見えない月







「どないした工藤、今日は先に帰る言うとったのに」

「朝は結構暑かったくせに急に寒くなってきちまったし」

「は?」

















 道場の横。

 木陰にあるベンチに、見知った姿を見つけ平次は驚いた。



 新一が居たからだ。

















「・・・・もう終わりか?」

「あ、ああ。コレ片したら終いや」

「じゃあ早くしろ。待ってるから」















 静かにそういうと、読んでいた本に視線を戻す新一。

 少し震えている身体に半袖なんだと知った。



 平次はごそごそポケットから小銭を取り出す。

 それを、新一に渡した。

















「?」

「それで珈琲でも買うてちょお中で待っとって。着替えたらすぐ来るし」

「いいよ。ここで」

「寒いやろが」

「もう慣れた。いいからさっさと行け」

「へいへい」

















 心配して言ったのに、新一は聞かない。

 相変わらずやな~ と苦笑しつつ、平次は早足で稽古場へ戻って行った。




































ひとくぎり































「悪い、遅れた!」

「・・・・俺を凍死させる気か」

「んなオオゲサな~。待つ言うたん工藤やんか」

















 すぐ戻ってくるつもりが、終礼ミーティングが思ったより長引いてしまった。

 30分はゆうに待たせた筈だ。



 すっかり日は暮れ、闇が色濃い。



















「ほんじゃ行こか。今日、泊まってくやろ」

「多分」

「何じゃその『多分』て」

「・・・・・いいから、車どこだよ」

「南館の正面――――・・・・おい、ちょー待て」

「ん?」

















 さっさと先を歩く新一。

 平次は急に表情を変え、腕を掴んだ。























 ・・・・熱い。





 次に、その首元に手を突っ込む。



















「こんの、どアホ!!」

「・・・・ちょ、何処に手ぇ突っ込んでんだ!?」

「気づいてへんのか。こらー 正真正銘のアホやな」

「お前にだけは言われたくない! 何なんだ!?」

「熱や熱! こんだけ熱いんならけっこーフラフラ来とるやろ!」

「・・・・熱・・・? そりゃちょっとは寒いとは思うけど、大げさなんだよお前は」

「ほー・・・・」

















 既にちらほらとしかない、南館前の駐車場の車。

 とは言ってもまだ人影は見える。



 平次は奥の方に停めてある自分の車の所まで来ると、ドアを開けてくれるのを待つ新一の身体をこっちに向かせた。







 急な力が腕にきて、新一は睨む。



















「何だよ」

「・・・・さあ、何やろなー」

「!?」



















 只でさえ暗い視界が、真っ暗になる。



 ・・・・・・・同時に口唇に与えられる生暖かい感触に、何をされてるのかを新一は瞬時に悟った。





























「~~~っ・・・!!」













 引き剥がそうともがく身体。

 でも、力が全然入らない。





 それどころか益々奪われてゆく・・・・・



















 やがて新一が自分の体調不良を悟った頃、平次がゆっくり口唇を離した。

























「ほれみい。全然抵抗でけへんやろ」

「・・・・・だからってこんな所でするな!」

「こーゆートコやないと抵抗せえへんもん。これで解ったやろ? お前今日、メシ食うたらさっさと寝かすで」

「はいはい。さっさとドア開けろ」















 只でさえ人影がまばらだってのに。

 いくら暗いとは言え突然キスされて動揺を隠せない新一は、さっさと中に乗り込んだ。

















 ・・・・・未だに、あんな事がこーゆうトコで平気で出来てしまう平次が信じられない。























「何や。ご機嫌ナナメやな」

「当たり前だ。所構わず欲情しやがって」

「ちゃんと選んどるやん。真昼間の構内ではせえへんし」





















 動き出す車。

 揺れるライト。



 ゆっくりと流れてゆく夜の灯り。

























 ・・・・・・・ほんの少し、贅沢な想いが生まれる。































「なあ」

「んー?」

「寒い」

「ほれみいやっぱ風邪や。後ろに俺の上着あるから、着とけ」

「・・・・寒いって思ったんだよ。今日帰る時、外に出たら涼しかったから」

「工藤?」

























 会話が成り立たない。

 平次は運転しつつ少し視線を新一にやると、じっとその目は平次を向いていた。







 何故か身体が熱くなる。



























「だから待ってたんだ。お前を」

「だからって何や」

「気付いたら、そうだった」

「・・・・意味わからん」

「だってお前の身体あったかいし。だから、逢いたくなったんだ」

「へ・・・・」













 平次は流石にこの台詞に驚いた。

 すごい告白を聞いた気がして、目の前の赤信号に気付かず行ってしまうところだった。



 慌ててブレーキを踏む。





















「・・・・動揺したな。ざまあみろ」

「く、工藤?」

「たまには正直な気持ちでも言ってみようかと思ってさ。あー やっぱ俺、熱で脳みそやられてんなー」

「そそそ、それホンマか?」

「おい。青ださっさと行け」



















 それきり新一は、ぷいと窓の方を向いて目を閉じてしまった。

 平次もそれ以上話し掛けられず、家に着くまでラジオからの歌に耳を傾ける。





 お互いが、お互いの気配に戸惑い。

 やがて平次の部屋に着いた。
































ひとくぎり





























 身体の調子がおかしかったからかもしれない。

 でも急に肌が、あいつを思い出させた。

















 ・・・・・・・もともと体温が高いのかもしれないけど。





















「一緒に布団入ってもええ?」

「風邪うつるぞ」

「せやかてもうキスしまくったやん」

「・・・それもそうか」

















 熱は、計ったら大した事無かった。

 多分急激な気温の変化に、身体が対応しきれてないだけだ。









 でも一応、薬は飲んだ。





















「これからええ季節やな~」

「ん?」

「工藤が擦り寄ってくれんのって、冬だけやし」

「・・・・・お前は暖房器具だからな」

「あ。ヒドイ」



















 窓から、月が見えない。



 明日は雨か・・・・















 だから、こんなに肌寒いんだ―――――――・・・・



























「・・・本当にあったかいなお前」

「へ」

「しょーがないから今日は―――――・・・・お前を枕にしてやるよ」

「そりゃ、光栄や」





















 猫の様に擦り寄ってきた新一。

 頭を胸につけ、そのまま吐息をたて眠りについてゆく。















 相変わらず素直じゃない工藤新一・・・・





























 月は、見えない。































 ・・・・・・・けれども月は雲の向こうに、必ずそに在る。



























Fin