The love of the hiding




 犯罪は、簡単なもの程難しい。







 動機の無い殺人の、手繰り寄せるべき道筋が見えなく結末に結びつかない様に。

 最初で大事なことを見失ってしまうと、ひとかけら失ったパズルの様にそれは形を成さなくなる。



















 恋愛も、難しい。















 ・・・・・それと気付くまでが、とにかく難しい。




































ひとくぎり





























「おう。お疲れさん」

「――――――・・・・・服部?」

「やっぱ忘れとったっちゅー顔やな」

「あ・・・来んの、今日だったっけ」

「朝もメールしたんやけど、その分やと見とらんな」

「・・・・悪い」













 9月に入った週末。

 工藤邸の扉の前で蹲っていた影が、真夜中を過ぎた頃に戻って来た住人を迎えた。



 影の名は服部平次。















「メシ食うてへんやろ? コンビニで買うてきた」

「ああ――――・・・・けど先に風呂入る」

「酒も冷やしとくし、ゆっくりし。ちゃんとお湯はらなアカンで」

「・・・・解ってるって」

「コラそれ家の鍵ちゃう車やろが! しっかりせえやも~」

「うるせえ・・・・・ならお前が開けろ」













 だるそうな表情を浮かべつつもその影を迎え入れるのは工藤新一。

 ショルダーから取り出した鍵で何を悪戦苦闘してるかと思ったら、見当違いの物を差している。



 だから平次は言われた通りにそれを受け取り、正解の鍵で扉を開けた。






























ひとくぎり



























 朝、起きたらニュースのトップ項目はある事件一色だった。





 東京郊外で起きた殺人事件。

 それが、何十年前から迷宮入りしていた事件との関連が出てきたらしい。











 ・・・・暑いと毎年こんな事件が良く起こる。

 『こんな』と言うのは、被害者がことごとく五体満足な姿では発見されないと言う事だ。



 しかも夏となれば、腐敗も早まり臭いもきつく。

 ある程度原形を留めた形での発覚となるから、余計にその惨状は際立つ。











 ・・・・・だから平次は嫌な予感がした。



 新一が、この捜査に駆り出されている可能性が高かったからだ。















 でもまあ、約束してるし。

 眠る時は家に帰ってくるだろうと思ったから、平次は予定通り行く事にした。















 約束は、16時に東京駅。

 新しく出来た『丸ビル』を探索しようぜと言ってきたのが、新一。





 ・・・・けれども思った通りに新一の姿は無く、電話してみても携帯は繋がらず家にも居ない。









 これは結構長引いとんなあと息を付き、ひとまず米花駅へ行こうと歩き出したのが17時を過ぎた所だった。























 相変わらず蒸し暑い駅構内。

 額に溜まる汗を拭いながら、平次は帽子を被り直すと丁度来ていた電車に乗る。



 途端に身体を包む冷気。

 そうして目線を正面に向けると、ドア付近に付いている音声の無いテレビ画面からニュースが流れていた。













 ・・・・それも、やっぱりあの事件絡みで。



 容疑者が特定されたらしく、指名手配での捜査が開始されたとの事だった。






























ひとくぎり



























「18時か・・・・・・腹減ったな」











 米花駅に着いたのは、18時前。

 すっかり日が短くなってきたのを感じつつ改札を出る。

 

