The new year




 馬と羊の境目。

 その、まさに今、変わろうとしている瞬間。

















 ・・・どうしてか俺達は東京ドームに居た。
































ひとくぎり





















「へーじお兄ちゃん! まり、ぜんっぜん見えないーっっ!!」

「わーったわーった、お兄ちゃんが抱えとるさかい、ちゃんと見るんやで?」

「万里ちゃん、ほら、危ないからそのうちわ、持っててあげるから」

「いいのーっ! こうちゃんおーえんするんだもんっ!」

「・・・そう。じゃあガンバってね」

「ああも~ 工藤見捨てんといて~ あああ! こら万里、危ないやろ! じたばた動くんやないっ!」















 とんでもない歓声。

 耳に身体に腹に響く轟音。そして、視界には女の子達の凄まじい熱狂。





 工藤新一と服部平次。

 2人は呆気に取られながら、その群集を見つめていた。













 時は既に23時45分。今日は大晦日。

 そう、世間一般には家族でゆっくりと年越しそばでも食べている場面の筈なのだが。



 この東西きっての名探偵達は、何故か現在、東京ドームで開催されている『Jフレンズ・カウントダウン・コンサート』なるものの会場に来ていた。















「おにーちゃん! こーちゃんみえなくなっちゃったーっ どこー?」

「は? ちょ、ちょお待ち・・・おい工藤、解るか?」

「あっち。真ん中のステージ」

「は~もー、人数多くて、位置確認すんのひと苦労やな~・・・っと、万里、ほら、今度こっちやぞ!」

「うん!」

「・・・しっかし、これだけ集まると壮観だなー」

「工藤!! 涼しく見とらんと、お前も一緒にこいつ支えてくれや~~」













 それは、この平次の親戚の子である服部万里(はっとりまり)ちゃん7歳が原因だった。



 kinki kidsというアイドルグループが好きな彼女。
 年末は両親と一緒にいつもこのカウントダウンライブに来ていたのだが、年の瀬になって仕事の都合がどうしてもつかなくなったらしい。



