天国の週末[02]










「あ―――――・・・・・ねっむー・・・・あっつー・・・・・・・ちくしょー・・・・」





















 天気の良すぎる金曜の午後。

 新一は大学構内の敷地にある、図書館を出て直ぐの所のベンチで本を読んでいた。





 ここは大きな樹の下で、上手い具合に太陽から隠れていた場所。

 しかしさっきまで適度にあった風がなくなって最悪な状況。



 加えて昼飯を済ませたばかりというのも重なり、瞼が重くなってくる・・・・・























 ・・・・・・・・・・・もー午後出る気しねえなあ。



  このままココで寝てよっかな―――――・・・・・





























 大体、今週ずっと警視庁。

 朝からずっと、警視庁。









 んで昨日の夜、服部とヤッて・・・・・・・・・・・





















 今日、朝の6時からまた警視庁で――――――――――・・・・・・



 ・・・・それも やっと・・・・・・・終わって・・・・・・・・・・・

 





























 

 意識が遠くなる。



 ・・・・・・・・・何だか・・・・また音楽が聞こえて・・・・・・・・・・・

































「あんだよ――――――――・・・・・・誰だ・・・・・・?」



















 それは着信メロディだった。

 新一は携帯の液晶を見ずに電源を押す。



 鬱陶しい湿度が、不機嫌な声を出させて。









『工藤君・・・・・? 工藤君の携帯・・・・・・・ですよね』

「え」

白馬探(ハクバサグル)ですけど・・・・・』

「あ、ああ、白馬? わり、ちょっと寝ぼけてた」













 新一は我に返る。

 意識が現実に戻り、口調も元に戻った。









『ずっと詰めてましたからね。大丈夫ですか?』

「お前こそ」

『・・・・・今日も顔色悪かったから心配しましたよ』

「あ? あ―――――――――・・・・・昨日ろくに眠ってないからな」



















 全く。

 あいつの体力には時々ついていけねー・・・・・・・・



 大体、冷房効いてるからって限度ってもんがあるだろう?















