤くなる。



 誰も見ていないのに何故か恥ずかしくなり・・・・パンを、押し込んだ。






























ひとくぎり

























「何だよ・・・・・」

「差し入れ。やっぱ観戦っつったら、酒とつまみやからな!」











 お昼過ぎ。

 ちょっとソファで、うとうとと仕掛けた所。



 ・・・鳴ったドアホン。

 モニターに映る、見覚えのあり過ぎる影。









 服部平次。

 どうやら新一の『サッカー狂』を覚えていて、この突然の来訪。















 当の新一は、1人で楽しんで見るつもりだったから呼んでなかったのだが・・・・

 逸る鼓動は誤魔化せず、ドアを開けた。



 ・・・・まあ、そんな表情は出してやらないのだが。





















「気持ちよく寝てたとこ起こしやがって・・・・」

「ホンマや。ごっつ色っぽい」

「蹴られたいか?」



















 まだ寝ぼけ眼の新一。

 睨む眼差しさえ、平次にとっては嬉しい視線。



 だから満面の笑みを浮かべる。















「工藤になら、それもええな」

「てめーはマゾか」

「あ。コレ冷やしといて。その方が美味いんや・・・・・そんでもって」

「人の話を聞けっつーの!」













 へいへいと上手くかわし、勝手知ったる何とやらと。

 平次は家の中へと入ってゆく。













 ・・・やっぱり面白くなさそうに、新一はその背中を睨む。

 耳まで赤いのが自分でも解り余計腹が立った。
































ひとくぎり

























 他愛の無い会話をして。

 お互いの近況なんか、話して。



 何しろ、生で逢うのは一週間ぶりだから。

 それなりにキスもして。













 ・・・・そんなこんなで、もう5時を過ぎた。























「工藤の心臓・・・めっちゃ早よなっとる」

「そうか?」

「・・・なんか、普段俺に逢っとる時より興奮しとるみたいやけど」

「当たり前だ。あと1時間だぜ? もー心臓ばっくばくだっつの」

「くど~」















 『バーカ』と微笑い、振り向き不意打ちのキス。





 『不意打ち』

 ・・・・それは、新一から平次への時のお約束。

















「コーフンしてんの・・・・わかっだろ?」

「フクザツな気分や」

「拗ねんな。日本が勝ったら、寝かせねーからよ」

「うっそ、負けたらナシなん!?」











 ショックな表情を隠せない平次。

 笑いながらその腕の中から逃れ、新一はキッチンへ向かう。




 冷蔵庫の中を見るのに目を細くし・・・・その時、眼鏡が無いのに気付いた。

 とりあえず缶珈琲を2本取り、戻る。










「服部。お前視力良いんだっけ」

「ん? ああ、両目1.5や」

「いいよなー。俺、もうそんな時代覚えてねーよ・・・・・・裸眼ではっきり見えてた頃があったなんて、信じらんねえもん」

「今、どんくらい見えとるん?」











 ソファを背もたれに、フローリングに座っている平次。

 その隣に、新一は腰を下ろす。



 珈琲を差し出しながらそう問われ、『どんくらいって・・・』と考え、まず一口飲んでから、缶を置き・・・・

















「どわっっっ!!!?」

「―――――・・・・・・あ、こんくらいかな。顔わかんの」





















 ・・・・・・顔を、近づけた。

 その距離、約10センチ。

























「――――・・・なーに赤くなってんだ今更」

「い、いやちょお、心の準備がっ」

「俺の顔を正視できねえってのか・・・・・」

「そーやなくて!」





















 正視できないどころか。

 目を離せる訳が、ない。



 平次は、改めて実感してしまった。

























 普通、こんな至近距離で顔なんか見たら。

 以外に『あら?』とか『え?』とか思う部分がある筈なのに・・・・・・・







 この、工藤新一にはそれが見当たらない。























 長いまつげ。

 その間に佇む、琥珀色の瞳。



 綺麗な眉のラインに・・・・形のいい鼻筋。



















 ・・・そして、薄い口唇・・・・・・・





















 形のいい額が見え隠れし。

 細い顎から繋がる、長い首筋。



 それから・・・・





















「・・・・・おい。何ジロジロ見てやがる」

「へ?」

「俺の鎖骨がそんなに悩ましいか?」

「そらーもう・・・・・・じゃなくてやな!」













 つい、視線が顔から下に降りている事に気付き焦る平次。

 一気に体温が上がって、照れ隠しに手元の缶珈琲を一気飲みした。



 そんな様を、楽しそうに新一は見ている。

















「ま。とにかく、お前も一生懸命ニッポン応援しろよな」

「どわ!」

















 一瞬、平次は何が起こったか解らなかった。

 いきなり頭を捕まれ、そのまま引き寄せられる。



