身体を強い風が揺らしている。

 目に、髪の毛が入ったらしく痛い。





















 痛かったから。



 だから、閉じたら――――――――――・・・・・・・・







 





















 ・・・・・・・・桜の花びらとは違う感触が、降りてきた。



































「っ・・・・・」

「・・・・・スマンな、驚かしてもうて」

「は・・・・っとり―――――・・・・・・」

「最低やな俺・・・・・・・工藤が動けへんのええ事に、こんな――――――――・・・・・・」

「!」











 

 



 それは触れるか触れないかの幻のような感触だった。

 新一は目を見開く。





 その瞳は痛みの為か、紅く。

 平次はゆっくりとそれを眺めながら、新一を樹の根元に下ろした。

 




















「けどもう無理や・・・・・これ以上、工藤のそばで平気な顔すんの、出来そうもないわ」
































 ・・・・・さらさらと。



 尚も花びらは舞い、新一に降り注ぐ。


















 衝撃の発言に、その目は更に大きく開き。

 さっき触れた口唇も――――――――――・・・・・・薄く開いて。




















 平次はこんな状況であるにも関わらず。









 ・・・・・・・・・相変わらず綺麗な目の前の人物に、改めて魅入られていた。

















桜思想[06]








 これは夢か・・・・・・・・・?




















 新一は脳細胞を総動員して考える。


























 ・・・・・・・・・・・・・・聴こえてきたのは幻聴?




 それに、触れてきたのは―――――――――――――――・・・・・・・・・・・・






























 背中が相変わらず痛かった。

 ズキズキと波打つ感覚が、確かに『今は現実』だと言う事を示していた。





 手首も擦り切れてるらしく空気に触れて痛い。

 
























 それに何だか胸も――――――――――・・・・・・・





 ・・・・・頭の先からつま先までが心臓になった様に、激しく脈打ってくる。











































 ああ、綺麗な空だ。

























 枝垂しだれ桜の枝の隙間から、丸い月が見える・・・・・・・・・

 

 それに。



































 ――――――――――・・・・・慌てた顔して・・・・・服部が俺を見てる・・・・・・



































「工藤!? おえどないした!?」





















『こんな月の夜に・・・・・・・桜の樹の下で願い事唱えると叶うんやって。ちっさい頃、誰かに聞いた事あんねん』

































 

