成田空港ロビーは、年始年末を海外で過ごそうとする人々で混雑していた。





















 家族。友人。



 ・・・・そして恋人達。



















 ここは色々な想いを抱え、それらを乗せ空へと飛び立つ場所。

























 ―――――・・・・・・これは『逃げ』だ。































 解ってる。

 そんなことは、新一はとっくに解っている。





 でも今の新一には、平次との『距離』を置くことがどうしても必要だと感じた。





















 俺はあいつを必要としている。

 どうやら、それは恋愛感情を伴っているらしい。







 何でだ?

 なんで俺は、あいつが好きなんだ?



























 あいつのどこに・・・・・・俺は惹かれたって言うんだ?































 気付いた時はさほど深く考えなかった。

 でも、気付いて時間が経つにつれ―――・・・・その想いは、深く深く積み重なって行く。



 些細な事が気になってしょうがない。

 どうでもいいだろう? って事が、しゃくに障る。













 だから逢わずにいた。



 逢わずに、いたのに・・・・・







































「・・・・・・・・逢っちまうと駄目だ」























 不意に出逢ったのは昨日のこと。

 千葉へ来ていて、帰ろうと駅の側で信号待ちをしていた時『工藤?』と声を掛けられたのだ。



 ・・・・・その声に妙な胸騒ぎを感じ、振り向くと。

 逢いたかったが逢いたくなかった顔が見えた。

















 それからは、もう平静さを保つのに精一杯で。

 その上――――――――・・・・気が付くと、あいつを自分の家に誘っていたとは。





























 やっぱり、やっぱり逢いたかった。



 もっと一緒にいたかった。

































 ・・・・だから後悔してない。











 あれは、一生の想い出だ―――――――――・・・・・



























 その時、自分の乗る機の搭乗アナウンスが流れてくる。

 新一はゆっくり瞳を開け歩き出した。



































 一生の、想い出。















 新一はそっと自分の口唇に人差し指をあてた・・・・・












そばにおいで[02]









 とても、寒い日だった。

 友人の個展を見終わって、さてどうしよう? とふらふら駅へとりあえず歩いていた。



 千葉は、初めて来た訳ではなかったから有る程度解っていたつもりだった。

 けれどもここ数年来てなかっただけで、駅周辺が結構様変わりしているのに驚いた。





 『・・・・帰るか』と新一が思うのも無理はなかった。

 何しろ今日は12月25日。クリスマス本番。



















 ・・・・・・どこを見てもカップルばかり目に付く。







 そうして溜め息を付いていた時、話し掛けて来たのが服部平次だった。

































 ―――――――・・・・・その時の新一の驚きようは、本人にしか解らないだろう。

































「俺、アフタヌーン・ティー」

「ああ俺もそれや―――・・・・・・って、飲めるようなったんか? 紅茶」

















 今まで珈琲オンリーだった新一が紅茶を注文したのだから、平次は驚いて聞いてくる。

 











「ここのは平気。なんか、うまい」

「今まで頑固に珈琲専門やった工藤がなあ」

「頑固って何だ。あ、食後で」















 本当は『飲み過ぎは身体に良くないで? 控えたほうがええ』と平次が前に言っていたのを、律儀に覚えていただけのこと。















「・・・・・うしろのドア側。お前のこと見てるぜ」

「知っとる。ふたつ右横は、お前や」

















 解ってる。

 お前のこと見てるヤツの視線なんて、すぐ解る。





 『女』ってだけで、あいつらは正直に素直にその視線をこいつに向ける。



















 時々、腹立つくらいに―――――・・・・・































 もしかして、これはチャンスなのかもしれない。















 このままずっと隠し通せる自信もなくなってきた。



 そして俺には――――・・・・・・もうひとつ、疲れる問題も残っている。





























「今日、クリスマスだぜ」

「・・・せやな」















 視線はグラスの氷に向けられたまま、平次の気配を伺う。









 もしかして予定が入っているかもしれない。

 そうしたら、諦めもつく。





















「何も用事ないんだったら――――・・・・・・俺んちで、飲まねえ?」

「・・・へ」

「父さんに送ってもらったワイン、まだあるからさ」

「せやけど・・・・」



















 そんなに驚かなくてもいいだろ。

 それとも、クリスマスに男からこんな誘いなんて気色悪いか?