 心の中で新一は息を付く。

 結局寝たのは朝の4時頃だ。それで起きたのは5時過ぎだ。



 また、ふわわと新一は欠伸あくびをした。











「で? どーした」

『 あ、そうでした。少し相談したい事がありまして・・・・・・時間が有ったらで良いんですが』

「いいぜ。どーせまた、午後サボろうと思ってたし」

『すみません、じゃあ迎えに行きます。図書館に居ますよね』

「おう」













 探は自分が切るまで電源を絶対切らない。

 だから、新一は先にボタンを押した。





















 ―――――――――・・・・・相談、ねえ・・・・・・・・

















 珍しい事もあるもんだ。

 そう、新一は思う。





 白馬探という人物と知り合ってから、数年。

 相談なんて持ちかけられたのは初めての事だった。













 ・・・・・・でも、その相談の内容が何となく新一には予想出来る。





















「また喧嘩でもしたかな」











 頭に思い浮かぶのは、かの人物。

 ――――――・・・・・この自分とどこか似て、けれども非なる存在。





 黒羽快斗(クロバカイト)だ。

















 現在、日本のみならず海外でもその名を馳せている『怪盗キッド』。

 その泥棒を追いかけている、白馬探。





 これは数年前から変わらない方程式だが・・・・・・・・















「・・・・・やべ。ホントに眠くなってきた」

「工藤!」

「ん? ・・・・・・・・何だ西田か」

「キッドが予告状出して来たらしいな。お前行くのか?」

「・・・・え?」













 同じ専攻を取っている西田が走って来た。

 手には携帯を持っていて、その画面を見せてくる。



 新一はそれを覗き込んだ。








「ほら。臨時ニュースで言ってる」

「―――――・・・・ホントだ」








 小さな画面を読み進める。

 どうやら怪盗キッドが、米花シティービルに納品される宝石を狙っているらしい。












「・・・・・・・・って事は」

「工藤?」

「西田、サンキュ」










 今までの眠気などどこへやら。

 鋭い眼光を取り戻した新一は、そばに置いてあったショルダーを引っ掛けその場を走り去った。
































ひとくぎり



























 走りながら、携帯の短縮ボタンを押す。

 相手は2コールで出た。








「白馬? 俺、工藤」

『君にも情報が入りましたか』

「ああ、お前もう現場向かってる?」

『実はもう大学の近くまで来てしまいまして―――――――――・・・・・・一緒に行きませんか?』

「近くって・・・・・」









 大学前の並木道を過ぎ、大通りへ出る。

 そこで辺りを見回すと一台のベンツが見えた。



 昼の日差しにそれは一際目立っている。








「・・・・・・・・見っけ」

『おや。早いですねえ』

「お前のはいつも珍しい車だからな」










 半ば呆れ顔で新一は呟く。

 そして電源を切ると、車へ歩を進めた。


































ひとくぎり



























 米花シティービル。

 既に辺りには包囲網が布しかれ、警官達が騒いでいる。









「そろそろ時間ですね」

「・・・・今頃誰になってるかな」

「通風孔からはないでしょうね。前までの手口は既にチェックしてるでしょうし」











 相変わらずの人込み。

 野次も結構なものだが、『キッド様』と書かれたうちわや垂れ幕まで沢山目に付く。



 まるで芸能人並の人気だ。









 ・・・・しかしこの2人もそれは同じ事。

 女の子達が新一や探を目ざとく見つけ騒ぎ出した。











「やっべ、お前、目立ち過ぎだって!」

「僕のせいですか!?」

「そんなにデカかったら嫌でも解るっつーの! ・・・・・っ・・・・・ちょ、うわ、おい白馬っ!置いてくなバカヤロウ!!」

「ああもう君、サッカー得意なんでしょう? フェイントでかわして下さい!」











 か弱い女の子。

 とは言えそれが団体となると話は別だ。



 いつもテレビや雑誌で見る顔が近くに現れたらのだから、彼女達の興奮は一直線に向かってくる。

 2人も相手が相手だから、力任せに追い払う事も出来ない。













 ・・・・・・その時、先に走っていた探が境界線の張られたテープの向こうに目暮警部を見つけた。















「工藤君、もう少しです!」

「ああ!?」

「―――――――・・・・・あれ、工藤くん?」













 振り向いた先に、姿が見えない。

 探は『確かに声がしたのに・・・・・』と人波をかき分けながら捜すと、少し左の後方で手間取っている頭が見えた。







 やはりこんな時は体格差がモノを言うのだろうか。

 少し引き返し、新一の腕を掴むとそのままぐいと引っ張る。











 ・・・・・すっかりもみくちゃにされた彼。

 失笑しつつ『サンキュ~』とウインクを探に投げ、2人は何とか警察のテリトリーへと逃げ込んだ。
































ひとくぎり





























「・・・・・け・・・・・・・警部・・・・・・どういう状況ですか・・・・・」

「おお工藤君。それにやっぱり白馬君も――――――――――・・・・どうしたんだね? 随分やつれているが・・・・・」

「人気者は辛いって事で。気にしないで下さい」

「もう予告時間ですが・・・・・何か変化はあったんですか?」













 肩で息をしながら2人は問う。

 乱れたシャツを直していると、高木刑事が走ってきた。















「警部! ・・・・・と、工藤君に白馬君じゃないか!」

「高木さん数時間ぶりです。あれ、そう言えば課が違うのに・・・・・・・」

「別の事件追っててね。それがひと段落ついた時にキッドの通報受けて、応援だよ」

「大変ですね~ そういや何か言いにきたんじゃ?」

「そ、そうだった! 警部、キッドが現れたそうです!」











 突然の2人につい、言うべき事を忘れていた高木。

 慌てて目暮警部に報告する。









「何!? それで今、奴はどこにいるんだ?」

「中森警部に化けて屋上へ向かっているとの事ですが・・・・」

「なあにをやっているんだ全く!」


 

   




