今ここに居る奇跡





「・・・・さ、寒い」

















 新一は家に入るなり二階へ掛け上がった。

 そして、部屋へ入るとベッドの上から真っ赤なジャージの上を取り、羽織る。



 ついでに下もジャージにはき替え、息を付いた。





















「今日は風呂にお湯入れねえとなあ・・・・・」















 窓に打ち付けるのは、雨。

 どうやら本格的に降り出してきたらしい。



 まだ5時を廻った所だと言うのに、既に薄暗い。





















 ・・・・・・つい数日前まではまだ暑く、雨が降ってもベタ付いていたくらいなのに。


 これじゃ、この連休は衣服の入れ替えをしないとな――――――――――・・・・・




 そう思いつつ階下へ降りようとした時、鞄の中から音がした。















 この音は、携帯のメール着信音。

























「えーと・・・」













 ボタンを押し進め、受信を開く。

 ・・・・すると。



















 にゃ♪





 の、文字。

























「―――――・・・は?」



















 差出人は、服部平次。

 何をフザケてんだ気色悪い・・・・・そう思いながら中身を開く。















 寒いにゃー 早く開けてにゃ~!





























「・・・とうとう頭オカシクなったかな」

























 冷ややかな眼差し。

 ぷちっと電源を切ると、そのままベッドに放り投げる。



 そして暖かい珈琲を飲むために足早にリビングへ降りて行った。
































ひとくぎり





























「ん?」













 玄関から、微かな音がする。

 カリカリと何かを擦るような・・・・

















「何か引っかかってんのか・・・・・・?」

















 風も強くなって来てたから、飛ばされた木の枝か何かが玄関に引っ付いてるのかもしれない。

 そう思って扉を開けた時、足元に小さなものが纏わりついてきた。















「うわ! な、何だ?」

「みゃ~っ」

「え――――――・・・お前、桜子か!?」















 そう。

 それは、確か『桜子』という猫。



 服部平次が溺愛し、彼の家で彼の想いを一身に受けているメスの猫だった。



















 ・・・・・・・ずぶ濡れの身体を抱え上げ、新一は問い掛ける。























「お前ひとりか? 飼い主はどうした!?」

「ここにおるで~」

「・・・何だいたのか」

「不服そうなツラやな」

「当たり前だ! お前、何でちゃんと抱いてこないんだ!? こんな濡れちまって、風邪引いたらどうするつもりだ!?」

「―――――・・・・・・俺もこーんな濡れとるんやけどな~」















 ドアの影に平次もやっぱりいた。

 どうやら傘もなくここまで歩いて来たらしく、だいぶ濡れている。



 でも新一はそんな平次に目もくれず、怒鳴るだけ怒鳴ると桜子を抱えたまま風呂場へ直行した。

















「こら! 暴れるな洗えねえだろ!」

「みゃみゃみゃっ」













 とにかく身体を暖めようとシャワーをかける。

 そしてやっぱり、逃げようと暴れる桜子。



 お陰で新一までお湯と蒸気でびしょびしょになってしまった。

















「あちゃ~ ・・・・もー俺もこのまま風呂入っちまおうかな~。身体洗ってる間にお湯入れればいっか・・・・」















 綺麗になった桜子を、洗面台の上でブローで乾かす。

 やっとふわふわになった所で解放してやると、さっそく廊下へ走って行った。



 その先に居たのは平次だ。









「おー。べっぴんになったな~ 桜子」

「みゃっ」

「濡れた手で触るんじゃねえ。お前もさっさとそれ脱いでシャワー浴びろ」

「へ?」

「ほら桜子。ちょっとお前、あっちで遊んでろ」













 平次の足に擦り寄っていた桜子を剥がすと、新一はリビングへ運んだ。

 ソファの上に置くと眠くなったのか直ぐに丸くなる。



 戻ってきて、息を付いた。



















「・・・・ったく。何しに来た」

「用がないとアカンか?」

「インターホンも鳴らさねえで玄関の前にいた理由を聞いてんだ・・・・・・・・雨で、寒いのに」




















 いつもの平次なら、呼び出しなんて鳴らさずに勝手に開ける時もあるのに。









 らしくない。

 だから、少し不安に思った。























 大体、あのメールからして変だった・・・・































「連絡、つかんのや」

「え?」

「ニューヨークにひとり、友達おるんや――――――・・・・・・・・そいつと、連絡つかんくて・・・・・・」

「・・・・・」

























