約束の場所






「いい加減にしろっての! 俺は今日先約があるって言ってるだろうが!!」















 電灯もろくにない、暗い夜道。

 工藤新一は急ぎ足で駅へと向っていた。



 そこに、携帯の着信。

 表示が服部平次だったから即座に出る。











『俺より優先さす約束やと? 誰や!?』

「何でお前に言わなきゃならねーんだ。急ぐんだ、じゃな」

『ちょ、ちょお工藤!』











 最後まで聞かず新一は電源を切る。

 ショルダーにそれを放り込むと、腕時計を見、『やっべ~』と更に足を速めた。







 今日は、12月29日。金曜日。



 クリスマスムードはすっかり消え、街は新世紀を迎える準備で忙しない。

 暖冬と言われていても今日も夜は冷える。





 マフラーを口元まで持ち上げ駅へ駆け込むと、新一は丁度入ってきた電車に乗り、空いていた席に座った。





















 刻は、19時。





 ・・・・・・少し震えつつ新一は瞳を閉じた。


































ひとくぎり



























「・・・・・ふーん。別に、俺は今日じゃなくても良かったから、言ってくれりゃあさ」

「いいんだ。お前との約束が先だし」

「そりゃ、そうだけど」











 杯戸駅前のスターバックス。

 駆け込んできた新一を待っていたのは、良く似た雰囲気を持つ黒羽快斗。







 真っ白なふわふわのファーで上半身を包み、下は黒の革に黒の靴という出で立ち。



 細くないと似合わないだろうそのスタイルに感心する新一も、真っ黒なハイネックのセーターと普通のジーンズがやたらと似合うのは、天性のスタイルの良さだ。











 しかし少し気になる事でもあるのか、快斗は少し落ち着かない様子で。



 他に用事が出来たらしい事を言っていたから新一はそう言ったのだが、律儀な快斗は自分との約束を優先してくれたらしかった。















 そこで新一は話題を変えようと、さっきの電話の事を口走ってしまう。

 すると案の定、快斗の『それからそれから?』攻撃が始まってしまった。









 ・・・・・『しまった』と思ったが、大事な所は濁し、新一は此処に来るまでの出来事を簡単に話す。











 一息つき、新一はアイスコーヒーを口に含んだ。

 手元にある既に冷めている紅茶を飲み切ると、今度は快斗が息を吐き前髪を揺らした。

















「・・・・・どうした」

「え?」

「元気、ねえみたいだけど」













 目の前の顔が急に曇ったのを、新一は見逃さない。

 この雰囲気は珍しいと思ったのだ。







 ・・・・・新一が、覗き込む。















「ちょっと今日、あってさ」

「・・・へえ」

「それよりそろそろ行こうぜ? 始まっちまう」

「あ。ホントだ」











 新一と快斗は時計を見て、席を立つ。

 慌てて着てきたジャケットを羽織ると、2人は出口へ向った。













 もうすぐ、20時。



 2人は1週間前に、この日のこの時間、映画を観に行くことを約束していた。





























ひとくぎり





























「じゃーな新一、気を付けて行って来いよ」

「ああ」

「来年も宜しくな~」













 23時、杯戸駅。

 いつもならこの後飲みにでも行くのだが、何故かそんな雰囲気にならず。



 今世紀で逢うのは今日が最後だから、2人は笑いながらお決まりのセリフを言って手を振り別れた。













 映画は面白かった。

 刑事もので、ひとりの熱血刑事が相棒と共に事件解決に挑むというものだった。



 まあ、良くある話を言えばそうなのだが。

 その主人公の『熱血野郎』が誰かに似てると思った。















 ・・・・・・関西弁だったからだろうか。





























「今ごろ何してっかな――――――・・・・・」



















 新一は電車に乗り込む前に、夜空を仰ぐ。





 視界に星は入らない。

 それが何故か、妙な寂しさを生んだ。















 ・・・・・揺れる振動が、心地良い。

















