便利さと寂しさの等価交換






 2月になって寒さも本格的になってきた。

 東京の冬は、たちが悪い程に身体にその冷えが突き刺さる。



 新一は携帯の時計表示に目を細めると、小さく息を付いた。























「あいつ怒ってるかな・・・・・」

















 米花駅を出て横断歩道を渉る。

 その向かいにあるコンビニへと入ると、ポケットに入れてある電話が振動した。



 しかし直ぐに鳴りやむ。

 そう言えばマナーモードにしたままだった事に気付き、慌てて出ようとしたが・・・・・・・・何かメッセージを入れている最中だったから、終わるまで待った。













 液晶表示は、服部平次。



























「待ちくたびれたってか?」

















 久々に東京に来る服部平次。

 金曜日の今日、何なら飲みに行こうかと約束していたのだが・・・・・・夕方、警視庁の目暮警部から電話が入ってしまったのだ。



 しかし連絡した時、既に彼は東京に着いていて。

 合い鍵は渡して無いから、先に家に行っていてくれとも言えない。







 すると平次は『まあ、どーにかして時間潰すわ』と言って、電話を切ってしまった。



















 ・・・・・そうして今、21時。


 新一は缶珈琲を選びながら、そのメッセージを再生した。























『くど~ まだ目暮ハンんトコ行っとんのか? 俺なあ、ちょお知り合いんトコ居るんやけど・・・・行くのな、24時過ぎると思うねん』

『ちょっとおー 平次クンどこ電話してんのー?』

『そーよお、早くこっち来てもっと飲みましょ~』

『・・・ああもー 触るなっちゅーにっ! あ、また電話するし、ほんじゃーな!』

























 ――――――――・・・・新一の周りから、喧騒が消えた。


































ひとくぎり

































 提無津川。その川沿い。

 厚い雲から時折姿を見せる月を眺めながら、新一はぼんやり座っていた。



 コンビニで買った缶珈琲は確かに持てないくらい熱かったのに・・・・・今は凍える程に冷たい。

























「携帯電話ってのは―――――――・・・・・・便利だけど、寂しいもんだよなあ」































 今では誰もが持っているであろう携帯電話。

 それが普及したのは、ほんの数年前からの事。

 



