White Hot Chocolate




 久しぶりに気持ちの良い朝。

 新一は大きく、伸びをする。















「・・・・・もう起きたんか。早いなージブン」

「9時だぞ。洗濯モンもたまってんだから、さっさと起きやがれ」

「今日くらいええやんか~ ゆっくりしようや」

「は? 休みん時にやんねえでどーすんだよ。お前にも手伝ってもらうぞ」

「14日やで? せっかくの休みやで?」

「ああ休みだ。だからさっさと起きろっつってんだ!」















 カーテンを一気に開けて光を入れる。

 それでもぼけぼけな顔を見せる平次に、新一は掛け布団を引っぺがした。















「・・・・工藤。本気で話逸らしてへんよな?」

「話?」

「今日は何の日や」

「平将門の命日。オラ、いい加減にしねえとマジで蹴るぞ」

「・・・・・」

















 怖いくらいの笑顔でそう言われては返す言葉もない。

 平次は肩を落としたまま起きあがると、大きく息を付きながら着替え始めた。
































ひとくぎり





























「くど~ 床拭き終わったでー」

「ご苦労。次、風呂掃除」

「・・・・はいはい」

「俺、洗濯モン干してくっから宜しくな」















 日頃忙しい彼ら。

 『探偵』と『学生』を両立させるのは、なかなか結構大変なもの。



 だから休日は貴重だ。





















  一週間分の埃を掃除し、衣類を洗うのが土曜日。









 ・・・・そして日曜日は。























「終わったら昼飯、食いに行くぞ」

「珍しいやん。土曜は外に出たがらん工藤が」

「ちょっと食いたいモンがあるんだよ」

「へ?」





















 ・・・・・心ゆくまで、ふたりきりでのんびり過ごす筈の日だった。

































 平日は出ずっぱりだ。

 だから、週末はよっぽどの事がない限り新一は家の中に居る事を好む。



 今週は大学に行った帰り、殆ど警視庁へ行っていた。

 睡眠もろくに取っていない様だったから、絶対に週末は家でのんびりすると思っていた。















 何より1ヶ月以上も逢っていなかったのだ。

 だから、平次は金曜の夜から工藤邸へ来た。





















 ・・・・・・・金土日と、外へ出なくても十分なぐらいの食料を手土産にして。

































「パスタでも食いたなったんかな・・・・」



















 思えばそれの材料は買ってきてなかった。



 キャベツとか豚肉とか万能ネギとか。

 そういう具材の類ぐらいしか、用意してなかった気がする。





 そして洗濯カゴを抱えながら新一は外へ出て行く。

 庭に出て、てきぱきとシャツなどを干してゆく。











 外はとても晴れていて。

 最近メッシュブラウンに染めたという髪色が綺麗に太陽に映えて。











 ・・・・・・・・・まだ咲かない桜の樹と。

 緑の草木を背景にしたその場面に、平次はしばし見惚れた。


































ひとくぎり

































「んっとに天気ええな~」

「そろそろ花粉も飛ぶなー 今日なんか、コンタクト痛くて入んねえ」

「工藤は眼鏡の方がええって」

「・・・・何でだよ」

「風が吹くたんびに気にしとるし、ようゴミも入っとるみたいやし」















 2月に入って関東は強い風が良く吹く。

 気候が荒れやすく、山の天気の如く変わりやすい空と共に。















 新一は目が悪い。

 両目ともに0.1ギリギリなので、家に居る時以外はコンタクトで過ごしている。



 『コナン』から『新一』に戻った時に体質が大きく変わってしまい、体力と視力の低下を余儀なくされたのだ。











 まあ。

 平次が新一の目の事を心配しているのは確かだが、一番の理由は他にある。























「眼鏡は嫌いなんだ」

「何で? 別に、辛い思いしてまでせんでもええやろ」





























 ・・・・・この綺麗な顔を、必要以上に人前にさらして欲しくないのだ。





























「俺の勝手だ。あ、そっちじゃねえ。駅前のスタバに入るぞ」

「スタバ? メシ食うんやろ?」

「そうだ。けど食いたいモンはこっちなんだ」

「?」















 ・・・・スターバックスに食事なんてあったやろか?

