ふた月振りに日本に帰ってきて。

 季節は冬で。





 ・・・・電車の窓から見える空は、どんよりと曇っていた。













 今年は暖冬って言ってなかったっけ?

 そんな事を考えつつ、でも車内は程良い暖房が効いているからマフラーを解く。

























 ―――――・・・あれ・・雪・・・?























 新一が、街並みの中に所々に見える白い部分に目をやる。





 多分、日陰。

 凍っているように見えるからかなり積もったのだろう。





















 へえ。

 結構降ったんだな・・・・

























 次々に流れていく風景。

 少し身体に感じる、冷たい空気。









 ・・・その時ポケットの中が揺れた。





















「あ」











 着信。液晶表示は服部平次。

 新一は周りをキョロキョロ見渡し、混んでないから良いかな・・・と声を最小限に落としボタンを押した。

















「・・・服部?」

『おう、着いたか? 今どこや』

「快速ん中。あと・・・10分くらいで東京かな」

『すまん、迎えにいこ思とったんやけど・・・・・お前、1人で大丈夫やろ?」

「そりゃ子供じゃねーんだから自分の家に帰るんだし・・・・どうかしたか?」

『また、電話する』

「お、おい!?」















 最後の声がつい大きくなってしまい、慌てて口を押さえる。

 



















 ・・・・・様子が何だかおかしい。

 新一は、携帯のディスプレイを少しの間見つめていた。










こたえはきっと心の中に[01]











 東京駅。乗り換えの為に少し歩く。

 相変わらず人の途切れる事のない構内は、いつも先を急ぐ人たちで忙しない。



 でも、新一はこんな光景がとても好きだ。















 途中、自販機を見つける。

 途端に喉の渇きを思い出し、お気に入りの缶珈琲を見つけ、小銭を入れそのボタンを押した。



 そしてもう一度、ポケットの携帯を取る。





























「・・・・・来ねえ」



















 そう。

 来ないのだ。あれから一度も、電話が。



 平次から。



















「・・・・・・・・あ。そかココ地下だった」

















 ふとこの場所は地下である事を思い出す。

 新一は公衆電話の所へ向かい、とりあえず電話してみる事にした。



























 いつ、帰って来るんや?

 何時の飛行機なん?



 俺迎えに行ったるから、絶対連絡しいや?









 工藤、携帯の充電ちゃんとしとってや?





























 ・・・・そんな事を、行く前にしつこく言っていたのはあいつだ。



 なのにどうしてだろう。











 声が、切羽詰ってた気がする―――――――・・・・・・・





























「・・・・家に居ないって事は」













 何度呼び出し音を鳴らしても、出ない。

 とすると、家には居ない。



 次に新一は携帯に掛けた。

 耳に響く、相手に通じるまでの断続音・・・・・





 ・・・そして。

























『―――――・・・工藤・・・・』

「お前、いま外?」

『もう家着いたんか?』

「いま東京駅・・・・これから内回り乗るとこ」















 公衆電話から掛けたのに、平次にはこの電話が新一からだと解ったらしい。

 でもそんな事に驚いている場合じゃなかった。













 この暗く消えそうな声で呟きだしたのは――――――誰だ・・・?























「服部、どうかしたか」

『どうしたて・・・・?・・・』

「――――・・・様子おかしいぞ」

『そおか? 気のせいや――――・・・明日、また連絡するな』

「ちょ、ちょっとおい!??」





















 抑揚のない言葉。

 明らかに様子の違う平次に、何が気のせいだ? と新一は受話器に向かって睨みそれを置く。



 そして自分の家とは反対方向の路線へと足を進めた。


































ひとくぎり

































 何があったんだろう?

 何が、起きているんだろう?













 あんな声を出す服部を、俺は知らない―――――――――・・・・

























 新一の心が騒ぐ。

 どうしてか、胸が締め付けられる。









 ・・・・胸を掻きむしられる声。

 一体どんな表情をして言っているんだ・・・?