 ・・・・・それまでは、確かに人々の連絡手段は限られていた。



















 待ち合わせをする時も、きちんと場所と時間を指定して。

 その時間に遅れる様な時は、何時間も前に家に電話するぐらいしか、手段は無かった。







 今の時代の様に―――――――・・・・・簡単に、予定の変更を相手に伝えるすべなど無かった。



























 だからこそ、必死に約束の場所へ向かった筈。

 誰もが、何とかして間に合うように。





























 ・・・・・・・・携帯電話なんて無かったら、きっと服部は待ってた。


 俺が帰ってくるのを、ただひたすら家の前で。







 でなければ駅前のスターバックスから・・・・・俺が改札口から出てくるのを、ずっと。

































「なーにが『平次くーん』だ・・・・・どーゆー店で飲んでんだアイツは」

























 風が出てきた。

 新一はマフラーを口元まで引っ張ると、揺れる前髪の向こうの街灯りを見つめる。























 電話は苦手だ。


 相手と話したくても、それは自分の都合で相手にとっては都合の悪い時があるから。

















 ・・・・自分と話したくないから、出ないんだと思ってしまう時があるから。

























 新一は、そんな考えを持ってしまう自分が本当に嫌だった。

 服部平次に出逢ってから生まれたこんな感情が、本当に嫌いだった。





















 ・・・・・平次の『伝言メモ』にこんなに振り回されている自分が、本当に。





























 自分には服部平次の知らない『生活』がある。

 それと同様に、服部平次にも自分の知らない『生活』がある。





 そしてそれは・・・・・・知る権利も、知らせる権利もない。





























 俺に逢っている『服部平次』が全部、『服部平次の全て』では無いのだから―――――――――・・・・・










































ひとくぎり

































「工藤!!」

「・・・おう」

「スマンスマン、遅うなって」

「別に。新刊読んでたから、暇つぶせたし」















 23時過ぎ。

 平次は何処から走ってきたのか、寒い筈なのにマフラーを手に持ち、ダッフルコートもふたつ程ボタンを外し、駅前のスターバックスに駆け込んできた。



 額にうっすら汗が滲んでいる。

















「けど何でスタバなんや? 家に帰っとけばええのに」

「ここのラテ好きでさ」













 新一は河原で平次にメールを打ったのだ。

 『そんじゃ、駅前のスターバックスに入るから早くこいよ』と。















「事件の方は終わったんか」

「ああ。ま、確認だけだったからな」

「それやったら・・・・えらい待ったやろ」

「店ん中は暖かいし。読む本もあったし、別に」

「・・・工藤」

「へ?」













 平次は新一の腕を掴むと、外へ引っ張り出した。

 そばにあったショルダーとコートも一緒に。



 突然寒空に放り出されたのだから、新一はたまらない。















「何なんだよ!? 寒いじゃねえかよ!」

「そーか。もーちょお寒がってもらおか」

「はあ?」

「ええから走るで」

「ちょ、ちょっと・・・・マジで寒いって言ってんだろ!」















 そのまま数分。

 さっきまで居た提無津川沿いまで来ると、平次は新一を離した。



 流石に此処まで走らされると暑くなってしまい、草むらに座り込んで手で仰ぐ。

















「――――――――・・・・・・わ・・・・わっけわかんねー・・・・」

「人影、よーし」

「は?」

「工藤。俺の『伝言メモ』聞いたやろ」

「伝言メモ?」

















 突然の問いかけ。

 新一は、目の前に腰を下ろした平次に囁かれ息が止まる。









 こんなに至近距離でこの顔を見るのは・・・・・・・・今年に入ってから初めてだった。





















「聞いたから、待っててくれたんやろ」

「・・・・何の事だ」

「前にもあったし。約束しとったのに、ちょお遅れるて電話にメモ残した後に工藤に逢うた時も・・・・・・こんな顔しとった」

「っ・・・」

「そん時も・・・・・・何時間も待たされとったのに、怒らんかった」

















 会話の最中の不意打ちのキス。

 軽く触れるだけのそれに、新一はまた体温が上がる。



 平次はマフラーとコートを渡した。



















「・・・・今回は元々俺が最初に遅くなったんだ。怒らねえよ」

「いんや。それでも大抵は工藤怒っとる」

「そうだったか?」

「そーや。何でか知らんけど、工藤は『伝言メモ』ん時は、必ず家やないトコで待っとる」

「・・・・・」

「またそれが可愛えー顔して待っとるんやから、気が気じゃないわホンマ」















 平次は目が良い。

 裸眼だと0.1あるか無いかの新一に比べ、両目とも1.5近い。



 だから、米花駅のホームからスターバックスの窓側の席に座っている新一が見えた。













 ・・・・・それは遠かったけど。

















 小説を読みながら、ちらちらと駅の方を気にしている視線が解った。

 カップに入った飲み物を両手に持ちながら、テーブルの上に置いてある携帯を気にしている姿が解った。





 それは。

























 普通なら決して見ることの出来ない『自分を待っている新一の姿』だった。



























 だから走った。

 ホームから改札を抜け、横断歩道を駆け抜けた。





 あんな新一を、通りすがりの誰にもこれ以上見せたくなかった。























「自惚れんな。今日は、ここで本を読みたい気分だっただけだ」

「そんな素直やないトコも、また可愛ええし」

「・・・・っ・・・・って、な、何度もキスしてくんじゃねえ!」

「せやかて、はよ工藤に触りとーて人けのない場所選んだっちゅーに」

「だったらさっさと俺んち行けばいいだろうが!」

「―――――――・・・・そうやな」






















 その言葉に平次は少し考えて、微笑った。






































ひとくぎり

































『くど~ まだ目暮ハンんトコ行っとんのか? 俺なあ、ちょお知り合いんトコ居るんやけど・・・・行くのな、24時過ぎると思うねん』

『ちょっとおー平次クンどこ電話してんのー?』

『そーよお、早くこっち来てもっと飲みましょ~』

『・・・ああもー触るなっちゅーにっ! あ、また電話するし、ほんじゃーな!』



















 ・・・・・別に嫉妬してる訳じゃない。


 ただ、無性に寂しくなっただけだ。















 自分の知らない誰かと、服部が共有している時間。

 それは確かにあるんだって事を知らされるから。



















 携帯電話は確かに便利だ。



 だけど、時にそれはどうしようもない不安と寂しさを伴う。

























 相手のことを考えながら電話をする。

 でも、その相手は都合が悪くて電話に出られない時がある。

























 ・・・・・自分以外の『誰か』と時間を共有しているから?







 それとも・・・・・・・・・・自分の『時間』に入ってきて欲しくないから――――――――――・・・・・・?























 そんな事を考えてしまったら、家にひとりで居たくなかった。

 だから、また駅前に戻ってスタバに入った。













 我ながらガラじゃないなとは思ったけれど。



 こんなに寒い季節は・・・・・・ふと余計な考えを持ってしまう時がある。

























「なあ服部」

「んー?」

「お前、携帯電話って有って良かったと思うか」

「はあ? そら・・・・いつでも工藤に電話もメールも出来るし、こんな便利なもん、他にないやろ」

「・・・・・そうだな」





















 こんな事を思ってしまうのは、自分だけなのだろうか?































「工藤?」



























 ――――――――――・・・・・・でも、やっぱり自分にとって『携帯電話』は。



























「それがどないしてん?」

「いや・・・・やっぱ等価交換なのかな、と思って」

「また訳の解らんことを言うやっちゃなー」

「うるせえな」



























 大阪と東京に離れている俺達にとっては・・・・・・無くてはならないものなんだ。












































Fin