「ああ~ もう興奮したな!」

「俺も久々に騒いだわ」









 6月14日。

 この日は、ワールドカップの1次リーグ最終戦、日本対チュニジア。

 

 日本は負けても1点差までだったらリーグ通過の可能性があるとしても、チュニジアも勝てば十分に決勝トーナメント進出可能なこの試合。







 もう、試合開始前から長居スタジアムは物凄い熱気だった。











「けど、良く取れたよなチケット」

「俺もビックリしてん。ちょおかけてみよかな~って掛けたら、一発で繋がってもうた」

「俺なんかネットも頑張ったのに全然駄目だった・・・・・」

「工藤やったらコネで取れたんちゃうん?」

「んー。大阪は行けるかどうか解んなかったから、取らなかったんだよなあ」











 自他ともに認めるサッカー狂の工藤新一。

 中学の頃に全国大会にも行った経験をもつ彼は、サッカー関係者から将来を有望される選手のひとりだったのに。





 ・・・・高校に進学して、何故かパッタリと止めてしまったのだ。















 色々噂が飛び交い、週刊誌にも有ること無いことを書かれたりもした。

 もともと有名人夫婦の息子として幼い頃から話題になる事が多かった新一だが、一切本音を語ることは無かった。



 けれども、彼はその後まったく違う分野で名を馳せる事になり、今に至る。

















 服部平次が、物凄い強運で手に入れたプレミアチケット。

 サッカーにさほど興味の無い彼が、なぜ電話を掛けてみたかというと――――――――・・・・・



 勿論、最初はこの目の前の工藤新一の為だけだったのだが。

 連日ワールドカップを見ている内に段々と興味が湧いてきて、とうとう自分の目で見たいと思ってしまったのだ。











 予想通り、電話したら『行く!』と即答の新一。



 そして今日、迎えに行った新大阪駅で渡されたのは日本代表のユニフォームで。

 新一が『7』の中田。平次が「10」の中山を着て長居スタジアムに乗り込んだ訳である。









「今ごろ道頓堀始まっとるんやろな~」

「ああもう! サッカーは良いけどこの人ゴミどーにかなんねえのか!?」

「んなコト大声で言うとるとシバかれるで」

「良いからとにかく早く進めよ!」









 どうにかやっとスタジアムから出てきた2人。

 しかし、この勝利に酔いしれるサポーター達がひしめき合い、思うように進まない。







 勝ったのは勿論嬉しいが、新一はどうもこういうノリには付き合っていられないらしく。

 というか・・・・・きっと、まだ6月だと言うのに真夏並に暑くなった今日の気温にキているのだろう。



 平次を盾にして、早くこの場所から立ち去りたい雰囲気が見て取れる。











 けど。

 ・・・・平次は、この新一をもうちょっと楽しんでいたいと思っていた。

















 何故なら、纏っている日本代表ユニフォームは湿気と汗ですっかり濡れ。

 前髪もすっかり額に張り付いている姿は、この上なく平次のツボにはまっているからだ。







 ・・・・加えてすっかり熱気にやられ、だるそうな表情。

 口から漏れる熱い息。



 その新一が、ついさっきまで大興奮のスタンド席では周りと一緒に応援し、叫び、喜びまくっていた。





















 ・・・・・日本がシュートを打つ度に自分に向く笑顔。





 本当に、何度その場で抱きしめたい衝動に駆られた事だろう。

























 『工藤新一』という人間がこんなに「可愛い」と思えたのも、もしかしたら初めてかもしれない。

 そういう関係になってから1年は経つが―――――・・・・・・・





 彼は、いつも冷静で沈着で。

 微笑う時は、殆どが口の端を上げるくらいの表情で。







 だから。





























 ・・・・・・・・・服部平次は今、とてつもなく別の意味で興奮していた。








Never ever





 夏も近いこの頃は、19時近くまで明るい。

 あまりにも凄い人混みを潜り抜け、どうにか2人は今ようやく服部邸に辿り着いた。







「いらっしゃい工藤はん、久しぶりやなあ」

「すみません突然。一晩お世話になります」

「お父さんも会いたい言うてはったんやけど、今日は帰ってこれへん言うてて」

「そらそやろ。警察は今日、殆ど長居張り込みや」







 この季節。

 全国の警察関係者はワールドカップの為に大忙し。



 特に今日は、日本の決勝トーナメント進出を掛けた最終戦が大阪の長居スタジアムで行われる為に、大阪府警総出で徹夜で警備に当たるのだ。







「大変ですね」

「それより工藤、先フロ入ってこいや。オカン、まだ飯まで時間あるんやろ?」

「そうやなあ、8時過ぎになる思うし。そうしとって」

「じゃーひとまず部屋行こか」







 家の中に入ると、余計にムッとする湿度。

 流石の平次もこのべたべたした状態から逃げたしたいから、さっさと自室に向かった。



 長い渡り廊下。

 その奥に、平次の部屋はある。









「ああ疲れた~」

「ほい。着替えこれな」

「・・・・何これ」

「甚平。着るとハマるで~」









 入ったとたんに平次は、タンスから取り出した物を新一に渡す。

 浴衣かとも思ったが、腰紐が無いから聞いてみたのだ。









「甚平?」

「『今度工藤くんが来はったらこれ着せてな~』って渡されとったんや。浴衣みたく寝とってはだけたりせえへんし、結構ええで』

「へえ・・・・」











 勿論ものは知っているが、着た事は無かった。

 そして受け取った新一が「じゃあお先」と入り口の襖を開けたその時。























「っ!?」





















 ・・・・・・くい、顎を掴まれ口を塞がれた。





























「あっついな」

「お前なあ・・・・・」

「ええやん、ちょっとくらい」









 部屋の中で無く、こうした『見られる可能性』がある時に平次は良く不意打ちの接触を仕掛けてくる。

 