 向かう先は、もちろん東京の平次の住みか。

 大きなマンションの最上階。



 駅からタクシーを使って10数分。

 新一は、中々降りてこないエレベーターの表示を苛立ちながら見ていた。













 あの電話から40分。





 まずは、家に寄って。

 そこに居なければ・・・・・電話してみるか。





 そう思っているうちにエレベーターは着いた。



























「――――――・・・・え・・・?」















 最上階。

 エレベーターの扉が開いて、すぐ目の前。



 そこに居たのは・・・・



















「服部・・・・・」

「・・工藤?」

「な、何やってんだお前? こんなとこで」

「――――・・・工藤・・・・何で・・・」

「電話の声、変だったし・・・・・どうした?」



















 もう時間は18時を廻っている。

 灯りは暗く、表情はよく読めない。



 答えない平次に新一は近づく。



















「・・・・・俺が帰ってきて嬉しくないのかよ」

「いんや・・・ごっつ嬉しい」

「ホントか? なら何で暗い顔してんだ」

「・・・桜子が帰ってけえへんのや」

「え?」

















 顔を伏せたまま呟く言葉。

 いつもの元気丸出しな服部平次の面影が、まるで無く。



 次に聞こえて来たのは新一も良く知っている名前だった。





















「―――――・・・・・帰って来ないって、いつから?」

「4日前・・・」

「4日も!?」

「・・・・今年初めての雪が降ったんや。あいつ興味有りげに眺めとって・・・・散歩しに外出て、ちょお目え離したら・・・・」















 桜子。


 それは、平次の飼っているアメリカン・ショートヘアの猫だ。

 グレイの毛並みが自慢の、かなりの美人。



 2年前くらいに親戚から譲り受けた時から、こいつは桜子にベタ惚れで。

 その様は・・・・俺がガラにもなく嫉妬してしまう程。











 本当に、服部は桜子が好きで。

 桜子も服部になついているのは、傍から見て解りすぎる程で。

















 俺が入り込む隙がないぐらい、こいつらは相思相愛な関係で―――――――――・・・・・



 その桜子が、いなくなった・・・・・?