 新一は声を小さくした。

















「・・・・・・先約有り?」

「いや―――――・・・ホンマにええんか?」

「ああ、助かる」

























 俺の感情が、少しは落ち着くから――――――――――――・・・・・



































「あ、来た」 

「・・・・・」























 今の言葉に、平次は怪訝な顔をする。























 感づかれたかな・・・・

 けど・・・





















 良かった。先約、なくて――――――――――・・・・































 表情に出さず新一はホッとする。































 ・・・・・奇跡だと思った。

 







 今まで無理に逢わずにいて。

 どうにかして、この想いを落ち着かせようと思って。





















 今日も絶対に逢うはずなんてなかったのに――――――――――・・・・・・・・・。

































 ・・・・逢って、しまったのだから。




























ひとくぎり































 食事の味なんてロクに覚えちゃいない。

 他愛のない話をして、とにかくいつも通りに振る舞うことで精一杯。



 そうして暗くならない内に家に帰ろうと、電車に乗り込み2人掛けの席に座る。

 もちろん、乗ったら『眠いから』と言って・・・・新一はすぐに目を閉じた。













 振動は心地よかった。

 でも、全然眠くはなかった。



 反対に平次はすぐに睡魔が襲ってきた。





















 ―――――・・・・肩に感じる重さが、ますます新一を眠りから遠ざけていた。



























「降らねーと・・・やっぱ駄目か」

「?」









 米花駅に降りると既に闇が支配していた。

 上を見上げると、強い光を放つ星が煌めいているのが見える。









 新一は・・・・・・・北海道でのあの感覚が、忘れられずにいた。























 ――――――――――・・・・!?























 その時、新一は寒気を感じた。

 振り向き闇夜を睨む。























 ――――――・・・・やっぱりいやがる・・・・・・・しつこいな。



























 それは人間の気配。

 何日か前から感じていた、嫌な視線。



 新一は眉間にシワを寄せた。

























「工藤、鍵」

「え・・・・? あ、ああ」

















 その時、平次がその腕を引っ張り急かした。

 慌てて鍵を取り出し新一は開け、家の中に入る。





 後ろの方でカチャリという音がした。



















 ・・・・・・・・勘が良いから、もしかしたら察したかもしれない。





























「先、行っててくれ」

「・・・ああ」











 視線で階段上を指す。

 何か言いたげな平次を振り切る様に、そう言うとマフラーとコートを渡した。



 飲み物を用意しながらキッチンで大きく息を付く。





























 ・・・・・・また、目線が上になりやがって。



























 最近の靴は有る程度男物でも高さがある。



 さほど変わりないと思っていた身長差。

 だが今、靴を脱いだ後の目線がさっきと違う事実がどうにも面白くなかった。









 まだまだ成長期な平次。

 そして、高校の頃に比べて全く身長の伸びない新一・・・・・











 気にしたくは無かったが、実際に目の当たりにすると悔しくてしょうがない。

 『コナン』の時に色々試した薬の副作用が出る可能性がある―――――・・・・・そう阿笠博士にも、宮野志保にも言われてはいたのだけれど。

















 ―――――・・・・・・死ななかっただけ、いい。



 そう言われては諦めるしかない。



















 この想いに気付かなければ・・・・・こんなに悔しくなかっただろうな。









 そうも、思ってしまう。





















 ワイングラスを取り出そうと戸棚に手を掛ける。

 その時、ガラスに映った自分と目が合った。















 ・・・・・・それなりに整っているのかもしれない顔立ち。





















 でも所詮、自分は男でしかない。



















 服部平次という男はとにかく人気がある。

 それは、他の大学の新一の耳にまで届くぐらいに。











 ・・・・・あいつと知り合いだってだけで、何人もの女が『紹介して』と話し掛けてくるのだ。





























 だけど今日は『先約なし』だと言った。

 あいつが好きだと言っていた相手とも、まだ進展も何もないのか?



