 ・・・・・俺はな、服部。







 もう。

 それこそ幾度となく願いをかけて来たんだ。

































 あの日からずっと。



 ・・・・・・春を過ぎて夏も、秋も冬も。













 この、桜に。









































 服部。



 お前も同じ気持ちでいてくれたら。

 そうしたら。














 どんなに、嬉しいだろうかって――――――――――・・・・・・・・・









































 その顔が平次の視界から消えた。

 咄嗟に手を伸ばし、細い身体を支える。
















「工藤!?」
























 ・・・・・・・・・そうして新一は、意識を手放した。




































ひとくぎり



































 気付いたのは、桜。





 ・・・・・・桜が全ての始まり。



































「・・・・・・ん・・・・」










 新一はゆっくりと目を開けた。

 見慣れた天井が、ぼやけた視界に広がる。


















「痛つっ・・・・」












 考えながら、身体を起こそうとして激痛に顔をしかめた。

 背中に腕にじんじんと熱い。



 そのとき声がした。















「――――――――――・・・・・・気い付いたか」

「っ!?」

「一応傷口は消毒しといたんやけど・・・・・明日んなっても響くようやったら、病院行った方がええで」

「・・・・あ、ああ」

「そばにおられんの、嫌やと思うけど・・・・・・・・今夜ひと晩だけは許してな」












 頭上からのそれは平次で、居間のソファに横になっている新一を心配そうに覗き込む。


 ・・・・・青い顔をしていた。












「何で・・・・・・嫌な訳ねえだろ」

「せ、せやかて」

「俺が勝手に倒れたんだ―――――――――・・・・・『助けてくれた』お前を、どうして追い出さなきゃならない?」
















 強烈な視線だった。

 何度も体験している筈なのに、それは毎回新たな衝撃となって平次を惑わす。


















 すがるような。



 それでいて 、威圧とも取れる眼差し。



























 ・・・・・・・・・平次は堪らなくなる衝動を抑えるのに、精一杯だった。






























「俺、お前に――――――――――・・・・」

「・・・・・・・去年と一緒だ」

「え?」

「あの時も、服部がいてくれたんだよな」

「・・・・工藤」

「お前のせいじゃねえよ。倒れたのは、副作用のせいだ」

「副作用?」

「ああ・・・・・・俺が『コナン』だった時、何度も何度も・・・・・・『新一』の姿に戻る可能性を賭けて、飲んできた薬のな」
















 仰向けで左腕を目に翳かざし。

 新一は苦しげに息を吐きながら、ゆっくりと呟く。




 ・・・・平次は脇に座り込んだ。
















「それて・・・・・」

「命に別状は・・・・・・ない。宮野が言ってたから、間違いないと・・・・・思う」

「けど」

「確かに、ちょっと・・・・・いや結構・・・・・・苦しい、けどな。頭とか・・・・・・痛むし」

「・・・・・・」

「でも――――――――・・・・・そんな、頻繁に症状は出ねえから。心配すんな」

「・・・・工藤」














 心配するなと言われても、それは無理な注文だ。

 こうやって現実に目の前で苦しんでいるのだ。














 ・・・・・・・自分の仕掛けた『キス』が原因としか、思えないのだ。





























 だから平次は目を伏せる。

 そんな様子を悟ってか、新一は少し身体の向きを彼の方へと変えた。





 そして。





















「なあ服部」

「・・・・・・何や」

「どうして―――――――――・・・・・・・俺にキスした?」

「!?」

「・・・・・・それが、お前の『願い』なのか?」




























 やはり新一はその事に触れてきた。





 『らしい』とも思える直接な問い。

 平次は目を見開き、自嘲気味に微笑(わら)う。





















 新一の具合はまだ悪そうだ。

 もしかしたら、もっと悪化させるかもしれない。



 だけど。




















 ・・・・・・これ以上誤魔化す事など出来ないから、目を逸らさずハッキリと告げた。
































「――――――――――・・・・・せや。俺はお前が好きなんや」






































ひとくぎり









































 暖かな夜だった。

 風は強いけど、3月の桜が咲き始めた暖かな夜の出来事だった。



































「・・・・・・そうか」























 暫くの沈黙の後、新一は短く呟く。



























「――――――――――・・・・・・そうや」























 だから平次も短く。

 そうして、彼の次の反応を待つ。




















 大丈夫。

 何を言われても、罵ののしられても。





 はっきり拒絶の言葉を聞けば、諦めもつく。

 だってこれ以上自分の感情を押し殺していたら、もっと酷い事を彼にするから。













 だから。






















 頼むわ。



 優しい言葉で俺を更に苦しめるような、回りくどい言い方だけは――――――――・・・・・・・・・・・































 そう目を伏せ願った時だった。

 ソファが軋む音と共に、新一が上半身を起こしたのだ。




















 ・・・・・・突然の至近距離。








 本当に。


 こんな間近で見ても、非の打ち所のない新一の綺麗な顔―――――――・・・・・・・・






























「――――――――――・・・・・・・・やっぱり夢だ」

「へ?」






















 小さな声。

 だから、平次は聞き返す。




















 ・・・・・・・・新一は少し目を細めた。































「だって頭の痛みが急に無くなった――――――――・・・・・・・・だから、夢だ」

「工藤・・・・?」

「・・・・それに服部も俺を好きだなんて・・・・・・そんな都合の良い事、有る訳ない」

「!」





























 平次は耳を疑う。

 そして、自分の目を。













 視界に映っているこの『工藤新一』を、どこかで俺は見た気がする――――――――――・・・・・・・?






























