・・・・・・想うたび切なくて。



 願うたび、苦しくて・・・・・・・・























 俺のいない場所で・・・・・・お前は何してる――――――――――――――・・・・?























桜思想[03]






『工藤。今年はロス行くんか?』

「ああ―――――・・・・蘭と、2週間くらい」

『親公認か。相変わらず仲ええな』

「お前らこそ。北海道行って来たんだって?」

『あ、あれは俺が頼まれた事件に和葉が勝手に付いて来ただけや!』















 蒸し暑い、東京の夜。

 新一はソファに転がり平次と電話をしている。





 ・・・・声とは裏腹に、その表情は暗い。













「蘭が和葉ちゃんに会いたがっててさ。8月の終り頃に戻ってくっから・・・・・そしたら、お前らこっちに遊びにこねえか?」

『・・・・せやなあ。その頃は俺も少しは身体空くし、帰って来たら電話よこせや』

「解った。じゃあな」















 静かに電源を切る。

 そうしてゆっくり充電器に戻すと、軽く息を付いた。

 























「・・・・・・・やっと誘えた」























 気付いたのは、去年の冬。

 確信したのが今年の春。



 あれからまたそれぞれの生活に戻り、逢うことも無くなり・・・・・・











 やがて入った夏休み。

 新一は複雑な表情をして、天井を仰ぎ見た。






























ひとくぎり



























 そして8月の終り。

 約束どおり、平次と和葉が遊びに来た。









「も~ なんやの東京の暑さ・・・・焦げてまうわ」

「今年はホント異常よね」

「おい蘭、荷物これで全部か?」

「か~ずは~・・・・・お前コレ大阪まで持って帰るつもりなんか?」









 大量の荷物。

 最高気温が35度を超えたという今日。



 彼ら4人はお台場のフジテレビに行った後、近くのジョイポリスで遊び、夜の9時にようやく戻って来た。









 日が落ちれば少しは涼しくなるかと思ったが。

 どうやら昼間に蓄えた熱をこれでもかと放出しまくっている・・・・・・・・



 蘭と和葉を毛利の事務所まで送り届ける為、新一と平次は彼女達と共に熱風の吹く道を歩きやっと目的地へ着いた。









「ほな明日な」

「ごめんな工藤君。暑い中連れまわしてしもて」

「大丈夫だよ」

「服部君、ホントごめんね。荷物持ってくれてありがと」









 平次と新一の持っている紙袋は、全部彼女達の荷物だ。

 それらを渡すと、明日の集合時間の確認をしてドアを閉める。



 事務所からの階段を降りると、2人は大きく伸びをした。
















 ・・・・・空に、星が見える。



















「工藤」

「ん?」

「東京でも星、見えるんやな」

「・・・・少しだけな」










 離れて歩く。



 相変わらず、熱い空気が2人の間には流れ。

 視線も合わさずただ歩く・・・・・













 平次は少し先を歩く新一の背を見ていた。



 前と変わらず細い肩。

 半袖から見える腕は、確実に自分とは違う体格を示している。




















 ・・・・・・・とくん。



















 約3ヶ月ぶりの生身の新一に、平次の胸は改めて高鳴った。

 今年の春、この気持ちが普通の友達に対するものでは無いことを自覚したからだ。



 あれは桜見物に来た新一が、自分の部屋に泊まった時が始まりだった。













 寝顔に胸が締め付けられ。

 その口唇に触れたいと何度も思い。












 ・・・・・果ては、新一からの手紙を読んで東京に飛んで行った。
























 同じ時期に自覚したのは新一。

 いつも平次の横に並ぶ和葉を羨ましく思っている自分に、気付いてしまった。





 だから実は両想いな彼等。

 けれども・・・・・


















 2人は同性同士だったから。

 とにかく、これまでの関係を壊したくなかったから。







 ・・・・・だから。

























 相手に悟られない様にする事だけに一生懸命になっていて、本当は通じ合っている気持ちに気付けないまま今を迎えていた。






















「明日、帰るんだよな」

「ん? ああ」

「・・・・・服部。花火やんねえか?」

「花火?」

「そ。今コンビニでも売ってんだよな。買ってこうぜ」













 新一は振り向きそう言うと、近くのコンビニへと入って行く。










 そうだ。

 自分は明日大阪へ戻る・・・・・



 そしてまた暫くは逢えない日が続くのだ。














 ・・・・・今度はいつ逢えるんだろう?