 睨まれると解ってて。

 でも、こういう表情が見たいから平次は止めない。





 開けられた襖のすぐ前で、新一は尚も鋭く視線を刺す。

 出て行こうと思えば出て行けるのに、何故かそうしたまま。





 それはつまり。





















「・・・・・・もっかいしてええの?」

「中途半端な(キス)するからだ。するならちゃんとしろ」

















 新一も待っていたからに、他ならない。



















 抱きしめもせず、その唇を平次は塞ぐ。

 深く甘く角度を巧みに変えて吸う―――――――・・・・・











 ・・・・・そしてゆっくりと温もりから離れた。





























「満足したか?」

「・・・・・・・」

















 2か月ぶりのキス。

 東京と大阪に離れて暮らす2人は、その間も事件などで結構一緒になったりはしていたけど・・・・・・



 2人きりになれたのは随分久しぶりだった。





 目を伏せたまま新一は乱れかけた息を整える。

 まだ表情は紅く高潮したままで。

















「じゃ・・・・俺、入ってくる」

「場所覚えとる?」

「大丈夫」













 開けた襖の向こうから冷たい空気が流れてくる。

 気持ちのいいそれに顔を向けると、新一はそのまま廊下の奥へと消えていった。


























ひとくぎり























「あら、思ったとおりやわ。工藤はん良う似合っとる」

「すみません、わざわざ用意して頂いて」







 汗を流し、頭も洗ってスッキリしてきた新一。

 風呂場から出た時に、バッタリと平次の母親である静華と出くわしてしまい瞬間焦る。



 どうやらこの奥の物置小屋から野菜を取ってきた所らしい。

 さっき平次から渡された甚平を着てきた新一を見上げて、嬉しそうに微笑った。











「ええんよ。紅で凄く綺麗な生地やったから工藤はんに合う思てな。平次のもな、同じ柄で色違いのなんやけど・・・・・サイズも平気みたいでほっとしたわ」

「・・・これ、ご自分でお作りになったんですか?」

「せやから縫い目とかボロボロや思うんやけど、堪忍してな」

「と、とんでもない。有り難う御座います」











 自分より頭一つ程低い彼女は、やっぱり母親だけあって平次に良く似ていた。

 ・・・・順番から言えば『平次が彼女に似ている』と言うべきなのだが。



 やがて彼女は支度の続きがあると足早に台所へと消えて行く。

 その後ろ姿に視線を向けながら、新一は遠い地に居る自分の母親を思い出した。















 ・・・・そっか。

 手作りか――――・・・・・・すごいな。





















 新一の母親である工藤有希子は、どうも手先が器用な方では無いらしく。

 こういうものにも何度か挑戦したらしいのだが、材料代が勿体無くて結局止めたと聞いていた。





 ・・・・何となくその状況が目に浮かぶ。

















 日が落ちて気温も下がったらしく、涼しい空気が前髪を揺らしていた。

 廊下の窓からは月が見える。



 拭い切れなかった滴は頬に落ち、首筋を伝ってくる。

 新一は軋む床の音を感じながら平次の部屋へと戻って行った。



























ひとくぎり

























「・・・・ええやん」

「そうか?」

