生まれた時からのサヨナラを僕達は







「工藤」

「ん?」

「・・・・そろそろ、行くわ」













 

 午後3時を過ぎたばかりだと言うのに、薄暗い雲に覆われた空。

 リビングのソファで寝そべり、ぱらぱらと雑誌を眺めていた身体に平次は呟く。

















 ・・・・暗い手元。



 動きを止め、新一は顔を上げた。

















「今度、いつ来る?」

「どうやろな。今月は無理や思うけど」

「そうか」















 起き上がり、前髪をかき上げる。

 裸足のままキッチンへ歩いて冷蔵庫から缶珈琲を取り出した。



 戻り、それを目の前に出す。

















「これくらい飲む時間、あるだろ?」

「・・・・おおきに」

「立ってないで座れよ」















 自分の分も持って来た新一。

 さっさとソファに腰を下ろすと、隣をぽんぽんと叩く。



 平次は大人しく座った。



















 ・・・・・リングプルを開ける音が、ふたつ響く。























「結構甘いなコレ」

「・・・何や。飲んだこと無かったんか」

「新製品で売ってたからさ。どんなもんかと思って買って来てたの、忘れてた」

「けど美味いやん」

「ああ」

















 暗い室内。

 雨のせいも有るが、今日は結構気温も低い。







 ・・・・新一は、くしゃみをひとつ。





















「アホ。寒いんなら、冷たいの飲むなや」

「熱いのは苦手なんだよ」

「少し冷ませばええことやんか」

「・・・・まあ、そうだけど」

















 言いながら新一は隣の身体に寄りかかる。





 丁度肩に当たる頭。

 新一がそのまま目を閉じると、平次は困った顔をした。





















「―――――・・・工藤。俺、帰るんやけど」

「どこに寄るんだ?」

「へ?」

「まだ3時だ。いつもなら、最終までいるのに」



















 淡々と紡がれる言葉。

 体勢はそのままで、小さくそれは響く。











 ・・・・平次は微笑った。



















「気になるん?」

「・・・・」

「なあ、工藤」

「・・・別に」















 そういうと新一は身体を離した。

 残っていた珈琲を一気に飲み干し、それを持ってキッチンへと歩いて行く。





 そこで音が瞬間途切れた。

















 ・・・・・ガタガタと窓が揺れる音だけが、大きく響く。























「親父に頼まれて、警視庁に資料取りにいかなアカンねん。すまんな」

「そうか。なら仕方ない」

「嘘ちゃうで?」

「別に疑ってねえ」

「・・・・ならええけど」

















 そう言いながら平次は立つ。

 