 いや、逢いたかったら逢いに行けば良いのだけれど・・・・・・・







 この気持ちに気付いてから、それが容易に出来ないでいる自分が居る。














「おい服部、おいってば!」

「へ? ああ何や」

「ボーっとしてんじゃねえよ・・・・・・お前、何か飲む? ワインは有るけどビールはねえからさ。欲しいのあったら一緒に買うけど」








 新一に呼ばれ、平次は我に返った。

 数ヶ月前よりも伸びた髪から覗く瞳が、平次を捕らえて離さない。





 ・・・・更に鼓動が速くなる。












「じゃ、じゃあコレ頼むわ」

「ん」

「俺、ちょお外で煙草吸っとるから」












 平次は逃げるように新一のそばから離れた。



 あれ以上近くにいたら、自分の心臓の音を聞かれてしまいそうだったからだ。

 さっきまでは何とか平静を保てていたのは、他に蘭や和葉がいたから。














 でも、今は2人きり・・・・・・・・



 ・・・・・しかも、これから新一の家に行ったら本当に2人っきりだ。
















 煙を思いっきり吸い込む。

 そして何度目かの深呼吸で新一が視界に現れ、平次はまた表情を元に戻した。



























ひとくぎり






















 新一はこのまま家に戻りたくなかった。

 戻ってしまえば、ろくに話もしないで眠りについてしまいそうだった。



 ・・・・・・だから、川沿いの公園で花火をしようと思ったのに。








 他人の気配があった方が正気で居られる・・・・・

 そうして左に曲がろうとした時、平次に呼び止められてしまった。










「何処いくんや? お前んち、こっちやろ」

「え? 川沿いでやろと思って」

「庭でええやんか。それに俺、早く楽なカッコしたいねん」

「ちょ、ちょっとおい!」










 新一の言葉も聞かず、平次はさっさと右へ曲がる。

 結局そのまま工藤邸へと2人はやってきたのだった。





























ひとくぎり




























「じゃあこっちの部屋使ってくれ」








 新一は自室の隣の部屋へ平次を案内する。



 ベッドがひとつと窓。

 そして、クローゼットと小さな机の他には特に何もない部屋である。






「へえ・・・・・こんなトコあったんや」

「父さんがよく担当さんとか待たせてたから。仮眠室みたいなもんだな」

「そか」








 平次はいつものスポーツバックを置く。

 そして暑いなあと窓を開けた。










「じゃあ、着替えて降りて来いよ」

「解った」










 そう言い新一は部屋から出た。

 扉を背に大きく息を吸う。





















 ・・・・・また、心臓がドキドキしてきた。




















 今までは自分の部屋へ泊めていたけど。

 自分のベッドの横に布団を敷いて、夜遅くまで推理話に熱中したりしてたけど。



 もう、あんな無邪気な事は出来そうになかった。


















 ・・・・・あの春の日は、まだ平気だった。

 あの時まだ新一は、この気持ちに確信を持っていなかった。








 自覚したのは、あれから東京に戻って家の桜を見た時だ―――――――・・・・・






















 桜の樹が風に揺れた時、平次を思い出した。

 思い出したら止まらなくて・・・・・・



 その想いが『切なさ』だと後で気付いた。
















 新一は部屋に戻る。

 いい加減汗だくだった衣服を脱ぎ、いつもの室内着に着替えた。





























ひとくぎり






























 平次は着替えた後、少しベッドに転がっていた。


















 ・・・・助かったけど。



 でも、何となくショックやな・・・・・・・・




















 新一は自室へ案内してくれなかった。

 今までこの家に泊まるという時は、必ず彼のベッドの横に布団を敷いてくれてたのに。



 そうして、ずっと夜中まで他愛のない話をして過ごしていたのに・・・・・・・


















 気付かれたんか?



 せやから、避けられとんのか・・・・・・・?


























 悪い方向へと思いはどんどん沈んでゆく。





 普通に接しているはずなのに。

 やっぱり何処か不自然な振る舞いが出てしまっているんだろうか?