 そこで、平次の母親が正月に東京に行くと言っていた彼に、保護者の代わりに年末から行けと言い渡したのである。















 最初はいい顔をしなかった平次。

 しかし、その子の母親は『この子に付き合ってくれるなら、泊まるつもりだったドームホテル、そのまま誰かと泊まってきていいから』と言うではないか。









 ・・・・・・平次がそれに乗らない訳が無かった。

















 即効、新一に連絡した所あっさりとOKの返事。

 今年の正月はいつもと違い、5日にロスに向かうことになっていたらしかった。



















「しっかし凄げえなあ。俺、こーゆうの初めてだけど・・・・・結構、面白いもんだな」

「・・・・こっちはクタクタやねんけど」

「頑張れ。お前が受けた依頼だ」

「く~ど~」

「へーじおにいちゃん!! 見えないってばーっ! こーちゃんどこーっ!??」

「万里、今な、こーちゃん達はお休みやねん。他のおにーちゃん達が歌っとるからな、ちょお座って休んどってな」

「そーなの~?」











 今はkinki kidsの出番では無く、V6というグループのライブ場面に切り替わっている。

 万里はお目当ての『光ちゃん』が居ないので、やっと少し大人しくなった。











 ・・・・・平次はぐったりと椅子に座る。



















 周りを見渡すと、相変わらずの熱気と歓声。



 ここは『アリーナ席』と呼ばれ、場所によってはステージが近くラッキーとなるが、下手に中の方になると背の小さい人には何も見えないというとんでもない席だ。





 そうで無くとも、新一や平次は男でそれなりに背も高い。

 だから、どうしたって周りの女の子達より頭ひとつ出てしまうので、何となく座ってしまい、邪魔にならない様な体勢を取っていた。

















「あーっ!! こうちゃんいたーっ」

「何や―――――・・・・・もう休憩終わりかいな・・・・・」

「中継入るみたいだな」















 やがて出演者全員が白い衣装で登場してくる。

 天井付近に設置されている大型モニターに映る堂本光一を見て、万里がまた騒ぎ出した。



 連動して、他の客もざわめき出す。











 どうやらこれからフジテレビのカウントダウンのテレビ中継があるらしい。

 平次は深く息を付くと、再びはしゃぐ万里を抱え、『こうちゃん』を見せる為にその小さな身体を持ち上げた。






























ひとくぎり

























「こんなに疲れた年末は初めてや・・・・・」

「そうか?」

「工藤はゼンっゼン、手伝うてくれへんし~~」

「心外だな。俺だって一緒にあの凄まじい列に並んだだろうが」













 既に刻は25時。

 とっくに正月は明けて、真夜中の1時である。





 2人は水道橋駅まで迎えに来ていた万里の両親にその子を渡すと、未だ切れない人の波に逆らいながら東京ドームホテルへと辿り着いた。



 部屋番号は915。つまり、9階。















「けど何やアレ? 人の顔がうちわなんかになって、楽しいんか?」

「人の価値観だろうけど、ファンには嬉しいじゃねえの?」

「・・・・ほんなら工藤。もしお前の顔のうちわがあって、事件現場にそれ持ったオンナがぎょーさん押しかけて来とったら、嬉しいか?」

「―――――・・・そりゃ怖いな」

「せやろ?」

「つうか、その例えはちょっと違うだろ」















 オレンジで統一されたツインルーム。

 始めてだけど、結構綺麗なホテルだなと新一は思った。



 荷物をベッドに置いて窓から見えるドームを眺める。















「おい見ろよ服部。まだすげえ列、出来てるぜ」

「ほわーホンマや・・・・・寒いのに元気やな~」













 視界に映るのは、人、人、人の頭。

 Jフレンズ面々のキャラクターグッズを買う人の列が、ドーム周辺の階段の下のホテルの脇まで来ている。











 ・・・・・こんな列に、そういや夕方頃並んだっけなと思い出し、2人は苦笑した。



















「疲れたけど、面白かったな」

「そおか? 俺はめっちゃ恥ずかしかったわ―――――・・・・・列に並んどる時、周りのオンナ、じろじろ人ん顔覗きよるし」

「そんなの気にしてたのか。俺達レベルの男がグッズの列に並んでれば、そりゃー目立つだろ。向こうほどじゃないけど、こっちもそこそこ有名だしな」

「そらまー、そうやけど」















 そう。

 この子供を連れた色男2人組は、このライブで酷く目立っていた。





 全く居ない訳ではないが、数少ない男の観客と言うものは、周りの女の子達から意外とチェックが入っているものだ。



 特にジャニーズのファンの子というのは普段から目が肥えている。

 しかし、この2人に関しては文句のつけようが無かった。



















 ・・・・どう見ても、この2人のランクは超A級なのだから。


















「お。ここの出窓、ちょっとイイじゃん・・・・下からは見えたってシルエットだろうし――――――――――・・・なあ。ここで1回、ヤろうぜ」



















 突然新一が欲情しだした。

 この夜景が、どうもツボにはまったらしい。



 出窓に腰を下ろしていた平次の首に手を回し、その足に跨ってくる。











 しかし9階ではシルエットとは言え、何をしてるかなんて丸解りの筈・・・・・・・そう平次は思ったが、目の前で口唇を舐める新一はどうやら承知の上らしい。



















 だから、平次もごくりと喉を鳴らし―――――・・・・・・まずはその口唇を塞いだ。
































ひとくぎり



























「お前、タバコ止めたのか」

「・・・・・・・・気い付いたんか。せや、こん前工藤に逢うてからな」

「良い事だ。今時はやんねえし、俺の身体にも影響する」















 窓際でひと運動済んだ後、ベッドに雪崩れ込んだ2人。



 もう何時だろう。

 何度目かの波を終え、枕もとの明かりをつけた新一が平次にふと呟いた。















