綺麗









『女優は、いつも人の視線を気にしてるから綺麗なのよ』





















 そんな言葉を、新一は昔から母親に聞かされてきた。



 テレビに出る女の人が、どうしていつも綺麗なのか。

 どうして、綺麗になってゆくのか。











 『見られている』という事を自覚していると、自然と人は美しくなってゆくのだと言う。

























 ・・・・・元女優の母親から聞かされるのだから、それは説得力があった。


































ひとくぎり





























「工藤はいいよな。そんな顔なんだから、オンナに困んねえだろ」

「・・・そんなことねえよ」

「またまた。真実味がねーんだよな~」















 何故か。

 昔から言われる事だった。



 それは最近になって、また多くなって来ていて。

















「恋人いない? 嘘ばっか言っても駄目だよ工藤くんってば」

「別に本当なんだけど」

「でも、あれだよね。そんなに綺麗だとカノジョになるコも大変だ~」























 ・・・・男相手に綺麗も何もねえだろうが。







 大体、この顔がそんなにキレイか・・・・・?

























 歯を磨きながら、新一は鏡をじっと見る。

 見るというよりは睨んで。









 ・・・・中学に入ったあたりから、言われつづけている『自分の造形の評価』。





















 新一は、息を付いた。



































 ・・・・・・『顔が良い』という事は、決していいことばかりでは無い。



































 周りが思ってる程、もてやしないのが現実なのに。





















 『もう恋人がいるはず』『いないはずがない』



 ・・・そんな先入観を持たれるのも多く。























 それに、見かけだけに引かれてやってくる輩も多いから――――――・・・・































 新一は、今では誰と関わるにもまず距離を置くようになっていた。






























ひとくぎり



























「工藤はホンマ綺麗な顔しとるよなあ」

「何だよ突然」

「そんだけ見栄えエエと、人生楽しいやろ?」

「・・・・そう思うか?」























 自分の容姿の事については、決して否定しない新一。

















 図書館から出てきた2人。

 その時、ふと廊下の窓から流れてきた風に新一の髪が揺れた。



 丁度夕暮れの日差しが、微妙に表情に色を付け平次の脳裏に鮮やかに焼きつく・・・



















 ・・・誉めたのに、あまり嬉しくなさそうな顔が。





















「ちゃうんか」

「良いことばっかじゃねえのは確かだな」

「・・・・そうなん?」

「あ。俺、レポート提出してくっから先行ってて」















 そう言いながら走り去る新一は、やっぱり綺麗で。

 ・・・・・・・男相手にそんな形容詞は失礼かもしれないと思うが、それが一番適切な表現だとしか平次には思えなかった。






























ひとくぎり



























 まだまだ人の気配が残る校内。

 新一は、提出し終えたあとトイレに寄る。













 薄暗い空間に映る鏡の中の自分は、確かに一般的に見て鑑賞に充分耐え得る造形で。

 でも・・・











 新一は手を洗いながら、息を付いた。



























「服部―――――・・・お前は・・・・」





















 鏡の自分が哀しそうに微笑っている。

 そして蛇口を閉めた時、他の人が入ってきた。















 ・・・・・新一は表情を戻しその場を離れた。






































ひとくぎり























「悪い、待たせた」

「いんや全然」

「・・・何してんだ?」

「人間観察。こーして見とると、結構おもろいで」















 敷地内のベンチ。

 そこで平次は、目の前を通る人々をじっと見ていた。



 表向きは耳にイヤホンをあて、音楽を聴いている風で。



















「面白い・・?」













 入り口で買ってきた缶珈琲。

 それをひとつ渡し、新一は隣に座る。



 そして聞き返した。













「同じ顔なんてまず居らんし。そんでもって、それぞれ個人のドラマがちゃーんと表情に存在しとる。ごっつ美人のねーちゃんが寂しそうやったり。お世辞にもエエとは言えん子が、幸せいっぱいな顔やったりして対照的やで・・・・
・・・そういや、工藤もやな」

「俺?」

「適度に可愛ええ子っちゅーんは、ホンマ楽しそうに数人で歩いとるんやけど・・・・美人過ぎるねーちゃんってゆうのんは、大抵独りなんや。誰も寄せつけへん雰囲気醸し出しとるっちゅーか・・・・・・・他の誰とも、距離を置いとる」

