「工藤て何でも似合うんやな~」

「まあな」









 鮮やかな緋色の甚平を着た新一に、素直な感想を平次は呟く。

 こんな色の甚平も普通はないだろうが、デザイン的にも母親は多少手を加えているらしく、かなりラインが際立つ作りになっていた。











「お前もさっさと入って来いよ」

「工藤―――・・・・・」

「ストップ。こっちは風呂に入ってきてサッパリしたトコなんだから、汗臭い顔近づけんじゃねえ」

「ええ!?」

「しっかり洗って来たら、いくらでも触らせてやる」











 手を伸ばし、平次は目の前の口唇に再び触れようとした。

 だが、手に持っていた衣服で新一はそれを阻止したのだ。











 涼やかに微笑う新一。



 ひらひらと手を振り部屋の奥に入って行くと、勝手知ったるなんとやらでテレビのリモコンを掴み、置いてあった座布団に座ってしまう。





 次に先ほど見てきた試合後の様子を見るために、電源を入れた。

















 ・・・・息を付くしか無い平次。







 けれども何を思い付いたのか、新一が背中を向けているのを確かめつつ――――――・・・・・手に持っていたのを置いてそっと襖を閉め部屋を出て行った。






























ひとくぎり

























「・・・・ん?」











 日本勝利の余韻が覚めやらぬ中。

 各テレビ局の情報番組を梯子していた時、部屋の内線電話が鳴った。



 出ていいものかと思ったが、外線では無いし大丈夫だろうと取ると、平次の母親からだった。











『工藤はん?』

「あ、はい。えと、服部は今風呂に入ってるんですが」

『それなら8時半頃、座敷に来てくれはります?』

「・・・・あと15分くらいですね。解りました、その頃には戻ってくると思います」

『よろしゅうお願いします。もしまだ平次が戻って来ないんでしたら、工藤はんだけでもおいで下さいまし。私があの子呼びに行きますさかい』

「解りました。」











 壁に掛かっている時計に目をやると8時10分を廻っていた。

 新一は受話器を置き、再びテレビに視線を戻そうとしたその時―――――――・・・・・



 入口脇の畳の上の『布』に気付いた。













「これって・・・・・」











 見覚えのあるそれは、平次がさっき手に持っていたはずの甚平だった。





 でもどうしてここに?

 確か出て行く時、これを持っていた気がするのだが・・・・・





 届けようかと一瞬新一は考える。

 けれどもまだ見たい番組はあったし、別の着替えを持って行ったのだろうと判断した時に、また内線電話が鳴った。







 ・・・もしや。

 そう思って出たら、やっぱり平次からだった。













『ああ工藤~ 頼みがあんねんけど』

「・・・・まさか着替え忘れたとか言うんじゃねえだろうな」

『そーやねん! いや~まさかヌードで歩く訳いかんやろ~? 持ってきたってや~』

「自分の家だろうが。歩け歩け」

『どーせすぐ飯やろ? 部屋まで戻っとったら遠回りや。なあ頼むって~』

「ったく―――――・・・・・解ったよ。今行くから待ってろ」













 ため息を付いて新一は受話器を置く。

 そうしてテレビを消して着替えを持った時、きちんと下着まで用意して乗せてあるのを見て首を傾げた。















 ・・・・・何でここまでしといて忘れるんだ?



















