「あれ・・・・・工藤、帰んねーの?」

「ちょっと図書館で調べもん」











 大学の構内。

 講義が終わっても席を立たない新一を見て、友人が話し掛ける。







 工藤新一。


 元女優の母親と、世界的推理作家の父親を持つ新一。




 ・・・・・生まれもさることながら、その容姿と頭脳明晰な所は大学だけではなく全国的に有名で。

 高校の頃、闇雲に事件だの謎解きだのと調子に乗っていたせいでえらい目に遭い、そのお陰で人にはちょっと言えない『過去』を持っていたりする。















「ふーん。じゃ、また明日な」

「ああ」













 もう、夕方。

 この後は講義はない。









 ・・・・・普通なら、もう帰るだけ。















 見送った相手の背中が見えなくなるのを確認する。

 すると新一は、携帯の短縮を押した。



 暫くして相手が出る。















『工藤? お前から連絡(でんわ)なんて珍しいやんか』


















 声の主は服部平次。

 同じ大学に通っている、大阪出身の謎解き仲間だ。



 高校の頃の、ひょんな出会いからの付き合いで。

 剣道の有名な大学からの誘いで東京に出てきたのだが、そこが偶然にも新一の通っている大学だった。

















 でも、どうしてか。









 ・・・・・・同じ大学に通っていても、学部が違うのもあってか一緒に行動する事はなくなっていた。





















「今日・・・・・・一緒に帰らねえか?」

『は?』









 電話の向こうで素っ頓狂な声を上げる平次。

 新一は構わず続ける。











「詳しくは会ってから話す」

『・・・・・俺、今から稽古あんねんけど』

「7時までだろ? 図書館で待ってっから」













 有無を言わせない新一の声。

 少し間が空いたが、平次は答えた。













『――――――――――・・・・・解った。図書館(そこ)行けばええんやな』

「頼む」















 小さく呟く声が脳に残る。

 その後直ぐ稽古に入ったが、平次は電話の事が何故か気になって仕方がなかった。












あの夏を忘れない





 新一は暗くなった廊下をゆっくり歩く。

 近付いてくる影が、濃くなる時間帯にきていた。





















 ――――――――――・・・・・・どーすっかな明日から・・・・・・・・























 どうにか図書館に辿り着き、窓際の一番奥の席に腰掛ける。

 そして深い溜息と共に机に突っ伏した。





















「・・・・・・あー・・・・・・・・いってー・・・・・・・・・」



















 目を閉じても感じる痛み。

 新一は『ドライアイ』によって眼に傷を受けてしまっていた。















 昨日の日曜日。

 久々に目暮警部に呼ばれ、事件に関する調査の為に一日中外にいた。









 思ったよりも、良い天気。

 想像以上に強い日差し。





 ・・・・・・夏の天候は本当に容赦なかった。





















 慣れていたと思っていたコンタクトレンズ。

 しかし、僅かに感じていた痛みを我慢して付け続けていたのが災いし・・・・・・・



 夕方頃に耐えられなくなって外した頃には、もう手遅れで。





















 ――――――――――・・・・・目を開けられない程に、痛みは酷くなってしまった。



























 焼け付く痛みを和らげようと涙腺は涙を溢れさす。

 しかし、それはじくじくと頭痛にも繋がり。



 早々に家に戻らせてもらったが、夕食もろくに食べられずにベッドへ直行した。





























 とにかく、寝れば症状が治まるだろうと思った。

 だが。

















 ・・・・・・・朝起きてみて、瞼がまともに開かない事に愕然とした。


































 朝の光がどうしようもなく辛い。

 昨日よりも、涙が止まらない。





 白い紙が眩しくてまともに見られない―――――――――――――――・・・・・・・・























 医者の話では、もともと眼にある涙の割合が一般の人の半分程度しかないらしい。

 だから乾きやすく、更にコンタクトをしているから余計に悪いのだと言う。



 目薬もろくに差さず一日中乾ききった空気の中。

 痛みを押して、し続けたコンタクト。













 ・・・・積もり積もったその状態が重なり、更に炎天下に何時間も帽子もなくいたから、レンズが太陽の光を受けすぎて眼球に傷を作った。




 