 薄暗い部屋の中。

 キッチンの窓から少しだけ漏れる弱い逆光で、新一の表情は解らない。



















 声だけ、耳に届く。

























「引き止めて悪かったな。気を付けて帰れよ」

「ああ」

「・・・・・駅まで付いてかなくて平気か?」

「ええて。もう道、覚えたし」

















 蛇口をひねる音。

 流れる、水の音。



 新一は一気にそれを飲んで、リビングへ戻って来る。









 ジャケットを羽織る平次。

 そのまま玄関に来ると、冷気が流れ込んで来て身体を震わせた。

















「ホンマ。5月に入ったっちゅーのに寒いな」

「3月の方が暑かったもんな」

「せや、大会が東京やから・・・・・来月はこっち来れるわ。また、連絡するし」

「ああ」













 手のひらをひらひら振ると、平次は扉の向こうへ消えてゆく。

 新一は、その足音が聞こえなくなり門の外へと行ったと感じた時点で・・・・・・・



















 ・・・・・・その場に座り込んだ。






































ひとくぎり

































「・・・・・8度7分か・・・・・朝より上がってやがる」

















 なんとかソファまで辿り付き、新一は戸棚から体温計を取り出した。

 そして目に飛び込んできた目盛りが、これである。















 ・・・・深く息を付いた。























「でも、ま―――――――・・・・服部に気付かれなくて良かった」























 朝から頭が痛かった。

 酷く、眩暈がしていた。















 ・・・・でも昨日に比べて天気が悪いから、薄暗さが顔色の悪さを誤魔化してくれた。





























 気付かれたら駄目だ。



 あいつは今日、大阪に帰る。





















 ・・・バレたら、絶対看病するって聞かない。





 俺の健康管理不足で、あいつを引き止める訳にはいかない・・・・・・























「もう結構暗いな・・・それに、やっぱ冷えてきたし・・・・布団、出して被ってもう寝よ・・・・・・・」





















 頭ではそう考えているのに、身体が言う事を聞かず新一はそのままソファに崩れたまま。

体温計を壊さないよう、テーブルに置く。



 足が、急に冷たさを意識してびくんと跳ねた。

 いつも家では裸足だったから、靴下を穿けば平次が変に勘ぐるだろうから穿かないで居たのだ。

















 ・・・・・どうして、自分はこうなんだろうと新一は思う。

























 風邪や熱を言い訳にしたくない。

 けど、体調の悪い時の自分は・・・・・やたらと気が弱くなるらしく。





















 『何処に寄るんだ?』

 『まだ3時だ。いつもなら、最終まで居るのに』

















 ・・・・さっき、ついそう本音を言ってしまった。























 新一は続けて2度くしゃみをする。

 段々と顔が熱くなって行くのが解る・・・・・





 薬はさっき飲んだ。

 缶珈琲を飲んだあと、キッチンへ来た時に。



















 だから・・・・・あとは、何とか上に行って寝るだけだ―――――――・・・・・





















 新一は目を閉じる。

 瞼も、どうやら起き上がる気力が無くなって来たらしい。

















 ・・・・・・そうして身体を丸くしたまま意識を手放した。




































ひとくぎり





























「ん――――・・・・・」



















 背中に感じる布の感触。

 頬に感じる、ふかふかの羽毛布団。

 新一はゆっくり瞼を開ける・・・・



























 ここは、自分の部屋?



























「・・・・・あれ」























 記憶を辿る。

 自分は・・・・ここまで、意識が無いまま歩いてきたのだろうか?



 でも確か、リビングのソファで・・・・・













 その時、扉が開いた。

 『いよっ』と足で全開に蹴り飛ばし、中に入ってきたのは平次だった。



 手に、盆に乗せた鍋を持っている。



















「は、服部?」

「おう。目え覚めたか」

「な・・・・何で」

「そらこっちの台詞や」









 平次は怒っていた。

 強い口調でそう言い放つと、ベッド脇に盆を置いて額の『熱冷まシート』をべりっと剥がした。











「いてっっ!」

「痛いか。当然や、けどな」













 今度は新しいそれを、平次は貼る。

 そうして目の前の赤い顔を覗き込み、睨んだ。























「・・・・・俺はもっと痛くてショックや」























 やっぱり戻ってきてしまった。

 気付かないフリを続けられなかった。













 ・・・・応答の無いインターホン。

 開いたままの玄関の鍵。























 ―――――――・・・・中で倒れていた新一を見つけた時、心臓が止まるかと思った。





























「お前、今何時・・・・? 時間は?」

「・・・・ええから」

「俺は平気だ。薬だって飲んでたし、こんな事、今までだって何回もあった」

「工藤」

「何年ひとりで暮らして来たと思ってんだ? 何で戻って来たんだよ・・・・・・・俺が、せっかく・・・・・」























 枕元の時計は9時を過ぎていた。



 一体自分はどれだけ眠っていた? 5時間?





















 不覚だった。



 迂闊だった。















 こんな、筈じゃなかったのに・・・・・























「―――――――・・・・朝からキスも我慢してきたのに、て?」

「!」

「気付かんわけ無いやろ。あからさまに避けてからに」

「・・・・それは」

「ったくお前はホンマに―――――――・・・・・気付かんフリして帰ろ思とったのに、嫌な予感して戻って正解やったわ」



















 平次は目を細める。









 









 気付いてた。

 当然だ。



 いつもと違う雰囲気。違う表情。

























 ・・・・・何より今日は朝からキスも勿論、触らせてくれもしなかったのだ。





























 弱い部分を見せたくないのも解る。

 必要以上に頼りたくないのも、解る。



 けど。

























「・・・・・・何で甘えてくれへんねん。そんなに俺、頼りないんか?」



























 低く囁くそれは新一の耳に確実に届く。

 でも、目の前の顔は視線を背けた。



 そして布団に顔を埋める。



















「・・・・工藤?」

「うるせえな―――――・・・・・・ただの風邪だって言ってっだろ。こんなの寝てりゃ治んだから、お前がついてくれ無くたっていいんだよ!」

「ほー・・・・」

「頭に響くんだよ。痛いんだよ、だから早く帰れよ!」



















 暗い布団の中。

 頭痛がするのも本当だったが、それ以上に胸が痛んだ。



















 ・・・・・何を今更?























 引き止めたのに。

 なのに、それでも1度振り切り、玄関の扉から出ていったのは誰だ?





















 気付かれたくなかった。



 でも、やっぱり気付いて欲しかった。































 ・・・・俺があんな事言うのが珍しいことくらい、こいつは知ってるはずなのに―――――・・・・



























 2度3度、咳き込む新一。

 また、顔の温度が上がっている気がする・・・・・



 息苦しくなって、布団から顔を出した。





















 ・・・尚も視線は窓に向く。

 平次は軽く息を付いて、微笑った。





























「―――――・・・・解った。俺、ホンマに帰るで?」

「・・・・」

「可愛くないやっちゃな。ほんなら勝手にせえ」





















 小さくそういうと、平次はそのまま部屋から気配を消した。













 ドアの閉まる音。

 そして、階段を下りる音が聞こえてくる。



























 ・・・・やがて玄関の扉の閉まる音。



 新一は、ゆっくり天井を見上げた。










































ひとくぎり





































 ・・・・・俺は珍しく言ったんだ。

 なのに、それでも出ていったのはお前だ。

























 あの時の俺の気持ちが、どんなだったか解るのか?