 ―――――――――・・・・・考えてたって、しょーがねえや。



















 戸棚を閉め、頭を振る。













 ・・・・そうだ、あいつは言った。

 今は、俺といる方が楽しいと。

















 だから―――――・・・今日だって、俺の誘いに応えてくれたんだ。

















「クリスマスに2人きりだ・・・・考えてみれば、凄い幸せなんじゃねえのか?」















 まったく予定外の出逢い。

 千年代、最後のクリスマス。







 ・・・・・・・楽しまなきゃ、損だ。















 新一は大きく深呼吸。

 そしていつもの『工藤新一』の表情で――――――・・・・ワインとグラスと共に、平次の待つ自室へと向かった。





























「服部、お前コレ――――・・・・あ」







 『好きだって言ってただろ?』と言葉を続けようとして、新一は平次が机の側にいることに気が付いた。

手に、紙切れを持っている。



 一瞬にしてもう一つ問題が残っていることを思い出し、それを見られたことに諦めの表情をした。











「片づけんの忘れちまったてたな・・・・」

「工藤、お前まさか」

「ストーカー・・・・・っての? まったく、気味悪りいよ」









 平次に近づき、手に持っていたものを机の上に置く。

 そして無表情で散らかっているそれをゴミ箱へ全て捨て去った。









「・・・・何かされたんか」

「いや。直接的には何も」

「さっき門の前で感じた気配・・・・・それ、か?」

「・・・・多分な」

「いつから!?」















 ・・・やっぱり服部は心配性だ。





 玄関前での気配に、気付いてくれていたのだ・・・・・











 その嬉しい気持ちを悟られまいと新一は背を向ける。

 そしてまた盆を持つと、ベッド脇に行き腰を下ろした。



 そして会話を続ける。













「いつからって言われてもな・・・・そうだな、酷いのはここんとこかな」











 そう。

 いわゆる『追っかけ』みたいなものは前からあった。





 手紙に始まり大学での待ち伏せなど、タレント並だと言われていて。

 でも、まあ嫌な気分はしなかったし。



 そんなに常識に反する行動をとる娘も居なかったから、今までやんわりかわして来たのだが・・・・・・

 数日前くらいから訳の解らない手紙が来始めた。













 『新一くんも私のこと好きだったのね』

 『昨日はどうして先に帰っちゃったの?』

 『私がいるのに、なんであの娘と仲良くするの?』

 『待ってたのに約束破るなんてひどい!』






















 ・・・・新一は、無視を決めこんだ。

 当たり前だ。こんなのに付き合っている暇はない。











 だが――――――・・・・



















「服部。こっち来いよ―――――――・・・飲もうぜ」









 何でもないようなフリをして新一の手が絨毯をぽんぽん叩く。

 2人の間にワインを乗せてきたトレイを置いて、僅かな理性の壁を作った。



 平次が何か言いたそうだったが、張りつめた雰囲気を感じ取ったのか・・・・言葉を噤んだ。



















 新一はグラスを手渡す。







 ・・・・注いでいる間、平次がじっとこっちを見ていることに耐えられなくなり言葉を出した。

















「・・・何だよ」

「え、いや――――・・・・俺も、注いだるわ」

「サンキュ」











 静寂の中に、響く音色。

 緋色の液体が・・・・形を変えて注がれてゆく。



 それは心臓の高鳴りと重なっていた。

























「ほんじゃ、色男2人での淋しいクリスマスに乾杯や」

「・・・・まったくだ」









 微笑う新一。



 気持ちを切り替える為に言ったのであろう、平次の言葉。

 何故か胸に重く突き刺さる。

















 ・・・・・淋しい、か。



 確かに俺とじゃ、そうだよな。















 解ってる。

 そんな解り切った事を・・・・何で今、言葉に出すんだ?



 だったら来るなよ最初から。

 俺の誘いに、乗らなければ良かったんだ――――――――・・・・・・・















「お前・・・・・」

「どうした。飲めよ、うまいぜ」

「何、あった?」













 空気の流が、瞬間止まる。

















―――――・・・・やっぱり、お前はどうしても聞きたいんだな。







それは探偵としての性分か?