 『怪盗キッド』と言えば中森警部。

 ルパン三世と銭形警部の如くな2人だが、その中森警部にキッドが変装するのは何度もあった事で。



 だから目暮は、少し呆れ顔で上空を仰ぎ見た。











「展望フロアから出るか・・・・・・・ホテル屋上に出ますね」

「行かないのか?」

「今から行っても間に合いませんよ。逃走経路を割り出した方が早い――――――――・・・・・そうですね、この風向きだと時計塔の辺りに落ちますね」

「風ねえもんな今日」

「よし! 高木君、すぐにそこへ向かってくれ!」

「解りました!!」









 新一と探の会話を聞き、目暮警部が指示を出す。

 そして自らもどこかで携帯で連絡し後を追って行った。





 だが当の2人は『あらら~』という表情。











「・・・・・・・続き、聞かないで行っちゃったよ」

「せっかちですねえ」

「いつもは夜を狙うキッドが、何でこんな真昼間から決行したのか・・・・って考えたら、可能性は他にもあんのにな」











 風がないことくらい、調べが付いていない訳がない。

 するとそっちの可能性は囮と考えるのが妥当だろう。



 こんな昼間に。

 しかも特に謎も含ませない予告状を出し、観衆を集めたのは何の為か?















 ・・・・・・・・全て、そっちに目を向けさせる為だ。



















 ホテル屋上付近が騒がしくなってる。

 どうやらキッドが予想通り、ハンググライダーで逃げ出そうとしているらしい。



 観衆も移動し始めていた。











「マジあっちーなあ・・・・・・・・さあて白馬、俺達はどこで待つ?」

「入り口付近にいましょう。そうすれば、きっと出てくる筈」

「おっけ。そんじゃ――――――――――・・・・・っと、ちょっと悪い」











 その時メロディが流れる。

 新一はポケットから携帯を取り出し、表示を見て即座に出た。











「おう。服部どうした」

『何しとんのかと思うたら、キッド追っかけとったんか』

「へ? 何で知ってんだ」

『テレビやテレビ。付けたら工藤映っとるんやもん、飲茶ふき出したで』

「マジ? ――――――――・・・・あ、ホントだカメラ来てる」











 振り返る新一。

 すると数台のテレビカメラが見えた。











『白馬も一緒やったんか』

「そ。お前も来る?」

『面白そうやけど、今、横浜やねん』

『ちょお、おばちゃんソレ、アタシが持ってくからええって! 平次、先車行ってるで?』

























 ――――――――――・・・・・・・・・っ・・・・・・・!?

























「・・・・・・・和葉ちゃん来てるのか」

『いきなりオカンと現れよってん、まいったで・・・・・・・そんで横浜まで車出せ言われてな。帰ったらまたデンワするし、堪忍な』

「別に・・・・・ゆっくりしてこいよ。どうせなら中華街で美味いゴマ団子でも買って来てくれ」

『はは、工藤好きやもんな。解った』

















 ・・・・・耳元で電源を切る音がする。

 新一も、静かにボタンを押した。













「工藤君? 何かありましたか」

「何も。悪い、行こうぜ」

「どうやらハンググライダーの方は飛び立ったみたいです―――――――・・・・・ほら」















 青空に白い羽根・・・・・・・

 光りに反射しながらそれは、ゆっくりと舞い降りてゆく。





 ・・・・新一は瞳を細める。

 そうして2人は別の方向へと走り出した。





























 今日は駄目かもしれないな――――――――――・・・・・・・・・























 今日の天気と裏腹にその表情は暗く。

 さっきまでの鋭い眼差しも消え、新一はそう思った。























 週末は大抵一緒にいた。

 別に約束などしていなかったが、金曜と土曜の夜は必ずどちらかの部屋にいた。













 ・・・・・・昨日は木曜なのに珍しくあいつが俺の所に来て。



 だから、今週はいつもよりも長く一緒に居られると思ってたのに・・・・・・・・・・・





















「工藤君。僕は向こうの方へ廻って来ます」

「じゃあ俺はこっちを見てる」






 新一は1階の正面出口。

 探は裏手の出口へと向かう。



 すっかり群集の目が時計塔の方へ向いていたから、すんなり移動できた。

























 ・・・・・・・・・・暑あっちーなあ・・・・・・・・・・・・



























 時は既に1日の内で最も気温が上がる時間帯。

 帽子もサングラスも持って来ていない新一は、アスファルトからの蒸気に瞳を伏せる。




 