 平次の部屋から風呂場までは、ぐるりと一回りしなければならない。

 それにあそこは台所が近くだし、やはり裸のまま歩かせるのは犯罪かもしれない。









 襖を開けると、涼しげな風。



 ぺたぺたと廊下に足音を響かせながら、新一は左の硝子から見える月の方へと歩いて行った。


























ひとくぎり

























「はっとりー。ほら持って来たぞ」











 入口の引き戸。

 それを通り抜け、新一は奥の脱衣所へと入って行く。







 ・・・・平次は居ない。

























 ――――――――――――・・・・?





















 風呂から上がって気付いたから電話を掛けて来たのでは無かったのだろうか?

 新一は扉を開けて風呂場を覗くが、其処にも見当たらず『?』と閉める。









 ・・・・・そして振り返ろうとした時、突然目を覆われた。

















「!?」

「だーれだ?」

「・・・・お前の他に誰が居るってんだ」

「いややな~もうちょっと驚いてくれてもええやん」

「馬鹿な事言ってんじゃねえ。ほらよ、さっさと着やがれ」











 どうやら奥のトイレに行っていたらしい。

 持って来た物を渡すと、新一は洗面台の脇に置いてある椅子に座って待っていようと腰を下ろした。





 いや、下ろそうとした。















「着る前になあ・・・・・ちょおやりたい事あんねんけど?」

「え? ちょ・・・ちょっと!!」





















 ・・・しかし、背中から平次が抱き付いてきて、手が下着の中へと素早く入りこんで来たのだ。



















 突然の冷たさ。

 反射的にその手を避けようともがくが、巧みな動きが自分から力を奪い始めた。



 かろうじて洗面台の縁を掴み堪える両腕。

 そして中心を握られ首筋に舌を這われた時、とうとう新一は声を漏らした。

















「んー。ええ反応やな」

「て、め・・・・・っ・・・・手・・・離せ・・・っ・・・・」

「嫌や」

「――――・・・・・場所、考え・・・・やがれってんだ・・・・っ・・・・!! ・・・あっ・・・・・・」

「おっと。もう声はアカンで・・・・・? ここって壁薄いらしくてなあ―――――・・・・・隣りの台所に、結構音が漏れんねん」

「な・・・何だと・・・っ・・・!?」













 与えられる刺激に耐えながら、新一は頬に風を感じ右の窓を見た。

 ・・・・窓が全開になっている。





 壁が薄いと言っていたのに加え、これではちょっとの声も丸聞こえだ。

 本当に台所が近いらしく、食事のいい匂いと共に食器等の音までも聞こえてきていた。

















 ―――――――――・・・・こ・・・・・こいつ、わざと着替え置いて行きやがったな・・・・・・・・っ・・・・・・・・!




















 この為に平次が仕組んだ事だと悟り、新一は懸命に後ろを睨んだ。

 しかし思考は段々快感に吸い取られ平次の左手は胸の突起を遊び出す。





 ・・・・新一は立っている事も出来無くなり、前かがみに崩れた。























 ――――――――・・・・・ばっかやろ・・・・・・音、出させてんのはてめえだろうが・・・・・・っ・・・・・・!!

























「・・・・やっぱ興奮しとるな」

「な・・・・っ・・・」

「いっぺん試したかったんや―――――――・・・・・こーゆー状況んときの工藤て絶対エエ思うてたんやけど・・・・・予想以上で嬉しいわ」

「信じ・・・・らんねえ・・・・・っ・・・・この、色情狂・・・っ・・・・ん・・・・・ぁっ・・・!」

「・・・・・こーんなおっ立ててる奴に言われたく無いなあ・・・・・それに、『しっかり洗ってきたら触らせてやる』言うてたやんか・・・・?」

「そ・・・れは・・・・・だけど・・・っ・・・・んん―――――――・・・」














 音に出さない言葉の途中で平次は新一の口を塞いだ。

 今まで後ろからの体勢だったが、キスを繰り返しながら下半身を弄り、床に座りこんだ身体を自分の下に組み敷いて行く。





 ・・・・明るい蛍光燈の下。

 新一は一糸纏わぬ平次の中心に、ハッキリと存在を主張するそれを確認した。

















 途端に自分自身も益々昂ぶり――――――――・・・・・・更に平次の手の中で大きく波打つ。





















「ホンマ。工藤の身体て正直やな~」

「ち・・・ちが、だから・・・・」

「何じゃい。ええ加減諦めて続きしようや」

「い、いま何時だ・・・・?」

「は?」















 こそこそ話の会話。

 息も絶え絶えな色っぽい表情をした新一から、突然時刻を聞かれ平次は目を丸くした。









 ・・・・いつもなら観念して第二段階に行ってる所やぞ?