それとも―――――――――・・・・・

















 ・・・まあ、いいか。



 言えば・・・・お前は俺の事を、もっと見てくれる様になるかもしれないしな・・・・・・

























 新一は正面を向いた。

 足を伸ばし、ワインを口に含む。



 そうしてゆっくり話し始めた。





















「・・・昨日、いきなり届いたんだ」

「届いた?」

「―――――『婚姻届』・・・って言うのがさ」

「こんいんとどけえ!?」

「わっ」













 新一の言葉に驚いた平次が、大声と共に手元のグラスを思いっきり振った。

 まだ残っていた中身が、飛び散る。











 ・・・・その先にいたのは新一。



 反射で避けたが、遅かった。

















「おーい・・・・」

「ああああ!! スマン工藤っっ」

「勿体ねえなぁ・・・・・高いんだぜコレ」

















 反射的に避ける為に出した左腕。

 それに掛かった液体を・・・・新一はぺろりと舐めとる。























 ―――――・・・やっぱ驚くか。



 そうだよな。俺だって、暫く開いた口が塞がらなかったもんな・・・・





















 予想通りの反応だったから新一は表情を変えなかった。

 『最高級のワイン』だと言われているものの雫を、ゆっくり吸う。







 そんな新一に平次の表情が途端に紅くなる――――――――・・・・



 更に、続けた。























「俺の住所も名前も書いてあってさ。そこらで買ったんだろうけど、三文判も押してある訳さ。俺はもちろん破り捨てんだけど――――・・・・気になって、市役所にも行って確認しちまった」


「現実に、出されとる訳やなかったんやな」

「ああ・・・・・・・・・血の気が引いた」

「・・・・・・」

「一回も話したことも、逢ったこともねーのにな。『目が合った』だの『微笑い掛けた』だの・・・・そのうち、俺の大学生活も覗いてるみたいで――――・・・いつ、誰々と話してたとか・・・何時に部屋の電気が消えただとか・・・・見られる事には慣れてたつもりだったけど・・・いい加減、疲れてきてさ―――――・・・・」

























 ・・・・常識から見れば狂ってるとしか言いようがない。



 でも、俺にはそいつの全てを否定する事は出来なかったから――――――――・・・・

 なんとか耐えてきた。























 狂うほどに好きな気持ちがあった。

 自分の許容量を超えてしまった想いが、一線を越えてしまった。









 ・・・・・・自分が、いつそうならないとも限らない。























 どんなに想っても叶えられるはずはないのだ。

 だとしたら、狂ってしまうしか行き着く先はないではないか――――――――・・・・・?





























 新一は俯むく。

 そして、次に胸のボタンに手を掛けた。



 ひとつひとつ外していく・・・











 ぎょっとする平次が解ったが、構わず続けた。















「な、何しとんのや?」

「・・・・濡れたし、ちょうど良かった」

「工藤?」

「―――――・・・・・悪いけど、ちょっと協力してくんねーか?」

















 呟く声と共に明かりを消す。

 一気に訪れた闇だったが、振り返ると月の光が僅かに降り注いでいた。





 シャツを足下に落とし漆黒のTシャツさえも脱ぐ。

 素肌に冷気は震える程のはずなのに、何故か身体は火照ってきて。











 平次の表情が曇る。



 ・・・・案の定な、目の色だった。



















 そんな目でもいい・・・・・・俺を映してくれれば、それで。

















 新一はベッドに上がる。

 特有のギシリという音が、やたらと淫らに聞こえた。



 カーテンも引いていない窓。

 これなら上手い具合に月明かりが逆光となり、自分の表情を消してくれるだろう。







 ゆっくりと、新一は振り返る。

 そして――――――・・・・・・自分でも驚くほどスラスラと言葉が流れ出た。



















「協力て・・・・」

「外の通りから―――――――・・・見てるらしいんだ、そいつ。さっきお前も気配、感じただろ? だから」

「まさ・・・か」

「俺が『そういう趣味』な奴だって解れば・・・・気味悪がって、もうまとわりつかなくなると思うから」





















 平次の目が見開く。



 ま、そりゃそうだろうな―――――・・・当たり前な、反応だ。



















 だから俺は続ける。



 身に染みてしまってる
無表情(ポーカーフェイス)で―――――――・・・・こんな言葉を、続ける。

























「こっち来て、窓際で・・・・・ただ軽く、抱き締めてくれればいいから」

























 自分の声は小さかったはずなのに、それは響いた。









 ・・・・身体が震えているのが解る。



 それは寒さからではない――――――――・・・・・・・・

















 ――――――・・・次にこいつは何て言うだろう?