「――――――・・・・・あれだけキスん時嫌な顔されとったら、決心もするわ」

「百害あって一利なしってのは正論だからな・・・・・大体なあ、お前剣道するクセに煙草なんて論外なんだよ」

「俺も色々あるんや。察してくれ」

「・・・俺も色々あったけど、そっちには走らなかったぜ。つうか・・・・・・試したけど身体が受け付けなかったってのが・・・ホントの所だけどな」















 淡々と語る口調は何となく寂しそうで。

 だから平次は目を細め、視線を逸らし天井を向いた。

















「工藤て・・・・・何も言わんのな。俺ん煙草、嫌やったんなら『吸うのやめろ』て言えばええのに」

「お前の意思でやってる事をとやかく言うつもりはない。俺に迷惑かけないんなら、何しようが勝手だ。まあ、確かにヤニ臭いキスは我慢の限界だったけどな」

「・・・・正直言うて『煙草の匂いを嫌がる工藤』てのは結構好きやったから、残念や」

「おい・・・・」

「冗談やって。ま、俺もそろそろ止めよ思とったし」















 至近距離での会話は、自然と声が小さくなるものだ。

 新一に向きなおし頬を包むと、平次は満面の笑みでその髪の毛をすいた。















 ・・・・・・新一の手がそれを掴む。

























「おめでとう」

「へっ?」

「・・・・ちゃんと言ってなかった。新年、明けましておめでとう」

「そ、そーいやそうやな・・・・・明けましておめでとさん」



















 改まった挨拶に平次は途端に赤くなる。

 それに気付いた新一が、ふわりと微笑い擦り寄ってきた。



 焦ったのは平次だ。





















「く・・・・く、工藤?」

「ん?」

「ぐ、具合でも・・・・・悪いんか」

「・・・・は?」





















 今までどんなに最中燃え上がっても、終わった途端に身体を離していた新一。

 だから、こんな状況に平次は戸惑う。



 腕の中からその顔を覗く新一は、理由が解ったらしく笑った。



















「何で笑うんや!?」

「・・・・俺、煙草の匂い嫌いだって言っただろうが。止めて匂いしなくなったんだから、お前から離れて寝る理由はねえ」

「へ・・・・・」

「そーだな・・・・・お前が止めたお祝いに、舐めてやるよ」

「え、ちょ・・・っ、工藤!?」

「足――――・・・・・もうちょっと広げろ」















 慌てる様子がお気に召したらしい新一。

 意地悪く微笑うと、僅かに掛かっていた布団を下に落として平次の下腹部に顔を沈める。

















 ・・・・そうしてゆっくり扱きながら、舌先で遊びつつ口に含んで行った。
































ひとくぎり

































「どないした工藤・・・・・・今日はやけに積極的やんか」

「そうか・・・・?」

「せや―――――・・・そら、嬉しいけど」















 平次の上に寝そべりながら、新一は暫く静かに呼吸を繰り返していた。





 本当に新一はいつになく乱れた。

 しかも滅多にない程、彼自身からアレコレしてくれた。



 嬉しいけれども平次は少し不安に思う。

 だから、聞いた。

















「・・・・お前と新年迎えられると思わなかった。だから、ちょっと嬉しかっただけだ」

「え?」

「だって・・・・・正月はいつも実家だったろ」





















 一般家庭では、正月は家族と過ごすのが常。

 平次の家も新一の家も、それは例に漏れず。



 けれども今年、ロスに居る両親の都合がどうしても取れなかった。

 だから年末年始はあの家でひとり、紅白や特番を見て過ごす筈だった。





















 ・・・・・そんな時に、お前から電話が掛かってきた。





























 子供のお守りだろうと、アイドルのコンサートだろうと、そんな事は構わなかった。



 ただ一緒に年を越せるんだという事実。
 それが、俺には何よりも嬉しかった―――――――・・・・・・・



























「工藤―――――・・・・・」

「おい・・・・もう欲情すんじゃねえぞ。今日は終わりだ」

「んな事言うたかて、工藤めっちゃ可愛エエんやもん」

「・・・・俺のどこが」

















 可愛いって言うんだ。

 そう言おうとしても、言葉にはならない。



 どうせ『全部やがな』なんて、陳腐な台詞が返って来るのが解りきってる。

















 ・・・・新一は触れてきた手を避け、ベッドから降りた。





















「ツレないやんか~」

「うるさい。シャワー浴びてくる。ひと眠りしたら初詣行こうぜ」

「・・・・そやな」

「初めてだな、服部と行くの」





















 手を伸ばしかけて平次は動きを止める。















 薄闇の中の新一。

 ・・・・・その表情と肢体が、あまりにも綺麗だったからだ。













 今更ながら見惚れてしまい、平次は顔を真っ赤にした。































「どないしよ・・・・」

「ん?」

「・・・・・新年早々、幸せ過ぎて怖いわ。俺」

「そりゃ良かったな」





















 そうしてまた新一は微笑う。

 滅多にない笑顔を連発するその表情に―――――・・・・・・













 平次は、どうしてか最初に出逢った頃のあの衝撃を思い出した。
































ひとくぎり































 2003年、元旦。

















 去年は色々あったけど。

 今年も色々あるだろうけど。































 ・・・・・・・今年はどれだけ、お前の隣に居られるだろう。

































 そんな事を考えてしまう、新年最初の日。














































Fin