 ・・・・・・そうして茹だりながら深く息を付いた。





























ひとくぎり



































「あっちもそろそろ気付いた頃かな・・・・・・・」











 殆どの警察と群集が時計塔の方へ移動して、約5分。

 来るとすれば今だ。



 新一は眩しい光りの中、目を細めじっと見張る。









 降りたハンググライダーは偽者ダミー。

 本物のキッドは時計塔へ向かう警察に紛れ、必ずこの出口へ向かってくる。












「じゃなきゃわざわざ昼間から危ない橋渡らねえよな―――――――――・・・・・・・」










 案の定、中森警部を筆頭に何人かの刑事が駆け下りてきた。

 新一にも気づかず、彼等は一直線にキッドの舞い降りた先へ行く。
















「・・・・・・・ん?」










 その時。

 ひとりの刑事が群れから離れた。



 一般の波に紛れて行こうとしている。


















 ――――――――――・・・・・あいつだな。




















 新一はその男から目を離さず深呼吸する。

 しかし、突然身を屈めたのか見えなくなり焦った。












「逃がすかよ!」








 足の速さには自信のある新一。

 太陽の方向へ走り出し人波へと突入したその時、横からぐいと腕を引っ張られた。















「工藤君!!」

「・・・・・は、白馬?」

「僕も見たんですよ、こちらに逃げる姿を」

「それで奴はどこに行った?」

「向こうの・・・・・・・遊歩道へ向かったようですね」

「相変わらず逃げ足速いな~」












 それは白馬探だった。

 一緒にその場所へと走り出す。





 面白くてたまらないという表情。

 新一は階段を駆け上り、登りきった所で深呼吸をした。
















 ・・・・・・・・・太陽を背にして微笑う。





















「白馬!」

「はい?」

「お前ならどっちへ行く? 右か? 左か?」

「――――――――――・・・・そうですね、僕なら・・・・・」












 この米花シティービルは周りをぐるりと遊歩道で囲まれている。

 新一はビルの5階部分に接続されている遊歩道ドーム横の階段から、今まさに一緒に追いかけて来た探に向かって問い掛けた。



 上から見ると、右手に時計塔が一望出来る。














「・・・・・・右ですね」

「どうしてだ?」

「何故って、木の葉を隠すなら森へ。人間を隠すには群集と言うでしょう?」

「へえ・・・・・・あ。お前・・・・・俺が付けてやったキスマーク、もう消えちまったのかよ」

「え? ちょ、ちょっと工藤君??」











 正面に来た探。

 気が付くと新一に胸元を覗き込まれていた。



 襟を持ち上げられ、見上げてくるその視線に慌てる。












 ・・・・・・・・逆光に浮かび上がる新一は尚も微笑っていた。
















「俺、早く帰りたいんだよね。暑っついの大嫌いでさ」

「それは・・・・・・知ってますけど」

「このホテルって確か屋上にプールあったよな。泳いでかねえ? あ、ついでに泊まってく?」

「・・・・あ、あの」

「お前言ってたよな。今度一緒に泊まりましょうかって―――――――・・・・・俺、凄く嬉しかった・・・・・それともあれ、冗談だったのか・・・・・?」

「!」













 目の前の新一が急に哀しそうな顔をした。