 自分の口唇が・・・何かに当たった。





















 ―――――――・・・この骨と肌の感触はまさか・・・・・・























「お前、髪そろそろ切れよな。肌が暑っ苦しい色なんだから、髪伸びてっと、余計うっとおしい」



























 思った通り、口元が僅かに動く。

 これは、『鎖骨』だ。



 という事は、『平次は新一に抱きしめられている』という訳らしい。



























 ――――――――ぎょえええええ! 嬉しいけど怖い~~!!



 なな、なんで工藤、こんなに御機嫌なんや~~~?



































 新一の腕の中。

 喜びと不安の入り混じる服部平次。



 それもそのはず。

















 新一は、平次の髪の毛をゆっくり・・・・ゆっくりと、すいているのだから。

 そんな事は、未だかつてされた事など、ないのだから。

























 ――――――そんなにサッカー楽しみなんか・・・・?



































 嬉しいが、かなり複雑な気分。



 ちょっとムクレ気味になりつつも・・・ほんのりした石鹸の香りに、平次は目を閉じた。







































「あれ?」

「ん?」











 その時、新一が何かを見つけた。

 すいていた手を止め、平次の耳の後ろを掻き分ける。







 そして・・・・





















「・・・・・傷・・・・?」

「あ、耳んとこか? それなー、高校ん時の試合でちょっとな。すごかったんやで~? こう、ドパーッて血ぃ止まらんくて、大騒ぎで救急車呼んで・・・」

















 起き上がり、苦笑いする平次。

 どうやら高校生の時の剣道の試合で、突きをかわした時に運悪く切ってしまったらしい。



 ちょっとずれてたら、間違いなく命を落としていたと後で医者に言われたから・・・・
 『運は良い』と言うべきなのだろうが。



















「痛むのか?」

「いんや。もう全然」

「・・・そうか」

















 さっきまでの上機嫌が消えている新一。



 無表情に。

 でも、安心したふうに息をつく。

















「―――――・・・・・・だからか」

「何がや」

「・・・・・・・いや、別に」


























 ――――――――・・・だから、あまり短く髪を切らないのか。



































 多分、無意識。











 傷を負わせた相手にも、家族にも友人にも。

 傷痕が残っているのを見せてたら、気にするなっていう方が無理。







 それを、こいつは無意識に解ってる・・・・・

















 まあ、言ったら『アホ。考えすぎやで』と、笑い飛ばすに違いないから言わないけれど。

 新一は苦笑した。























「服部」

「お、もうすぐ6時や始まるで・・・・・・・え・・・?」



















 その時、右隣に居た新一。

 その右手が平次の右耳にかかる髪を退かせて・・・

























 ・・・・・・・・薄く残るその痕に、軽く口唇をあてた。





























「・・・・・っっっっ!!!?」

「続きはさっきも言ったけど、勝ったらだぞ」























 平次は、声も出ず驚き身体を跳ねらせる。

 ガラにも無く、ただ顔を真っ赤にして耳を押えて。













「くくくく、工藤なんやお前今日はホンマに変やぞ!!」

「ん~・・・確かにちょっと変かも・・・」

「自覚症状ありかいな? は――――・・・心臓にわっるー・・・」

「あ。やべ試合!」















 急ぎ、リモコンのスイッチを押す。



 ・・・それからは、すっかり観戦モードに入った新一に今度は平次が苦笑した。




































ひとくぎり































 前半、南アフリカに先制された日本。

 チャンスは確かにこっちに沢山あったのに上手く決まらず。



 もう駄目かと思ったハーフタイム寸前、決めたゴール。















 ・・・・その時の新一は、

 まったく可愛いとしか言い様が無い程の、はしゃぎぶり。





















 最初はあんまり興味なく見ていた平次だったが。

 次第にのめりこんでいき、何時の間にか新一と共に叫びまくる始末。



 後半になり、キレのいいパスから勝ち越し点が入った日本。

 南アフリカの猛攻に何度もヒヤヒヤさせられたが・・・・



















 長いロスタイムの末――――――――・・・・日本は初戦を勝利で飾ったのだった。





































 その夜。







 平次も新一も満足したのは・・・・・・言うまでも、ない。























Fin