 右目に深く1箇所。左目に2箇所。

 そして、ひと月のコンタクト使用禁止宣告。



 数種類もの目薬を渡され、数時間おきに点眼・・・・・・・





















 午後から、何とか講義に出られた。

 もちろん眼鏡着用で。









 ・・・・・しかし。



























「割っちまったんだよな――――――――――・・・・・・これしかねーってのに」































 そう。

 正直に言うと『踏んだ』のだが・・・・・













 午後のひとつ目の講義が終わった時、目薬を差すために外した眼鏡を机に置いた。

 その後肘が当たって『え?』と振り向いた時、それが落ちた音がする。



 だから新一は、体制を変え取ろうとした。

 が。









 『ばり』という嫌な音と共に・・・・足の下に嫌な感触を感じた。































 それほど悪い視力ではないと自分では思っている。

 かろうじて、人間か物体くらいは判別出来る。



 しかし講義は駄目だ。

 あんな遠くの文字が読める訳がない。









 一番前に座ったって、多分読めない・・・・・・・・・































「・・・・・・・散々だぜ」















 スペアの眼鏡を持ってない事に後悔して、深く溜息を付く。

 その時ぽんと頭に感触が来た。















「?」

「よう。何や、ぼーっとしくさって」















 不明瞭な視界に入ってきた影。

 その発せられる声には、確かに聞き覚えのある関西弁が添えられていた。















「服部か?」

「・・・・そーやで? 何、確かめとんねん」

「だってまだ6時にもなってねーぞ」

「早めに終わったんや。で? どないした」

   