 ガタガタト窓が揺れている。

 風がまた、強くなってきたらしい。























 あれから、3時間。





 新一は喉の渇きを潤す為、水を飲みに行こうとベッドから起き上がる。

 ・・・・寒いから椅子に掛けてあったフリースを羽織った。



























 ドアを出ると、薄暗い廊下。

 階段まで来て電気を付けると、手すりを握りゆっくり降りる。





 熱がまだ高いのだろうか。

 頭がボーっとして眩暈に似た感覚に、何度かよろめく。









 しかし、次の瞬間。

































「・・・・・っ!?」

























 ・・・・激しい揺れが身体を襲った。





























「な・・・地震・・・・・?」















 地震。

 結構大きいのか、最初の大きな揺れで新一は足を滑らせた。



 とっさに掴まった手すりのお陰で、落ちるのは免れたが・・・・・

























「いててて・・・・っつー・・・・あちゃー足、挫いちまったかな」

「工藤!」























 ・・・・今の衝撃で、どうやら足を打ったらしかった。



























 いや。

 それより、待て。











 ・・・・今、誰か俺を呼ばなかったか・・・・?

































「変な音する思うたら、お前、何しとるんやこんなトコで!?」

「―――――・・・へ・・・・・・」

「足か? 足打ったんか?」



















 それは帰ったはずの服部平次だった。

 リビングの方から声がしたと思ったら、階段の下に現れたのだ。



 中ほどで座り込んでる新一に、駆け寄る。

















 ・・・・・あまりに驚いて凝視してしまった。

























「・・・・はっとり」

「ほんまもーお前ときたら・・・・・・俺をコロス気かいな」

「な・・・何で・・・・」

「帰れるワケないやろ!! 俺、お前に惚れとんねんで!?」

「!」





















 そうして平次は新一を抱きしめた。













 冷えた身体。

 顔の熱さと対照的に、足は酷く冷たく。























 ・・・・・新一はその暖かさに目を閉じた。

































「せやけど良かった―――――・・・・下まで落ちとったらヤバかったやんか」

「ご、ごめん」

「何しに起きたんや? 真夜中やぞ? トイレは上にあるやろ?」

「・・・・水、飲もうと思って」

「アホ! 枕元の台に置いてあんの見とらんのか?」

「え?」



















 2人、目を見合わせる。





 ・・・・すると平次は微笑った。































「―――――――・・・・ま。今の揺れで落ちとるかもしれんな」



































 新一は堪らなくなる。





















 駄目だ。



 ・・・もう、我慢出来ない。

































 ・・・・・俺は珍しく言ったんだ。

 なのに、それでも出ていったのはお前で・・・・・・





























 1度戻って来たのに。



 追い返したのに。



























 ・・・・それでも心配して帰らず様子を見ててくれたなんて。

































「・・・・良いのか」

「ん?」

「帰らなくて良いのかよ・・・・・・」

「――――――・・・・警視庁も逃げへんし、俺の家もガッコも逃げへん。けど、お前は放っといたら取り返しつかへんもん」

「・・・・だけど」

「ああもうホンマ、嬉しいなら嬉しいて素直に言えんのか!」



















 平次はその肩を掴み叫ぶ。





 至近距離の大声に瞬間、身体を竦ませ。

 ・・・・熱い息を吐きながら新一は困った顔をしたが。

























「――――――・・・・心配かけて悪い。帰らないでいてくれて、嬉しい」



































 掠れた声でそう言い力無く微笑った。






































ひとくぎり



































 熱を出した上に、足まで挫いた新一。

 結局そのまま平次に抱えられ、ベッドに戻る。



 枕元には、確かに水差し。

 思ったほど強い揺れでは無かったらしく、倒れていなかった。



















「ほれ。ちょお温いけど」

「ん」













 グラスに注いだそれを、平次は渡す。

 素直に新一は受け取り喉を動かした。





 ・・・・息を付くと表情を和らげる。

























「もうええ?」

「充分」

「じゃー寝ろや。俺は隣ん部屋、貸してもらうし」

「・・・・服部」

「ん?」

































「―――――――――・・・・・・・キスしてくれないか」































 風邪がうつるとか。

 やっぱり気が弱くなってるとか。



 そんな事も考えたけど、でも。































「キスだけでええの?」

「・・・・へ」

「何なら、もっと汗――――――・・・・かいた方がええ」

「わ、ちょ、ちょっと・・・・・・ん・・・」





























 ・・・・こうなる事もちょっとは予想してたから。

 だから。



















 大人しく、素直に触れられる手に身を任せた。












































ひとくぎり



































 ・・・・・そうしてお前はまた居なくなる。











































 どんなに引き止めても。





 お前は、お前のいるべき場所へ帰っていく。











































 ・・・・・生まれた時から決まってる俺達の『サヨナラ』。





 けど、同性に生まれた事を後悔なんてしてない。































 出逢えたから。



 こうして触れ合えたから。











































 ・・・・・・・何より、この気持ちに嘘はないのだから。









































Fin