 探は驚きの表情というか、固まったまま動かなくなってしまう。





 そうしてゴクリと喉が鳴り・・・・・・・


















・・・・・・新一は妖しく微笑った。


















「バーカ。白馬はそんな顔しねえよ」

「・・・・・・良く解ったな。俺が
偽物(キッド)だと」

「面白いくらいハッキリ気配変わったぜ? マジでそーゆー関係だと思ったか?」

「やっぱり侮れないねえ―――――――――・・・・じゃ、これ」










 白馬探の姿のまま怪盗キッドの眼差しに変わる。

 彼はポケットの中から綺麗に布に包んだ一粒の紅い宝石を取り出すと、新一に渡した。








 ・・・・・・未だ太陽の光りは新一の背から降り注ぐ。














「相変わらず扱いは丁寧だな」

「今日も俺には興味なしか? 捕まえる気ゼロか」

「俺は刑事じゃねえ。何度も言ってるだろ」

「・・・・・」

「おい、本物来たぜ」















 最後にキッドは何か言いたそうな顔をしたが、新一はそれに気付かないフリをする。

 向こうへ降りたハンググライダーが偽者だと解ったらしく、時計塔の辺りが騒ぎが大きくなっていた。



 その中に本物の、『白馬探』が見えたのである。











 探の姿をしたキッドもそれを確認し、身を屈めた。

 ポンッ! と音がして驚いた新一が見た顔は、さっきまで白馬探だったのが―――――――――・・・・・・













「ほな、またな♪」

「うわ!? な、何いきなり服部に化けてやがんだ!?」

「気にせんといてや~」

「さっさと消えやがれ!」



















 ・・・・・・・事もあろうに、服部平次に変身していたのだ。

























 咄嗟の事に素で驚いた新一。

 さっきまで白馬の体型だったのが、顔が変わった途端にその顔の体型になるのだから不思議だ。












 笑い方も。



 当然、声も雰囲気も・・・・・・・・・・・・




















 ・・・・・・だから・・・・・・・つい赤くなってしまった。























「ちっくしょ~~!! この俺とした事が!」

「工藤君!? こんな所にいたんですか!」

「白馬! お前が来るからあいつが服部になっちまったじゃねえかよ! どうしてくれる!?」

「い、言ってる意味が全く解りませんけど?」

「俺も帰っからな! お前、コレ中森警部にでも渡しとけよ! じゃあな!!」

「え、ちょ、ちょっとどうしたんですこれ、工藤君?」











 さっきキッドに返してもらった宝石の包みを白馬に放り投げる。

 受け取ったそれに驚くが、既に新一は走り去った後。







 ・・・・・・・呆然としつつ、とにかく奪われた筈のものを大事に抱え警部の元へと探は急いだ。


































ひとくぎり



























「あああああ~ もう気分悪りいなあ畜生!!」









 米花シティービルを背に、新一はカッカしながら歩く。

 キッドとの駆け引きには確かに勝った筈なのに、何となく負けた気がしてならないのだ。



 そうしてこの暑さ。更にこの湿度。

 既に不機嫌度は最高に達している。









「大体このクソ暑いのに相変わらずうざってー衣装着るなんてオカシイんじゃねえのか!? それにあのヤロウもだ! わざわざ電話なんかしてきやがって・・・・・・・・行きたきゃ横浜にでも大阪にでもどこにでも行けってんだ!」