 椅子を引き隣に座る。

 実は『早く終わった』のではなく『早めに上がらせてもらった』のだが・・・・・・



 そんな事は新一には言わない。







 ただ、電話の時の様子が気になった。

 平次のこういう時の勘は外れた試しがない。





















「―――――――――――・・・・・まあ、座れ」



















 新一が頬杖をついて隣の椅子を指す。

 言われるままに、平次は腰を下ろした。
































ひとくぎり





























「ほ――――――――・・・・・で、俺にどないして欲しいん?」















 簡潔明瞭な新一の説明。

 それに応えるように、率直に平次は聞いた。















「お前、車で来てたよな? だから眼鏡屋まで運んでくれ・・・・・と言いたいんだけど、今日確か休みでさ。家まで頼む」

「・・・・・・明日はどないすんねん?」

「朝イチで眼鏡作りに行くけど・・・・・」

「すぐ作れるんか? そーゆーの」

「俺の場合は――――――――・・・・・一週間は掛かる・・・・かな」
















 そうだ。

 今日どうにかした所で、ろくに見えなく目も開けられない状態が暫く続くのだ。



 新一は改めて息を付いた。
















「・・・・・じゃあ日常生活も不便やろ。しばらく俺んトコおったらええ」

「え!? そ、そこまでしてもらわなくても」

「アホウ。どーせ明日、眼鏡屋に行く時も俺が連れてくんやろーが・・・・・・せやったら一緒におってくれた方が楽や。朝晩、迎えに行くんは手間や」

「・・・・・」











 言われてみれば当然だった。

 新一は少し自己嫌悪に陥るが、また目の奥が響いたのか顔をしかめた。













「・・・・・キツイんか」

「悪い―――――――・・・・・夕日が、少しキた」

「そんな調子なら今晩からウチやな~ しゃーない、アイツ断るか」

「え? 予定あったんなら、俺、今日は別に」

「心配せんでもええって。工藤がうち来るのん、引っ越し手伝うてもろて以来やし・・・・・・・そやな、焼き肉でもしよか? 帰り、材料買うてこ」

「・・・・いいのか? 本当に」

「おう」













 その時の平次の満面の笑み。

 新一はよく見えてはいなかったが、久しぶりに向けられたその笑顔に・・・・・・・・



















 ・・・・・・何故かホッとした。




























ひとくぎり





























「ああ、俺やオレ。今日なあ、悪いんやけど駄目になってしもた・・・・・・ああ? アホ言うな、他のオンナちゃうぞ!? ・・・・って、オイ!!?」















 平次が携帯を睨む。

 どうやら、話の途中で電話を切られたらしい。













「信用されてねーんだな~ オマエ」

「・・・・そんな風に見えとんのか? ショックやな」

「俺、電話代わっても良かったのに」
   








 からからと笑う新一。

 しかし次の言葉にその表情は曇った。









「毛利のねーちゃん、元気か?」

「・・・何だよ急に」

「てっきりお前ら、おんなし大学行く思とったんやけどな」

「・・・・・・」











 新一は何も答えなかった。

 ただ、窓の外に視線を移すだけ。



 やがてそのままラジオから流れる音楽が車内を満たし――――――――――・・・・・

 ろくに会話もないまま、新一の家に着いた。















「ちょっと適当に座っててくれ」









 自分の家くらいは視界不明瞭でも歩ける。

 新一はそう言い平次をリビングに残して2階へ上がった。



 ひとまず、当面の生活用具を揃えなければならない。

















「あち・・・・」












 目頭がツンと痛みを訴える。

 動いたりすると響くのだから、本当に堪らない。

















 ――――――――――・・・・ああ、ホントに情けねえ・・・・・・



















 適当に服や下着を掴む。



 足りなかったら買えばいいや・・・・・

 そう決めてスポーツバックを抱えた時、ポケットに入れておいた携帯が鳴った。



















「・・・・蘭」










 液晶表示を見てボタンを押す。

 あまりにも聞き慣れた声が、耳に飛び込んできた。







 毛利蘭。

 新一の幼なじみで、高校まで一緒だった女の子。



 今は横浜にある私立に通っている為に、寮暮らしをしている。





















 ・・・・・・小さい頃から、ずっと好きだった蘭。





















『ちょっと新一? 電話くれるって言ってたのに、また忘れてたでしょ!』

「え?」


『も~そんな事だろうと思ったわよ』


   







 バックを抱えながら、携帯を握りしめ階段を下りる。













「違うって、今しようと思ってたとこだって」

『ホントに?』

「そっか・・・・・やっべー・・・・・」

『新一?』

「・・・・・蘭。わり、明後日だけどよ・・・・・・・・・・行けなくなっちまったんだ」















 そうだ。

 約束していたのだ。





 明後日の水曜日。

 講義がないから、蘭の買い物に付き合うと。















 ・・・・・・買ったばかりの車に、蘭を乗せると。













『ええ? どうしてよ?』

「急に依頼受けちまってさ――――――・・・・・ホント、わり」

『も~・・・・しょーがないなぁ。今度ちゃんと埋め合わせしてよね』


「ああ、解った」













 そうして電源は切られた。

 新一はじっと、携帯を見つめる。



















 もう、何ヶ月逢っていないのだろう?







