世界にたったひとつだけの


「あー 俺オレ、今どこだ?」

『―――――ほー・・・・・ソレを俺に聞くんか』

「わり。今病院終わったからよ、我慢して待ってろな」

『何やと!?』













 3月になり、少しずつ日も長くなってきているこの時期。

 しかし気温は変わらず低く、新一は赤いマフラーをしっかり首に巻くと、途端に感じた冷たい風に身体を竦ませた。





 ・・・・携帯電話の中から、割れんばかりの声。















「うるせーなあ・・・・・んな声出さなくても聞こえるっつの」

『病院って何や!? 怪我したんか?』

「花粉症。とーとーなっちまったよ―――――・・・・・今年は平気かな~って思ってたんだけどさ、昨日の晩えらい事になっちまって」

『へ・・・・花粉症?』

「そ。じゃーな」

『じゃーなやないやろ!! だったら先に連絡よこせや!』













 最後に喚く平次だったが、それは新一には届かない。

 言いたい事だけ言って先に電話を切り、鞄にしまったからだ。



 空を見上げると綺麗な夕日が見えた。































「――――――――・・・・・まるで血の色だ」























 日本時間で今日の午前未明。

 とうとうアメリカは武力行使に踏み切り、イラクに攻撃を始めた。



 今までは何処か遠くの世界の出来事にしか思えなかったけど。

 朝からテレビは報道一色で、嫌でも現実を感じた。

























「あ、やべ。早くしねえと」



















 時刻はもう19時を過ぎている。

 手に持っていた薬も鞄にしまうと、少し急ぎ足で新一は家路へと向かった。






























ひとくぎり





























「工藤!」

「へ?」













 コンビニを通り過ぎた所で聞きなれた声がした。

 振り向くと、やっぱり平次だ。













「やっと帰ってきたな」

「・・・・ココで時間潰してたのか」

「せやかて工藤んちの前で待ってたら凍死してまう」

「んなオオゲサな」













 そうは言うがあながち嘘でも無い。
 とにかくここの所、気温が真冬並みなのだ。



 確かにマフラーもしていないと少し堪えるかもしれないな。

 そう思い新一は微笑った。

















「・・・・どないした」

「ん?」

「調子狂うやん。花粉症ってそんな深刻なんか?」

「まあな。辛いぜ~? 注射打ってもらった」

「それやったら―――――――・・・・・」













 そこまで言って平次は言葉を止める。

 ジャケットの内ポケットから缶珈琲を取り出し、ひとつ新一に渡した。















「何だよ」

「ええわ。後で」

「後?」

「とにかくそれ飲み。一応ぬくい思うけど、冷えんのは即効やからな」

「・・・・・あっそう」













 新一も何か言おうとしたが、向けられた笑みがどうしてかそれを止めた。







 一旦止まり缶を開け口に含む。

 『もう冷めてんじゃん』とぼやくと、『贅沢言うなアホ』と返され、また微笑った。






























ひとくぎり

























「握り飯も買ってあったのか」

「ホンマは鍋にしよと思とったんやけどな―――――・・・・・ニュース見とったら、気が滅入ってしもて作る気のうなった」

「ニュース?」

「朝から報道一色やろ。攻撃始まったし」

「・・・・そうだな」















 ふたつ分お茶を入れ、リビングに運ぶ。 

 平次の隣に腰を下ろし、リモコンのボタンを押した。

















「工藤はどう思う?」

「何がだ」

「この戦い、率直にどう思うとる?」

「どうもこうも―――――・・・・・・」

















 夜も21時を過ぎて、また番組はこの戦争についての番組が多くなっている。

 適当にチャンネルを変えるが、何処も討論が主体のようだ。



 新一は深く息を付き、握り飯のフィルムを剥がし始めた。

















「戦争は単なる大量殺人だ。どんな理由があろうと人が人を殺す事には違いねえのに・・・・・それで正義を語ってるなんて、失笑もいいとこだ」

「なるほど」

「お前はどうなんだ?」

「そーやなあ――――――――・・・・・嫌やな、単純に」

「それだけか」

「せやかて20年くらいしか生きてへんねんで? 戦争なんて教科書の中の出来事で、体験した事もないヤツがえらそうに言える立場やないわ」

「まあ、確かにな」



















 俺たちはあまりにも若い。

 世論に合わせて『戦争反対』なんて唱えても、何処か絵空事の様に感じている。













 ・・・・口で言うだけなら簡単だ。



























 もしかしたら真実は他にあるのかもしれない。

 テレビに報道されない隠れた事実が、あるのかもしれない。



















 ・・・・・・それでもやっぱり。