 平次は足元の壁を見た。




















 ・・・・・この壁は、そのまま自分と工藤との距離かもしれない。































 そうしてそのまま暫く目を閉じた。































ひとくぎり






























 ・・・・・服部が降りてこない。






















 新一は買って来た花火を袋から出しながら、縁側に座り待っていた。



 空には所々、光の強い星が見える。

 月もくっきり姿を主張していた。





















「今年は暑くて蚊も出やしねえけど・・・・・・・」










 一応蚊取り線香を出したが、この異常気象のお陰でまだ今年は1度も使っていなかった。

 特有の香りと煙を出し、それは空に向かって伸びてゆく・・・・・・・
















「にしても遅せえなあいつ・・・・・・・」















 30分も過ぎると、いい加減に新一も痺れを切らした。

 暗い階段を昇り客間の扉をノックする。



 しかし、返事がなかった。
















「?」








 新一は扉を開ける。

 すると、ベッドで眠っている平次を見つけた。































 ―――――――――――――・・・・・服部・・・・・・・・・

































 さすがに今日の暑さに疲れたのか。

 彼女達のパワーにやられたのか。



 眠りは浅くはなさそうで、新一が入って来た音にも気付かない。























「ま、しょーがねえな・・・・・」












 新一は微笑う。

 そして、見ないようにそのまま去ろうとした。



 何故なら―――――・・・・

 仰向けになって眠っている平次の上半身は何も身に付けていなかったからだ。




















 暗闇に、綺麗なラインが浮かび上がっていた。







 それは白いシーツに良く映えて・・・・・

 一瞬にして新一の脳裏に焼き付いてしまった。






















 広い胸。

 形のいい鎖骨。





 そしてクセのある髪が、僅かにそよぐ風に揺れていた・・・・・・・・






























 ダメだ。



 このままだと、ホントに俺・・・・・・・・


























「・・・・・無防備な顔しやがって」
























 寝顔だけで、こんなに苦しい。



 微かに聞こえる吐息が・・・・・胸を焦がす。




























 どうしよう・・・・・・











 ・・・・・服部。


 ごめんな―――――――――・・・・・俺・・・・・・・・































 ・・・・本当にどうかしてる・・・・・・・


























 そのまま自室に戻った新一。

 止まらない焦燥を抱えベッドに横になると、瞳を閉じて濡れ始めていた自分のものを弄り始めた・・・・・・



































ひとくぎり
























「暑い・・・・・・・・」












 平次は真夜中、暑くて目が覚めた。

 じっとりと滲む汗が肌に浮かんでいるのが解る。
















「あああ!! せや、花火!?」












 飛び起き、急いで部屋を出て階下へ降りてゆく。

 するとバスルームから出てきた新一と逢った。














「く、工藤すまん俺!」

「・・・・あんまり気持ち良さそうに寝てたから、先にシャワー浴びちまった」

「今何時なん?」

「んー・・・・・まだ12時にはなってねえと思うけど」

















 寝ぼけた平次の顔。

 新一は、少し微笑う。







 ・・・・その風呂上りの上気した肌がやけに色っぽくて、平次は一瞬息が止まった。
















「ほ、ほんじゃやろうや」

「オッケー。もう用意してあっから、縁側行ってろよ」



















 濡れた髪。

 拭いきれない雫が、ぽつりと顔に落ちる。



 そして良く見れば・・・・・・上はランニングシャツに下は短パン・・・・・・・

 普段と違いその露出の激しい格好に、平次は生唾を飲み込んでしまった。


















「服部?」

「え・・・ああ、先行っとるな」






 言われ、我に返った平次。

 頭をぶんぶん振りながら、早足でその場を去って行った。





























ひとくぎり





























 バスタオルを首にかけたまま、新一は冷蔵庫を開ける。

 その冷気に、大きく深呼吸した。

























 ・・・・・・び・・・・・・ビックリした・・・・・・・
























 自己処理を終らせた新一は、正気に返るとそそくさ風呂場へ向かった。







 ・・・・こんな時、軽い自己嫌悪に陥るのはいつもの事で。

 でも勝手に身体が反応してしまうのだから始末に終えなかった。
















 あいつを想像しながらやれるなんて・・・・・



 ・・・昔の俺からは、予想もつかねえっつうの。




