 そうだ。



 これは、あの夕暮れの下で見たのと同じもの。

 こんな風に声も細く震えてて・・・・・ 











 自分を睨む眼差しも――――――――――・・・同じく脆もろく壊れそうだった、あの彼と。




































 『・・・・・・・・嫌だ』





 そう言っていた、桜の中の彼と――――――――――・・・・・・


































「・・・・・・服部?」









 目の前で固まったまま動かない男を、新一が上目遣いで呼ぶ。

 それを意識の奥で目の当たりにした平次。












 ・・・・・・すると突然、頭の中の霧が晴れた。
































 そうか。

 そうやったんか・・・・・・・

































 自分も男で。

 相手も、男で。



 表に出してはいけない『感情』だったから、懸命に気持ちを押し殺してきた。





























 俺達、もしかしてずっと同じ気持ちやったんか――――――――――・・・・・・・?



































『今日から3日間、蘭の奴が空手の合宿に行っちまってんだ。俺の家の桜がちょうど今見ごろだから、来ないか?』









 あれは去年の4月。

 服部家に泊まりに来ていた新一が、東京の自分の家に帰ってから寄越した手紙の文面。






 ・・・・・・・新一の、精一杯の『誘い』。











『工藤・・・・・お前まさか、和葉に気いあるんか?』

『え?』

『そら・・・悪かったな、俺ひとりで来てもうて』

『な、何言ってんだ? 俺が逢いたいのはお前だって手紙にも書い―――――――――・・・っ・・・・・!』

『・・・・・へ・・・?』

『――――――――・・・て・・・・る訳ねえじゃんなあ・・・・・・・・はは・・・』













 直ぐに工藤邸に向かった平次。

 彼に逢い、突然出てきた幼馴染の名前に少し動揺した時、耳に飛び込んできた言葉。





 ・・・・・・その後に見せられた表情に、勘違いだと思い込んだ。

 それは『工藤新一』の精一杯の『演技』だったから。





 平次は見抜く事が出来なかった。




















 真夏の夜。

 それまで泊まる時は、新一のベッドの横に布団を敷いて一晩中話しをしていた。



 しかし、その日は隣の部屋に通された。


















 ・・・・・・同じ空間にいる事が苦しかった。



 本当はそばに居たかったのに、そうしなければ自分を抑え切れなかった。














 2人は同じ様に・・・・・

 暑さに耐えられず、互いに露出していた肌を正視出来ずにいた――――――――――・・・・・・・




























 逢う事を避けたまま、約半年ぶりに再会したのは今日。












 ・・・・・・・ボートに乗らないかと新一が誘い。

 逸る鼓動を抑えながら流れ着いたのは、外界から遮断された桜の空間。




















 桜の花びらと、桜の薫り。

 視界には互いしか無く。






 その余りの息苦しさに逃れようとした時、聞こえてきた新一の言葉・・・・・・・・

































『・・・・・・・・嫌だ』




















 胸が張り裂けそうに苦しいのも本当。

 息苦しくて、眩暈がしそうなのも本当。



 だけど。



















 ・・・・・・・それよりも何よりも。



































 滅多に逢えないから。

 だから。







 このまま刻を止めてくれと必死で願った―――――――――・・・・・・・・



































