bordar line kiss



「バカヤロウ! いつまで寝てんだ? 朝だぞ!!」

「ん――――――・・・・・」

「早く起きねえと遅刻すんだろうが!」

「・・・・そうやなあ」









 光が差し込む窓。

 思いっきりカーテンを開け、叫ぶのは工藤新一。





 ご存知『東の名探偵』。













「オラ。お前、警視庁の剣道部の稽古出るんだろ」

「せやかて寒いねんもん」

「・・・・・ったく。しょうがねえな」















 工藤邸の新一の部屋。



 ベッドの横に敷いてある布団に未だ深く潜り込んでいるのは、服部平次。

 大阪を本拠地とし、『西の名探偵』と称されている高校生だ。 





 瞼の開かないその顔に新一は近づき、口唇を落とした。













「・・・ひゃっこい」

「ほら起きろ」

「あれ・・・・・工藤、何しとるん?」

「ん?」











 見れば、何処か出かけるかの如く上着を着て帽子を被っている。

 それに手袋もだ。



 朝の10時から一体何なのだろう?













「付いてこうと思ってさ」

「は?」

「剣道してる所、見せてくれよ」















 ・・・・そうニッコリと微笑まれては、平次に反論出来るわけが無い。









 でもまあ、新一が剣道に興味を持ってくれたのは嬉しい。

 一気に目が覚めた平次は、勢い良く起き上がった。 




























ひとくぎり

























「おはよう、工藤くん」

「高木さん? あれ・・・高木さんも剣道?」

「いや。僕はちょっと・・・・・警部にね、『服部本部長の息子さんを迎えに行け』って言われてて」

「そんな丁寧に扱うこと無いのに」













 玄関を出て門を開けた時にあった一台の車。

 そこから、刑事である高木ワタルが出てきたから新一は驚いた。















「その格好。工藤君も行くの?」

「いいですか?」

「みんな喜ぶよ。君のファン多いからね」













 その時、自前の剣道道具一式を背負った平次が現れる。

















「高木はん?」

「警視庁からの送迎だってさ。有り難く受けようぜ」

「ホンマに? 助かるわ~ これ背負って駅まで歩くのしんどい思てたんや。よりにもよって工藤、『15分くらい歩くぞ』て言うし」

「悪かったな」

「はは。まあ乗って」













 後部座席に、平次は道具と共に乗り込む。

 新一が助手席に座ると、高木は車を出した。






















ひとくぎり

























「服部君。強いねえ」

「・・・・俺も驚きました」









 道場の脇。

 邪魔にならない所で、見物している人の群れ。  



 その中の工藤新一と、高木ワタル。

 2人は、いつもと違う服部平次の姿に素直に驚いていた。













「この調子じゃ、全部倒しちゃうかな」

「ええ? まさか」

「でも大阪府警には敵無しなんだよね」

「いくらなんでも・・・・」

「でも、いいね。凄いカッコいいね」

「へ?」













 新一よりかなり背の高い高木。

 視線を上げながら、彼の今の言葉の意味を伺う。



 尚も、高木の視線は平次に向いている。













「事件の時以外の服部君を知らないからね。工藤君とかは、普段も会ったりもしてるけど」

「・・・カッコいい、ですか」

「そう思わない?」













 もちろん剣道の試合中は表情も見えない。

 でも、その立ち振る舞いや緊迫した空気は――――――――・・・・・・周りにも解る。





 それは、まさしく『緊張感』。



















 ・・・・しかし。



 『そう思わない?』なんて問われ、素直に『そうですね』と答えられない。

















「別に、思いませんよ」

「そうなの?」

「やだな。俺のサッカーしてるとこの方が、断然格好良いですってば」

「そうか、工藤君サッカーするんだったね」

「俺はどんなスポーツも出来ますよ。そうだ高木さん、今度スキーしに行きません?」

「いいね」

















 表向き優雅な微笑み。





 会話はその後、割れんばかりの歓声に遮られ―――――・・・・・・・

 新一は平次の何度目かの勝利を知った。


























ひとくぎり





















「ああ疲れた・・・・・」

「お疲れ」

「・・・・・工藤、ちゃんと見とった?」









 駅の近くのファミリーレストラン。