 そうしてサッパリ気持ちも汗も洗い流した後、突然目の前に平次が現れた。

 顔に出しはしなかったが、そりゃあ新一は激しく動揺した。





 ・・・・未だ止まらない胸の高鳴り。

 新一はもう一度深呼吸すると、グラスと一緒にビールを持って行った。

























ひとくぎり


























「やっぱお前、シャワー浴びて来い」

「ん?」

「髪の毛。汗ではり付いてるぜ」












 縁側。

 ボーっと座っている男に新一は話し掛ける。












「せやなあ・・・・そうさせてもらお」

「バスタオル、上の棚に入ってるから」

「ええって勿体ない。コレで充分や」

「うわっ」












 突然、平次が新一の首に掛かっているタオルを取った。

 そしてまだ濡れている髪を、わしゃわしゃと拭きまくる。












「ほんじゃ借りるで」










 そのままタオルをひらひらさせて平次は消えて行く。

 新一は呆気に取られ、その姿を見送った。



























ひとくぎり


























「工藤のシャンプーの香りや・・・・・」










 タオルからほのかに薫るそれ。

 つい嗅いでしまう自分は、やっぱり既に危ないのかもしれないと平次は思った。








 その証拠に―――――・・・・・・・




























「・・・・普通こんなんで勃つかいな」
















 男を象徴する自分のそれは、見事なまでに存在を主張していたのだ。



 平次はカラ笑い。

 そうして息をつくと、ぱっと脱いで扉を閉め、最初に思いっきり水を顔に浴びせた。


































ひとくぎり




























 ・・・・・リビングの時計が24時を告げた。

 新一は温い風に当たりながら、じっと桜の樹を見つめている。























「暑いなあ・・・・・」











 たった今、シャワーを浴びたばかりなのに。

 既に新しい汗がにじみ出て来始め、新一はだるそうに空に視線を移した。





 今年は梅雨というものが無いまま夏に入り。

 7月に入ってからは雨の降らない日が続き、最高気温は36度だの37度だのと毎日のニュースで記録更新を告げていた。



 夏は嫌いじゃないが、こうも暑いと集中力も判断力も鈍ってしまう・・・・・

 それにこんな季節に必ずと言って多いのが、常軌を逸した事件だったりするのだ。







 既に今月2件程ぶち当たっていた新一は、心底疲れた顔をした。

























 ・・・・・でもまあ、事件に関わっている時は余計な事を考えなくて済むからな。





























 最近出かける事が少なくなったのもあるが、事件の真相を平次と共に解決する事は無い。

 だからその間だけは気が紛れるのだ。



 それ以外は気が付くと、平次の事ばかり考えている自分がいる―――――――――・・・・・・・・・・・・・・・
























 すると、扉が閉まり素足の音がこっちへやって来た。

























「うっわ。風ぬっるー」

「ほら、コレ飲め」

「サンキュ~」








 さっき買って来て冷やしていたビール。

 新一は一旦冷蔵庫に戻しておいたのを持ってくると、平次に渡した。










「お前、着替え持ってこなかったのか?」

「暑くて今着てられへん」

「・・・・・」












 腰にバスタオルを巻いただけの状態。

 その色素の濃い肌を惜しげも無くさらし、腰に手を当て平次は冷たいそれを一気に飲み干した。



 新一は直視出来ず視線を外に映す。
















 ・・・・・・・このヤロウ・・・・・これ以上俺の理性を煽るんじゃねえっつうの・・・・・・・・































「下くらいはけよ」

「ええやん別に。家ん中くらい」

「花火すんだろうが。庭でいきなりヌードになられても困る」

「はいはい解った解った」











 睨まれ、大人しく平次は着替えに上に行った。

 ・・・・・視界から消えたのを確かめると、新一は崩れるようにその場にへたり込んでしまう。






















「も・・・・疲れる・・・・」



















 何度目の深呼吸だろう。

 浴びたばかりだと言うのに、また汗が全身から滲み出してきた。










 早く、終らせよう。

 花火を終らせて、眠りにつこう・・・・・・







 ・・・・・じゃないと、俺が俺で居られる自信が無い・・・・・・・・・


















 新一は再び夜空を見る。

 すると、急に視界が暗くなった・・・・・・・



























ひとくぎり
























「やっぱこの手は通じんか~」










 ぺたぺたと階段を昇りながら、平次はバスタオルを外す。

 素っ裸で部屋へ入ると、新一と同じ様なランニングと短パンを取り出し身に付けた。







 女相手ならこの身体でコロッと行くんやけどなあ・・・・・・・




















 相手は男で。

 しかもそれは工藤新一で。







