そばにおいで[04]







 窓を打ち付ける風に雨が加わっている。

 平次は深いため息を付いた。





 明日の午後の新幹線。

 それで自分は、大阪へ帰る――――――・・・・・準備なんて、特にない。



 もといた家に帰るのだから当然だった。























 ―――――――――・・・・・・工藤と話すチャンス、のうなってしもた。























 本当にこんな気持ちのまま離れていいのか?

 2ヶ月逢わないまま、また2ヶ月逢わなくていいのか・・・・・?



 そりゃ、逢おうと思えばいくらでも逢える距離ではあるけど・・・・・





















 ――――――――――・・・・・これから押しかけたら・・・・マズイやろな、やっぱ。























 毛利蘭。

 新一がどんな時も大切に思っている女の子。





 ・・・そう、女の子。













 よく気がつくし可愛いし。

 男ならば皆、ああいうタイプに弱いだろう。





















『え、ああ・・・・蘭がさ、今うちに来てるって言うから』





















 あの言葉を聞いた瞬間、もう何もかも吹っ飛んだ。

 『そういう事』なんだなと思い知った。





















 ――――――――――・・・・・21時過ぎ。



 今頃2人は、何をしているんだろう―――――――――――――――・・・・?

























「・・・・・・・・やっぱもう駄目やな」

























 目を閉じる。



 息が、上手く出来ない。















 浮かぶのはすっかり見違えた新一の姿ばかり――――――――――――・・・・・・・

























 あの薄い瞳が。

 あの細い指が・・・・



 あの自分より薄い身体が、他の誰かの為に動くのだ。

























 ・・・・・・・・こんな想い、今までどの人間にも持ったことなどなかった。



























 無意識に吸い続けるタバコ。

 いつの間にか灰皿はいっぱいになって。



 また、1本に火を付けようとした時――――――――・・・・・・ドアホンが鳴り響く。

 平次はつい怒り口調でインターホンに出た。



















「はい?」

『・・・・・・・』

「―――――・・・おい、誰や」















 何も答えないまま数秒が過ぎる。

 でもやっぱり何も聴こえてこないから、平次はそのまま会話を切った。













「何やっちゅーねん!」











 唯でさえイライラしてるのに訳の解らなイタズラまでされるとは。

 無性に腹が立ってきた平次は、そのまま風呂場へと入っていった。






























ひとくぎり

























「―――――――・・・・・何か、雪でも降る感じすんなぁ」















 風呂から上がった時、温まったはずの身体が冷えを一気に取り込む。

 確かに雨の音はするから、まだ結晶にはなっていないようではあるけれど。



 このマンションは適温が保たれているから、部屋ではガウン一枚で平気なのだが・・・・・・外は、かなりの冷え込みだろう。



 珈琲を入れながら玄関から夕刊を取ってきてないことに気づく。

 暖房の入りにくい扉前で『さっぶー』とそれを取った時、その向こうに人の気配を感じた。

















 ・・・・・・・・?















 眉間にしわを寄せ平次は深呼吸する。

 ドアの小さなレンズから外を伺うが、何も見えはしない。















「――――――・・・・まさか」









 ひとつだけ、平次は可能性を思った。

 それは到底当たりっこない可能性だったけど、でも・・・・・









 とにかく、慌てて扉の鍵を外し、開けた――――――――――――・・・・先に、視界に入ったものは。



















「・・・・・・く・・・・どう」





















 ・・・・・・・扉の横に座って丸くなっている、新一の姿だった。


































ひとくぎり































「アホかお前!? あんなトコで濡れたまんま座っとったら、凍死するやろ!」











 いつからあそこにいたのか。

 平次は、バスタオルで新一の頭を拭く。



 すっかり身体は冷え切っていた。







「大体、家帰ったんとちゃうんか? 蘭ちゃんどないしたんや?」

「・・・・・・お前が勝手に勘違いしたくせに」

「はあ?」

「いい。そんな事、もうどうでもいい」

「何、言って・・・・」









 濡れた前髪から覗く瞳に、生気がない。

 だから平次は言葉に詰まった。





 ・・・・・いや、詰まったのはそれだけが原因ではなかった。















 こんなに、肌が白かったか?

 まつげはこんなに長かっただろうか・・・・?