 罵るか、笑い飛ばすか・・・・・呆れるか。



















 永遠のような一瞬だった。

 固まったまま平次は暫く動かない。



 それでも、その目は変わらず新一を映している。















 ・・・・・・それだけでも新一は、嬉しかった。





















 だから、どんな答えが返って来ようと覚悟は出来ていた。

 自慢じゃないが――――・・・・・そういう時の『何でもない顔』は、もう慣れているのだから。



















「解った」



























 ――――――――――――・・・・・・・・・っ・・・!!




























 言うと同時に平次もベッドへ上がった。

 新一越しに、綺麗な夜空が視界に飛び込む。





 平次は新一の表情を見なかった。

 すぐに、目の前の身体を抱き締めたからだ。













 ・・・・・・・下手に見られなくて良かったと新一は思った。





























 だって、多分いま自分は凄く・・・・・・・赤い顔をしている。

































 ――――――・・・・う・・・・わ・・・・・・・・・・・っっ

































 新一は、抱き締めてられている感触に戸惑う。















 否定されなかった事が嬉しかった。

 気色悪いだろうに、黙って言うことを聞いてくれるのが嬉しかった。





 『解った』と言った時の平次が、少し呆れた様にも見えた気もするけど・・・・・・・・・

























 けれど―――――・・・そんな事は今、どうでも良かった。

































 思っていたよりも広い平次の胸の中。

 簡単に自分を覆ってしまう肩幅。



 素肌に感じる布の感触が、たまらなく気持ち良い・・・・

















 こうして誰かの温もりの中に居ることが―――――・・・・こんなに心地良いとは知らなかった。





























 ――――――・・・やば・・・・・・な、なんか・・・・

























 自分の頬に、首筋に、背中に。





 ・・・・・・・こんなに感触を残されたら、俺は忘れられなくなっちまう。























 手を平次の背中に廻したかった。

 ・・・でも、出来ない。





 まだ確かに押しとどめている理性が、それを許さなかった。































「・・・・服部」

「な、何や」

















 小さく。

 この気持ちを悟らせないように、押さえて新一は言葉を出した。





















「見えるか? 表の―――――電信柱近辺・・・・」

「え?」

















 新一は思い出したのだ。

 何のために、平次に『こんな事』をさせているのか。





















 ・・・・・・決して甘い気分にひたる為ではない。































「―――――・・・・・ちょ、マズイで、写真、撮られてしもたで!?」

「・・・解ってる」

「はあ? お前、それでええんか?」

「――――――・・・・どうせ、ロクに写っちゃいねぇよ」

「工藤・・・何でそないに」












 抱く手に僅かに力が入った。

 耳元で平次が、声を荒げる。



 家の外。

 窓から見える道の陰で、数回、光が見えた。



























 ・・・・・これでいい。











 新一は目を閉じ、小さく息を付く。



















 俺はこういう人間なんだ。

 どうせハッキリ映っちゃいねぇだろうが、それが本当の俺自身だ。



















 だから、もう俺を追いかけるのは無意味なんだ―――――――・・・・・・・・・





















 気色悪いと思われようが、変態だと罵られようが。

 俺にとって、これが真実の気持ちだからどうしようもない。





















 ――――――・・・・俺が欲しいのは、ひとつだけ。





















 こいつ以外は要らない。

 こいつ以外にどう思われようと、構わない。









 けど・・・・・

















 その投げやりな態度。

 ・・・・平次はそんな新一に、目を細め疑問符を投げかけた。





























 工藤新一とはこんな性格だっただろうか?

 こうやって大人しく、常軌を逸した行動を放っておく性格だっただろうか?