「ちょ・・・・っ、服部!?」

「・・・・・夢やない」

「な――――――・・・・・・・」

「俺が、お前を好きなんは『事実』や」

「!」










 驚く瞳を見つめながら、平次は素早く口唇を塞いだ。















 何度も角度を変えながら。

 熱く漏れる吐息を、激しく責め煽りながら。






 確実に新一の性感帯を攻めてゆく・・・・・・・・・・
































「・・・・・・・痛っ・・・!」












 そうして新一をソファに押し付ける。

 すると、痛めた背中が響いたらしく軽く呻うめき身体を強張らせた。





 平次は無表情でその箇所を撫でる。
















「・・・・・痛いやろ」

「あ・・・ったり前、だ・・・・・っ・・・・・・・触ん、な・・・・」

「せやからこれは『現実』や」

「・・・・服部」

「俺は、お前に惚れとる――――――――――・・・・・・・せやからキスしたんや」

「っ・・・!」

「まだ信じられへん言うんやったら、クチだけやのうて身体中キスしたるわ」














 そうして今度はその細い首筋を舐めた。

 瞬間、びくりと身体を強張らせ逃げようとする。



 しかし平次はそれを許さず、今度はシャツのボタンに手を掛け外し始めた。



















「!?」
















 勿論驚く新一。

 すると平次は胸にキスをし始める。



 その身体は途端に真っ赤になり、更にジタバタもがき始めた。










「ちょちょちょ、ちょっと待て!!」

「何や・・・・・・往生際の悪いやっちゃな」

「わ、わわ、解った!! 解ったから! だから、どけ!!」

「嫌や」

「い、嫌ってお前・・・・・・っ・・・・・」

「せっかく両想いやのに、何で退かなアカンねん」

「・・・・・そ、それは・・・・」












 確かに自分はこの男が好きで。

 この男も、自分の事が好きという事で。



 だから今こんな状況になっているという事は、嬉しい。

 しかしだ。












 ・・・・・剥き出しになった自分の胸を、さっきまで『友達』だった男が舐めている。

 それに、少なからず反応してしまっている。














 確かにこうなる事を、望んでた。




 両想いになって、こうして触れ合えたらと・・・・想像しながら『してた』のも事実だ。

 だけど!




















「いいから、どけって言ってんだろーがよ!!」

「どわ!!」



















 怒鳴りながら新一は渾身の力を込め平次を突き飛ばした。

 ソファから崩れ落ちた彼を振り向きもせず、居間を走りぬけ階段を駆け上る。



 やがて激しいドアの音。


















 ・・・・・・・平次は、ただ呆然と新一の消えた方向を見つめていた。


































ひとくぎり



































「マジかよ・・・・・・・」





















 新一は電気も付けず、ドアを背に立ち尽くす。




























「――――――――――・・・・・・こ・・・・こんな展開、予想してねえっつうの」






















 段々と身体に力が入らなくなり、ずるりとそのまま座り込む。

 すると忘れていた背中がズキンと痛んだ。



 さすりながら、目の前を見る。


















 ・・・・・・・窓から月明かりが零れていた。

































 ―――――――――――――――・・・・・・・・・・服部が、俺を好き・・・・・・?





 両想い・・・・・?
























 ・・・・・・・・・夢じゃなくて、現実?






