 生身の新一が久しぶりならば、こんなに接近するのもあの時以来―――――――・・・・・・・

 平次は、無意識にゴクリと喉を鳴らした。







「と、とにかく。風呂あったまっとるから入りや」

「・・・・お前、入ったんだ」

「え? あ、ああ」

「ふーん・・・・・いい、ニオイする」

「ちょ、ちょお工藤?」







 バスタオルの下から新一が平次のガウンに擦り寄る。

 くいと襟元を引っ張られ・・・・・・あろうことか、擦り寄ってきた。















 ・・・・・何や何や何や何や~~~~~っっっっっ!!!???





 これは夢か幻か~~っっ??

















 心の中で叫ぶ平次。

 胸のあたりに新一の手が触れ、変な汗が出た。



 しかもその指が首筋に這い上がってきている・・・・・・・・・

 決して酔っ払っている様にも見えないから、平次は心配になってきた。









 ・・・・・手が、震えている。















「―――――――・・・・工藤、お前何があったん?」

「別に」

「何もなくてこんな夜に――――・・・濡れたまま、うずくまっとったって訳か」

「・・・・・そうだ。悪いか」









 キツイ眼差しが自分を映している。

 久しぶりの上目遣いが、平次の心臓を騒がせた。









「悪いっちゅーの! ええからもう、早う浴びて来いや!」

「あ。暖かいカフェオレよろしくな」

「解ったから行け!」









 どうにか風呂場に新一を押し込んだ平次は、居間に戻りソファに倒れむ。

 ・・・・・・そうして思いっきり深い息を付いた。
















 ――――――――――――――・・・・は―――――・・・びっくり、した・・・・・・























 まさかあんな所に新一がいたとは。

 しかも、雨に濡れたまま・・・・・平次の部屋に入ろうとせず。













 あのまま、気づかなかったら。

 一晩中・・・・あそこで、猫のように丸く・・・・・・・ひとりでいたのだろうか・・・・・?









「・・・・あの時のドアホン・・・・・」











 平次は気づいた。

 風呂に入る前に鳴ったあれは、新一の『声』だったのだ。









 一体どんな顔で・・・・あのドアの前にいたんだろう?

























 でも。



 ・・・・・・遅くは、なかった筈。

















 自分は確かに―――――――――――・・・・たまらない気配を感じてドアを開けたのだから。




























ひとくぎり





























「あったけ―――――・・・・・」 













 湯船に浸かって新一は目を閉じた。





 暖かい。

 お湯は、こんなにも温かい・・・・



















「何やってんだ俺・・・・こんなトコまで来て」

















 冷えた身体が確かに溶かされてゆく。



 まだ自分が『生きている』という実感が、ここにはある―――――――・・・・

























 ・・・・・・・俺、本当に死ぬのかな。

























 電話が、あった。

 家に戻ると電話が鳴っていた。



 新一は急いで受話器を取った。













「はい、工藤です」

『・・・・新一か?』

「父さん? 何言ってんだよ。俺以外に電話出るヤツいねえだろ」











 それは、ロスの工藤優作からだった。











『いいか。今から言うことは――――――――・・・・・・冗談でも、何でもないからな』

「はあ?」

『お前をロスに連れて行く。いいか、これは本気だ』

「ちょ、ちょっと待てよ! 何だよそれ!?」







 受話器を持ったままリビングのソファへ腰を下ろす。

 コートを脱ごうとした手を止め、身を乗り出した。







『明日の午後にはそっちに着く。いいか、そのままロスだ』

「だから説明しろって言ってんだろ!!」











 父親のあまりの突然の言葉に、新一が怒鳴るのも無理はなかった。







 ・・・・少し、沈黙する。

 そして何故か・・・・妙な雰囲気を感じた。













『新一・・・・・前に、身体がだるいって言ってたろ。その後、どうだ?』

「別に――――・・・・・風邪は、相変わらず続いてるけど」

『熱は?』

「あのさあ、それが何?」











 諦めたような吐息が受話器から、耳に伝わる。

 新一が怪訝な表情を浮かべた時――――――・・・抑揚のない声で、優作は続けた。













『――――――――・・・・・お前の身体に『原因不明の事態』が起こっている。体力消耗が激しかったり、妙な眩暈を感じたことが、多分何度もあるはずだ。それは、お前が数年前に飲まされた『薬』が大きく関係しているらしい」

「え?」

『お前の身体は――――――――・・・・いつ壊れても、おかしくないんだ』

















 一体、この父親は何を言っているんだろう?