 警察が身近に居るにも関わらず、何も相談せず。

















 一体、新一に何が起こったというのだろう? ・・・・・・・と。

























「服部・・・・苦しい」













 もう『見せつける』相手はいなくなった筈なのに、平次は変わらず新一を包んでいた。





 苦しいのは自分の気持ち。

 この暖かい体温は、決して自分のものではないのだ。











 ・・・・何を考えてこうして続けているのか新一には解らなかった。

 いつもなら鋭いまでに働く頭脳も、『感情』という名のウイルスが身体中を蝕んでいる。













 だからこの時間がもっと続けばいいと思った。





 でも――――――――・・・そんな訳には、行かない。



























「――――――・・・・もういねえんだろ? 演技は終わりだ・・・・・悪かったな」

「・・・・・・」































 そのとき至近距離で新一は平次を見た。



 目線は完璧に上。

 整った目鼻立ちが、暗闇にも見て取れる。















 ・・・・その困ったような表情に、夢の時間は終わったんだと思い知った。























「・・・・っくしゅ! ・・・あーもう、風邪ひいちまうだろ」

「あ、スマン」

















 だから、ワザとクシャミをした。

 突き放すように体温から離れベッドを降りて。



 そして壁際の明かりのスイッチを押した。



















「気色わりーコトさせちまって、ホント悪い――――――・・・でも、助かった」

















 息が、苦しい。





 ひとつひとつ平静を保って声を出すのが、精一杯だ・・・・・・














「俺は・・・・全然、解決しとらんと思うけど?」

「そんな事、ねえって」

「―――――・・・・お前がそう言うんならええけど」














 解決してないのは自分の気持ちだ。





 警察に何も相談しないのは、解るから。

 それ程までに自分を思って、行きすぎた行動をとってしまっているから。

















 ・・・・・・だからってやっていい事ではない。



 それも、充分過ぎる程に解ってる。















 通報したからって問題は何も解決されはしない。

 本人の、自覚の問題なのだ――――――――――――・・・・





















 新一はベッド脇に戻りもう一度腰を下ろした。

 グラスを、もう一度平次に差し出す。





















「とんだクリスマスになっちまったな」

「・・・・・誰のせいやねん」

「お前に今日逢えて―――――・・・嬉しかったよ」

「へ・・・?」















 ひとりきりを選んだ筈の今夜。



 本当は、幼なじみの毛利蘭と鈴木園子にパーティーに呼ばれていたのだが・・・・

 ここ数日間の疲れと睡眠不足。そして何より気乗りしなかった為に断っていた。















 ・・・・・・・だから、このワインもひとりで空けるつもりだった。



















 グラスの中の液体を見つめる。

 一気に飲んでひと息つき、また更に自分で注いだ。



 それも一気にいく。















「・・・・やっぱ、お前といると落ち着く」





















 嘘だ・・・・



 落ち着ける訳なんかねえ。















 もう、心臓バックバク――――――――――・・・・



























 何だかいつもより酔いも廻ってる気がする・・・・・・・・



 眠い、かも・・・























 ――――――――――・・・・・・・・服部、呆れてんのか?