「お前、じゃあろくに寝てないだろ」

「・・・んな事あらへん」

「嘘付け。そんな青い顔して―――――・・それに、身体冷たいじゃねーか・・・・ずっと探し廻ってたのか」

「桜子の方がもっと寒い思いしとるに決まっとる」

「解った。解ったから、とにかく1回家入るぞ? それでもう1回最初っから話せ、な? どこをどう歩いてみたのか、聞き込みしたのか。俺も一緒に探すから」

「そ・・・やな」



























 ・・・・・駄目だ、かなりまいってる。



 新一は平次に鍵を開けさせ、とにかく一旦部屋へ入った。




























ひとくぎり

























 冷えた室内。

 暫く暖房が入った様子もなく。



 散らかってはいないが、ここ数日家の中は何もしていないのは解った。

 台所のカップラーメンのカラを掴み、新一が息をつく。













「・・・・とりあえず、飯は食ってるみたいだな」

「あいつはハラすかしとるってのに・・・・俺ばっか食っとる訳にいかんけど」

「バカヤロウ、お前が倒れたら誰が桜子見つけるんだ?」











 寒くてやってられないから、とりあえず暖房を付ける。

 そうしてまずコートを脱ぐと、新一は勝手知ったるなんとやらで珈琲を入れ始めた。



 ボーっと突っ立ってる平次に『オラ』とカップを渡す。













「座れ。とにかく夜は視界が悪すぎるし、こんなに寒くちゃ出歩かないだろうから、また明日の朝から始めようぜ」

「・・・寒い、よなあ」

「服部・・・・・ちょっと歯、食いしばれ」















 へ? と平次は顔を上げる。

 新一は渡したばかりのカップをもぎ取ると、テーブルの上に置いた。





 そして・・・・





















 ―――――――――・・・・拳で、思いっきりその頬を殴った。























「・・・・・っ・・・」

「痛いか? 痛いだろうな。手加減してねえからな」

「・・・工藤」

「居ないのが悲しいのは解る。帰ってこなくて心配なのは良く解る。けどな」















 新一の声が震えている。





 殴ったのは新一で。

 殴られたのは平次だったけど。

















 今にも泣き出しそうに。

 ・・・まるで殴られたのが自分の様に。





 新一は、でも決して涙は落とさず目の前の男を睨んだ。





























「俺のことはどうでも良いのかよ・・・・・・・・・?」



































 言うつもりなんてなかったのに。

 こいつにとっての桜子の存在ってのを、解ってるはずだったのに。



 だけど。



















「そんな姿、見せんじゃねえよ・・・・何だよ・・・・俺だって、俺は・・・・お前の方が心配だよ・・・・」

「・・・すまん」

「いいか? お前が倒れたら、俺が今度どうなるか考えろ!」















 そうして今一度、頬をぺしっと叩く。



















 そのまま手を止め。

 頬を、両手で暫く挟んだまま。



 やがて少し温かさを取り戻して来た感触に、新一はやっと笑みを浮かべた。













 ・・・・その表情に、平次の胸が締め付けられる。





















「目、覚めたか」

「お陰さんで」

「よし」















 そうしてもう一度、新一は微笑う。







 ・・・・・今度は本当に、嬉しそうに。























「ほんじゃ・・・改めて」

「ん?」

「お帰り、工藤」

「・・・・・・遅せえっつの」















 久しぶりの身体に感じる体温。

 布越しだけれども、それは確かに温かく。





 ふた月前よりも伸びた髪。

 間から覗く瞳に、映る自分。





 そして・・・・



















 ・・・・・・降りてくる影に、新一はそっと目を閉じた。


































ひとくぎり





























 深夜。

 新一は、ふと目を覚ます。









 ・・・・窓のそばに誰かの影がある。























 服部・・・・?





























 ひんやりとした空気。

 それは、眠りについた時よりも遥かに寒く。



 なのに、その影は上着も羽織らずただ・・・・じっと外を見つめていた。





























 ―――――――――――――ったく・・・何言っても駄目なんだからよ・・・・・

































 だから新一は声を掛けない。







 こんなに寒いのにって言ったって。

 『桜子はもっと寒い思いしとる』って夕べも言ってたから。







 今すぐ。

 本当は、こんな夜中だろうが探しに行きたいんだろう。





 ・・・でも。

























 ――――――――――・・・・俺が心配するから、あいつは行かない。



































 胸が痛む。





 本当は、あいつの気の済むようにしてやりたい。

 でも、だけど・・・



















 ・・・・・ごめん桜子。



 俺は、あいつの身体が心配なんだ・・・・

















 さすがに夕べは、自分達ばかり暖めあうことなど出来なかった2人。

 ・・・・口付けだけで気持ちを押し止めた二人。



 名残惜しげに離れた時、平次の目がすまなそうに自分を見たのが、新一は忘れられない・・・

























 だから目を閉じる。



 そうして・・・















 ・・・・・・・寝返りをうつフリをして、その影に背中を向けた。
































ひとくぎり

























「マンションの人たちには、もう聞いたんだよな」

「思い当たるトコはとっくや。隣の大西はん、村山はんトコは良く遊びに行かしてもろてたし」

「んー。あとは散歩経路か・・・・」

「道沿いの本屋。公園、角のコンビニとかにはもう言うてある。見かけたら連絡してくれる。あとは・・・・・酒屋の飯田はんやろ、それに塩澤はん、岩井はん・・・・獣医の住吉はんとこも言っといた」















 朝。

 昨日とは違って、幾分か温かな晴天。



 近所の店も開く頃、二人は外に出た。















「違う人間が見る視界の方が良いから、俺がこの近辺周ってみる。服部は他に桜子が行きそうな所な。携帯持ったか? じゃ、何かあったら連絡な」

「解った」











 手を振り別れる。

 平次は駅の方向へと走り出し、新一は向かいの公園から始める事にした。





















「さて、と・・・・」











 新一は、考える。





 桜子はどこが好きだった?

 外に出たとき、どこが一番好きだった?

















 ・・・・この公園でまず遊んで、それから向こうの川沿いをずーっと歩いて・・・・・・



 それから・・・・?





