 大学に入ってから互いの生活に慣れるのに一生懸命で。


 そんなに遠い距離でもないのに・・・・・何となく、電話も出来ず。























 ――――――――――・・・・今度こそ、自分の気持ちを確かめようと思ったのにな。





























「もう、ええんか?」









 後ろから声がした。

 リビングの入り口のドアに、平次が寄りかかっている。



 新一は僅かに眉を寄せた。













「立ち聞きしてんじゃねーよ・・・・・・」

「そりゃスマンな。ほい、車ん中暑かったやろ」

「・・・何ひとんちの冷蔵庫から勝手に取ってんだよ」

「細かいこと気にすんな」

「ったく」













 差し出された缶珈琲を新一は受け取る。

 そして、一気に飲んだ。



 深く息を吐き――――――――・・・・・・そこにいるであろう平次を見る。















「――――――――・・・・・お前さ」

「ん?」

「・・・・・・・」













 新一は言葉に詰まった。

 喉まで出掛かったのを、無理に飲み込んでしまう。



 それを察したのか平次が口を開いた。













「ねーちゃんの誘い断っとったみたいやな」

「・・・・だからどうした」

「あんまほっとくと他のオトコに盗られてまうで? この前も何や、おなしガッコの奴と仲良さそーに歩いとったし・・・・・・気い付けんと」

「蘭に会ったのか?」













 歩きながらリビングのソファに座る。

 平次の言葉の中に「蘭」が出てきた事に、新一は驚きを隠せない。













「ああ。こん前の対抗試合やったトコが、毛利のねーちゃんのガッコやったんや」

「・・・・へえ」


「少し髪切ったんやな~ あいかーらずべっぴんやったし・・・・・」











 無性に嫌な気分だった。

 けれども新一は、持ち前の仮面を被り何でもない表情を続ける。













「ん? どないした」

「・・・・・服部、お前――――――――・・・・・・」

















 言おうとして、新一は言葉を止める。



















「何やねん」

「・・・いい」

「んな顔しくさって、『いい』やと?言いたい事あるんやったら、ハッキリ言え」

「だから何でもねーっつってんだろ・・・・・・腹減った。早く行こうぜ」













 平次から飲み終えた缶をもぎ取る。

 自分のと共に捨てると、バックを抱えて玄関に向かった。
































ひとくぎり



























「・・・・うまい」

「そりゃどーも」


「お前、自炊してたんだ」

「こっちの食いモンは味が濃すぎや。自分で作っとるうちに、まあこれくらいはな」

「へえ・・・・・」












 素直に新一は感心する。

 自分もそれなりに作るが、他の人が作る食事は久しぶりで・・・・・・



 つい、ぱくぱくと口に運んだ。













「・・・・・何で俺に電話して来たん?」

「え?」

「他にもいるやろ。友達」

「ああ・・・・・そりゃそうなんだけど・・・・・・・」













 バツが悪そうに、新一は顔を上げる。

 キュウリの漬物をかじりながら、ぼそっと呟いた。


















「―――――――――・・・・・・お前しか思い浮かばなかったんだ」

「へ・・・・」

「だからホント悪かったな。早く眼鏡作ってもらって、ここ出てくから」















 俯いたままの声は、小さく。

 新一は箸を置くと、食器を片付け始めた。



 平次は慌ててその手を止める。













「洗わんでええって! 汚れ見えへんのに」

「あ。そうか・・・・」

「何や調子狂うなあ~・・・そういや・・・・・顔もなんか違うで? こう、なんちゅーか・・・・・丸いっちゅーか・・・・・・」

「丸い?」

「ああ、太ったとかやなくて・・・・・目が・・・・・」

「・・・・・?」













 意味が解らず首を傾げる。

 すると、黒い影が目の前に近付いて来た。













「なあ・・・・・」

「・・・・服部?」

「どれくらい今、見えとるん?」

「え・・・どれくらいって」

「俺の首のホクロも見えへんとか?」

「ホクロ?」













 言われて新一は覗き込む。

 だがその時、見ようと目を思いっきり細めた為に激痛が走った。

















「――――――――――・・・・・・っっっ!!! いたたたたっ・・・・・・・」

「へ? あ、そうやったスマン!」

「ちっくしょ~~ 洗面所どこだ!?」