 そんな顔を平次はする。





 あるとしても、チーズケーキやマフィン・・・・・
 それこそ、簡単なピタの様な類しか無かった筈。























 駅前の信号待ち。

 ひときわ強い風が吹き、新一は揺らぐマフラーを捕まえる。



 眼鏡をしているのに、いつものクセでする目を守る仕草。

 平次は、そんな新一に顔が緩みそうになるのを抑えながら・・・・・・・青になった横断歩道を渡って行った。




































ひとくぎり







































 空いても居なく、混んでもいない店内。

 バレンタインデーの為か男女2人組が多く、男同士は自分達だけの様だ。



 さすがに平次は『こん雰囲気んなか座るんか~?』という表情。

 それが解ったのか、新一は平次を『しっし』と外へ追い出した。

















「適当に買ってくっから。お前は外で待ってろ」

「へ?」

「・・・・意外に根性ねえ奴」



















 最後の言葉は小さくて。

 自動ドアが閉まる音で、平次に届かない。



 手をひらひらさせながら中央へ進む新一の後ろ姿。

 平次はホッと息と付き、遠くの飛行機雲を眺めた。



















 そして数分。

 新一が紙袋を抱えて、現れる。























「どうする? 川原でも行って食うか」

「せ、せやな」

「その後は映画でも行くか。確か今日からだったよな、『王の帰還』」

「なら・・・・映画館で食えばええやん」

「あ。それもそうか」













 二つの紙袋を平次に渡す。


 すると、ひとつの飲みものが入ってる方・・・・・からやけに甘い香りがした。

























「随分と甘ったるいニオイやな・・・・・何買うて来たん?」

「季節限定のヤツ。お前は苦手かも」

「ええ? 俺はブラックやっていっつも言うとるやん」

「・・・・・・飲みたくなけりゃ、飲まなくてもいいんだけどさ」

「へ?」



















 その時、新一はレシートを平次に見せる。

 印字されていたその飲み物の名前。











 それは、『ホワイトホットチョコレート』



























「工藤・・・これて」

「俺はさ。お前がスタバで、これ飲んでくれる所が見たかったんだけど」

「・・・・」

「液体で悪いな。固体はちょっと、流石の俺もこの時期買う勇気はない」





















 それでもチョコはチョコ。

 間違いなくこの14日に新一から平次へと渡された、バレンタイン・ギフトだ。

























 ・・・・・・平次はたまらなく嬉しくなる。



































「工藤。ちょおこっち」

「何だよ」















 平次は新一の腕を掴みスターバックスの裏へと進んで行く。

 人通りの多い表道と正反対の一角に落ち着くと、その手を離し『はあ~』と肩を落として座り込んだ。



 新一はそんな平次の頭に『ぽんぽん』と手を置くと、自分も一緒にしゃがみ、微笑う。

























 ・・・・・・顔を上げた平次の顔は、真っ赤だった。





























「・・・・忘れとるフリして反応見て遊んどったんや」

「ホント朝からしつけーっつうの、お前」

「せやかてな~」

「いいからコレ飲めよ。そしたら、キスしてやる」















 頭上に降りそそぐ太陽の光。

 建物と建物の間だけれども、それはまっすぐに届いて。

















 ・・・・・甘ったるいそれを喉に通すと、直ぐに口唇が触れてきた。




































ひとくぎり































 平次は自信が無かった。

 バレンタインデーというイベントを、一緒に過ごせるこの幸福感を抑えられる自信が。



 だって予定では家で過ごすはずだった。

 誰の目も気にせず、視界に新一だけを入れていられるはずだったのだ。











 なのに急に出かけると言い出し。

 このバレンタインで混んでいる状況に、わざわざ乗り込もうとする。

















 ・・・・・いつもなら第三者の目が有る所に、好き好んで休日に行こうとしないのにだ。

























 そうでなくとも平次は裸眼の新一に弱い。

 日頃コンタクトで過ごしているせいか、それを外した彼を見た時は結構な衝撃だった。



 同じ顔のはずなのに、表情が柔らかい。

 視力の弱いもの特有の眼差しが、自分を映す。

















 ・・・・・・だから今日の新一を『外で』目の前にするのは危険だった。

 























 眼鏡を掛けただけでは新一の威力は隠せない。

 それどころか、あの細い黒のフレームは新一の風貌をいつも以上に引き立ててしまう。



 目の心配をしなくていい新一は、本当に表情が柔らかくなるから。

















 だから平次は新一とスターバックスに入りたくなかった。

 スターバックスだけじゃなく、第三者がいる何処の空間にも入りたくなかった。





 絶対自分は気持ちを表情に出してしまう。

 新一と時間を共有している嬉しさを、態度に出してしまう。























 ・・・・・自分には新一みたいな演技力はないから、隠しきれないだろう。



























 でも新一の方は、そんな平次が見たかった。

 バレンタインの事なんか知らないフリをしていたのに、これを飲ませ、その意味が解った時の彼が。























 新一は知っていた。

 コンタクトを外した自分が、平次にかなりの武器になることを知っていた。





 だからこそ今日は眼鏡で外へ出たのだ。























「映画見終わったらさ。メシ食おうな」

「え!? で、出来れば速攻家に帰りたいんやけど?」

「いーじゃねえか今日くらい・・・・・・・せっかく洒落た服着てきたんだ。米花シティービルの最上階でディナーと行こうぜ」

「工藤~~」

「ほんっと根性ねえな。そろそろ私服の俺に慣れやがれ」















 更に新一は知っている。

 平次が、自分の私服姿に弱い事を。











 東京と大阪に離れて暮らしている自分達が逢うのは、たいてい事件絡みが多い。

 となると、必然的にスーツ姿が多くなってしまうのだ。



 そして週末に平次が逢いに来ても殆ど自宅から出ない。

 新一の部屋着はジャージ姿が主だったから、それ以外を見たことが余り無い。















 ・・・・・つまり、平次は新一の『よそゆき姿』に免疫が無かった。





















 特に今日は身体のラインが綺麗に映える黒の上下。

 所々に光るシルバーのアクセサリーと、メッシュブラウンのコントラスト。



 それがまた肌の白さを際立たせていた。





















 今は、まだいい。

 コートに隠れているから平静を保てているが・・・・・・レストランなんぞに行ったら、それを脱いでしまう。



 そして、向かいに座ってしまう。















 ・・・・・・となると必然的に視界には、まさに絵画の如くな工藤新一。

































「バレンタインデーってこないツライ日やったんか・・・・・」

「何だ。こんな大サービスしてやってんのに不満か」

「せやかてな~ 俺、単に工藤に遊ばれとるだけみたいや」

「その通りだ。色々我慢してるお前が見たくて、やってんだからな」





















 そうして新一はまた綺麗に微笑う。

 歩きながら、ふてくされる平次を見ながら楽しそうに。













 道行く人々が振り返る程――――――――――・・・・・・・綺麗な笑顔で。



































 今日は、聖バレンタインデー。

















 何だかんだ言っても。

 普段離れた場所で暮らす彼らは・・・・・・



























 ・・・・・・・・・・今日のこの日を、とても楽しみにしていたのだ。
















































Fin