 通り過ぎる人には聴こえない程の声で、新一はひとりごちる。

 その怒りの対象は、いつの間にやら平次に移っていた。












「ん?」






 信号で足止めを喰らっている時に、音が聞こえる。

 ポケットから取り出した液晶表示に「あ」と声を出し、ボタンを押した。











「もしもし、快斗?」

『新一~ やっと出たな! 昨日からずっと電話してんのに』

「悪い悪い、掛け直そうと思ってたんだけど」

『今どこ? テレビ映ってたから、シティービルんとこ? ちょっと相談したい事あんだけど・・・・・・』

「駅に向かってる。じゃあその前のロンシャンで良いか?」

『おっけ~ んじゃ後で!』










 何度聞いても自分とそっくりな声。

 最初は気持ち悪くてしょうがなかったが、今ではもう慣れてしまった。



 それ所か、さっきまでの怒りが柔和されているのだから微笑ってしまう。




















 ・・・・・・・黒羽快斗。


















 白馬探から紹介された、自分と似た造りを持つ存在。

 そして。



 不思議とそばにいると気持ちが落ち着く人間。

























「・・・・・・謎が多すぎなんだけどな」
















 確かめたい事は有ったが。

 でも、それを聞いてしまったらこの関係が終わりそうで怖い。







 自分に『怖いもの』なんてないと思っていたのに。

 ・・・・・ここ数年のうちに、新一には大切なものが増えてしまったから。



















「マジで眩しいな・・・・・・・やべ、なんか目え痛くなってきた」












 まだ時間は15時前。

 光に弱い目の新一は、手で太陽を遮りつつ目的の場所へと急いだ。
































ひとくぎり





























「ほな、俺もう帰るで」

「何やの? せっかく来たんやし、もっとゆっくりしたってええやん」

「週末は予定ある言うとったやろ!」

「ちょ、平次!?」









 横浜駅。

 平次は母親と幼馴染である遠山和葉を車から降ろし、そのまま帰ろうとしたが無理やり中華街で遅い昼食を付き合わされた。



 この2人は服部家の親戚のお茶会に呼ばれていて、石川町まで行く途中なのだ。

 勿論平次も誘われたが、やんわりとそれは断る。














 当然だ。







 ・・・・もうすぐ16時。

 いくら日が長くなったとは言え、1日は24時間しかないのに変わりはない。














 今日は金曜日。

 そして明日は、土曜日だ。



 大学が同じと言っても互いが忙しい身だから、逢えるのはこの週末くらい。
























 限られた――――――――――・・・・・時間だけなのだ。































・・・・・・・工藤と一緒に居れる数少ない時間、ただでさえキッドに取られたっちゅーのに!!























