恋敵は缶珈琲


「親父さん、大変そうだな」

『そーやねん。とうとう人死に出でしもたから、えっらい機嫌悪いで』

「―――――――・・・・もの凄い熱狂らしいな。お前もか」

『胴上げ決まった夜はえらい上機嫌で朝まで飲みまくっとったけど・・・・・俺は道頓堀に飛び込むような奴とちゃうで? あんなトコ飛び込んで何が楽しいんや? アホらし』

「・・・・・そうか」





















 9月の下旬。

 今年好調のまま来た阪神タイガースは、とうとう15日に18年ぶりのリーグ優勝を決めた。



 その日の内から、テレビもネットも新聞も熱狂の渦である。























 新一はさして用事も無かったので、居間のソファでテレビ観戦。

 逆転勝ちした時点で、時差でゲームが始まっていた他球場の横浜×ヤクルト戦の結果待ちだった。



 だからそれまで世界柔道を見ていた。

















 そして横浜が勝利。

 阪神タイガースの優勝が決まった瞬間、案の定脇に置いてあった携帯が鳴ったのである。



 



















 

 あれから数日が経ったが、その熱狂は収まる所を知らずに道頓堀に飛び込む人間が5000人を超え。

 それでとうとう事故が起こってしまったと知り。

 









 ・・・・何となく、こうして真夜中に電話してしまった訳だが。

































『工藤いま、俺が飛び込むようなヤツなくて安心したやろ?』

「!」

『嬉しいなあ~ 心配してくれとったんやな』

「・・・・見えてねえクセに何言ってやがる。じゃあな」

『へ? こらちょおまて工藤!』

























 見透かされ、新一は早々に会話を終わらせ電源を切った。

 全くその通りで『お見通しかよ』と悔しくなったからだ 。







 熱狂覚めやらぬ騒ぎも、自分にはさほどでは無い。

 この所はどこのチャンネルに合わせてもタイガースの特集が組まれているから、つい見てしまうだけで。















 でもまあ。

 最近良いニュースの無かった日本だ。





 経済の活力剤になるのは間違い無いだろうと新一は思った。































「さてと・・・・・・」



















 窓から涼しい風が入り込んでくる。

 

 ベッドの上。

 読み途中の新刊の続きも気になったが、どうにも眠い。

 







