 ――――――・・・・冗談は言わないなんて言っておきながら、冗談を言っているではないか。












「・・・・疲れてんのか? いい加減、息子相手にネタ探すの止めろよ」

『聞け。いいか? 医者でも原因が解らない。今のところ、影もなんにも映ってない――――――――・・・・でも、どう看てもお前の身体は正常じゃないと言われたんだ・・・・・・だから』

「・・・・・・・だから?」

『一生、何も起こらずに済むかもしれない――――――――・・・・でも、明日にでも『何か』起こるかもしれない・・・そう、言われたんだ』

「――――・・・・・・・やっぱりね」

『!?』















 その新一の言葉。

 電話の向こうで、優作は息を飲んだ。











『お前、知ってたのか・・・・?』

「自分の身体は自分が良く解ってるよ―――――――・・・・父さん知ってた? 俺、サッカーも・・・・今、まともに一試合出来ないんだ。全然、体力続かなくて・・・・・・・寒さにも暑さにも弱くなった。視力も急に悪化したし、体質も変わっちゃって・・・・・・全部、小さい体にさせられて元に戻ってからなんだ」











 両親は知らなかった。

 それは新一が隠していたのもあるけれど―――――・・・・・・外国に住む2人に、余計な心配はさせたくはなかったから。





 だから、悟られないようにしていた。

























「・・・・大丈夫だよ。大体、人間なんていつ死ぬか解んないし。病気ならまだしも・・・・・俺の場合、まだそうと決まったワケじゃないんだろ? だから、このまま俺は日本にいる」

『それは駄目だ』

「どうしてさ? 今まで何年も俺は独りで暮らして来たんだ・・・・・それに」

『・・・・・・母さんが・・・・有希子が、このことを知ってすっかり気落ちしてな―――――・・・・・今も熱を出して寝込んでる。お前を、待ってるんだ』

「母さんが?」















 新一はもう、続きの言葉を言えなかった。











 ・・・・自分の息子の身体が、原因不明の事態に襲われている。

 しかも、それがいつ命を奪うか解らない。



















 明日逢えなくなるかもしれない。





 こうしている間にも―――――・・・・何かが起こっているかもしれない。















 遠く離れて暮らすのは、もう耐えられないと―――――――・・・有希子は夕べ泣いていたのだ。

 優作も、そんな有希子は見ていたくなかった。















『頼む―――――・・・こっちで一緒に、暮らしてくれ』

「・・・・・急すぎだよ」

『解ってる。だが』

「・・・・」















 ―――――――――・・・・・そうして新一は、受話器の電源を切った。




























ひとくぎり

























 そのまま家を飛び出した。



 雨が、ぱらぱらと顔に当たった。



























 ――――――――――・・・・・・服部・・・・・・・・・



























 構わずそのまま歩き出す。

 コートも羽織らず寒いはずなのに――――――・・・・何故か、全然感じなかった。

















 ・・・・・・・俺が消えたら、お前はどうするかな。

 別に、普段と変わらず過ごすんだろうな・・・・・

















 学校も違うし。

 別に、単なる友達だし。



















 ――――――――――――・・・・・もし俺がこの世界からいなくなっても。



 普段と、変わらずに・・・・・





















「・・・・・嫌だ」





















 掠れる声。

























「嫌だ、そんなの・・・・・・・・」





















 目を、ぎゅっと瞑る。

 口唇が震える。





 だんだん――――――・・・・身体までもが、震えだす。























 『死ぬこと』は怖くもなんともない。





 でも、それは――――――――・・・・もう二度と『逢えない』という事。



























 今までは『そばにいるのが耐えられない』と思っていた。

 こんな想いをするくらいなら、2度と逢わない方が良いと思った。



 しかし・・・・・













 実際にそうなる可能性が出てきて、新一は怖くなった。

























 『死ぬこと』ではなく。





 ・・・・『逢えなくなる』、ことが。

























 雨は新一を濡らし続ける。





 冬の夜の雨。


 それは、今の新一の心を反映しているかのように・・・・・

























 そうして、どうしてか平次のマンションの前に立っていた。

 勝手に手が、最上階のボタンを押していた。



 でも・・・・



















「はい?」

『・・・・・・・』

「―――――・・・おい、誰や」











 インターホンを鳴らしたものの。

 その後、声が出なかった。















 自分は何をしにここへ来たんだろう?