 そして、さあどないしよ。と考えた。







 平次は新一から合鍵なぞ貰ってないし、いざという時の隠し場所も知らされてはいない。

 となると、その住人が帰るまで自分はどこかで時間を潰さねばならない。









 この付近には何があったっけ・・・・・・



 そう思いつつ見渡し、遠くに『米花シティービル』を見つけた。







 あそこは確かレジャー施設。

 だから、レストランもあれば本屋も休憩所もそれなりに有るだろう。


 平次は徒歩約5分のその建物に向かって歩き出した。







 その時、ふいに声を掛けられる。













「・・・・服部君?」

「?」

「ホントだ。大阪の探偵君だ」

「も、毛利のねーちゃんと――――――・・・・・と・・・誰やったっけ?」

「なあに~? 忘れないでよ! 前に会ってるでしょ? 鈴木園子!」

「あ・・・ああ、せやったな、スマン」











 振り返ると其処に居たのは、新一の幼馴染である毛利蘭。

 そして友人の鈴木園子だった。



 どこかに行ってきた帰りらしく、手にいくつか紙袋を持っている。











「どうしたの? あ、そうか、新一と約束してるんだ」

「そーやねん。けど、何や忙しいらしくてな」

「アヤツはまた事件に夢中になってんのね。ちょっと蘭! 彼氏にちゃんと言っとかなきゃ駄目じゃないの、守れない約束はしなさんなって!」

「ちょ、ちょっと別に新一は彼氏じゃ・・・・」

「服部君、あんたからもあの推理オタクに言っといてくれない? いい加減に蘭の事ちゃんとしなさいって」

「そ、園子ったらもう! ごめんね服部君、それでどうするの?」

「あ――――――・・・・・腹も減っとるし、とりあえずどっかで飯食お思てな。あのビル行くとこやねん」

「ほんと?」













 その怒涛の喋りに少したじろぎつつ、平次は目線で目的のビルを示す。

 すると園子は満面の笑みを浮かべ平次の腕にしがみ付いた。













「な、なんや!??」

「ちょーどあたし達も、お腹空いてたのよねえ? 蘭」

「えっ?」

「ここで会ったのも何かの縁だし、一緒にディナーなんてどお~?」

「もう園子ったら、服部君、ごめんね」

「・・・・・そやなあ。一人で食うのもワビシイし、ほんなら一緒に食おか」

「そうこなくっちゃ~!! 行こ行こ! あたし美味しい中華料理の店知ってるからさ、レッツゴー♪」















 やたらと高い園子のテンション。

 けれどもひとりで食べるよりは、中身はどうあれ可愛い女の子達と食べる方が良いに決まってる。



 蘭だけだったら新一の手前、食事に誘うのを躊躇った平次だがこの友達が居るのだから良いだろう。

 何にしろ両手に花やな~ と内心思いつつ、3人は園子の知っているという料理屋へ行く事にした。






























ひとくぎり



























 その後結局カラオケにまで付き合わされた平次。

 すっかり暗くなった空を見上げながら店を出た頃には、携帯の液晶表示は23時を過ぎていた。







 園子は迎えの車が来てそれに乗り帰って行く。

 蘭を家まで送ろうとしていたらしいが、反対方向だし歩いて10分くらいだからと断っていた。



 それならばと平次を見た園子。

 どうせ同じ方向に行くんだから、蘭を送って行きなさいとの言葉。







 まあ夜も遅いしそのつもりだった平次は、園子を見送り蘭を家まで送り届ける事にした。

















「ごめんね服部君」

「ええて。女の子を送るんは男の役目や」









 少し蒸す熱気。

 昼間の太陽の熱がアスファルトに蓄積され、夜になってもまだ放出している。



 2人は人通りの多い商店街を抜けると横道に入った。









 ・・・・一気に流れてくる涼しい風。

 その向こうに、川が見える。













「工藤のヤツ、けっこー警視庁から呼ばれとるらしいけど、会うてる暇あんの?」

「ん~。大学違うし、あたしも稽古とかあるしね、あんまり」

「こーやって俺とねーちゃんが一緒に居ったなんて言うたら、あいつどんな顔するやろな」

「どうかな~。新一、そーゆうのあんまり気にしないと思うよ」

「いやいや。あれで結構嫉妬深いねんで? ねーちゃん知らんだけや」

「ホントかなあ」













 長い髪をなびかせ、蘭はふわりと笑う。