 じっとこっちを見ている気配。













 なんか、言えよ――――――・・・・・・・・・・























 段々身体も火照ってきた。

 全身が心臓のように高鳴る―――――――――――・・・・・・









 ・・・・・平次が言葉を出した。

















「・・・らしくないやん。振られたか?」

「誰に?」

「だ、誰て・・・・前、言ってたやろ。そーゆう奴、おるて」

「――――あー・・・・そうだっけ」

















 ・・・・・・・・覚えていてくれたのか。















 アルコールのお陰で、全然動揺を新一は見せない。

 とろんとした目を平次に向ける。













  でも、な・・・・・





















「もう、駄目かも」

「・・・・・?」

「俺―――――・・・もう、そいつのそばにいるの・・・・・辛いんだ」



















 自分でも驚くほど淡々と言葉が出始めた。

 グラスに残った氷を見つめ、抑揚なく紡ぎ出す。



















 ・・・・・・そうなんだ。







 もう、辛い。

 酒の力でも借りないと・・・・・お前と向き合っていられない。





















 お前の顔さえ、まともに見られない―――――――――――――・・・・



















「言ってみもせんで、諦めんのんか・・・・らしくないで」

「俺らしい・・・? 俺らしいって何だよ」

「せやかて、向こうも同じ気持ちの可能性だってあるやろ? 何ビクついとんねん」

「・・っ・・・お前に何が解んだよ!」













 新一は、張りつめていたものを一気に吐き出すかの様に続ける。















「・・・・俺は・・・・答えの決まってるものは平気だ・・・・でも!」















 俺は探偵だ。

 まだ学生で、何を生意気な事をと言われようが――――・・・・・・これまで幾つもの事件を解決してきた実績がある。



 だから、ある程度の『方程式』に乗っ取った『答え』ならば、導き出せる自信はある。











 ・・・・・・でも。













 『人の心』というものは十人十色。

 『理解』は出来ても『納得』は出来ないことと言うのは、それこそいくらでもあるというのは・・・・それこそ幾つも経験して、身に染みてきた。





 それが・・・・気付きたくなかった自分の、欠点。















 新一は、膝を丸める。

 吐き出したい想いが胸を締め付け・・・・涙が、溢れ出そうだった。















「せやから、らしくないっちゅーとんねん!」

「何だと!?」











 呆れた様な平次の返し。

 怒りと空しさも重なって、火が付いたように身体が熱くなった。













 ・・・・・・らしくない事くらい、解ってる。









 けど、これが俺だ。

 これが本当の『工藤新一』なんだ。

















「お前フル奴なんて、お前んコト解ってないだけや・・・・気にする事あらへん」

「――――いい、もう、寝る」

「え、おえコラ!?」









 何か大切な事を平次は言っていた気もしたが、新一の耳には入っていなかった。

 頭に血が昇った状態だったし酔いもすっかり廻っていて気も動転していた。



 気持ち良い羽根布団の感触に頬をつけると・・・・・布団を被った。



















 ・・・・もう、面倒くせえ。





 何でこんな想いをしなきゃならねえんだ?















 ・・・・・・・・どうして今日―――――――・・・・お前に、逢っちまったんだ。























 知ってしまった温もり。



 それが身体に、感触を残している―――――――――・・・・・・・・





















「・・・・お前から誘っといて何やその態度・・・・俺の寝床は、どこやねん!?」

「どこでも勝手に寝ろ」

「む。なら、そうさせてもらおか・・・」

「―――――ちょ、ちょっと、入って来んな!!」









 投げやりな新一。

 その態度に憤りを感じたのか、平次が強い口調で言う。



 ダブルでも通用する程に広さがある新一のベッド。

 その裾のほうから平次が侵入して来たのだから、驚く。

















「バカヤロウ! 客間となりに有るの知ってっだろ!? そっち行け!」

「・・・・嫌や」

「狭いっつってんだ!」

「―――――・・・寒いし、ちょうどええ」

















 ・・・・・そそそ、そう言う問題じゃねえんだよ!

















 さっきまでの酔いもどこへやら。

 新一はまた、心臓が激しく鳴り出した。















 這い上がってくる身体。

 隣に近づく、体温。







 いくら広いサイズのベッドとは言え―――――・・・・・・男2人には狭い。

















 背中に感じる確かな存在。

 新一は・・・・ぎゅっと身体に力を込めた。











「も・・・勝手にしろ」

「しとる」











 新一はそれ以上何も喋らなかった。





 千年代、最後のクリスマス。

 それは今・・・・音もなく終わろうとしていた。




























ひとくぎり



























 ・・・・やっぱり、俺はこいつのそばにいたら駄目なのかもしれない。

















 『俺』が『俺』でいる為に。

 一度、距離を置くべきなのかもしれない――――――――――・・・・・・・









 『好き』という気持ちは、プラスに成らなければ意味がない。















 寝られなかった。



 ・・・・・目を閉じても、服部の顔が浮かんできた。











 ふと。

 どうにも体勢が耐えられなくなって、寝返りをうった。





 そこには、もう眠りに入っていた平次が・・・・・・吐息を立ててこっちに向いていた。





















 ――――――――・・・・服部・・・・・・・・





















 いくら心で呼びかけても、気付いてはくれない。

 この想いには、応えてはくれない・・・・

















 整った寝顔。

 少し眉にかかった、前髪。

 わずかに開いた、口唇・・・・・・・

















 そして、さらけ出された綺麗な首筋――――――・・・・・・



















 こんな事を思う自分が、もう取り返しのつかない証拠なのだろうか?



 同性に、仲間に、友人に・・・・服部平次に、こんな気持ちを持つなんて。























 ・・・触れたい。



 触れられたい。



















 ―――――――――――・・・・・その口唇に・・・・

























 止まらなかった。



 身体が、先に動いていた。





















 ・・・・気付かれないように、そっと。

































 新一は――――――・・・・・・己のそれを、軽く乗せた。

































 クリスマスはもう過ぎた。



 夢の時間は―――――・・・もう、終わったのだ。


















「服部――――――・・・・・・・・・・・」





























 自嘲気味に微笑う。

 目頭が、熱い。

























 

 ・・・・・・・こんなに苦しい気持ちを、今まで知らずにいたなんて。





























 新一は暫くその寝顔を見つめていた。





 ・・・・・・やがて夜明けがやってくる、その時まで。