「そ・・・・その脇入って直ぐ右んトコ」













 怒鳴るや否や、新一は目を押さえその場を走り去る。



 残された平次。

 暫く呆然としていたが、とりあえず食器を洗い始めた。
































ひとくぎり



























水を思い切り出し、新一は目を洗い続ける。



後から後から溢れてくる涙。

それは、眼球を守ろうとして起こる自然現象。















「・・・・・うわ・・・・・・何だよもう・・・・・・すげー真っ赤」

















 鏡に映る自分。

 近付くと泣き腫らした様に赤い目が見えた。



 そうして新一は思い出す。

 高校生の姿に戻ってから、平次に会うのを避けていた事を。

















 ・・・・・・熱で寝込んでいたあの時に見た夢。



 あれから何となく俺は――――――――――・・・・・・・・・・





















「何でだったっけ・・・・・・」












 再び水を思いっきり顔に浴びせる。

 特に乾いていた口唇は、染み込むように水分を吸収して・・・・・・・・





 ・・・・何故か身体の奥が疼いた。
























ひとくぎり





























 ようやく子供の姿から元に戻れたのは数年前の夏だった。



 しかし安心して気が抜けてしまったのか。

 自分の家に堂々と戻れた日に、新一は熱を出して寝込んでしまう。















 ・・・・・・・・・熱はしばらく下がらなかった。
























 蘭や博士が、交代で看てくれていた。

 でも。確か・・・・・・・



















 ある晩、蘭が誰かと話していて、それじゃあねと手を振っていた・・・・・・



 すると蘭じゃない『影』が近付いてきた。

 俺の額のシートを取り替え・・・・・・何か話し掛けてきた。













 あれは・・・・・・・・



















 その後『影』は電気を消して部屋を出て行く。

 途端に暗くなったが、やがて窓からの月明かりで天井のライトが蒼白く浮かび上がった。







 俺は熱い息を吐きながら、そのままゆっくり目を閉じた・・・・・・・・・





























 夢を、見た。















 ・・・・・・新一は砂漠にいて、太陽の下をずっと彷徨っていた。























 歩いても歩いても見つからないオアシス。

 容赦ない暑さと熱さが、身体から体力を奪っていく・・・・・・・・





 とにかく、喉が渇いていた。































 ・・・・・・・・・・・・・水が、欲しい・・・・・・・・・・






























 その時だった。

 目の前に、泉が湧き出ていた。





 新一は必死にそれを飲んだ。































 口唇の乾きが・・・・・・・・・・やっと満たされて・・・・・・・・・・・・


































 ・・・・・・気が付くと朝だった

 周りの景色も自分の部屋で、今までのは『夢』だと理解する。



 熱も下がってきたらしく、何とか起き上がれた。













 ぼんやりした頭。

 だるい身体。





 聞こえてきたのは『気分はどうや?』の声。

 それは・・・・・・



















 昨夜の『影』の正体――――――――――・・・・・・服部平次であった。






































 でも、どうしてか。

 それから新一は平次に連絡する事が出来なくなっていた。








 ・・・・・・・何故だろう。

























「なのになあ・・・・・・・何で俺は、今更あいつに電話しちまったんだ・・・・・・・・・・・?」













 咄嗟だった。

  あれ程今まで出来なかったのに、指は平次への短縮を押していた。



 ・・・・・『短縮』を設定して、尚それを『覚えていた』事自体も考えてみれば不思議な事だったけど。















 そりゃあ、友達は他にもいる。

 でもプライベートな事まで見せられる相手と言うのは、やはり限定されてしまう。





 『コナン』だった記憶が平次を頼りにしてしまったのだろうか・・・・・?





