 その表情は相変わらずの進展の無さを示しているようで、平次は『なんだかなあ』と苦笑いを浮かべた。













「それにしても新一、まだ電話繋がらないの?」

「んー。リダイヤルしとるんやけどな」

「このまま帰ってこなかったら服部君、どうするの」

「いや、遅うなっても帰ってくるとは思うねん。せやからまあ、あいつんちの前で待っとくわ」

「うちで待ってたら?」

「ええって! んな事したら毛利のおっちゃんにブッ殺されるわ!」

「・・・そう?」













 心配そうな顔をする蘭。

 普通の男ならば、女の子のこんな表情に弱いだろう。



 平次だって、彼女が全くのフリーならば少しはそんな気も起こるかもしれない。











 ・・・・しかし、毛利蘭は工藤新一が大切にしている唯一の女の子。

 最初にそれが解っていたから、平次はそれ以上の感情が彼女に向けられる事はなかった。















「そうだ。ひとつ聞きたかったんだけど」

「ん?」

「服部君どうして新一の家に住まないの? 大学に通う4年だけだったら、別に部屋借りなくても良かったんじゃない?」

「―――・・・・ああ、それか。ねーちゃんも思うんか」

「だって、そういう話してなかった?」

「あいつなあ・・・・」















 川沿いを歩きながら平次は息を付いた。

 その様子を蘭は不思議に感じ、神妙な顔をする。 





 ・・・・水面を眺めつつ口を開いた。



















「・・・・・ごっつこき使うねん」

「え?」

「ホンマにようひとりで暮らしてこれたと思うわ。ねーちゃん、工藤んトコしょっちゅう行って色々しとるやろ」

「そ・・・そんなにしてないと思うけど?」

「あいつ、俺が泊りに行った時、なーんもせえへんねんで? 泊まらせてやるんだから、掃除も飯も宜しく~ なんて言うねんで?」

「新一が?」

「4年もあいつんトコ世話になるっちゅー事になったら・・・・・・俺は住んでる間中あいつの世話係や。飯の支度から風呂の用意、果ては洗濯に草むしり・・・・もしかしたら大学まで送り迎えしろなんて言うかもしれへん」

「そんな、いくら何でもそれはないと思うけど・・・」

「せやから止めたんや。それと姉ちゃんもな、必要以上にやらん方がええ。いくら彼女や言うても自分の事くらいジブンで何とかせな工藤の為にならへん!!」

「そ・・・・そうね」















 切羽詰った平次の言葉に妙に納得してしまう蘭。

 息つく暇もないその力説のうちに家に着いてしまい、蘭は苦笑いしつつ平次と別れた。





















 ・・・・月が、ぼやけて来ている。













 ひと雨来そうやなと思いつつ、平次はゆっくり工藤邸の方向に歩き出した。




























ひとくぎり

























 そうしてコンビニに寄り、玄関前に座ってから30分くらい過ぎた頃この家の住人は帰って来た。







 それにしても門がある家で良かった。

 でなければ、家の前で座り込んでいる輩なぞ、警察に通報されかねない。





 なんて安堵の息を漏らしたのもつかの間。

 当の新一はぐったりした様子で平次を見ると、さして表情も変えずに『今日だったっけ・・・・』と呟いた。















『メシ食うてへんやろ? 其処のコンビニで買うてきた』

『ああ――――・・・・けど先に風呂入る』

『酒も冷やしとくし、ゆっくりし。ちゃんとお湯はらなアカンで』

『・・・・解ってるって』

『コラそれ家の鍵ちゃう車やろが! しっかりせえやも~』

『うるせえ・・・・・ならお前が開けろ』















 ・・・・・気が付けば結局世話を焼いている自分。









 身体に叩き込まれた習性は恐い。

 予測してコンビニで色々買ってきたなんて、やっぱり新一のペースに慣らされてしまっている。












「は――――――・・・・何で俺、こないに工藤に甘いんやろなあ」

















 キッチンで冷蔵庫を覗き込み、簡単なサラダくらい作れそうだと野菜を取り出した。

 ここ数日はろくな食事もしてなさそうだし、暑い日が続いているからサッパリとした物が良いだろう。



















 ・・・・・せやから甘やかすなっちゅーねんジブン!!





