 ・・・・決して男が好きな性質じゃない事くらい、解っている。


























「可能性はやっぱないんかなあ・・・・・」
















 窓から差し込む月の光。

 それは、あの春の桜と共に見たものと同じく。



 そして決して同じではない。




















 ―――――――・・・・そう。

 人の心は、決して不変ではない筈だ。








 こうして新一のそばにいる事が出来る関係ならば、可能性は決してゼロではない・・・・・・






















「うっしゃ。いっちょ花火で盛り上がろか!」













 月に向かって平次は力む。

 そうして、新一の待つ場所へと向かって行った。


































ひとくぎり

































「くど~、もう1本ビールもらうで?」









 縁側に出る前に平次は冷蔵庫を開ける。

 返事が無かったが、構わず取り出してきた。





















「工藤?」











 ぐびっと飲みつつ歩いて行くと、硝子戸から足が見えた。



 ・・・・・・あの形で見えているという事は。





















「おい工藤? どないした!?」













 そう。それは倒れてる体勢だという事。

 平次はビールを放り投げ縁側へ走ると、案の定そこに横たわっている新一を見つけた。

















「工藤、工藤おえ俺が解るか!?」



















 顔色が悪いけど、息はしている。

 意識は・・・・・・



















「う・・・・・」

「工藤?」

「―――――――・・・・は・・・・・っとり・・・・・」

「どないした? 暑さにやられた風には見えんけど」

「・・・わ・・・・っかん・・・ねえ・・・・」

「ああ、ええわ喋るな。揺らしても平気か? 平気やなくても我慢せえよ」















 それだけ言うと、とにかく平次は新一を家の中へ運んだ。











 ・・・・身体を抱えると手に取るように、その身体の薄さが解る。

 不謹慎と思いつつ、柔らかな肌の感触に平次の方が眩暈で倒れそうだった。















 とりあえずリビングのソファに寝かせ、冷たい水を持ってくる。



 苦しそうにしていたが吐き気はないようだ。

 何とか目を開け、新一は平次を見た。

















「・・・・ごめん、なんか急にくらっときた」

「何やろなあ・・・・・・まあ、今日は色々忙しかったしな」

「――――――・・・ん・・・・寝てれば治ると思うから・・・悪かったな心配かけて」

「頭痛いんか?」

「いや・・・・大丈夫・・・・・」



















 ・・・それは嘘だとすぐ解った。


 時々、新一は顔をしかめていたからだ。





















 本当は辛いのだろう。

 苦しいのだろう。



 けれども新一は平次に弱音を吐くことは決してなかった。















 ソファに頬をつけたまま、再び新一は目を閉じる。

 平次はゆっくり立ち上がった。

















「待っとれや。今ええもん作ったる」

「・・・・?」

「お前冷たいもん飲みすぎなんや。これからは暑くてもなるべく暖かいもん取る様にせえ」












 そう声が聞こえたと思ったら、足音が遠のいて行く。

 しばらくすると、いい香りがして来た・・・・・














「飲め」

「・・・」

「今日は飲んだら寝ろや。花火なんていつでも出来るしな」

「服部・・・・・」

「あ。痛み止め何処や?」


























 ―――――――――・・・・・どうしようか。






























 言ったら、お前は心配してくれるだろう。

 誰にも優しいお前だから。























 ・・・・・でも、いつもそばにいてくれる訳じゃない。


























 新一は嘘をついた。

 この症状は実は、初めてではなかったからだ。



 『コナン』から『新一』に戻る為。

 これは幾度となく試した――――――――・・・・・・薬の副作用。



















『・・・・・貴方にも出たのね』

『宮野? まさかお前も・・・・・』

『気をつけて。命に別状はないはずだけど・・・・・もし怪我や病気をして、他の薬が身体に投入されたら思わぬ反応を起こすかもしれないから』












 最初の症状が出て、新一は真っ先に隣の研究へ行った。

 あの頃同じ時に子供の身体になっていた『灰原哀』。



 ・・・・元の名前を宮野志保という少し年上の彼女も、同様の症状が出て自分で調べている最中だったのだ。












 だから新一は本来の身体に戻ってから、スポーツの類を自らしようとはしなかった。








 最初に倒れてから、今回で3回目。

 2度目は・・・・・あの春。



 平次が新一の家に来て桜見物をして、帰ったその日の夜の事だった。


















「おえ工藤、薬何処や?」

「もう大丈夫だって。落ち着いたから」

「・・・・そうは見えへんぞ」

「お前心配しすぎなんだよ」















 何とか身体を起こし、新一はテーブルの上に置かれたカップを取った。

 湯気の出ている熱いそれに、口を付ける・・・・・・

















「あちー」

「・・・・ロス、どやった?」