 法の裁きを受けない殺人には賛成はしかねるから、納得なんて出来ない。

























「だから工藤に逢いとうなったんや」

「は?」

「ぼんやりとしか今まで思えへんかったけど――――――――――・・・・・戦争が現実に始まったん目の当たりにしたら、無性に工藤の顔が見たい思うた」

「・・・・・服部」



























 平和に慣れすぎた今。

 皆が、皆平等に明日が来るだなんて無意識に思ってる今。



 『また明日ね』なんて挨拶さえ、疑問に思わず使っているから。

























 本当は解らないのに。



 明日も、今日と変わらず『逢える』なんて保障は何処にもない筈なのに。



























 生れ落ちた瞬間から人間は、死に向かって生きているに過ぎない。



 人間に限らず生きとし生けるもの全て、やがて訪れる永遠の眠りに向かってる。



























 ・・・・・だからこそ。



 逢いたい時に、逢える時に。

























「俺もだ」

「へ?」

「だから朝、電話した」

「・・・・工藤」

「課題に事件に忙しいのも本当だけど――――――――――・・・・今は同じ東京に住んでるんだから、その気になれば毎日だって逢えたんだよな」

















 高校生の頃は、東京と大阪という物理的な距離があった。

 だから滅多に逢えなかった。



 けれど大学に進み、平次が東京に4年の間だけ住むようになってからも・・・・・・

 環境に慣れるのに忙しかったり。
 こちらの都合お構いなしに飛び込んでくる事件に追われ、1週間に1度逢えれば良い方という状況になっていた。















 次に逢う約束があるから我慢できる。



 ・・・・・・そんな不確かな『次』という未来を、どうして今まで『必ず来る』と疑いもしなかったんだろう?





















 新一はリモコンに手を伸ばしテレビの電源を消す。

 途端に部屋は静かになり、冷え冷えとした空気が2人を包んだ。

























「そんなん俺も同じや。せやけど―――――・・・・・『気い付いた』んやから、ええと思うで」

「・・・・ああ」

「暗い話はもう止めようや。それより話あんねんけど」

「話?」

「もう春休みやし、しばらく俺ん実家に遊びに来えへん?」



















 途端に向けられた平次の満面の笑み。

 新一が目を見開くと、更に嬉しそうにその顔は微笑った。






























ひとくぎり



























 新一は知っていた。

 平次は長期の休みには、必ず寝屋川の実家に帰省する事を。



 確かそれが東京に1人暮らしする上での条件なのだと言っていた。









 だから今回の春休みも帰る事は解ってた。

 しかし、今平次が言った言葉は――――――――――・・・・・

















「大阪も全部案内してへんしな。奈良も京都も、姫路もええで? この際、行けるトコは全部行ってみようや」

「・・・唐突だな」

「何や。この休み、用事あるんか」

「べ、別に無いけど」

「なら決定や。オカンは工藤気に入っとるから平気やし、オヤジはロクに家におらんし、気い使うことないで」

「けど」

「――――――――・・・・・ゴダゴダ言うのはこのクチか?」

「!」















 ため息交じりに囁かれた後、新一は言葉を塞がれた。

 しかし、瞼を閉じようと思った時には離れてしまう。



 少し残念そうなその表情に平次は苦笑した。



















「明日も今日と同じに居られる保障は無いんやろ? せやったら、やりたい事、見たい事は遠まわしにしたらアカンねんで」

「・・・・そうだったな」

「ホンマ妙なトコで悩むんやからな~ 工藤は」

「お前みたいに単細胞じゃないんでね」

「なぬ!?」

















 新一にいつもの調子が戻って来たようだ。

 薄く微笑うと、もう冷めてしまったお茶のカップを2つ持ち立ち上がる。



 そうして今度は熱い珈琲を入れようと、戸棚から新しいカップを取り出した。
































ひとくぎり

































 世界が平和でありますように。

 そんな大きな事は、願える立場じゃないかもしれない。



























 でも、隣に居る君が明日も隣に居ますように。



 その為に、明日もきちんとやって来ますように。





























 ・・・・・そんな『小さな願い』の積み重ねが、大きな
希望(のぞみ)となるから。





























 世界でたったひとつの君が。



 いつも、微笑っていられますように――――――――――・・・・

 そう願わずには、いられない。
















































Fin