 新一はふと足を止める。

 ベンチのひとつに目を留め、そっと腰を下ろした。



 そして呟く。



















「このベンチで服部と・・・・・・よく日なたぼっこしてたっけ・・・・」

















 思い出すのは、良く晴れた日の記憶。

 まだ仔猫だった桜子を連れ、『ここが俺がいま住んどる街やで~』と3時間程歩き回り、疲れて休んだ場所。



 季節は移り、木々の装いも違うけれど・・・・

















 ・・・・それは鮮やかによみがえる。

































「桜子、隠れてないで出て来いよ・・・・」





















 服部を、これ以上心配させるな。

























「・・・・悪戯にも程があるぞ・・・・なあ、本当はいるんだろ?」























 でも。



 『にゃあ』という聞きなれた声もなく。

 代わりに冷たい風の音が通り過ぎるだけ。


























 新一は立ち上がる。



 ・・・・嫌な考えが脳裏を掠める。

























「まさかな・・・そんな事」













 ぶんぶんと頭を振る。

 そして口元まで覆っているマフラーをきゅっと掴み、足早に公園を出た。






























ひとくぎり





























「・・・そうですか、見てへんのですか」

「店のお客さんにも聞いてはいるんだけどね・・・すまないね」

「いえ、気にしてもろて嬉しいです」













 駅前の珈琲専門店。

 よく一緒にここに入り、桜子はマスターといつも遊んでもらっていた。



 ペットが一緒だと断る店が多い中、ここは安心して寄れる場所だったのだ。















「早く見つけてやんな。あの子、寒いの嫌いだったろ」

「・・・ええ」

「君もずいぶん寒そうだ。飲んでいくかい?」

「いえ」















 温かい珈琲をすすめられる。

 確かに身を切るように寒いが、今日こそ見つけ出してやりたい。



 だから平次は軽く会釈をしてその店を出た。











 そろそろ12時。

 日差しは暖かだけど、風は変わらず痛くて。



 日陰になると途端に凍てつく。

















「こんなに探しとんのに・・・・・一体どこ行っとんのや?」









 寒いのが嫌いな桜子。

 散歩に行くといっても、もっぱら平次が桜子を抱えて歩くだけ。



 最近は平次のフトコロがお気に入りで、よくそこから頭だけ出して。











 線路沿いに暫く歩く。

 ・・・遠くから救急車の音が聞こえてきた。























「―――――――――・・・・・そんなはず、ない」



















 今まで考えないようにしてきた。

 まさか、桜子が・・・・

























「・・・・・・もうあんな思い、堪忍や」



















 平次は思い出していた。





 小さい頃、家には大きな犬がいた。

 自分をいつも乗せて、走り回る大きな犬がいた。





 どんな種類とか。

 何歳だとか。



 小さな平次には、その時何も解らなかった。









 ある日、平次は道端で遊んでいた。

 向こうから学校の友達が見えて、大きく手を振った。







 車の陰で遊んでいた平次は、後ろから出てくるトラックが見えなかった。



 ・・・・それは、トラックの運転手も同じだった。

















『平ちゃん、あぶない!』

『!?』

『平次!!』











 友達が叫んだ声が・・・・遠くで聞こえた。

















『・・・平次っ・・・モカ・・・・・?・・・』

















 ―――――・・・え・・・・モ・・・・カ・・・?

