 テレビの臨時ニュースでキッドが出没した事を知った。

 その画面の端に、新一が映っていた。



 泥棒には興味がないなんて言っていたのに、どうも怪盗キッドだけは違うらしく・・・・・・・・



















 ・・・・あの恋焦がれた様な眼差しを自分以外に向けるのが、いつも我慢ならなかった。



























 平次はアクセルを思い切り踏む。



 暑い日差しと照り返しの強いアスファルト。

 そして山下公園を横目に『あ!ゴマ団子忘れとった!』と叫ぶと、急いで来た道を戻って行った。
































ひとくぎり

































「――――――――――・・・・・・・おっそいなー快斗」














 新一は窓際の一番奥で、外をずっと見ていた。

 17時ちょっと前。



 快斗が電話をして来てから、もうすぐ2時間が経とうとしている。














 あいつの家から出てくるとしたって、もうとっくに着いてる筈・・・・・・・・・・・・




















 ふわわと何度目かの欠伸。

 痛くて取ったコンタクトの替わりにしている、細い黒のフレームの眼鏡。



 それを外し、軽く目をこすった。










 ・・・・・・やっぱり少し痛みがある。




















「畜生。だから夏は嫌いなんだ・・・・・・・」










 暑さに弱いのもあるが、元々新一の目は光に弱い。

 それが去年、残暑の厳しい日に1日捜査で炎天下にコンタクトでいた為、次の日に目が開けられない症状になってしまった事があった。



 診断結果は、眼球損傷。

 ひと月のコンタクト使用禁止勧告を受けてしまったのである。





 あれから1年過ぎたが、ドライアイでもある目は長時間の装着を受け付けてくれない。

 朝コンタクトを付けたら夕方までが限界だった。












 今年の夏もたまんねえよ・・・・・・・・・はあ――――――――――・・・・・・・・・・・





 眼鏡は汗がたまるから嫌いなんだよな・・・・・・・・・・
















 眼鏡は夏にはうっとおしい。

 鼻にあたる部分がやたらとベタベタしてくるからだ。



 この季節はとにかく、腕時計など直接肌に付くものを新一は嫌う。

 貴金属の類はもっての他だ。










 ・・・・・だから本当は眼鏡なんてしたくはないのだが。




















 裸眼でモノが見えていた頃が懐かしい・・・・・・などと思いまた息を付いた時、携帯がメロディを奏でた。































「・・・・・・服部」








 それは服部平次。

 文字を見た途端、新一の表情は険しくなる。





 今頃横浜で美味いメシでも食ってんだろうが・・・・・・・・・・・

 でも、そんな心情は悟らせると相手の思うツボだから何食わぬ顔で出た。










「何だ」

『おう、工藤どやった?』

「・・・・・・・別にいつも通りだ。宝石返してトンズラ」

『どないしてん。えらい不機嫌やか』

「そうか? 気のせいだろ」










 声のトーンは変えていない筈なのに、平次にはやはり解ってしまうらしく。

 そこがまた新一の気に障った。










『まあええわ。今からソコ行くで』

「え?」

『黒羽ひろったんや。待ち合わせしとるんやて? もう少しで着くと思うし』

『やっほー新一~♪ 歩いてたら服部にナンパされちゃった~ もうちょっとで行くからな!』

「―――――・・・・・・・あ、そ」












 新一は驚いた。

 相談があると言っていたのに・・・・・でもまあ、快斗が良いなら服部が一緒でも別に良いのだろう。





 電源を切りテーブルの上に置く。

 再び小さく息を付いた新一は、すっかりなくなっていたカフェオレの追加を頼んだ。





























ひとくぎり


























 信号待ち。

 快斗は隣で煙草を吸う男を見る。



 どことなく疲れている様子で、欠伸も幾度となく繰り返していた。











「・・・・・・何だよ寝てねえの?」

「ん?」

「さっきから欠伸ばっかじゃん」

「あ、ああ・・・・まあな」










 平次の目が泳いだ。

 変な事言ったか? と快斗は首を傾げる。 



 ・・・・・青になり車は動き出した。










「それより、お前はあんなトコに何でおったん?」

「へ?」

「高速の入り口なんて、フツー人間が歩くトコやないやろ」

「あ――――――・・・・・・・途中まで車、乗っけてもらってたんだけどさ。そいつが変な事してきたから、ぶん殴って降りちまって・・・・・・・・・服部が来てくれて、ホント助かった」