「は――――――――――・・・・・・やっと治まった・・・・・・・」








 なんとか痛みも和らぎ、新一はひと息付いた。

 タオルで顔を拭き洗面所を出て、目薬を差そうとスポーツバックのある居間へ行く。











「大丈夫か?」

「・・・何とか」

「そんなんで明日っから講義どないすんねや?」

「何とかするしかねえだろ・・・・」











 ごそごそと袋を取り出し、新一は眼科で貰ってきた点眼液を取り出した。













「目薬か? 俺さしたろか?」

「は? 自分で出来るっつの。それより水くれ」

「ほい。アイスコーヒー」

「・・・・それも飲むけど、最初に水。もう喉乾いちまって」













 はいはいと素直に平次は従う。

 そして新一が出来るだけ目を開けない様にしていたから、電灯が眩しいのだと思い明かりをひとつ落とした。



 急に暗くなり、新一がびくりとする。















「!?」

「目。これで少しはマシか?」

「・・・・悪いな」


「かまへんて。なんか楽しいし」















 そう。

 平次は楽しんでいた。



 動いている『工藤新一』とこんなにじっくり対するのは、これが初めての事だから平次は楽しかった。













「楽しい・・・・?」

「せやかて、お前コナンと性格おんなしやん。ちょお不思議な感じやで」

「・・・・・『新一』が『コナン』だったんだから当たり前だ」

「その目やその目! いっや~ホンマ懐かしいな・・・・・・」

「ちょっ・・・・・・なに急に保護者ズラしてんだよ!?」















 無理もない。



 あの頃2人は本当に兄弟同然で。

 平次は特に、新一の心情を理解していた人間のひとりだったのだから。









 でも今は違う。



 新一は元の身体に戻り、平次も元の大阪中心の生活に戻り・・・・・・・

 それぞれが、互いの暮らしに戻り。



 数年間連絡も取らずに過ごし、同じ大学になってからも殆ど関わっていなかった。













「こうやって一緒に泊まるんも、お前が寝込んで以来や」

「―――――――・・・・そうだったっけ」

「ほい水。また飲ませたろか?」

「・・・・は?」















 コップに持ってきた水を新一に渡す時に、平次が漏らした言葉。

 それに新一は怪訝な顔をした。



 薄暗い部屋で、平次の方向を見上げる・・・・・・・













「いややな~。忘れたんか? お前が『工藤』に戻って熱が下がらん時に、俺、お前一晩看病したやろ?」

「・・・・・それは知ってるけど」

「そん時『水が欲しい』っちゅーから持って来たったのに、ストロー出しても吸わへんから・・・・・・・しゃーないから口移ししてやったんやないか」

「何!?」

















 最後の言葉に、新一は目を見開いた。



















「覚えてへんのか?」

「し、知らねえぞそんなの!!」

「・・・・・・ほー。なら、そん後3回も吸い付いて来たのも覚えてへんのやな」























 ・・・・・・・な・・・・・・何だって・・・・・?



















 新一はもう言葉が出ない。

























 あれは夢ではなかったのか?


 夢の中で俺は喉が渇いて・・・・・・・そう言えばそこで・・・・・・喉の渇きが癒されて・・・・・・・・























 ・・・・・・え?



 じゃあやっぱりあれは・・・・・・・・・・・

























「夢じゃなかったのか・・・・・・」

「何や。ちゅー事は少しは覚えあったんやな」

「・・・・・っ・・・・・お前、んな事よくフツーに話せるな!」

「しゃーないやん成り行きや。減るもんやなし・・・・・・・・・まさか、初めてやった訳ちゃうやろ?」

「!」















 瞬間、新一が固まる。

 そして耳まで真っ赤になった。









 ・・・・・平次は驚く。



















「――――――――――・・・・・・へ・・・・・・・・工藤まさか・・・・・・・」

「・・・・・やっとお前を避けてた理由が解った」

「え?」

「あの晩以来、俺はお前が苦手になっちまってたんだよ・・・・・・・・何でかってずっと考えてたけど・・・・・・そーゆー趣味の奴だったから身体が拒否反応起こしてたんだな――――――――――・・・・・やっと解った」

「ちょ、ちょお待てコラ勘違いすんな! 俺は至ってノーマルやぞ!?」

「どこがだ? 男にキスしといて平然としやがって・・・・・・・・何が普通だふざけんな!!」















 尚も真っ赤になりながら新一は怒鳴る。

 平次の言った通りあれが『初めて』だったから、余計に怒りは増していた。



















 ・・・・・・・・3回も吸った?



 しかも俺からそれを望んだって?