 今日は仕事納めの会社も多いのだろう。

 いつもより人も多く、新一はその身を反対のドア付近に置いた。



















 窓に映る自分自身が、何か言いたそうに目を細めた――――――――・・・・・



























 ・・・・あいつも明日の飛行機で帰るって言ってたっけ。























 あいつ。

 それは、服部平次の事だ。

















 ・・・・この俺の心を掻き乱す、ただひとつの存在。





























 明日の30日に平次は大阪の実家へ帰り、それから10日くらいまでは、戻って来ない。

 それを解っていたから、新一は逢いたくなかった。











 ・・・・自分だって、明日にはロスへと飛ぶ。


























 今日は逢えない。

















 だって。



 逢ったら多分、行かせたくなくなっちまう――――――・・・・・





































 自分は弱くないつもりだ。

 だけど。



 服部のそばにいると・・・・不安ばかりが強くなる。























 新一は、未だにこんな自分が信じられないでいた。

 平次に対して恋愛感情を持つ様になってから、歯車が狂い始めていた。





 色々考え事をしている内に電車は米花駅へと着く。

 再び感じる冷気に、新一は身を縮ませゆっくりと改札口へと歩き出した。






































ひとくぎり

































「・・・・・・そうだ」















 新一は、駅を出た所で自宅に向かう足を止めた。

 回れ右をし、自販機で暖珈琲を買ってからタクシー乗り場の列に並ぶ。



 やがて順番が廻ってきて乗り込むと、その車を高台の方へと向けた。





















「あ。ここでいいです」















 タクシーを降り、途端に冷たい風を身体に受ける。

 車だとほんの10数分の距離である此処は、新一が小さい頃から自転車などでよく遊びに来ていた場所。



 広い駐車場があって、ここから先へ進むには人の足しか術は無く。

 でも、ある獣道を行くと少し広い街全体が見渡せる場所に出る事を、新一は知っていた。





















「あそこなら星が結構見えんだよな」









 この暗闇で足元の見通しはサイアク。

 記憶と月明かりを頼りに、どうにか目印の1本の大きな樹に辿り着いた。

























「・・・・・・え?」















 新一は目の前の樹に違和感を感じる。

 枝に、誰かの影が在る―――――――――・・・・・

























「は、服部!?]

「・・・・・工藤」















 その見覚えある影は、やっぱり平次だった。

 でも、何で此処に?







 ・・・・・平次も足音が新一だった事に驚きを隠せない。

















 新一は訳の解らない想いが込み上げた。

 そうして、ゆっくり樹へ近付く。















 平次は動かない。





























「・・・・何してんだよ」

「べっつにー。星、見とっただけや」

「あ・・・そ」

「そっちは何や? 誰かと会うてるんやなかったんか」












 平次は案の定その事を聞いてきた。

 数時間前は意地で答えなかったその名前を、新一は今度は素直に呟く。













「おう、会ってたぜ。快斗に」

「――――・・・・黒羽?」

「誰だと思ってたんだよ・・・・・つっても、誰と会おうが許可要ると思えねーけど」















 樹に寄りかかり、宇宙を見つめる。

 高台のはずなのに何故か今、風を感じない。







 不思議だな・・・・そう新一は思った。























 平次も枝に跨りながら、視線を夜空に戻す。





















「そやな。解っとるんやけど、つい」

「――――――・・・・俺を信用してないのか」

「そうやない」











 



