トモダチ




「服部。ちょっと付き合え」

「へ?」

















 5月の終わりの土曜。

 日付が変わろうとしている頃、新一は平次のマンションのインターフォンを鳴らした。



















「ドライブだ。海だ。解ったらさっさと着替えろ」

「・・・・何の冗談や」

「冗談言ってる様に見えるのか」

「せやかて何時やと思てんねん!? もう0時過ぎてんで? しかも外雨やで? 台風来る言うてんの知らんのか??」

「そんなもん俺には関係ねえ」

「お前なあ・・・・」



















 平次は面食らう。

 





 だって非常識にも程がある。

 真夜中も真夜中で、しかもこれから寝ようとしていた所の人間を捕まえてこんな口を利くとは。



 大体、こんな時間まで彼は何をしていたのだ?

 今日は大学も休みの筈だが・・・・スーツを着ていると言う事は、また事件に首を突っ込んでいたのだろうか。



















 ――――――――・・・・その時、平次は彼の目元に小さな傷を見つけた。





























「・・・・何だよ」

「どないしてん、その目んトコ」

「―――――・・・・別に」

「珍しいやん。工藤が顔に傷・・・・・」

「うるせえ、もういい」



















 その事に触れられたくなかったのか。

 新一は急に顔色を変えると、くるりと背を向け歩き出す。



 















 ・・・・だから平次は、反射的に追いかけ引き止めてしまった。

 


