 逢って、自分は何を言いに来たんだろう?





 そうしている間にドアの向こうに気配はなくなり・・・・・新一は深い息をついた。

























 帰る気にもならず。

 そこに、座り込んでしまう自分。











 ・・・・・・膝を抱えたまま、ここで夜明かしするのも良いかなと思った。



























 明日、服部は大阪へ帰る。

 俺も明日、ロスに行く。













 また何ヶ月か逢えない日が続き――――――――――・・・・・2度と、逢えないかもしれない。

































「・・・・嫌だ・・・・俺――――――――・・・・服部のそばにいたい」



































 それが。





 ・・・・小さく呟いたそれが、やっと気づいた新一の本当の気持ちだった。

































 平次が扉を開けたとき新一は驚いた。

 どうして解ったんだろうと、思った。





 ・・・・・すごく、嬉しかった。



















 部屋は暖かく。

 バスタオルも、いいにおいがして。





 何より服部からの風呂のにおいが、心地良かった。















 そうして風呂場に押し込められ。

 凍えていた身体を充分に溶かすと、少しのふらつきと共に髪を洗い始めた・・・・




























ひとくぎり

























「俺の寝間着やけど我慢せえや。ほい、カフェオレ」

「・・・・サンキュ」

「ああ、先に髪の毛乾かして来いっちゅーの! 風邪は頭から引くんやから」

「そうだっけ?」









 つべこべ言わんとさっさと行け! と目で言われ、素直に新一は戻る。

 適当に乾かした後リビングへ行くと、なにやら良い匂いがした。







「うまそうだな・・・・」

「なんな。食っとらんのか」

「・・・・・ちょっと、そんな気分じゃなかったし。でも、今は腹減ってる――――――・・・食っていいのか?」

「こんなんでええなら」















 そんなに手間は掛けていないが美味しそうなおかずが並んでいる。

 明日からいないと言っていたから、冷蔵庫の整理でもしていたのだろう。













 そうだ。



 ・・・・明日から、いないのだ・・・・・俺も。











 けれども、新一はそれを言い出せない。

















「・・・・・・2ヶ月って長いな」

「そうやで? 工藤と前に会うてからだって、もう2ヶ月や」

「クリスマスん時か―――――――・・・・あの時は悪かったな」













 箸でナスの煮付けを口に運ぶ。

 新一は、目を合わせない。









「もう平気なんか」

「ああ、大丈夫」

「・・・・・じゃあ何が原因なんや」

「何がって・・・・・?」











 瞬間、新一が止まった。

 それを平次は見逃さなかった。























「――――――――――・・・・・工藤がここに来た原因」



























 新一は毛利蘭と一緒のはずではなかったか?

 2人は今、一緒の夜を過ごしているのでは・・・・・なかったのだろうか?





 なのに新一は――――――――――――・・・・・・こうして自分の部屋に来ている。













「お前ほんと料理の才能あるな」 

「・・・・・・工藤、俺はマジに心配しとるんやけど」

「なんで?」

「な、何でって・・・・」

「―――――・・・・・・お前が優しいのは解ってるけど、余計な詮索はして欲しくない」

「!」









 言って新一は『しまった』という顔をした。

 恐る恐る、視線を上げる・・・・











「悪い・・・・そうじゃ、なくて」

「・・・・迷惑やったんか」

「そうじゃなくて!」

「ならこの部屋に何で来るんや―――――――・・・・・・・心配されたない、聞かれたない言うんやったら、そんな顔で姿で俺の前に現れんなや!!」















 怒鳴り声が響く。







 ・・・箸が、震える。

 目頭が急に熱くなる。

















「そうだよな―――――・・・・俺、言ってることとやってること、違うよな・・・・・・ごめん」























 新一は顔を上げられない。

 平次に、向けない。



 だから・・・・箸を、置いた。













「・・・・・・ごめん。俺、帰るから」













 平次からは、もう何も反応が返っては来ない。

 どんな顔をしているかも、怖くて新一は見ることが出来ない。



 ふと気づくと自分は寝間着姿で。

 だから、さっき脱いで濡れたままのそれに着替えた。















 ゾクリと。

 ・・・・・冷たい感触が肌を滑る。













 平次は未だ黙ったまま。



 きちんとたたんだ寝間着をソファにのせる。

 そのまま新一は、部屋を出て行った。




























ひとくぎり























 ・・・・・・やり場のない怒り。

 平次は、テーブルを思いっきり拳で叩く。















 引き止めることが出来なかった。



 コートを貸すことすら、出来なかった。















 口を開けば―――――――・・・・また『余計な親切』だと言われそうで怖かった。















 女じゃないんだから。

 工藤新一は、いくら綺麗な顔をしていても『男』だからそんな言葉は吐けなかった。

 















 ・・・・・・・じゃあ、どんな言葉をかければ良かった?

