 奥の方に案内された2人は、座りメニューを開く。



 あと1時間後。

 また、高木刑事が迎えに来て家まで送ってくれることになっている。













「いたぜ」

「嘘つくな。途中抜け出しとったやろ」

「だから、最後は見たって」

「高木はんと・・・・・・・・どこ行っとったんや」







 メニューに視線を乗せたまま平次は問う。

 静かに紡がれる言葉はでも、刺すように。











「・・・何だ。妬いてんのか?」

「ちゃうわ」

「のど乾いたから、潤しに行ってたんだよ。あそこ飲食厳禁だったろ」

「2人でか?」

「ずいぶん突っかかるなあ。何なんだよ」











 やけに拘る平次に、新一がいい加減にウンザリする。

 『すいません』とウエイトレスを呼ぶと、自分の注文を早口で告げた。



 次に『お前は?』と繋げる。

 平次は慌てて目に入ったセットメニューを頼んだ。











 そして、少しの沈黙が生まれ・・・・先に口を開いたのは新一だった。

























「こんなトコで変なカオすんじゃねえよ。それに、お前声でかすぎ」





















 椅子に深くもたれ、新一は視線を流す。

 どう見ても『嫉妬』まるだしの平次の表情に、眉間を寄せながら。



 平次がやっと口を開いた。















「工藤―――・・・・」

「あん?」

「別にもうソノ気ないんやったら、無理せんでもええで」



















 光の反射する水のグラス。

 それを、平次はひと口飲み込む。







 一息つき、また。

















「何だ突然?」

「俺に興味無うなったんなら、ちゃんと言いや? 工藤のそん顔みるくらいなら、2度と逢いに来えへんから」

「・・・・へえ」









 小さな声。

 淡々と語るその口調に、新一は静かに怒りを見せた。



 無言で立ち上がる。









「工藤?」

「帰る。お前、腹減ってるみたいだし俺の分も食え。じゃ」

「ちょお待て! なんやこの展開!?」











 ジロリ。



 騒ぐんじゃねえという目で新一は平次を睨む。

 怯む間に、さっさと外へ出た。
























ひとくぎり

























「・・・・・あのヤロウはやっぱ馬鹿だな」















 午後6時過ぎ。

 すっかり闇が訪れた道を、駅に向かって早足で人波を擦り抜ける。





















 このまま帰るのもムシャクシャする――――――・・・・・・・・















 その時、映画館の前を通った。

 大して見たくも無かったが、あまり人気のなさそうな作品で。









 今・・・・1人になるには最適な場所だと思った。













 ロビーで缶珈琲を買い館内に入る。

 思った通り空いていて、もうすぐ上映時間なのに5人と居ない。



 新一は一番後ろの左端に腰を下ろした。














 ・・・・・・・・ホントに俺の気持ち解ってねえのかな。



 それとも、解ってて言ってんのか・・・・・・?

























 大阪の平次。

 東京の、新一。







 奇跡的に出逢った2人は、西と東に別れて暮らしていて――――――――・・・・・・・





















 ・・・・・やっと、昨日久しぶりに逢ったというのに。

























「はあ・・・・・・・俺も、馬鹿だけどよ」

























 試合観戦の途中抜け出したのは、見てられなくなったから。









 精一杯ポーカーフェイスを装って見てた。

 見てた、つもりだった。







 でも次々勝ち進む服部。

 脇に戻り、面を外したときに見せた表情に・・・・・








 ・・・・・たまらなく鼓動が高鳴った。
















 その時の顔を、高木刑事に見られてしまったのだ。














『また勝ったね』

『・・・ちょっと、外の空気吸ってきます』

『まだあるよ? 試合』

『なんか人ごみに酔っちゃって・・・・冷たいもの、飲んできます』

『え、大丈夫?』







 何か無性に恥ずかしかった。

 一生懸命、平静を装って言葉を出していた自分が解る。







 そそくさと屋外に出た自分。

 でも、心配した高木がついてくるなんて思わなかったのだ。












 何が『その気がないんなら無理しなくていい』だ・・・・?


 ・・・・まだ俺達、キスしかしてねえんだぞ?




