通り雨





「もう梅雨かな」

「そんな気いすんな」

「あーあ。鬱陶しい」

「・・・・・・何で俺の顔みて言うん?」



















 5月も終わりの日。



 朝から天気が良くは無かったが、夕方から降り始めた雨が、日が落ちて更に雨足を強めている。









 新一は車の中から、窓に打ちつける粒を見ていた。

















「工藤、結構雨好きや言うてたやんか」

「梅雨となると話は別だ」

「ちゃうんか?」

「大違いだ。あの湿気は耐えられねえ」













 そう言えば今も結構な湿度だ。

 平次は、しきりに額に落ちる前髪をどける新一に微笑った。















「何がおかしい」

「うっとおしいなら髪、切ったらどや」

「・・・嫌だ」

「なら我慢せえ」















 む。とふくれる新一。

 まあ正論を言われているのだから、言い返せない。



 その時、顔のあたりが涼しくなった。

 見ると平次が室温調整で下げている。















「おい。そこまで寒くすんな」

「へ? 暑いやろ」

「・・・・そんなに暑くねえぞ今日」

「そおか?」













 変やなあ~ と平次は首を傾げる。

 その様子に、新一は訝しげに手を伸ばした。





 ・・・・鎖骨の見える首元に、手を入れる。















「どわ!?」

「お前やっぱり・・・・」

「何しとんねん? 事故ったらどないすんねや!」

「それはこっちの台詞だ! 熱あるくせに何のん気に運転してやがんだ!?」

「ほえ?」

「いいから車さっさと止めろ!!」

















 その迫力に勝てるはずも無く。

 平次は大人しく道路脇によって、エンジンを止めた。







 するともう一度新一は手を伸ばし・・・今度は平次の額に当てた。























「畜生・・・・お前色黒いから気付かなかった」

「平気やって。そんなオオゲサな」

「何で言わない? そしたら、今日わざわざ出かけねえのに」























 新一の表情が曇る。















 そう言えば何となく大人しかった気がする。

 ・・・・いつもの調子じゃ、なかった気がする。
















 どうして気づいてやれなかったんだろう・・・・・・・・・?














 そんな新一に、平次は息を付いて微笑う。







































「・・・・せやから悟られんようにしとったのに」































 相変わらず強い雨。

 ともすれば、それらに打ち消されそうな程に小さい声で。





 平次は言葉を出す。



























「何言って・・・・」

「風邪っちゅーんは自己管理の甘さやし・・・それに、工藤との約束破る訳にいかんし」

「それが馬鹿だって言ってんだ!」





















 再び新一は怒鳴る。

 ぎょっとした平次は、次に自分の腰部分のシートベルトが外されたのに気付いた。











「降りろ! 俺と席代われ!!」

「うわ、ちょ、ちょお工藤」

「つべこべ言わねえで言う通りにしやがれ!」





















 薄暗い雨の中を、新一は助手席を降りて運転席へ廻った。

 ドアを開け、中の平次を助手席へ押しやる。











「うっわ~ すっげーな雨」

「アホ! 今度お前が風邪引くやんか!」

「うるせえな。さっさと帰るぞ」



















 ジロリと睨み、エンジンをかける。



 それきりひと言も新一は喋らない。

 平次も、それ以上は何も言わなかった。


























ひとくぎり



























 新宿。

 東京の住まいである、平次のマンション。



















「上まで来てくれんでもええって」













 1階のエレベーターホール。

 ここまでついてきた新一に、平次はようやく言葉を出す。



 頭痛が出始めたらしく顔をしかめて。























「・・・迷惑か」

「工藤にうつしたら困る」

「俺の事じゃなくて、お前は迷惑かって聞いてんだ」















 新一の目は平次に向かず。

 ただじっと、降りてくるエレベーターの表示を見ている。















「迷惑な訳ないやろ・・・・」

「なら行く」

「明日1限目からあるんやろ? 心配せんでもええから」

「・・・・誰かいるのか」

「へ?」

















 その時丁度、扉が開いた。

 2人はゆっくりとそれに乗り込む。



 最上階を押すと、ドアは閉まった。



















 ゆっくりと、動き出す・・・・





















「だから俺を部屋に入れたくないのか」

「な、何言うてんねや」

「俺の目、見て言えるか?」





















 数十秒の、密室。

 独特の匂いがするこの空間で、新一は平次の目をじっと見る。





























 熱っぽい息。



 少し潤んだ眼差し。



















 ・・・新一は、僅かに目を細めた。

























「お前試しとんのか・・・・」

「何を?」

「せやから・・・ずっと我慢しとったのに――――――――――・・・」























 乾いた口唇が、そこにある。

 熱のある自分よりも乾いた口唇が。

























 髪の毛はさっきの雨で濡れ。



 少し長めの前髪から、射るような視線が自分を捕らえる・・・・





























 ・・・・・・・平次がそれに逆らえるはずは無かった。











































 それはほんの少しの間の口付け。

 ただ、お互いの存在を確かめる為だけ・・・・









 すぐに、12階の到着チャイムが鳴る。

































「服部・・・」

「ん?」

「俺に遠慮すんのだけは・・・・止めろよな」























 伝わってくる体温は熱く。

 見つめられる眼差しも、どこかうつろで・・・





 どうにか鍵を開け部屋に入る。



























「・・・・え?」



















 新一は目を見開いた。

 何日か分の新聞が落ちているのだ。



 更に中へ進んでいくと・・・

















「すまん、散らかっとるやろ」

「・・・お前、いつから」









 ソファには脱いだままの服。

 雑誌も散乱していて、キッチンには食べかけのまま冷めた料理が残っていた。




































ひとくぎり

































 ・・・・・・雨は降り続く。















 新一の心情を察してか、更にそれは強まって。



























 2週間逢ってなかった。

 ここ3日ほど、電話もメールも無かった・・・・



















「インスタントばっか・・・・こんなの食ってたら、治るもんも治んねえだろうが・・・」





















 本当に散らかっている部屋。

 いつもは結構、平次は綺麗にしているのに。



 ゴミ箱には、カップ麺の空が数個。

























 新一も解ってる。



 自分に心配かけたくなかったからこそ、こういう状況になったことを。























 風邪もうつしたく無いからこそ・・・キスを我慢していた事も。



























 そうしてリビングを片付けようとした時、寝室から大きな音がした。

 驚き新一は駆け込む。















「は、服部? どうした!?」

「―――・・・てて。ちょお立ち眩みしてもうた」









 見ると上半身裸のまま、ベッドの脇に腰を付いている。

 着替えてる途中でバランスを崩したらしい。









「バカ野郎、寒いから早く上着ろ!」

「工藤・・・」

「何だ」

「・・・・今日は帰らんといてな」





















 入り口に立ったままの新一に、平次は見上げる形で声を出す。



















 ・・・その言葉が、とてつもなく嬉しかった。





























「お前少しは自覚したら? 惚れてる奴が寝込んでんだから、帰るわけねえだろが」

「ホンマに帰らへんな?」





















 どうやら熱で気が弱ってるらしい。

 平次が、こんなに確認してくるのは珍しい事だ。



 新一はちょっと笑ってしまう。

























「・・・何やねん」

「ああ悪い。とにかく布団入れよ、今氷枕持って行くから」

「ああ・・・悪い」























 もう夜は22時を廻った。

 少し、雨音も弱くなったようだ。







 平次は大人しく潜り込む。

 やがて新一が戻ってくる頃には、眠りに付いてしまっていた。






























ひとくぎり























 雨。







 5月最後の雨。





























 それは、2人の心の通り雨・・・・・























Fin