「へ・・・・?」

「蘭ちゃんと行って来たんやろ?」

「・・・・お前こそ、北海道土産とかねえのかよ」

















 少しの静寂。

 お互いが、お互いの気配を伺っている・・・・・















「別に・・・・あいつとは昔からいっつも一緒に行ってたし」

「俺かていつものお使いやし」













 また会話が途切れた。

 その時頭痛を堪え新一が逸らした視線の先に、ビールが転がっているのを見つける。















「おい・・・何だよビールぶちまけやがって」

「あ、せやった掃除せな!」

「ったく――――――・・・・何慌ててたんだ?」

「工藤のせいや」

「は?」















 平次は立ち上がり雑巾を取ってくると、戸棚の下に零れている液体を拭く。

























「――――――――・・・こっから倒れてる工藤の足見えて、それで放り投げてしもたんや。ホンマ驚いたで?」

「・・・・・・・」



















 新一は言葉が出なかった。

 何も返せなかった。





 雑巾を洗いに風呂場へ行く平次。

 新一は静かに立ち上がると、ゆっくりと2階の自分の部屋へと上がって行った。
































ひとくぎり

































 ベッドに横になり、月を見上げる。

 この枕の位置から本当に綺麗にその姿を見ることが出来る・・・・・





















「工藤、寝たんか?」























 ノックと共に、聴こえる声。












 ・・・・やっぱり来た。

 来てくれた。












 心配性なこいつの事。

 きっと気にしてやってくるに違いないと新一は思っていた。
























「起きてるよ・・・・・」














 扉は少し開いていたから、小さなその声でも充分に平次に伝わった様で。

 背中を向けていたけど気配がくるのが解った。
















「なあ。俺今夜こっちいたら迷惑か?」

「・・・・え?」
















 それは、思いも寄らぬ言葉だった。

 つい新一は顔を向けてしまう。



 平次は歩いてきてベッド脇に座った。












「話したいねん。最近、ずっと工藤と話してへん――――――・・・・・あの、桜の日からずっと」

「俺は別に話したい事なんて・・・・・」

「せやったら何で俺らを呼んだんや? ホンマに蘭ちゃんを和葉に会わす為だけか? ちゃうやろ? お前かて・・・・・少しは俺に逢いたいて思ってくれとったんやろ?」

「・・・俺は・・・・・・・・」












 気が付くと平次は新一を覗き込んでいた。



 ・・・・声が近づいてきて、新一は身体をビクリとさせる。












「あ、スマン頭、響いたか」

「呼ばなくたって、今まで勝手に押しかけて来てたのはそっちだろ・・・・・? 蘭が、最近お前はどうしてるんだろうって聞くから・・・・・・」

「・・・・・・あ、蘭ちゃんなんや」

















 平次の表情が変わった。



 残念とも嬉しいとも取れるその表情に、新一は堪らない想いが込み上げてた。












 平次は、新一が少なからず自分に会いたいと思っていてくれたから電話をくれたのだと思っていた。

 だから残念な顔をしたつもりだった。











 しかし今の新一には部屋が暗かったせいか・・・・・・



























 それは蘭が気にしてくれていたのが嬉しいんだという表情に読み取ってしまったのだ。
























 ツキンと。

 再び鳴り始める頭痛・・・・・



 新一は寝返りを打ち、窓に身体を向ける。

























「工藤・・・・?」

「・・・・いてもいいけど、大人しくしろよ」

「お、おう」













 突然許可が出て、平次は気が変わらない内にと隣の部屋から枕とタオルケットだけ持ってくる。

 それを身体の下に敷いた。

















「工藤」

「何・・・・・」

「今度はユニヴァーサルスタジオ皆で行かへん?」

「・・・考えとくよ」



















 同じ空間に、同じ刻に。



 そして同じ時代に、何十億分の一の確立で巡り会った2人。






















「・・・・工藤?」

「今度は何だよ・・・・・」

「秋になって涼しくなったら――――――――・・・・」

「・・・・・なったら?」


























 ――――――――――・・・・・お前ひとりで、遊びに来いや。

























 最後の言葉を、平次は飲み込み。



 ・・・そのまま会話は何となく途絶えた。
















 互いに、心臓の音が相手に聴こえない事だけを祈り。

 眠れない夜になると思っていたが・・・・・





 疲れからか、暫くすると部屋には2つの吐息が響き始めた。





























ひとくぎり




























 真夏の夜の夢。



 真夏の誘惑・・・・・・






















 これは、まだ2人の想いが通じる前の―――――――――・・・・・




























 ・・・・・・・とある夏の日の物語。