 視線が合った。

 2人の間に、少しの沈黙が流れる。















「違うだと?」

「お前が俺に惚れとんのぐらい解っとる。そんなん、言葉に出さんでも態度でバレバレや」

「なっ・・・」

「俺が言いたいんは――――――・・・どう言うたらええんかな。独占欲っちゅーんかな、やっぱ」

















 照れたような。

 でも、怒ったような。



 平次はひょいと飛び降り、新一に向いた。















「どんだけ逢うてても駄目なんや。もっともっと逢いとうて―――――――・・・我侭なんは解っとるんやけど」

「・・・・俺たち明日っから暫く逢えねーんだぞ? そんなんでどうすんだ」

「せやなあ・・・・どないしよ」















 新一は明日の便で、ロスへ向う。

 普段滅多に会えない家族の元へと、こうして正月に向こうで過ごすのはもう恒例となっている。











 ・・・・ちょっと電車に乗れば逢えるという距離では、もちろんない。































「俺だって―――――――・・・・同じなんだから我慢しろ」

























 伏せ目がちに、それだけ何とか新一は呟く。

 さっきからの平次の告白に、ただ身体は火照るばかりで返す言葉を探すのに精一杯。

















 ・・・・とても視線を合わせられなかった。

























「せやな。ま、我慢出来へんかったら電話で相手してもらお」

「調子に乗んな。俺思い出しながら1人でやれ」

「うわ。さびし~」















 とんでもない事をさらっと言い合う2人。

 そして平次は、目の前の身体を樹へと押し付けた。

















 新一がやっと顔を上げる。



 相手の視線は、自分の口唇へと向いている・・・・・・

























「・・・・何」

「相変わらず、渇いとるな」

「ほっとけ」

「ホンマに放っといてええんか?」

























 意地悪げに平次は微笑う。



 至近距離での憎たらしい表情。

 新一は何だか腹が立ち、平次の襟元を引っ張り強引に引き寄せた。























「・・・・・!?」



















 平次の視界がぼやける。

 やがて目が慣れてくると、長い睫毛が震えているのが見えた。















 ・・・・・数秒のち名残惜しげにそれは離れる。



























「じれってーんだよ、お前」

「工藤・・・・」

「ん?」

「―――――――・・・・・もう1回・・・・」





















 今度は平次から。



 包むように、ついばむように。





























 ・・・・・・新一も今度は身体の力を抜き、与えられ温もりに身を委ねて目を閉じた。








































ひとくぎり





























「タクシーで来たんか? 俺が居らへんかったら、どないして帰るつもりやったん!?」

「歩く。だって30分くらいのもんだし」

「アカン!! 最近物騒なんやから気いつけんと!」















 駐車場まで降りてきた2人。

 車が自分のしかない事実に、平次が疑問を持ち聞いてきてこの展開。













「そんなオンナ子供じゃあるまいし・・・・」

「『誰でもええ』っちゅー輩には関係あらへん! 用心にこしたことないで?」

「はいはい」













 適当に返事をして、新一は助手席へ乗り込む。

 そうしてドアを閉めようと手を伸ばした時、いきなりシートが倒れた。











 今度こそドアの閉まる音。


 ・・・・次に重力が圧し掛かってくる。

















「おい・・・・」

「ん?」

「何、してんだよ」

「外じゃ寒いやん? せやから」

「って、涼しい顔して何処に手え突っ込んでやがる! 家まで我慢出来ねえのか!?」















 もがく新一。

 それに構わず、平次は鮮やかな手つきで必要な箇所を冷気に晒す。



 身動きなんてろくに取れない場所。

















 新一は――――――・・・・早々に諦めて息をついた。

























「・・・・・・挿れんのは、無理だぞ」

「解っとるがな。それは家まで我慢するし・・・・・・とにかく工藤のアノ顔見ん事には、この辺が治まらんみたいやねん」

「ったく―――――・・・・・しょーがねえな」



















 狭く静かな密室。

 平次は新一の右手を掴み、既に硬くなっている自身に当てさせる。



 ・・・すると目の前の顔は暗闇でも解るくらい赤くなり、同時に表情も妖しく変わった。













 それを確認して、平次は再び右手を新一のものへと滑らせる。























「―――――――――・・・・っ・・・・ん、先に・・・・・」

「キス、やろ?」















 答える代わりに新一は微笑う。



 つられて平次も口の端を上げると、2人は同時に瞳を閉じた――――――――――・・・・・・


































ひとくぎり



































 ・・・・・・揺れるのは、風だけのせいじゃない。







 しがみつくのは―――――――・・・・寒さだけのせいじゃない。

































「お前・・・・は・・・・何、してた・・・・・・?」

「ん?」

「今日、俺がいない時間―――――――――・・・・・」

















 波に耐えながらも、その瞳は問いかけ。

 与えられるものに震えながら応えを待った。

















「・・・・・さあな」

「おい・・・?」

「そんなん、教えられへん」

「何で――――・・・」

























 そしてやっぱり、語尾は吸い取られ。



















 ・・・・・・やがて新一は考えるのを止めた。




















































Fin


>>>映画を一緒に見た快斗側の話「以心伝心」はこちらからどうぞ。