 思いもよらない事実を知らされ、もう何が何だか解らない。











 新一は立ち上がる。

 この場に、いたくなかった。



 けれども暗くて不明瞭な視界に、案の定そこにあった雑誌につまずいてしまった。

















「いでっ!」

「ちょお、危な――――――――――・・・・っ・・・・!!」

「わわわわバカそこどけろ!!」













 フローリングの床。

 派手な音を立てて倒れた新一に、巻き込まれた平次。



 けれどもその腕が支えてくれたから衝撃は少なかった。















「・・・・・・っ・・・・・・最低だ・・・・・・・・」

「おえ大丈夫か?」

「うるさい触るな!!」

「くど~・・・・・俺ホンマ、そんなんちゃうって・・・・・・」

「信じらんねえ」

「―――――――・・・・・せやったらどーすれば信じてくれるん?」















 その手を振り解き床に座り込む。

 見えないけれども、そこにいるであろう平次に向かって新一は上目遣いに睨み付けた。















「だってお前・・・・・・・俺を追っかけて東京来たんだろ」

「そーや」

「・・・・そういう事じゃねえのかよ?」

「何でそーなんねん!? アレはお前の噂、急に聞かんようになったから気になってしもて・・・・・・・とにかく、ソノ気やったら熱出しとる時に変な気ぃ起こして、その場で犯っとったわ!」

「な・・・・・・何だと・・・・・・?」

















 平次がついポロッと言ってしまった言葉。

 それに、新一はカチンと来た。















 別に、こんなに怒るつもりではなかった。

 口移しがどうのこうのは過ぎた事だし、今更言っても仕方ない事だし。







 ・・・・・・けれども。



















「いや・・・・今のは言い過ぎた、スマン」

「お前にとっちゃ単なる成り行きかもしんねーけどな・・・・・・俺はあんとき、ホントに苦しくて・・・・・・辛くて・・・・・・・・夢の中でずっと苦しくて・・・・・身体は軋むように痛むし、喉は熱くて焼けそうで・・・・・・・・本当に乾いてたんだ」

「―――――――・・・・・・・・」

「そしたら何か口ん中に液体が染み込んでくるのを感じて・・・・・・・凄く安心して・・・・・・・・」



















 新一は顔を伏せる。

 ゆっくりとあの時の事を思い出していたら、何だか哀しくなってきたのだ。















 連日の熱。

 体力もそろそろ限界に来ていて・・・・・・・・









 ・・・・・・そんな時の、夢だと思っていた水の感触。





















「悪かったな・・・・・・どうせ俺はあれが初めてだったよ」



























 再び視線を上げる新一。

 平次は、その時の表情から目が離せない。

























 痛みの為か、赤さを増す瞳。

 そして怒りと寂しさを伴わせた表情。









 ・・・・・・月明かりに浮かび上がる蒼白い鎖骨。























 それは見た事のない、工藤新一・・・・・・・・・・・・・・・





























「なあ工藤・・・・・・」

「何だよ」

「ホンマに俺、ノーマルやねんで・・・・・・・?」

「・・・・・」

「けど――――――――――・・・・・・ヤバイかもしれんわ・・・・・・」

「は?」

















 新一は次の瞬間、頬に体温を感じた。

 それは平次の手のひらだった。



















「・・・・・何の真似だ」

「ちょお、目え閉じとってくれへん?」

「何で?」

「確かめたい事あんねん」

「・・・・・・・?」















 真剣な声。

 だから、その手を跳ね除けようとしたのを新一は止めた。





 不審気な顔をしつつも、言われた通りに目を閉じる・・・・・・・・・・・























 ・・・・・・そうして、約数秒。































「!」



















 新一の口唇に、平次のそれが重なった・・・・・

 それはつまり『キス』だった。



















 目を大きく見開き、もがく新一。

 だが角度を変え吸われ舐められ――――――――――・・・・・・・



 いつの間にか組み敷かれ。

























 ・・・・・・力が抜けそうになる寸前に解放された。

























「ちょっ・・・・・・・は・・・・・服部・・・・・・っ・・・・・・!」

「――――――――・・・・・やっぱおかしいわ俺・・・・・・どないしよ・・・・・・」

「ど、どーしようって・・・・・・・俺に今何したか解ってんのか!?」

「気い付いたら・・・・・・つい」

「ついじゃねえだろうが!!・・・・・・・って・・・・・・え・・・・・?」

















 その時、新一は自分に覆い被さっていた身体の変化に付いた。



























 ・・・・・・腰に何か当たっている・・・・・・・?