「・・・・・は?」








 何かとんでもない事を聞いた気がした平次は、つい聞き返す。

 快斗は缶紅茶を一口飲むと、続けた。










「最近多いんだよね――――――――・・・・べったべた触って来ようとする奴。俺は男娼じゃねえっつの」

「男娼?」

「なあ、俺ってソウイウフウに見える?」

「そ、そんなん考えた事もないわ!」

「だーよなあ」










 からからと微笑う快斗。

 この顔は、自分がソウイウ輩を惹き付けるタイプだと解っている表情だ。










 小さな顔に、細長い首筋。

 ノースリーブのオレンジのシャツに、膝下までの細いカーキ色のパンツ。





 ・・・・・・適度に露出された肌からそのスタイルの良さが解る。























 工藤とサイズは同じやったっけ・・・・・・・・














 新一と姿形が酷似している快斗だったが、ファッションに関しては対照的で。

 どちらかと言うと自分のスタイルを最大限に活かす服装が多い快斗に対し、新一はシンプル第一主義で、しかもあまり肌を露出しないものが多い。



















 ・・・・・・工藤もこんなん着たら似合うのになあ。


















 だからつい新一を重ねて見てしまう。

 その視線に――――――――・・・・・快斗は直ぐに気付いた。

















「何・・・」

「え? いや」

「・・・・・・俺を誰かと重ねてんじゃねえよ。見るなら『俺』をきちんと見やがれ」

「!」














 瞬間、睨みの視線が平次を刺す。

 整っている顔立ちだからこそ、その威力は強く。








 ・・・・・・・やっぱりその表情は『誰か』を思い出さずには居られないから、平次は素直に謝った。




















「せやな、悪かった」

「ったく。」

「まあ、せーぜー襲われんよう気い付けや」

「・・・・・・服部は」

「ん?」










 赤信号から青に変わって直ぐ。

 平次はだから、呼ばれて声だけ返した。



 暗くなり始めた風景。

 それと平次の横顔とのコントラストに、快斗は言いかけた続きの言葉が出て来ない。












「・・・・・・・・・」

「何じゃい」

「・・・・・なんでもねー」

「ムカツクやっちゃな。言いかけて止やめんな」










 う。と快斗は唸る。

 確かに自分も言いかけて止められたらムカつく。



 だから、素直に話し出した。










「・・・・・・服部。好きな奴いるだろ?」

「へっ」

「誰?」

「だ、誰て・・・・・・」

「なーんて事は別に聞かないけどさ―――――――・・・・・・・そいつといて楽しい?」

「はぁ?」










 神妙な顔をして何を聞いてきたのかと思えば、恋の相談?

 つい素っ頓狂な声を出してしまった平次は、一時停止のラインで止まらず角を曲がり、向かって来た車と接触しそうになって急ブレーキで切り抜けた。













「どっわ―――――っ!!!!!」

「バッカヤロウ!! 俺と心中するつもりかよ!?」

「わ、悪い、変な事言うもんやからつい」

「・・・・変? 何が変だってんだ? 俺がマジでこーゆう事聞いちゃオカシイってのかよ・・・・・・・・いいよもう、2度とてめーには聞かねえよ!」

「ちょ・・・・・黒羽?」
















 平次は驚いた。







 真っ赤だった。

 快斗の顔が、耳まで。












 ・・・・・・・そんな表情は1度も見たことなどなかったから、心底驚いてしまったのだ。
















「降りる! 降ろせ!!」

「待てって! ホンマ悪かった、今のは俺が悪かった! せやから落ち着け、な?」

「うるせえ腹立つ! お前帰れ!! 俺だけ新一とメシ食って帰る!」

「なぬ!?」










 そう叫んだかと思うと、快斗は車を降りた。

 運良く赤信号にぶつかり停まったのだ。



 大きな音を立ててドアが閉めると、振り返りもせずに歩道に走ってゆく・・・・・・・・













 ここから目的の店までは10分と掛からないだろう。



 ・・・・・・平次はぐったりと息を付いた。























「ああも~・・・・・・やってもうた・・・・・なんや調子狂うなあホンマ」














 工藤新一と黒羽快斗。

 2人は似ていて、でも似ていない。







 似ていないのに――――――――・・・・・・・瞳の奥の光りは同じ色彩を放っている。




























「誰に惚れとんのやろ・・・・・・・」











 あの快斗をあそこまで悩ます相手とは、誰なのか?

 平次は青に変わった信号を見つめながら煙草に火を付け、考える。



 そうして・・・・・


















 ・・・・・・また今の快斗の表情を思い出した。

























 ―――――――・・・・・・・工藤もあんな風に、いつも感情出してくれたらええのに。


























  そう。

  新一は滅多に動揺しない。




  ・・・・・・普段は本当に自分に対し、徹底して『友達』を演じている。




















 腕の中とか。

 他の誰も見ていない、部屋の中とか。



 当たり前だと解っているが――――――――――・・・・・・・

 自分たち以外の気配がある場所では、どんな誘いにも乗らない。

























「――――――――――・・・・・・・・母親譲りの演技力は見事なもんや」

























 日々追うごとに苦しくなってくる。

 逢ってても、逢うだけ辛くなってくる。



 その『演技』が実は『本心』ではないかという不安が大きくなってくる・・・・・・・・・・・・





























「さて、と」









 平次は短くなった煙草を消す。

 そうして後ろに乗せてあった『ゴマ団子』に視線を移した。


















 ・・・・・・・・・そろそろ黒羽の機嫌も直っとるかな。

























 『快斗には新一』という方程式がある。

 だから、頃合を見計らって行くのが一番良い。





 駅前のパーキングに車を停める。

 平次は夜になっても下がる事がない湿度を感じながら、目的の店へと向かって行った。