 抑揚のない言葉に、新一は何も返せない。

































 現在アメリカ・ニューヨークで起こっている事件は、全世界を震撼させる事態へと発展していて。



 ・・・行方不明者の数は、計り知れない。























 新一の両親はロスだったから、無事は確認していたのだが・・・・































 下手に元気付ける言葉は掛けれない。

 何も、言うことなんか出来ない事を新一は解っている。

























 ・・・・此処に、服部が来たと言う事。











 そして今、俺に出来ることは――――――――――・・・・・・・・

































「そのまんまじゃ風邪引くっつってんだろ。俺もこんなんだし・・・・・・・一緒に風呂、入ろうぜ」

























 ・・・・冷えた身体を、暖めてやることくらいだった。
































ひとくぎり

























「く、工藤・・・」

「・・・・何だ。こうして欲しくて来たんだろ」

「俺は、ただ」

「じゃあ何で俺の所まで来たんだ――――――――・・・・・・ただ一緒にお湯に浸かるだけの為にか? そうじゃねえだろ」























 二人は衣服を脱ぎ捨て風呂場へ入った。

 平次を座らせ、その足の間に新一は割り込む。



 そうしてキスをしようと顔を近づけた時、平次が少し戸惑いを見せた。



















「・・・せ、せやけど」

「お前・・・・・・俺の気持ち、考えてねえよな」

「・・・っ・・・!」





















 でも新一はかまわずその口に喰らいついた。

 浅黒い肌に手を這わせながら、舌を潜り込ませる。





















 ・・・・・・・いつも、してもらっているように。





 角度を変えながら丁寧にキスを繰り返す。





























 しばらくして離れると、2人とも息は上がり熱を帯び。

 自分の腹に当たる部分の平次が存在を主張し始めているのを確認し、新一は微笑った。























 ・・・・何故か哀しさを秘めて。

























「俺の気持ちが解るか? 俺が今、お前がここにいる事実ががどんなに嬉しいか解るか?」

「工藤・・・っ・・・」

「お前の友達は心配だけど、でも・・・・・・・・・・俺は、お前があの時ニューヨークにいなくて良かったって思ってる――――――――・・・・・・・・じゃなきゃ、こんなことも二度と・・・・・・・・」

「・・・・っ!」



















 新一は右手で平次のものを掴んだ。



 ゆっくり、揉み解す・・・・























「服部・・・・・・俺は、冷たい人間なんだ」

「・・・・工藤」

「お前さえ無事なら、それでいいんだ――――――――――・・・・・・・っ・・・・・」

























 ・・・新一の手が止まった。

 平次の胸の上で、肩が震えていた。





 顔を上げようとしない。



 その姿に、平次はたまらない感情が沸き起こる――――――――――・・・・・・・

































「・・・・同じやったんか」

「え・・・・」

「俺もそう思てしもて――――――・・・・・せやからショックやった。アイツを心配なんはホンマやのに」



























 そう。

 平次も、同じ事を考えてしまったのだ。













 あの場所に、新一がいなくて良かった。


 不謹慎きわまりないけど、本当に・・・・・・・





























 未だ顔を背けたままの新一。

 その頬を包み、自分に向かせると平次は口付けた。



























「・・・・・・」

「ヒドイもん同士、欲望に従おうや」

「服部・・・・」

「そん時、後悔せんためにもな――――――――――・・・・・」





































 いつ、何が起こるか解らない時代。




















 世界平和を願っていても。


 それが、本心だとしても。

































 ・・・・・・・やはり一番に願ってしまうのは、大事な人のことだけ。












































 今この刻も誰かが生まれ。



 そして誰かの刻は終わり。





























 ただひとつしか無い、それぞれの人生が動いている・・・・





































 それでもやっぱり、願わくば。





























 ・・・・・君のそばの、この幸せな時が長く続きますように。









 だってこれは、限りある刻の中の奇跡。























Fin