 昨日だって・・・・・・何にも―――――――――・・・・・・・・・


















 考えれば考えるだけ溜息が増える。

 やがて映画が始まり場内が暗くなると、新一は目を閉じた。


























ひとくぎり























「え? 雪?」











 映画が終わって20時過ぎ。

 映画館の外に出ると、なんと雪が降っていた。



 風も強い。











 雨交じりでシャーベット状態の雪。

 このままでは、濡れるのは必至だ。



















「マジかよ・・・・傘なんてねえっつうの」









 ここからどんなに走っても、駅まで10分は掛かる。

 すぐそこの売店で500円で売っている傘が目に入るが、何か買うのもムカついた。





 ま・・・いっか。どーせ帰るだけだしな・・・・

 そう思い、一歩を踏み出そうとしたその時。











「ぜんぜんオモロなかったやん。お前こんなん趣味なんか?」

「・・・・へ?」

「隣のホラーの方、今度観ようや」











 傘を差し出してきた影。

 『よいこらしょ』と剣道具を持つそれは、服部平次だった。










「・・・・・・それ重いだろうが。何で高木さんに送ってもらわなかった」

「工藤おらへんもん」

「そっか。鍵預けてなかったな、悪い」










 驚いた。 

 平次がいて、本当に新一は驚いた。



 そして嬉しかった。










 ・・・・でも、やっぱり素直にそれを表情に出せない。













「鍵ちゃうわ。それにこんなん、いっつも持ち歩いとるんやから平気やし。俺は工藤と居りたいだけや――――――・・・すまんな。さっきは変なヤキモチやいたりして」

「・・・服部」

「このまんまやと凍死してまうで。早よ行こ」










 その時。

 平次が新一に渡したものは・・・・













「・・・・え」

「その鎖骨、2人っきりん時に見んのは嬉しいんやけどな。外では、寒うて見てられんわ」















 紙袋から出された、緋色のマフラーだった。























 ・・・・・・温かい感触。





 平次は道具を置き、それをぐるぐる巻いてやる。

 新一は、ただじっと平次を見ていた。

















「隣の店で見て、なんか工藤に似合いそうやったから」

「・・・・・」

「うわ、雪、強うなって来た。工藤、走るで!」













 ぐいと引っ張られた腕。

 同じように急ぐ人々と共に、2人は駅への入り口へと走った。


























ひとくぎり
























「・・・・結局、全部勝っちまいやがったな」

「ん? 手加減してくれたんやろ。こっちは『本部長の息子』やからな」

「本当かよ」















 びしょ濡れの身体。

 とりあえず、2人とも熱いシャワーを浴びリビングへ戻る。



 新一が熱い珈琲を持ってきた。 




















「・・・・・・明らかに力、出してへん奴おったし」














 平次が悔しげに微笑う。



 いくら強い強いと謳われていても、こっちはまだ学生だ。

 そして、警視庁は明らかに縦社会の世界。






 大阪府警の、本部長の息子が相手となると――――――・・・・・・それなりに、上から言われている筈。
















「・・・お前も大変だな」

「工藤も、そーゆうのあるん?」

「俺はちょっと違うけど。ま、しゃあねえし」













 ほいっとカップを渡す。

 ソファに腰を下ろし、テレビを付けた。



 湯気を吹く。















「親が有名なのはしょーがないしな。後は自分がどう生きるかだし」

「・・・・・・」

「? 何だよ」















 平次が、ほけーっと自分を見ているのに気付く。

 新一は微笑った。













「それに親関係なく、お前ちゃんと強いじゃん。それくらい解るよ」

「・・・工藤は自分が有名なん自覚しとる?」












 その時にぽつりと言った平次の言葉。

 生まれる、少しの沈黙・・・・










「・・・・でも、付いて廻るのは『工藤優作の息子』とか、『藤峰有希子の息子』なのは確かだからな。所詮、まだまだ俺たちは子供だ。自分ひとりで生活出来る身じゃない」

「せやな」

















 そう。

 俺たちは、義務教育を終えたとはいえ・・・・・自分だけの力で高校へ進学している訳ではない。

















「ま。それでも俺は好き勝手にさせてもらってる方だと思うしね。こうして日本に1人で残るの、許してもらってるし」

「・・・・・毛利のねーちゃんの為やったんやろ?」

「お前、まだその事・・・・・・ったく」















 途端にふてくされる平次に新一は息を付く。

 でも、その表情は嬉しそうに。



 カップをテーブルに置き、平次の股の間ににじり寄った。














「なな、何や?」

「・・・・お前さあ、ホントに俺の事好きなのか?」

「へ?」

「1回も聞いたこと無いんだけどなあ・・・・お前の口から」
















 平次は固まる。



 ・・・さっきまでの色男ぶりは、見事に消えて。



















「・・・・工藤」

「なあ・・・・・お前、何でキス以上の事してこねえの?」

「く・・・・」


















 その、瞳。

 その囁き。







 ・・・・距離は僅かに数センチ。





















 冷たい、凍るような空間で。

 2人の間だけの空気が熱を帯びてくる・・・・・・・・・


















「・・・なあ」

「く・・・どー・・・・・・ちょ、ちょおタンマ」
















 平次がソファからずり落ちた。

 顔を真っ赤にして、肩で息を吐いている。



 その表情は艶かしいくらいに・・・・・・













 新一も、ソファから降りる。



















「何だよ」

「本気で言うとるん? どんな意味か解っとるんか?」

「・・・・俺とお前が裸で抱き合うって事だろ? そんで最終的には俺の・・・・・」

「あああああ!!! もう言わんでええ!」












 尚も至近距離に新一は近づく。

 別段、照れる風でもなく。



 至極真面目に。

















「――――――・・・・・俺だと欲情しねえ?」

「それはない!」

「じゃあ、何でだよ」


















 新一の目が伏せられる。

 もう平次はまともにその表情を見る事すら出来なくなり、目を逸らした。











 逸らして――――――・・・・その身体を、抱きしめた。


















「・・・・・服部」

「堪忍や―――・・・・今は、こうしとって」

「まあ、いいけどよ」














 平次は、まだ怖いのだ。 

 新一の気持ちが自分のこの『想い』と同類なものかが、解らないから。



 でも好きという気持ちは、本物。

















 きっと。





 ・・・・新一が抱いている想いよりも、強い。

















 けれども・・・・

























 欲望にまかせて抱いてしまったら、きっと後悔する。

 そう思えてならないのだ。

























 見えない所で曇る平次の表情。

 抱きしめる腕は、だんだん強さを増して。







 比例して、きっと外の雪も強さを増している―――――――・・・・・・・・・・



























「寒いな。明日積もるんやないか?」

「・・・・風も強くなってきた」

















 2月も目前の土曜日。

 やっぱり、今日も。























 ・・・・・2人は、まだキスまでの仲。






























Fin