 ひとりボケ突っ込みの平次。

 もう一度大きな息を付くと、トマトのへたをじっと見つめた。






























ひとくぎり



























 それから約1時間。

 平次は簡単に食事の用意をした後、リビングでずっとテレビを見ていた。







 新一の風呂は長い。

 疲れた時などは夏でも湯船に浸かるから、ゆうにこれくらいはかかる。



 ちらと壁の時計に目をやる。

 午前1時20分。









 ・・・・眠いはずやなあと大きな欠伸をしたその時、風呂場のドアが開く音がした。



 暫くすると、ぺたぺたという効果音と共に新一が現れる。



















「服部」

「おー。待ちくたびれたで」

「悪り――――――――・・・ちょっと寝ちまったらしくて、溺れかけて気付いた」

「ま、そんなこったろーと思とったけどな。ええから座り」













 そう言うと平次は冷蔵庫から作っておいたサラダ、冷やしておいたビール、買って来た冷やしラーメンを出す。

 テーブルの上に置くと、新一は息を付きながら椅子に座った。













「食欲ないんやったら、そんまま寝たほうがええぞ」

「いや――――・・・・朝から食ってねえから、食う」

「朝から? そんなんでよお今まで動けたな」

「お前、明日、帰んだよな・・・・」

「へ? いや、水曜までは居座ろ思っとるけど」













 平次を見上げた表情。

 あまりの血の気の無さに、平次は少し驚く。



 ひとつひとつ言葉を出しているその様子が心配になり、目の前の濡れた前髪を掻き分け手のひらを額に当てた。












「・・・何」

「いや。熱でもあんのかと思うたけど、ないみたいやな」

「――――・・・・相変わらず過保護な奴」

「っちゅーか工藤が自分の事構わなさすぎや。もっと労わらんとぶっ倒れるで」

「倒れたらお前が看てくれるんだろ」

「何で俺やねん? 蘭ちゃん居るやろ」

















 きょとんとする平次。

 新一はただ微笑い、ゆっくり箸を持つと並べられた食事を口に運び始める。

















 ・・・・・髪から落ちる雫。









 寝間着から覗く鎖骨や肌に伝うそれを、平次は何故か不思議な気持ちで見た。




































ひとくぎり



























「で、何で水曜日までなんだ」

「・・・へ」

「随分と中途半端な滞在じゃねーか。自分の住処ちゃんと新宿にあんだから、帰れよ」

「えーやんか。久々なんやし」

「――――・・・・メシも風呂もお前が用意するんだぞ? 洗濯も掃除も」

「そーくると思うた。おお、やったるわ」















 午前の2時過ぎ。

 隣の客室から布団一式を運びながらの新一の問いに、受け取りながら平次が返す。



 新一のベッド脇。

 いつもの場所に、布団を敷いた。















「工藤は? 明日ガッコ?」

「ああ。火曜は講義ねえけど」

「ほんならその日、俺に付き合えや」

「・・・・何で?」

「ええから」











 どうしてか満面の笑みの平次。

 訝しげに思いながらも、新一は自分のベッドに上り、窓を開けた。





 ・・・少しだけ、涼しい風が入ってくる。















「なあ、服部」

「んー」

「どうしてお前―――――・・・・・」

「何や?」

「・・・やっぱ、何でもない」

















 言いかけて新一は止める。













 少しだけ空気に揺れる髪。

 月の見えない夜空に向けた視線を、平次はまた不思議な気持ちで見た。





 ・・・・目を、細めて。




















 僅かな沈黙。



 平次が、口を開く。




















「さっきな。工藤んち来る前まで蘭ちゃんと居ったんや」

「・・・え?」

「ちゅーても、その友達も一緒やったで? せやから安心しい」

「べ、別に心配しねえよ」

「そおか? そん顔は、ちょお気にしとるみたいやけどなあ」

「っ・・・・」

















 その言葉に少し赤くなる新一。

 からからと笑う平次を横目に、また窓を向いて息を付いた。

















「図星やんか」

「ったく――――・・・いいよなお前は」

「あん?」

「悩みとか。ないだろ」

「失礼な。俺かて色々あんねんで」

「へー・・・・・そうは見えねえけど」

「うっさい。そろそろ寝るで、窓閉めや」



















 9月に入って、夜は本当に涼しくなった。

 窓を開けていなくとも充分に。



 新一は言われた通りにしてカーテンも閉めると、枕元のリモコンで電気を消す。





















 ・・・・・瞬間、視界は闇に包まれた。



























「工藤、ちゃんと腹に掛け布団乗っけとくんやぞ」

「・・・お前はオフクロか」

「んな事言うといて、いっつも朝んなって腹壊しとんの誰やったっけな~」

「さっさと寝ろ!」













 何だかんだ言っても、結局平次は世話好きで。

 というか、やっぱり自分に無頓着な新一が気になるのか。

















 ・・・・・決して嫌いではないのだ。





 だから、平次は住まないまでもこの家には定期的に泊まりに来る。



























 ・・・・・・ホンマ甘いなあ俺。




 『カノジョ』より『トモダチ』が甘やかしてどーするっちゅーねんなあ・・・・・・?





























 少し慣れてきた暗闇。













 ・・・・その中で、平次はまた息を付いた。






























ひとくぎり

























『なあ、服部』

『んー』

『どうしてお前―――――・・・・・・』

『何や?』

『・・・やっぱ、何でもない』



















 同じく暗闇。

 まだちょっと目が慣れない、そんな中。







 ・・・見えない天井を睨むのは新一。





























 解らない事があった。

 時間が経つほど、聞けない事があった。



 さっきも結局聞けなかった。




















「・・・・・最近おかしいな、俺」





















 音にせず呟く言葉。

 そのまま身体を丸めると――――・・・・・





















 ・・・・やがて眠気が襲ってきた。


































ひとくぎり

































 犯罪は、簡単なもの程難しい。













 動機の無い殺人の、手繰り寄せるべき道筋が見えなく結末に結びつかない様に。

 最初で大事なことを見失ってしまうと、ひとかけら失ったパズルの様にそれは形を成さなくなる。





















 恋愛も、難しい。















 それと気付くまでが、とにかく難しい。

















































 ―――――――――――――・・・・それに2人は、まだ気付かない。










































Fin