 もしやこれは・・・・・・・・

























「お、お前まさか俺に欲情してんのか!?」

「・・・・・・そう・・・・・・みたいやな」

「んな冷静に答えんじゃねーよ!! やっぱ変態じゃねえかよ!」

「―――――・・・・・・・なら何で工藤も興奮しとるん?」

「っ・・・!?」

















 平次は更に身体を押し付けてくる。

 そして、右手を新一の中心へ滑らせた。













「・・・・・・工藤かてココ、大きくなっとるやん」

「ちょっ・・・・・・撫でんじゃねえ!」

「その様子やとオンナの経験もまだみたいやな・・・・・舌も入れてへんキスに感じまくっとったくらいやし」

「よ、余計なお世話だ!」

「・・・・・・俺としてみいへん?」

「!」

















 突然、耳に息を吹きかける。

 面白いくらいにビクリと反応した身体に、平次は更に低く甘い声を囁いた。

















「す・・・・・するって・・・・・・?」

「セックス」

「お前正気か!?」

「・・・・・オトコは初めてやけど、何とかなるやろ」

「おい・・・・っ・・・・・・・今度はどこ、触って・・・・・・・・・・っ・・・・・」

「工藤・・・・・声、聴かせて」

「――――――――・・・・・っ・・・・・・んっ・・・・」























 平次は新一のシャツの裾から手を潜り込ませた。

 そして胸の突起を指で転がす・・・・・・・・























 ・・・・・・・そのとき耳に届いたのは、聴いた事のない新一の甘く掠れた声。





























 次に見上げた先に在るのは。



 ・・・・・・・・・・・見た事のない、新一の艶めいた表情だった。





































それが、2人の最初の夜―――――――――・・・・・・・・・・










































ひとくぎり

































「ホント強引だったよなお前・・・・・・」

「えーやんか。おかげで俺ら、こーしてラブラブなんやし」

「あのなあ。もし俺があの後お前に惚れなかったら、どーするつもりだったんだよ」











 夏の夜。

 久々に、海へ波乗りしに行った真夏の日の夜・・・・・・













「何ゆーとんねん。あれは確証があったからこその行動やぞ?」

「・・・・は?」

「ホンマに嫌がっとったら、最初にキスした時点で蹴り入れてきた筈や」

「う」













 ベッドの上。

 日に焼けてますます黒くなった平次の肌が、月明かりに浮かび上がる。



 新一はその言葉に反論出来ない。













「・・・・・あんとき工藤が目え痛くならんかったら、きっとこうはなってへんかったな」

「そうだな・・・・」

「せや、今日は平気やったんか? 結構日差しキツかったやろ」

「―――――――・・・・・・サングラスしてたし大丈夫だって」

「けど赤いで? 目薬、ちゃんと差しとる?」













 新一の肌も少しは焼けた。

 その頬を両手で包み、平次は親指で瞼を撫でながら心配そうに呟く。







 ・・・・その感触が少し気持ちよくて新一は微笑った。





















「お前の手、熱い」

「工藤の目が熱いんや。今日はもう寝ろや」

「・・・・・・それ、飲む為に持ってきたんじゃねえのかよ」

「あ。そやった――――――・・・・ほんなら、ベッドの照明灯だけ点けとって・・・・・ちょお飲んで寝よか」















 持ってきていたグラスと冷酒を、平次は盆と一緒にベッドに乗せる。



 窓からの月明かり。

 夜になって、少し和らいだ気温・・・・・・・・

















 ・・・・・・2人は互いのグラスに液体を注ぐ。



























「乾杯や」

「・・・・何にだよ?」

「んー。そーやな、今日に」

「わっけ解んねー」

















 からからと微笑い、カチリと乾杯。



 そうして・・・・・・



























 やがて彼らはベッドの上。













 ・・・・・・・猫のように転がって眠りについた。


































ひとくぎり


































 なあ服部。







 俺はきっと、あの夏を忘れない。



















 俺達が出逢うべくして出逢ったあの夜を。

 真夏の、夜の夢を。

























 ・・・・・・・・この先何があっても。

































 お前と過ごしている『今』。





 それは決して――――――――――・・・・・・・・・

































 ・・・・・・・・嘘じゃ、ないから。






































Fin