そばにおいで[07]






 窓からの光と、ちいさなプラチナ。





 何故だか解らない。

 けど、その時の平次は自分を制御出来なかった。

















『ちょ、ちょっと何してんだお前!?』

『―――――・・・おまじない』

『は?』

『・・・俺の代わりやと思うて、いつもコレしとってな』

『い、意味が解んねえんだけど・・・・・』

『意味?』





















 つい、出た行動だった。























『そんなん――――――――――・・・・・・・これしか、あらへん』

『・・・・・っ・・・服部?』

































 我慢、出来なかった。

 止まらなかった。





 ただ激しく鼓動は鳴り――――――・・・・・・・眩暈に似た感覚が沸き起こる。



























『・・・・・逃げへんの?』

『逃げる・・・・?』

『俺・・・・お前にキスしとるんやけど』

『・・・そうだな』

『・・・・・・』





























 ・・・・・・どうしてか新一は逃げなくて。















 呆れていたのか。

 それとも、逆らってもしょうがないと思ったのか。























 まっすぐに平次を見つめる眼差しが、どうしようもない想いを生み出す―――――――・・・・・・・・

























『この状況・・・・解っとるんか』

『・・・だって夢だろ』

『―――――――――・・・・・そやな、夢や』

























 ・・・・・やっぱり新一は逃げない。















 それがただ嬉しくて。



 平次は、涙が滲みそうになりながら口付けを続けたのだ――――――――・・・・・・・



































 やがて触れている身体から力が抜ける。

 平次は、口唇を離した。















 ・・・・・穏やかな吐息をたてて眠りについた新一。





 ホッとしたように微笑うと、平次も隣で目を閉じた―――――――――――・・・・




































ひとくぎり



































 服部。









 ・・・・・俺はお前に、聞きたい事がある。





































 聞いたら答えてくれるか?









































  
口唇(くちびる)は確かに熱く。



  鼓動は、忙しなく鳴り響き。


















 ・・・・・・重なったところから伝わってきた熱さの、確かに俺と同じ震えを感じたその理由を。



































 今度逢ったら。



 逢えたら、その時に――――――――――――・・・・・・







































「・・・・・・・今度はお前が消えるのかよ」



















 眩しい朝だった。

 新一は、窓からの光りで目を開けた。



 隣に温もりはない。

















「―――――・・・・・・」















 布団に潜り直す新一。

 目を閉じて、あの幸せな夢を思い出す。













 もう解らない。



 昨日は色んなことが有り過ぎて、あまりにも長い1日で。

















 どこまでが現実で、どこまでが夢だったのか―――――――・・・・・・解らなかった。























 平次は確かにいた。

 昨日ここに、確かに一緒にいた。





 口唇の乾きがそれを憶えている。



 ・・・それに。

























「やっべ――――――・・・・あれ、返すの忘れてた」

















 昨日。



 風呂から上がって外の平次の所へ行こうとした時。

 あいつの上着を持っていこうと、それを抱えたその瞬間。







 ・・・・ポケットから落ちたものがあった。













 新一はベッドから降り自分のコートのポケットを探る。

 そうして取り出した物は、お守りだった。









 それは以前、身体を小さくされた時。

 幾度となく平次が自分を守る為にと貸してくれた『お守り』――――――――・・・・・



















 新一はこれを見た瞬間に・・・・返したくないと思ってしまった。





















「ホントずっと大切にしてんだな・・・・・」















 俺には、何もない。



 あいつを引き止められるものなんて何も――――――・・・・・・・















 手の中のものを苦しそうに見つめる新一。

 そして、握り締め胸にあてる。

















 お前はずっと服部を守ってきたんだよな。



 ・・・・・・・時には俺の、命さえ。



















 なあ――――――・・・俺の『願い』は、やっぱり無茶な願いだと思うか・・・・・・・?