 そう思いつつも、洗面台の鏡の上にある掛け時計を見た。

















「・・・・・8時・・・30分過ぎたとこやけど」

「え? ちょ、ちょっとヤバイって・・・・・っ・・・・や・・・・・・、だから、ちょっとその手を止めろっての・・・・・っ・・・!!」

「何やもー・・・・飯か?ちょっとぐらい遅なっても平気やって」

「平気じゃねえから言ってんだろうが・・・・・っ・・!! ・・・・・・・・・おい、・・・・は、はっとり・・・・・っ・・・・? ・・・・や、やめ・・・・・っ・・・・・・ぁ・・・・・・・・っ・・・」













 懸命に引き剥がそうとしている新一だったが、何しろ2ヶ月ぶりの接触。

 加えて今日のサッカーの時の余韻が身体に残っているらしく、軽く撫でられただけで敏感に反応する。













 ・・・・・相変わらず上手い指使い。



 そして、さっき言われた通りにスリル満点な状況だからこそ、新一はいつも以上に反応してしまっていた。





















 じっくりと、ゆっくりと身体中を弄る手。

 下半身を剥き出しにされて、そこで動く手のひらは確実に新一の弱い部分を攻めている。





















 胸。脇。そして腰・・・・・



 次にお腹を滑り、骨盤を撫でて下腹部へ。













 巧みに両手と口を使う平次。

 新一は自分の手で口を押さえながら、何とか声だけは出すまいと必死に堪えていた。























 ・・・・・しかし。



 数分絶え間無く続いた刺激に、とうとう限界が近付く。





















「工藤・・・・・・」

「ち・・・くしょう、もう・・・・・・・っ・・・・」

「・・・・イきそう?」

「はやく・・・・っ・・・・・じら、すな・・・・・・」

「よっしゃ」













 ようやくその気になったのか、新一は哀願に似た目を向けその耳元に掠れた声で囁いた。

 それが性感帯に直撃したらしい平次は一気に新一の下半身に食らいつく。























「・・・・っ・・・!!!」

























 途端に大きく跳ねる、新一の身体。

 そして足の間の頭を掴み堪えながら、ゆっくりと息を吐き出すと・・・・・・・












 ・・・・・背中の壁に寄りかかった。































「良かったやろ?」

「・・・・・本当にどうしようもねえ奴だな」

「何やねんさっきから」

「そー言ってる場合じゃねえって言ってんのに・・・・・・ほら来た。てめえはさっさと服を着ろ!」

「へ?」











 新一は平次をどつくと、空気に晒されていた自分のそれをしまう。

 すると表の廊下をぱたぱたと歩く音が聞こえてきた。



 それはこの脱衣所の前で止まり、ノックも無しにいきなり開いたと思ったらこっちにやって来る。











「ちょお平次? 居るんやろ?」

「な・・・・なんやオカン!?」

「あ。すみません服部の奴、なんか着替え忘れたらしくて今届けたんですよ・・・・・・・終わりましたら、直ぐそちらに行きますから」

「あら工藤はん? あらまあ、来ないんで平次の部屋まで迎えに行っても居らへんし、何処行ったのかと思うてましたんや。ほな、用意出来てますんで・・・・・平次。工藤はんに迷惑かけたらアカンやろ? 早よしいや」

「そ、そやな」















 そうして再び閉められた扉。

 突然の母親の登場に、平次はかなり動揺を隠せない。



 着かけたままの格好。

 ・・・・恐る恐る、隣りで深く息を付いて床に座り込んだ新一に問い掛けた。















「も・・・・もしかして、オカン此処来るの知っとったんか?」

「お前が風呂に行った後に内線掛かってきてさ・・・・・8時半には夕飯出来るからって言われたんだよ。そん時にお前が戻って来てなかったら、自分が呼びに行くから俺は座敷に真っ直ぐ来て下さいねって」