「ちくしょう・・・・・・・・カラダ、震えてやがる」














 涙が滲みそうだった。

 全身が、心臓の様に脈打っていた。



 好きだと気付いてから約1年。

 決して、報われる筈がないと思ってきた1年。




















 ・・・・・・・・・こんな日が来るなんて、全然思ってなかったのに。






























「本当に効くんだな――――――――――・・・・・桜の樹に、願い事って」


























 俺は願ってきた。







 去年のあの日以来、毎日。

 家の桜が咲いては消え、夏になり秋が過ぎ、冬になっても。






















 願っていれば、いつか。

 もしかしたら、いつか・・・・・・




















 ・・・・・・友人としてだけじゃなく、服部の隣にいる事が可能な時が来るかもしれないからと――――――――・・・・・・




































 もう忘れてるみたいだけど。

 俺が『コナン』だった時に、お前から聞いてたんだ。



 桜に願い事すると叶うって。

 そんな御伽噺(おとぎばなし)、その時は信じてなかったけど。










 ・・・・・・・・俺は去年この気持ちに気付いてから、ずっと祈って来たんだ。





















「・・・・・・工藤」

「!?」










 その時、ドアの向こうから声がした。

 聞きなれた筈のそれは、途端に新一の体温を上げる。












「工藤、いるんやろ・・・・?」

「・・・・・い・・・いる」

「スマンな―――――――――・・・・・その・・・・・・」














 平次もドアの向こうで座り込んでいるらしい。

 聴こえてくそれは、同じくらいの高さだ。












 ・・・・・・・・新一は扉の向こうへと視線を向けた。
























「・・・・謝んじゃねえよ」

「けど・・・・」

「ちょっと、驚いただけだ――――――――――・・・・・・こんな展開・・・・考えて、なかったから」




















 本当に、どうしたら良いのか新一は解らなかった。




















 さっきまで平次は友達で。

 仲間で。














 ・・・・・・・その平次が、急に『恋人』の表情をして新一に向かってきた。


























 今まで体験した事のない感情が、自分を押し潰しそうだった。

 身体の奥から湧き上がってくる甘い焦燥が、体温となって身体を火照らせた。



 そうでなくともアルコールが入っていて酔い気味の自分。
























 あのままいたら―――――――――・・・・・・自分が自分でなくなりそうで怖かった。


























「・・・・・中に入れてくれへんか」

「え?」

「もう、了解もなしに襲ったりせーへんから」

「・・・・・・・」














 平次の静かな声。

 新一は、少し考える。



 そして。


















 ・・・・・ゆっくり扉を開けた。































ひとくぎり




























「もう夜中やのに、暖かいな」

「・・・・そうだな」

「そういや背中大丈夫なん? えらい勢いで走っとったけど」

「・・・・・・痛いに決まってんだろ」










 何となく、電気も付けないまま。

 ただ月明かりだけで、2人は並んでベッド脇に座っていた。











「えーと・・・・・・・もっかい確認しときたいんやけど」

「・・・何だ」

「工藤も俺に惚れてるっちゅー事で、ええんやな?」

「!」














 平次の声が静かな部屋に響く。

 膝を抱えたまま新一は、瞬間息を止めた。




 ・・・・・・そうして。



































 小さく、うなづいた。

































「・・・・・工藤」

「何・・・・」

「お前――――――――――・・・・・・可愛ええな」

「は?」

「いや、綺麗なんは解ってたんやけど・・・・・何やろ。素直やないのが・・・・・・」

「な・・・・」
















 とんでもない言葉が聞こえてきて、新一はつい平次に向いた。

 すると、平次も何だか不思議そうな顔をして新一を見ている。















 ・・・・・2人はとうとう見つめ合った。
























「ごっつ可愛ええ思うんは――――――――――・・・・・・・・やっぱ・・・・・・」

「・・・・・ちょ・・・」






















 新一は反射的に目を閉じた。

 それは、平次が更に近づいて来たからだ。












 ・・・・・やがて口唇に感じる温度。




 決して押さえつけてもなく、抱きしめられても居ない体勢。
















 3度目になるキス。

 でもそれは、最初と同じく直ぐに離れてしまった。
















「惚れとるから、やろな」

「・・・・っ・・・・てめ・・・・・了解もなしに、しないんじゃ無かったのかよ」

「別に襲ってへんやろ。逃げよ思うたら、いくらでも逃げれたし?」

「そ、そりゃそーだけど・・・・・」

「ホンマ素直やないのー」










 にやにやと平次は微笑う。

 新一は睨み返すが、それは更に平次を煽るだけだ。










 薄闇にも解る真っ赤な顔。

 本当に綺麗な、工藤新一の顔。



 でも、それよりも何よりも。























 ・・・・・・・こうなって初めて解った、工藤新一の素直じゃない性格。

































 今までも工藤新一は我侭で。

 自分勝手で強引で。



 いつだって、振り回されて来たけど。
















 ・・・・・・・・・こんなに自分を好きでいてくれてるのに。

 一度は、言葉にしてくれたのに。




















 こんなに――――――――――・・・・・・態度で示してくれてるのに。


























 『男』だから。

 自分も、相手も『男』だから。



 だから。






















 その『事実』がきっと――――――――――・・・・新一の奥底に引っかかっていて、言葉にしてくれない。

































 少しの間、2人はそのままだった。

 新一の気持ちの整理が付くのを、待とうと平次は思ったからだ。










 ・・・・・葛藤しているのが解る。


















 そして。
























「・・・・服部。ひとつ聞いていいか」

「ん?」

「ある犯人を追いかけてる時、俺が足を踏み外して――――――――――・・・・・・・・断崖絶壁で落ちそうになったら、どうする?」

「・・・・は?」

「ヤツは目の前を走り去ってしまった。今追いかけないと、捕まえられない。どうする?」

「工藤・・・・?」












 新一は突拍子もない事を聞いてきた。

 視線を合わせず、小さく。
















「・・・・・・何やねん、それ」

「いいから答えろ」

「そりゃ・・・・」














 ゆるりと風が揺れた。

 僅かに空いていた窓から、空気が流れてきた。








 ・・・・・・新一は顔を上げない。
























「犯人、追いかけるに決まっとる」






















 それは小さかったけれど。

 とてもハッキリと、部屋に響く。












 ・・・・・新一はどんな答えが欲しいのだろう?


