 さわさわと風が吹く。

 明らかに今の言葉は、新一に向けている。



 新一の前髪とシャツの襟を揺らし、ゆっくりとそれは通り過ぎ。

















 ・・・・・・缶珈琲をきゅっと握り締めているその表情は、やっぱり寂しそうだった。



























「お前・・・・友達多いだろ」

「? 普通やと思うけど」

「そん中に俺も入ってる?」

「く、工藤は―――――――――・・・・・友達っちゅーか・・・」

「あ、そか。友達とはヤらねーよな」













 言葉が止まる。

 あまりにもさらっと言うから、平次が赤くなる暇も無かった。



 再び、揺れる空気。















「俺ってさ。母親似だから、昔から結構もてはやされたんだ」

「・・・せやろな」

「小さい頃から周りは大人ばっかりで、おべっか使う連中の空気で育ったせいか、人のつく『嘘』に敏感になっちまってさ・・・・今それが探偵に役立ってるなんて、皮肉だけど」















 自嘲気味に微笑い、ひと口飲み込む。

 新一は続けた。















「あと、見かけが良いと・・・・・勝手に理想持ってくれちまうみたいでさ」

「理想?」

「俺は普通に『自分』してるつもりなんだけど。やれ『そんな事言うと思わなかった』だの『想像と違う』だの・・・・何期待してんだっつの」

















 だんだん新一の目が据わってきた。

 缶珈琲で酔ってるのだろうか?



 平次は、何だか笑ってしまった。

















「んだよ・・・・・・笑うトコか?」

「すまんすまん、結構アホやな工藤」

「は?」

「『顔』や『見かけ』がエエっちゅーのは強烈な武器やぞ? もっと惜しみなく使たらええやんけ」

「・・・・え?」

















 平次の言葉に、新一は再び疑問符を投げかける。

















「みんなお前に嫉妬しとるだけや。女優だった母親も、小説家の父親も、自慢出来る両親やろ? その最高のDNAを受け継いどるんや・・・・妬まない奴捜す方が難しいわ。それに、お前の周りはホンマに『嘘』ばっかりやったか? ちゃんと居てるやろ? お前とこうやって話せる『仲間』・・・・・・居ないなんて言わせへんで」

「けど」

「俺かて――――――・・・・お前に惚れたんは顔からやぞ」

「!?」



















 最後の言葉は、トーンを下げて。

 平次は、ゆっくりと言い聞かせるように新一に言う。













 さっきから聞いてれば、本当にネガティブな事ばかり。



 でも、それが解らなくは無い。

















 案の定、新一の表情が曇った。





















「・・・やっぱりそうか」

「そうや。けどそれが何やねん? 考えてみいや。新聞記事やらのお前の顔に興味示さんかったら、多分俺はお前に逢いに行かへんかったし、今ここでこうしてへんぞ」

「そ、それは」

「―――――・・・・まあ始まりがどうであってもや。生きとる人間同士、容姿だけで付き合うて行けるほど簡単なもんやない。どういうことか解るか?」

「・・・・・」

「いくらツラが良くたって、それだけでオトコに欲情したりせえへんっちゅーこっちゃ。ボケ」

「っ・・!?」

















 いきなり耳元で囁かれ、新一は跳ねた。

 耳を押さえ、ベンチを立つ。











 ・・・その目は睨みを効かせて。



















「不安なんやったら、今夜いくらでも言ったるわ。安心するまで言ったる」

「もういい! 黙れ!」

「お。照れとるん?」

「場所わきまえろっつってんだ、このバカ!」

















 走って逃げる新一。

 それを平次は、追いかける。

















 ・・・もうすぐ暮れる日差しも、2人の後を追いかけて行った。




































ひとくぎり



























『女優は、いつも人の視線を気にしてるから綺麗なの・・・・・・・でも、一番綺麗になる時はね―――――――――・・・・・・好きな人の、となりにいる時よ』























 昔、母親が言っていた言葉。

 それが、男にも当てはまるものなのか解らないけど。















 出逢った頃よりも年を重ねる毎に増すその存在。



 だからこそ、余計に増える不安。



























 ・・・・・・・繋ぎ止めておくには、一体どうすれば――――――・・・?

































「なあ工藤」

「んー」

「お前かて、俺のカオに惚れたんやろ?」

「違うな。腰だ」

「・・・」

「何固まってやがんだ。早く車まわして来い」





























 ・・・・・想いとは裏腹に、出てくる言葉は素っ気なく。







 だから夕陽を背に、新一はまた息を付いた。



















Fin