ひとくぎり





























「大会近いねんから、稽古でクタクタやっちゅーに」

「だからいいって言っただろうが」

「・・・・せやったら何で来たん? 俺、毎日家に居ると限らへんぞ」

「居ると思ったから来た。俺の勘は、こういう時当たる」

「こういう時・・・・・?」













 着替えてる間、平次は新一を居間に入れた。

 ものの数分だから飲み物も出さず、ただソファに座らせる。



 自室と居間との会話の中。

 新一の言葉に疑問を持った平次は、着替え終わった後に聞き返す。













 ・・・・でもそれ以上は何も言っては来なかった。
























「工藤!? お前、こんな車いつ買ったんや??」

「買ったっつーか、貰ったっつうか」

「ど・・・どーでもええけどスピード出しすぎやぞ~~!??」

「うるせえな、シートベルトしてるだろ!」

「そーゆー問題やなくて~~~っ!!」



















 結局0時半頃、2人は外に出た。



 数分後。

 新一が、真っ黒な見たことない車と共にマンションの前に現れる。























 ・・・・・そうして首都高に乗る頃には、平次は嫌な汗を感じていた。





























「俺はまだ死にとーない!」

「安心しろ。俺もお前と心中するつもりは無い」

「ならもーちょお大人しく走れんのか??」

「ごちゃごちゃ言ってると舌噛むぜ」

「どわ!!」















 スピードだけならまだ良い。

 しかし、やたらと車線変更を繰り返す時が問題だった。



 まるでF1のレースをしている様なハンドルさばきに、平次は既に付いてきた事を後悔し始めていた。









 この車は確かロードスター。

 雨じゃなければ、多分オープンカーで突っ走っているだろう車だが・・・・・





 とにかく台風が近づいていて、雨も強くなっている。

 新一の様子も何処かおかしい。だから。

















「工藤、今日は危ないし、やっぱ引き返せや!」

「は? 今更何言ってんだ?」

「何イラついとんのか知らんけど、海行かんでも話くらい聞いたるから、せやからちょお落ち着け!」

「・・・・・っ・・・!」



















 信号待ちで止まっていた車。

 それを、左側にあったコンビニに入らせた。




































ひとくぎり





























 雨。

 午前1時を過ぎて本格的になってきたそれは、地上に向かって一直線に降り続く。



 車の中は、それがうるさい筈なのに気味が悪いほど静寂に感じた。



















「も~ サイアクや。コンビニ入るまででびしょ濡れや」

「・・・・・・」

「ほい、冷たいもん」















 取りあえずアイスコーヒーを買ってきた平次。

 ひとつを新一に渡す。



 返事は無かったが、大人しく受け取った。



















 ・・・・・しばし、喉の音だけが響く。





























 本当に台風が近づいているらしい。

 平次が物珍しそうに窓の外を見ていると、新一が言葉を出してきた。





















「・・・気付いたら来てたんだ」

「ん?」

「電話とか、お前が居なかったらとか考えつかなかった―――――・・・・・はた迷惑で悪かった」















 声に平次は振り向く。

 すると、こっちも窓の外を見つめている新一がいた。



 それはどこか無機質な声。

 そして、今回初めての詫びの言葉。

















「まあ、迷惑なんは確かやな」

「・・・・・ちょっとあって、ガラにもなくへこんじまって」

「ほー」

「そしたら情けねえけど・・・・・・なんか、お前に逢いたくなって」

「そら光栄や」



















 雨。

 窓に叩きつける、雨音。



 その中のこの空間は、まるで世界から孤立した様だ。



















 ・・・・不思議な空間。

































「何も聞かないのか」

「聞いて、答えてくれるんか?」

「・・・・」

「言いにくいんやったら別に言わんでええって。まあ真夜中の訪問は迷惑やったけど、嬉しかったし」

「嬉しい?」

「最近ちいとも逢うてなかったやん。同じ東京に住んどっても難しいもんやな」

「―――――・・・・そうだな」

















 平次が大学を東京にした事で、距離的にも近くなったからより会う確率は高くなった様に思えた。 



 しかし実際は互いの生活リズムが違うのもあったり、事件で新一が呼ばれる事があっても平次まで呼び出される事はなかった。







 無理もない。

 元々それぞれで充分事件を解く頭脳を持っているのだし、何より彼等は学生であり刑事ではないのだ。

























「・・・・お前、大学楽しい?」

「ん? まあまあやな~・・・・・課題はぎょーさん出るし、付いてくの必死やけど」

「けど剣道も続けてるんだろ」

「そらそや。それが強いガッコやから、希望したんやし」

「ふーん・・・・やっぱいいな」













 新一が目を細めたの見て、平次は『しまった』と思った。

 数年前まで『コナン』として小さな身体で一時期を過ごしていた新一は、元に戻ってから幾つもの副作用に悩まされ続けていたのだ。













 中でも視力や体力の低下が激しく、まともなスポーツの類は出来なくなっていた―――――・・・・・・





























「スマン」

「・・・何が」

「ホンマに俺、考えなしやな」

「―――――・・・あのさ」



















 新一が小さく息を付く。

 しょうがねえなと言った顔で、平次を見て。



















「あの時小さくなってたのは、俺の蒔いた種が原因だって言っただろ? お前が気にする事じゃねえ」

「せやけど」

「2度とサッカーが出来ない訳じゃない。フルタイムは無理だってだけだ―――――・・・・・お前は気にし過ぎなんだよ」

「・・・・・」

「だから会わない様にしてたんだけどな。まあ、こーやって来といて何言ってんだって感じだけど」



















 高校2年に上がった頃に、行き過ぎた行動からある事件に巻き込まれた。









 小さな身体にされた自分。

 元の身体を取り戻す為、そしてそれらの事件を暴く為。



 新一は途中から加わったこの平次と共に、色々な難題を乗り越えてきた。









 そうして全てが終わった時。



























 ・・・・・・・元々毒薬として開発されていた薬の影響が、身体に波紋を広げ始めていたのを知った。



















「俺は同情されるのが嫌だった。だから、過去を知ってるお前とは、あまり会いたくなかった」

「工藤」

「・・・けどそれも都合の良い理由だ。本当は、俺が見ていたくなかったんだ。何不自由ない身体で・・・・剣道に汗を流す事が出来る服部が、羨ましくてたまらなかった」

















 雨は更に強く。

 風も、窓を叩き割るかの如く激しい。



 でも静かな新一のその声は、はっきりと平次の耳に届いていた。















 ・・・・・そうして平次が返した言葉は。

















「ホンマ自分が可愛いねんな、工藤は」

「・・・?」

「気にして欲しない言うといて、何でそんな話題振って来るん?」

「!」

















 新一は途端に耳まで赤くなる。

 そんな事無いという顔をするが、言い返して来ない所を見ると当たらずとも遠からずなのだろう。



 平次は続けた。

















「ホンマは誰かに気にかけて欲しかったんやろ? 思うように出来ひん身体の理由知っとる奴に、同情とまでは言わんでも気にして欲しかったんや」

「・・・・・そんなんじゃねえ」

「なら何や」

「もういい。お前にはそう見えるんだろ」

「はあ? 逆ギレか?」

「付き合わせて悪かったな。帰るぞ」

「ちょ、工藤!?」

















 言うと同時に新一は急にギアをバックに入れた。

 そして方向を変え、車道に出ようとするその時―――――――――・・・・・・



 通り過ぎる車のライトが新一腕を蒼く照らした。



















「!?」

















 ・・・・・平次は目を見開く。

 そして、今までの自分の浅はかな言動を悔いた。



 その視線に新一が気付く。



















「何だよ・・・まだ言い足りねえのか」

「同じガッコの奴なんか? その傷の原因」

「え?」

「警察関係の訳ないしな―――――――――・・・・・お前の背景考えたら、手出し出来る人間おれへんし」

「な・・・・」

「アホ! 前見ろや前!! 唯でさえ雨で危ない言うとんのに!」















 走り出した途端の平次の言葉に、新一は驚く。

 ハンドルを握っている自分の腕が痛み、擦り傷が出来ていたのに気付いた。



 そうしてその傷に平次の視線が張り付いている事も。

















「こ・・・・この傷がどうしたってんだよ」

「そーいや工藤、そっちの類にも好かれとったもんな・・・・・・・」

「ちょ、ちょっと待て、お前なんか勘違いしてねえか?」

「へ?」

「この傷・・・・つうか、この目んトコのもそうだけど、これは警視庁で被疑者が急に暴れだしたの、高木さんとかと一緒に押さえてた時に付けられただけだぞ!?」

「・・・・は?」















 僅かな沈黙が流れた。

 平次は、何も返せずただ新一を見ている。















「今までは腕力にも体力にも自信あったのに、力出なくてさ・・・・・・・ろくに役に立てなくて、すげえショックで・・・・・だから、情けなくて悔しくて腹立っちまって・・・・・・そん時、お前がバカにした様に笑ってる顔浮かんじまって、ムカついて・・・・・」