「な、なにー!!!?」

「だから止めろって言ってんのに、お前ときたらケダモノみたいに・・・・・・・・」

「それは・・・その、やな」

「時と場所をわきまえねえで己の欲望に突っ走りやがって・・・・・・本当にあんなトコ見られてたらどーするつもりだったんだよ」

「工藤―――――・・・・・?」















 平次を睨む目が少し紅かった。

 決して涙を見せる事はない新一だが、流石にさっきの状況が堪えただろうか。



 声も掠れた状態のまま淡々と紡ぐ。

















 新一は別に、この関係がバレる事自体は恐いと思っていない。







 平次の事を好きだと自覚し、両想いだと解り、そうして身体の関係にまでなってしまった今。

 嬉しいという素直な感情はあっても後悔などした事はないからだ。











 覚悟が無ければ、同じ男を受け入れたりなんか出来ない。

 だから。







 ・・・・だけど。

























――――――――・・・・・・自分の両親や平次の両親の事を考えると辛かった。



























「見られて困るのは『俺』じゃない。見てしまったお前の母さんが『悲しむ』んだって、解ってんのか・・・・・・?」

「・・・・」

「何の関係もない赤の他人に見られるのと訳が違うんだ。友達とかだって――――――――・・・・・気味悪がって離れて終わりだろうけど、親兄弟はそうはいかないだろ?」

「・・・・そ、そうやけど」


実家で仕掛けてくるんだったら状況をもっと考えろよ」

















 新一の静かな口調。

 怒鳴られるよりもそれは、平次に深く突き刺さる。













 ・・・・・しゅんとなる表情。



 それを見て、新一は少し微笑った。























「―――――・・・・」

「俺ちょっとトイレ寄ってっから、お前先に行ってろ」

「・・・・・解った」

















 大人しくそう返事すると、平次は振り返らず脱衣所から出て行く。



 消えてゆく足音。
 それを確認すると、新一は奥にあるトイレに入って行った。
































ひとくぎり



























「ご馳走様でした。とても美味しかったです」

「そう言うてくれると嬉しいわ。お父さんや平次は、何も言わんと食べるばっかりやし」

「うっさいのー。工藤、部屋で飲も」

「あ、それじゃお休みなさい。失礼します」

「平次。あんまり工藤はん付き合わすんやないで? ホドホドにしいや」













 10時を廻って、2人は部屋に戻ってきた。

 用意された食事はどれも美味しく、この時期あまり食の進まない筈の新一も久しぶりにお腹がいっぱいになるまで食べてしまったのだ。



 畳の上で新一は寝そべる。

 ひんやりとした感覚は、鍋料理で火照った身体に気持ち良かった。













「工藤」

「・・・・ん?」

「ビールより日本酒でええんやったな」

「ん・・・・」

「・・・・工藤?」















 新一の声が止まる。

 覗き込むと、目を閉じて穏やかな吐息を立てている。



 ・・・・少し考えて平次は自分の口に酒を含み、新一に顔を近づけた。





















「―――――・・・・・ん・・・」













 ごくりと喉を鳴らし、新一はゆっくり目を開ける。

 平次のした事に驚きも怒りもしない所を見ると、予想していたのだろう。



 そのまま右手を伸ばして頬に触り、ふわりと微笑った。





















「誘っとんのか・・・・・?」

「お前。もしかして今日しないつもり?」

「・・・・せやかて」

「俺はさっきしてもらったけど、お前はまだだろうが・・・・・・・それでいいのかよ」

















 至近距離。

 囁きの会話は、互いにしか聴こえないくらいの大きさ。



 近づけば近づくだけ思い知る整った顔の新一。

 その口唇を再び塞ぐと、平次はその上に覆い被さった。









 ・・・・自分よりも少し低い体温。















「あんなあ・・・・・部屋、襖やし鍵ないやろ? それに、うちのオカン良く突然部屋に入ってくんねん。ヤバすぎなんや」

「・・・・そうか」

「残念やけどな」

「何だよ―――――――・・・・・らしくねえなあ」

「え? い、痛ててて、ちょ、ちょお工藤?」















 すっかりやる気を無くしている平次に、新一の表情が険しくなる。

 そして舌打ちに似た音を漏らすと、口元に当たっていた首筋を噛んだ。



 驚いた平次が身体を起こす。













「・・・・・・突然開けたって、部屋が暗くて『寝てる』ってのが解れば入って来ないよな?」

「さ、さあ・・・それはどうやろ」