 色々頭ん中がごちゃごちゃになりながら考えていたけど――――――・・・・・・

 新一は、そのまま出て行ってしまった。















 もう23時過ぎ。

 雨も強く降っていて、それは雪に変わりそうなほど寒い。





 新一は、濡れた服をそのまま着て行ってしまった―――――――・・・・・・・

















 ・・・・傘も、持たずに・・・・・?





















「・・・・・・ああもう!! やっぱ駄目や!」















 平次は、居ても立ってもいられずにその場を飛び出す。







 きっと、ここへ来たときと同じに雨に濡れて。

 まったく構わずに、どこかへ座り込んだりして・・・・・・・







 ――――・・・・・・・薄暗い夜空を見上げているかもしれない。



















 2か月振りの新一は以前より印象が変わっていた。

 ・・・・・・髪の色のせいかもしれないが、前より雰囲気が儚く。



 去年のクリスマスに成り行きで抱きしめた、その時より――――・・・はるかに身体が薄かった気がした。

 自分は年を重ねる度に、大人の身体になっていくのに・・・・?



















「工藤――――――――――・・・・・・・・・どこや、どこ行ったんや!?」



















 得体の知れない不安が胸の奥から湧き上がっていた。

 平次はマンションから飛び出し、雨の強くなっている外へと視線を凝らした。






























ひとくぎり





























「星が見えないなあ・・・・・」















 新一は呟き、上を向いた。

















「雨だから当たり前だけどさ――――――・・・・・・でも、あの雲の向こうは満天の星なのに」













 手元の缶珈琲を開ける。

 まだ熱いそれは、心も身体も冷え切っている新一を僅かながら温めていた。



 マンションのエントランス脇にある一角。

 外の自販機で買ってきた珈琲と共に、新一はある程度雨が止むまでここにいることにした。







 ・・・・本当は、一刻も早くここから離れたいと思っているのに。

 奥底で自分は『もしかしたら・・・』と期待している。



















「女々しいよな俺も・・・・・」











 早く帰らないと確実に自分は熱を出す。

 今でさえ雨に濡れた服を着ていて、頭痛が出て来ているのに。







 ・・・・・・自分でも解るくらい熱い息を吐いているのに。

















 でも。



 今日しかないのだ。





















 明日からは、俺は暫くここには来られない――――――――・・・・





















『ならこの部屋に何で来るんや――――――――・・・・・・心配されたない、聞かれたない言うんやったら、そんな顔で姿で俺の前に現れんなや!!』



















「・・・・はっとり・・・・・・・・」













 リフレインする言葉。

 その通りの平次の言動が、新一を苦しめる。









『何で?』







 ・・・・・・お前のそばにいたいから。

 ただそれだけの理由が―――――――・・・・こんなに俺を苦しめる・・・・・・・・











『心配されたないんやったら』











 ・・・・心配してくれるのが嬉しかった。

 自分の為に、怒鳴ってくれるのが嬉しかった。















 けれど――――――――・・・その服部の優しさを否定してしまった.

















 どうして俺は素直じゃないんだ?

 嬉しかったら嬉しいって、どうして言えないんだ?













 ・・・・・そばに、いたかったのに。



 その為に自分はここに来たのに。



















「・・・・・・・・・・・『そばにいたい』なんて言えない。言えるわけ・・・・・・」























思い出すのはあの日のぬくもり。

去年のクリスマスの、暖かい体温。

























 ―――――――――――・・・・あのときの事は一生、忘れない。





















 上着を持たない身体が
火照(ほて)る。

 風が強く窓を吹き付け、同時に雨音が激しく響いて新一は竦んだ。





 だから、気づかなかった。

























 ―――――――――・・・・・・・エレベーターから降りた平次の足音に、新一は気づかなかった。