「あ・・・そ、そーなんや」

「それを何だ? お前、俺が誰かに襲われそうになって、それで抵抗出来なくて傷付けられたって思ってたのか!?」

「い・・・・いやその、」

「バカにすんじゃねえ!! いくら体力落ちたって蹴りで充分沈められるんだっつの!! 俺を甘くみんじゃねえ!!」

「どわ~~っ!!!! わわわ、解ったって工藤!! ホンマすまんかったって~~!!! せやからスピード出さんんといて~~~!!!」

















 どうにもこうにも頭に血が上ったらしい新一。

 その後は、母親譲りのドライビングテクニックを思う存分平次に見せつけ、雨の中華麗な走りでマンションまで向かって行ったのだった。
































ひとくぎり































 そうして再び平次のマンション。

 刻は、既に午前2時半。















「・・・・・・で。工藤は自分ち帰らへんの?」

「うるせえ。俺のこと変な目で見てた仕返しだ。お前んトコの酒全部飲んでやる」

「勘違いさせるよーな言い方しとったんは誰やねん・・・・・」

「何か言ったか?」

「いんや別に」

















 事故らないのが不思議なくらいの速さで帰ってきた2人。

 すると鍵を開けた平次よりも先に新一が入り、勝手に冷蔵庫から酒を取り出して来た。



 次にソファに沈み、軽く一気飲み。

















「そーいやココ、お前が引っ越してきた時しか来てなかったな・・・・・・相変わらず殺風景じゃん」

「勝手に押しかけて勝手に人の冷蔵庫開けおって――――――――・・・・・お前いっつもこんな事しとるん? そのうち友達に愛想付かされるで」

「まさか。他の奴にはこんな事しねえよ」

「何や、俺だけかい」

「つうか――――・・・前に1度、うちに帰るのも面倒で警視庁から近い奴んトコ行った事あんだけどさ。そん時・・・・・妙な雰囲気になっちまって、それから止めた」

「は? 妙?」













 新一がさらっととんでもない事を言い出す。

 もう酔っているのか、やけに饒舌な彼に目を見開いた。















「いやー・・・・大学で学部も一緒で、よく一緒にいる奴だったんだけどさ。風呂かりて上がった途端、抱きついてきやがって・・・・・・・・蹴って逃げた」

「なぬ!?」

「さすがにそっちの気はねえし、ゴメンナサイって感じ?」

「ほ・・・ほー」

「だからむやみに知り合いんトコ泊まるの止めてんだ。蹴りで済むうちはいいけど、俺に抵抗力ねえってバレたら本気でヤバイし」

















 その時の上目遣い。



  確かに見てくれは極上な工藤新一。

 しかしその性格は、一歩間違えば全世界を敵に回す程強烈なもので。

















 ・・・・だから良くも悪くも周りを惹きつけてしまうのだけど。





















「だからこれから、俺ココに来るから」

「は?」

「お前なら俺に変な気起こす事もねえだろうし。あ、帰ってこねえ時もあるんだっけ? じゃあ合鍵くれよ。それと―――――――――・・・・女連れ込む時は連絡くれれば行かねえから、宜しく」













 更に綺麗な笑みを浮かべ新一は言い放つ。
 放心してた平次だが、は、と我に返り反撃した。













「ちょ、ちょお待て勝手に決めんな! それにわざわざ新宿来んでも、自分トコ帰った方が近いやろが!?」

「その代わり俺んちの鍵も預けとっからさ。時々メシ作りに来てくんない?」

「人の話を聞けちゅーねん!! それに工藤ならメシ作ってくれそーな女ぎょーさん居るやろ!?」

「・・・・俺は自分ちにオンナ上げない主義だ。他人にプライバシー侵略されんの我慢出来るか・・・・・・・」

「んな都合の良い話・・・・え?」

















 声に威力がなくなって来たと思ったら、新一の目がすっかり閉じていた。

 ソファにうつぶせになって吐息を立てている。





 その寝顔を見つめ、平次は耳を疑った。



























 今まで、頑なに『自分』の領域を守ってきた工藤新一。

 付き合ってきた女さえも、その中に入ることを許さなかった工藤新一。



 けれど。























 ・・・・・・・どうやら今夜の平次はその心の鍵を開け、『あくまでも他人である友達』から、『気を許せる友達』に昇格したらしい。

























「とりあえず、最初の一歩って所やな」

























 平次の方は、もうずっと友達のつもりで。

 けれども今まで新一の方が、気にして避け続けていたのを解っていたから。



 平次は自分からは何もせずに居た。





























 だからこれからが、本当のトモダチの始まり――――――――――・・・・・・





 そして。



























「しっかしまー・・・・黙っとると、ほんまキレイな顔やな・・・・・」



































 ・・・・・・・平次の試練の、始まりだった。














































Fin