 けれども平次はこれが本心だった。

 本音じゃないけど、本心だった。



 あまりにも古典的な問いに、模範的な答えだとも思ったけど。

 そう答えた。





















 ・・・・・すると新一は顔を上げる。






















「だったら良い」

「・・・?」

「俺を助けるなんて言ったら、殴ってた」

「へ?」

「・・・・・・だから俺、お前が好きなんだ」

「!」


















 そして新一は微笑った。








 とても綺麗に。

 とても、艶やかに。






















 平次の、聞きたかった言葉と一緒に――――――――――・・・・・・


























「俺も同じだ。お前がどんなに危険な状態になろうと、優先事項は変わらない」

「・・・・工藤」

「でも、蘭や和葉ちゃん・・・・・・もしくは他の関係のない人達が同じ目に遭ってたら話は別だ。犯人を取り逃がしても、人命救助を優先する。それで、お前とその他の人達が同じ状況に置かれてた場合は、もちろん服部よりも先に彼等を助ける・・・・・それでお前が落ちたとしてもだ」
















 自分達は『探偵』だ。

 それを生業なりわいとしている以上、何よりもそれを優先せざるを得ない。















 ・・・・・でも。






















「・・・・おう。解っとるわ」

「けど言っとく。そんな状況に絶対になるな。なったら許さねえぞ」

「そー言われてもな・・・・・・」

「・・・・・・本心だけど、本音じゃねえんだ。俺にそんな行動とらせんなよ。解ったな」

「へ?」


















 平次は目を見開いた。

 それは、頬に手が触れて来たのと・・・・・・




















『・・・・・本心だけど、本音じゃねえんだ。俺にそんな行動とらせんなよ。解ったな』




















 自分達が、同じ気持ちである事が解ったから。
























「俺・・・・・やっぱ酔ってんなー」

「く・・・くどう・・・・・?」

「なんか、すげー・・・・・・・フワフワしてきた」


















 ・・・・・・すると見た事のない新一の顔が近付いてくる。
















 綺麗なだけじゃなく。


 どこか魔性的な、そんな―――――――――――――――・・・・・・・






















「へー・・・・・服部って、意外にまつげ長い」

























 次の瞬間感じたのは、柔らかいけれど乾いた口唇。

 言葉や態度とは裏腹に慣れてないその動き。











 ・・・・・やがて離れる。



 すると、新一の腕が平次の首に回った。


















「・・・・・工藤、酒くさい」

「うるせえ」

「けど、こん髪はええニオイや・・・・・・・・・工藤んちの桜やな」

「ああ―――――――・・・・毎日あの樹のそばで祈ってたから、薫りも移ったかな」

「へ?」
















 そうして新一は微笑う。

 平次もきょとんとしながらも、つられて。







 そして。




















 ・・・・・・・・・・・今度はどちらともなく顔を寄せ合い、口付けを交わした。


































ひとくぎり






























 春の訪れを告げる『桜』。

 それは、2人に深く関わる狂おしい想いの象徴。
















 ・・・・・・・そうして片想いは終わりを告げる。





































 確かに男同士で。

 普通に考えれば、それは異常な感情だけど。





 ・・・・・・好きになってしまったものは、しょうがない。

 自分の気持ちに、嘘は付けない。




















 何よりも、相手が好きだと言ってくれてるのだから――――――――・・・素直に喜べばいい。


































桜。





春になると、その姿で人々を酔わす桜。







































――――――――――・・・・・・それは暖かな夕暮れがもたらした、春の物語。






















































Fin