 身体が痛かった。

 背中が熱かった。





 頬に、柔らかい毛の感触があった・・・・・・

















 母親の声が遠くなる。

 視界がだんだん、暗くなる。















 ・・・・・そうして、次に平次が目を覚ましたのは病院のベッドの上だった。





















『おかん、モカは?』

『・・・平次』

『夢ん中でな、モカに逢うたんや。でも、何も言わんと消えてしもた』

『平次・・・・・今は元気になることだけ考えや。お父さんも怒ってはったで・・・? 遊ぶときは、ちゃんと気をつけなあかんよ』















 悲しい色をしていた母親の目。

 自分の頭を撫でてくれる手が優しくて、なんだか眠たくなってきて。







 平次は、そのまま目を閉じた。













 退院したのは冬の始め。

 母親の手に連れられ、家に着いた時に待っていたのは父親。















『平次、来るんや』

『あなた』

『お前はちゃんと知っとかなあかん――――――――・・・命がどういうもんで、どんなに脆いもんか』

『・・・・いのち?』















 背中を向けた、父親。

 その後を平次は一生懸命について行く。





 そうして向かった先は、家の敷地内のよく陽が当たる樹の前だった。















『・・・・平次。何で病院に運ばれたんか覚えとるか?』

『車に、ぶつかったって・・・』

『そうや。あれほど気いつけい言うとったのに、お前は車の陰から出てくるトラックに気がつかんかったんや』















 平次はあまりよく覚えてはいなかった。











 後ろからの衝撃。

 友達の声。





 ・・・・・・ただ、熱い液体を身体から感じただけ。



















『・・・・ごめんなさい』

『普通なら即死の状況やて、医師も言うてた。俺も駄目やと覚悟したんや――――――――・・・けど、お前は奇跡的に助かった。何でやと思う?』











 父親はゆっくり腰を下ろし平次と目線を合わせた。

 難しい言葉を並べられ、ろくに理解してない平次はでも、厳しい口調のなかに悲しい色が混じっているのを感じた。













『・・・・おとん?』

『母さんはモカと散歩に行っとった帰りやった。そん時、お前が飛び出すのが見えたそうや。学校の友達が叫ぶんより早く、母さんが駆けつけるんより早くモカは・・・・・・お前の元へ飛んだんや』















 父親の声が僅かに震えていた。

 威厳のある姿からは、想像もつかないほどに。















 平次はそうして思い出す。



 自分が身体に痛みを感じていた時、そばに柔らかい毛の感触があったことを。



















 ・・・・・聴きなれた甘いなき声と共に、頬を舐める感触があったことを。



















『モカがお前を庇ったんや・・・・お前をくるむようにして、目を開けないお前のそばでずっとないとったそうや。救急車が来ても離れようとせんで・・・・・』

『・・・・・モカは? それで、モカどないしてん?』















 嫌な感じがした。

 平次は、目の前の樹のそばの土の掘り返した跡が何なのか気になっていた。



 父親の服の裾を掴み、問い掛ける。

















 そして返ってきた言葉は・・・・



















『―――――・・・・・平次、お前はもう解っとるやろ? ただでさえモカは長く生きてたんや。お前の受けるはずやった衝撃をほとんど受け止めて――――――・・・・・・救急車の後ろを見ながら・・・・静かに目を閉じたそうや』

『う・・・うそや!! ホンマはいるんやろ?? 俺んこと騙そ思とんのや!』

『平次!』















 その時、いつのまにか隣にいた母親。

 目に泪を浮かべ、平次の名を呼び、そして・・・・・













 ・・・・その小さな身体を抱きしめた。





















『なら、その土掘り返したらええわ・・・・・してみる? 平次』

『・・・・・』

『モカが居らへんかったら――――・・・今頃どうなってたと思うん・・・・・? 心配させるのもいい加減にしいや!』

『・・・・・・モカ』















 平次はまだ、よくは理解できなかったけど。

 でも『もうモカはいないんだ』という事は解った。















 あんなに厳しい父親が。



 気丈な母親が。



















 ・・・・自分を叱りながら、でも優しく抱きしめてくれている。



 その暖かな温もりに、平次は涙が溢れてきて大声で泣き出したのだ―――――――――・・・・





























 おぼろげに覚えている、あの感触が離れない。

 耳元に、モカの鳴き声が残っている。









 どんなときも。

 いつでも一緒にいた大切な存在だった。





 兄弟のいない平次にとって、生まれた時から共に暮らしてきた家族だったのだ――――――――――・・・・















 いのち。

 それは限りある熱い灯火(ともしび)















 その終わりは誰にも訪れる避けられないもの・・・・・























 その時は解らなかった色々な想い。

 年を重ねる毎に、それは鮮やかに心に深く焼きついてきて。





















 二度と。





 ・・・・動物と暮らすつもりなんか、なかったのに。



























「俺のせいでなくすんは、もう堪忍や・・・・・・」













 早く見つけなきゃ。

 見つけて、そしたらもう家から出さない。















 ふわふわの毛並みを早く。



 丸い大きな瞳を、早く・・・・・・

















 思ったより自分の中に入り込んでいた存在。

 自分の心を、癒してくれた存在。





 見上げれば、まだまだ高い太陽。

 平次は深呼吸をすると、今度は踏み切りを越えて向こう側へと渡ってみる事にした。