「その行動の意味――――――・・・・・・・聞いてもええかな」

「!?」















 新一は、ゆっくり振り向いた。

 確かに声のする方向へ顔を向けた。



 ・・・・そこにいたのは。



















「服部・・・・・・」



















 新一がただひとつ、欲してやまない存在だった。


























「それ。ないのに気い付いて戻ってきてしもた」

「・・・・・」











 扉に寄りかかっている平次。

 右の手のひらを出し、返してくれやと促している。



 新一は、黙って俯きそれを渡した。

























 ・・・少しの沈黙。



 風の音が、響く。



















「顔、上げてくれや」

「・・・さっさと行け」

「工藤――――――・・・・・ちょっとだけやから黙っとって」

「・・・!?」









 声がすぐ近くに聴こえた。

 耳元の、空気が揺れる。



 次の瞬間。















 ・・・・・・昨日と同じ体温が新一を包んだ。



























 な、何だよこれ・・・・

















 訳がわからない。

 平次の、この行動の意味が解らない。













「・・・・ちょ、ちょっと」

「何でや? 何でお前、逃げへんのや・・・・・こんなん嫌やろ? オトコなんかに抱きしめられたら、気色悪いのが当然やろ?」

「そ、それは」

「それとも遠慮しとんのか?」

「痛っ・・・・!」











 急に平次の口調が変わる。

 新一の両腕を、きつく掴んだ。











 そして睨む。



 壁に新一を追い詰め――――――――・・・・その瞳を、睨む。















「・・・・・あと何ヶ月もこのままなんて嫌や」

「は・・・・服部・・・」

「そばにおれるなら、こんままの状態でもええかと思っとったけど―――――――・・・・もう耐えられへん、せやから・・・・・ハッキリお前の口から言うてくれや」















 拒絶の言葉を。



 ・・・・・そうすれば、諦めがつくから。

















 2度と―――――――・・・こうして触れたりしないから・・・・・・



























「・・・・それって」











 新一は自分の耳が信じられなかった。


 乾くほどに目を見開き、平次を見る。





 腕の痛みなんて、どこかに消えていた―――――――――・・・・・・・・・・・















 次の瞬間。



 ・・・・・・湧き上がってくる、甘い焦燥。























「そうか――――――・・・・なんだ、そっか」

「何や」

「ハッキリ言っていいのか?」

「・・・・・おう」













 覗く平次が緊張している。

 新一は、それがおかしくて微笑った。



 僅かにムッとする平次。

 でも、黙って言葉を待っている。







 ・・・・・・新一は続けた。































「―――――――――――・・・・俺のそばにいろ、服部」































 まっすぐ向けられる視線。

 逃げない、新一。



 未だその身体は、平次のそばに在って――――――――・・・・













 次の瞬間、ほんの少し伏せられた瞳。

 そして視界に入る薄く開いた口唇・・・・・・・



















 ・・・・・・・・・誘われるまま平次は、再び抱きしめ新一の吐息を奪った。


































ひとくぎり































 それが、全ての答え。









 全ての・・・・・



























「・・・・嘘みたいや」

「俺だって・・・・・驚いた」









 長い口付けの後、合わせた視線。



 何故か照れるでもなく。

 普通に言葉が出ることを、不思議に思う。



 想いが通じ合ったばかりだけど。

 2人は、明日からしばらく逢えなくなる。







 それは試練。


 離れて―――――――・・・・やっぱりこの気持ちは、気の迷いと気付くのか。



 それとも。















 ・・・・・・・・変わらぬ想いで、再び向き合えるのか。























 冷静に成らざるを得ないだろう。

 いくら両想いになれたと言っても――――――――・・・・俺たちの関係はとても危い。

























 だからこれ以上は。







 ・・・・今はまだ、これ以上には進めない。





























「俺、そろそろ行くわ」

「そうか」

「・・・また4月にな」

「ああ、また」









 言葉少なく見送る平次の背中。





 そして扉が、ゆっくりと閉じられ。

 表の門の閉まる音もやがて聴こえなくなった・・・・・・・











 新一はリビングに戻るとソファに座り、そのまま横になる。

























「・・・・叶った」















 それは信じられない展開。





















「夢じゃ、なかった・・・・・」















 なのにどうしてか素直に喜べない。

 嬉しいのに、その想いが上手く表情に出て来ない。













 ・・・・・・・不安が、新一の気持ちにブレーキを掛けていた。





















「俺の身体も・・・・・一生、このままでいてくれないかな」















 とうとう平次に言えなかったこと。

 自分も今日からロスに渡り、そのまま暫く戻ってこれないという事。



 下手すると、これっきりだという事。



















「・・・・・・通じたのに、叶ったのに・・・・・・・もう、逢えなかったら・・・俺は・・・・・・・」





















 けど、今何を考えてもしょうがないことだった。

 自分の運命は自分で切り開かなければならない。

















 この場所に確かに戻ってくる為に。





 平次ともう一度、気持ちを確かめるために――――――――――――・・・・・ 





















 新一は勢いをつけて起き上がる。

 外は、眩しいくらいの晴天。



 父親がやってくる前に、用意をすませておかなければ。

 そうして深呼吸をすると顔を洗いに洗面所へと向かった。































ひとくぎり

































 刻は過ぎる。













 ・・・・春になっても戻らない新一。

 平次は父親から、ロスで暮らしているという噂を聞く。



 やがて夏が来て秋が終わり。

 今世紀最後のクリスマスが、目前に迫ったある日の夕暮れ。

















「よう」

「・・・工藤?」

「ここに来たら―――――――・・・・お前に逢えそうな気がした」













 米花駅の一番後ろのベンチだった。

 やって来たのは、新一。











 ・・・・・・そこは、まだ新一が『コナン』になる前に。



 とあるひとつの想い出が残っている場所。















 刻はもう午前を廻り。

 凍てつく風が、2人の間を擦り抜ける・・・・・













「・・・・・なんや今更」

「怒ってるか?」

「――――――・・・・そんなに俺の気持ち掻き乱して楽しいんか」













 静かな言葉。

 けれども、熱くそれは響き。







 新一の心の奥に・・・・・確かな想いを呼び起こす。















「・・・そんなつもりない」

「何しに戻って来たんや。ガッコも、やめたんやろ」

「・・・・・・」













 キツイ口調。

 鋭い目つきも、緩められず。



 予想はしていた展開―――――――――・・・そう新一が悟った瞬間。























 ・・・・・・・・・・・口唇に暖かい感触が与えられた。

























「・・・・・はっ・・・とり」

「アホウ―――――・・・・・また、こんな薄着で」

「あ・・・ごめん」













 まだ向こうに人がちらほら見えるのに。

 今、この男は何をした?



 でも・・・・そんなことはどうでもいい。



















 駅の階段の下。

 死角になる、この場所で。
















 ・・・・・・・・・今度はちゃんと、2人は目を閉じ口唇を重ねた。


































ひとくぎり

































 想いは叶えられた。

 その想いは、色褪せることなく2人の心に鮮やかにずっと在った。























 気の迷いではなかった。









 僅かな心の隙間が生んだ、幻ではなかった・・・・・・・

























 寒い夜だった。







 ・・・・・でも、重なった肌の熱さには―――――――――・・・・心地良いくらいの温度で。























 やっと2人は。







 ・・・・・・・・お互いの温もりの中で。

 お互いの、そばで。

































 もうすぐ目を覚ます――――――――――・・・・・・



































Fin