「特に今日は俺っていう客人が来てるんだから、そうなんだよ」

「その自信はどっから来んねや」

「次にだ。もし入られたとして、入り口からは死角になってる場所にいれば直ぐには解らない。いきなり暗いところに入ったら、視界だって暫く見えないだろうし」

「・・・そらそやけど」

「だから服は脱がない。流石に素っ裸で居たら弁解出来ねえからな。OK?」

「は??」











 次から次へと耳を疑うような言葉が聞こえ、平次はポカンと口を開けた。

 そして留めの一言はこれだ。























「そして俺達は声を出さない。俺もお前も、部屋の外に意識を向けながら――――――――・・・・・・無言でやるんだ。すげえスリルだろ」































 ・・・・・・とんでもない提案をする新一。

 でも、言われた事を考えてみると不可能では無かった。





 似たことは既に風呂場でやっている。















 ごくりと喉を鳴らす平次。



 再び熱が戻って来るのを感じ――――――・・・・・・・・・・・薄く微笑い口唇を舐めて起き上がると、計画を実行に移し始めた。













































 ・・・・・・・聴こえるのは窓を揺らす風の音。











 そして、僅かな衣擦れの音。





























「・・・・っ・・・・・ぁ・・・・」

「―――――――・・・・・っ!!」

「・・・・・・・・」





















 やがて身体は乱れた息と共に重なる。

 満足げな表情を浮かべた2人は、最後にゆっくりと深く口付けを交わし―――――――――・・・・・























 ・・・・・それぞれの布団に戻って眠りに付いた。








































ひとくぎり



























 次の日。

 新一が帰る新幹線の時間まで、2人は近くのスターバックスで時間を潰していた。



 今日は昨日に比べ、幾分か涼しい。













「へ? 工藤、風呂場ん時・・・・・オカンの来る足音聞こえとったんか?」

「そ。だから急いで終らせた」

「そんなん出来んのか??」

「俺って目は悪いけど、耳は良いんだよね。けどギリギリだったから焦ったぜ」

「・・・・・」

「台所出てから40秒くらいだったな。あの足袋の音って結構目立つし・・・・・・それに、結局夜は来る気配も無かったし、良かったよな」













 にっこりと微笑うその顔は、本当に綺麗で艶やかで。

 ・・・・もしかしたらあの時の新一が全部演技だったのではないかと思い、平次はカラ笑いする。





 でも、そんな事は聞けるはずも無い。





















「ほー・・・大したもんやな」

「おっと。そろそろ時間だな」

「もうそんなか?」













 新一が腕時計を見て席を立った。

 最後の一口を飲み干し2人は店を出ると、駅に向かって歩き出す。



 その時、新一が呟いた。





















「・・・・・・感じてたのは本当だからな」

「え?」

「お前の事だから気にすると思って。念のため、言っとく」























 すれ違う人も多い中。

 だから、本当に平次にしか聴こえないくらいの小さな声で。







 ・・・・新一は赤くなりながらそれを伝える。

















「工藤・・・・」

「来月こっちに来るんだろ? その大会、俺も見に行ってやるから頑張れよ」

「お、おおきに」

「でもまずはワールドカップだよな。あ、お前ちゃんとイングランドも応援しろよ」

「はいはい。解っとるがな」

















 そうして手を振り、新一は改札を通って消えて行く。







 また、暫く逢えない。

 でも逢えない時間があるからこその2人だった。





























 平次は目を細める。







 サッカーの試合もそうだけど。

 この先、何が起こるかなんて誰にも解らない。







 ・・・・・・・決められない。





























 だから俺達はこのままで行けばいい。































 決してこれまで楽しい事ばかりでは無かったけど。

 これから、楽しい事ばかりでも無いだろうけど。







































 ・・・・・・・・今の、この気持ちは決して無駄にはならないのだから。


















































Fin