「・・・・・今日はもう寝るか」



























 雨のにおいがする。

 台風が近付いてると言っていたから、明日は降るのだろう。





 新一は窓を閉めると明かりを消した。




































ひとくぎり



































 ・・・・また台風が近付いている。

 新一は昼過ぎから降り出した雨を見つめ、リビングにいた。



 気温もいきなり低くなったので暖珈琲を飲みながら。























「なーんか暇だなー・・・・」





















 かと言って出かける気分でもない。

 寝起きのままのジャージだし、着替えるのも面倒だ。





 だから家の鍵も閉めた。

 誰が来ても電話が来ても、出る気はない。























 今日はそんな日だ――――――――――・・・・・





























 そして手元の珈琲を飲み干した時だった。































「ん?」

















 何処からかメロディが聴こえてきた。

 あれは、部屋に置いてある携帯の・・・・・・



























「・・・・・・」




















 出ない事にしていた。

 今日一日は、固定電話も携帯電話も、一切・・・・・



 でも新一はゆっくりと部屋に向かった。



















 ふつう、こんなに出なければ切れるだろう。

 諦めて、止めるだろう。



 なのにそれは1分経っても鳴りやまない。

















 まさか。

 そう思って新一が部屋に入り、携帯を覗き込む。





















 ・・・・・・やはり服部平次だった。

























「服部・・・・?」

『何や。おったんならさっさと出えや~』

「・・・・こんな昼間っからどうした」

『遊びに来たで。はよ鍵開けろや』

「は?」

















 素っ頓狂な声を出す。

 そして、ドアの方へ視線を移した。

















『インターフォン壊れとるんやないか? ゼンッゼン、鳴っとる気配ないし』

「お・・・お前、来てるのか」

『おうよ。月曜の授業もないし、火曜まで泊まらしてな』



















 新一はブチッと電源を切ると、それをベッドに放り投げた。

 そして勢い良く階段を駆け下りる。













 ・・・・・ガラにもなく逸る気持ちを押さえ、鍵を開けた。



















「よお工藤。1ヶ月ぶりやな~ しっかし雨凄いで。まいったわ」

「・・・・来るなら前もって連絡しろ」

「アホ。そしたら、工藤のそーゆー顔見られへんやん」

「そーゆー顔・・・・?」

「俺に逢えたん嬉しいクセに、悟られとうなくて必死に堪えとるカオ」

「!」

















 アッサリとバレてしまい、新一は言葉が出ない。

 その表情に平次は満足気に笑うと、水滴だらけの買い物袋を渡した。


































ひとくぎり































「急に寒なったな。今日出て来る時、着るモン引っ張り出すのに苦労したで」

「俺も。ま、このまま涼しくなってくれた方が良いけど」

「今日は鍋にしよな。駅降りて材料買うてきたし」

「・・・・ホント用意いい奴」















 少し身体を震わせ、平次は真っ先にキッチンへ入った。

 両手にぶら下げていたビニル袋から食料を取り出し、冷蔵庫へと収める。



 その中から、缶珈琲を2本取り出す。

 新一へ渡した。

















「んでもってコンビニでコレ買うた。あーゆートコは、一年中ホットもコールドも用意万全やな~」

「・・・あったけー」

「っと、コレでおっけーやな」

















 扉を閉め、立ち上がる。

 すると新一が缶を頬に当てていた。

















 ・・・・・その姿に少し平次はムッとする。























「な、何だ?」

「買うて来るんやなかったなあ・・・・・・つうか、出すタイミング間違えたわ」

「服部?」

「俺より先にソレに頬寄せるってどーゆー事やねん」

「・・・・は?」

「俺かて工藤に触りたくてしゃーないっちゅーのに・・・・・・・けど、玄関入ってスキンシップしてまた張り飛ばされたら嫌や思うて我慢しとったのに・・・・・・」

「って、コレに妬いてんのか?」

















 コレ。

 とは、その通り『缶珈琲』である。











 冗談ではなく本気で『そう』らしい平次に、新一は吹き出した。





















「笑いたきゃ笑えや・・・・・」

「バーカ。まだ気にしてんのか」

「・・・せやかて」

「こーゆー寒い日なら、俺、嫌がらねえぞ?」

「そうも思うたけど・・・・・前科モンやし工藤」



















 実は、ほんの1ヶ月ほど前。

 夏休みという事もあって工藤邸に遊びに来た平次は、玄関に現れた新一を思わず抱きしめた事があった。













 それまで3ヶ月は逢えなかったし。

 電話も、ろくに出来なかった日が続いていたから。



 だから嬉しくて抱き寄せた。

 なのに。























 ・・・・・・・新一は、もの凄い勢いで怒鳴り平次を突き飛ばして逃げた。































 『このクソ暑いのにイキナリ抱き付いてくんじゃねえ!!』



























 勿論理由はあった。

 その日は朝から現場調査に駆り出され、炎天下の中ずっと歩きずくめで。



 やっと解放されて家に戻ってきても、案の定蒸し暑く。

 リビングやキッチン、さらに自室も冷房のスイッチも入れようとしていた矢先に、平次が現れたのだ。





















 ただでさえ汗で貼り付いていたシャツ。

 そこに、更に熱い男の体温なぞ加えられ。















 ・・・・・反射的にそんな行動に出てしまったは、しょうがないだろう。



























「だ、だから、あれは」

「ショックやったな―――――・・・・・暫く頭ん中真っ白やった」

「・・・・冷房の部屋で落ち着いた時にさんざん謝ったじゃねえか」

「けど、いくら暑いからて・・・・」

「うるせえ。これで解ったろ? 暑い時の俺は要注意なんだよ」

「く~ど~」

「ホラ。冷めないうちにコレ飲んじまおうぜ」

















 リビングに移動し、ソファに座る。

 開けると一気に飲み干す平次に、新一はまた意味ありげに微笑った。





















「何やねん・・・・」

「まだ拗ねてんのか?」

「拗ねてへん」

「へえ・・・・なら俺、この缶珈琲飲んでも良いんだな?」

















 また変な事を言い出すなあと平次は思った。

 新一は、手元の缶をひらひらと視界にちらつかせている。

















「・・・・そん為に買うてきたんや。冷めへんうちに飲んだらええやん」

「あっそ。本当に良いんだ。服部より先にコイツに『キス』する事になるけど?」

「!」

「さっきはあんなに妬いてたのにな~ まあ、そうだよな? こんなのに妬く程コドモじゃ・・・・・・・うわ!!!」

















 そう言って手元の缶を開けようと新一が視線を移した時だった。

 ほんの一瞬の間に、平次がテーブルを乗り越えその手首を掴んだのだ。



 更に身体を押し倒し、指から缶を落とさせた。

 新一は目を見開く。

















「そーやったそうやった。俺は『こんなの』に妬く程のコドモやったわ」

「痛ってーなあ・・・・・そんなに掴まなくても逃げねえっつうの!」

「お前が煽るからや」

「ならさっさとしろよ―――――・・・・・でもまずキスで俺を満足させられなかったら、その後はねえからな」

「・・・へ?」

「そうだな。そしたらそこに落ちてる缶珈琲と添い寝しようかな。お前はこのソファで一晩過ごせよ」

「な・・・・何やと~~!?」





















 冗談かと思った。

 けど、新一はにやりと微笑ったまま視線を外さない。



















「やる気出ただろ」

「・・・・んな減らず口叩けんのも今のうちやで」

「そりゃ楽しみだな。こっちも体力余ってたんだ・・・・・・かかってきやがれ」

「ったく―――――・・・・・色気もへったくれもあらへんな」























 言葉に艶っぽさはないけれど。

 目の前の新一は、相変わらず綺麗だ。























 自分を映す瞳がある。

 自分を求める、表情がある。





















 ・・・・・・どんなに憎まれ口を叩いても、自分を好きでいてくれてるのが解る。





























 だから平次は、アイテムとして缶珈琲を買ってきた。

 きっと新一もそれを解ってる。



























「・・・・珈琲くさいな」

「そらそや。寸前に一気飲みしたんやぞ」

「―――――・・・・・そうか。そう考えると、お前が飲んだ『缶』って・・・・・俺より先にお前にキスしたんだ」

「せや。妬いたか?」

「バカじゃねえの」

「ほー・・・・まあええけど」























 僅かにムッとした新一。

 その頬が、ほのかに赤くなったの平次は見逃さない。





 そして。

























 ・・・・・・新一が瞳を閉じたのを合図に、2人はゆっくりと口唇を合わせていった。














































Fin