弥生の終わりに





 まだ寒さが続いているのに、時たま暖かくなったりする日。

 待ちかまえていた様に咲く桜で、春がすぐそこまで来ているんだなあと実感する。



 そんな、3月も終わる週末。















「そっちはどうだ。俺の所は後少しって感じだ」

『ん~ 八分咲きって所やな』

「お前んちの、綺麗だったな。今年は行く機会が無くて残念だ」

『―――――・・・・一緒に来れば良かったやん。どーせ一人なんやし』

















 春休みに入り、平次は殆ど実家で過ごす事が多くなっていた。



 親の名義でマンションを借りているのだから、『休みの日は帰って来ること』という言い付けを無視する訳にはいかない。

 月末に府警との練習試合を控えているから、朝から晩まで稽古漬けの毎日。

 今日も朝の走り込みを終え、ひとっ風呂浴びてきた所で新一に電話をしていた。













「バカ言うな。家族水入らずを邪魔する気はねえよ」

『んな気い使う必要ないで? どーせオカンは工藤のファンやし、喜ぶに決まっとる』

「こっちは蘭も博士も宮野もいる。ひとりじゃねえっつの」

『・・・・・そんな事言うといて、今日も家でごろごろする気やろ?』

「余計なお世話だ」













 行動を見透かされ、新一は携帯に向かって睨む。

 腰掛けていたベッドに転がると、空を見上げた。













 ・・・・・・・雲がゆっくりと流れてゆく。



















『天気もええんやし、散歩くらいしたらどや』

「食料の買い出しもあるし。ついでに図書館くらいには行ってくるけど」

『ひとりでか?』

「今の所はな」

『あんま外に出ん方がええんやないか~? また事件に絡まれるで』

「お前は俺が誰かに絡まれるのが心配なんだろうが」















 ここで言う『心配』とは、新一に対してではない。

 その『相手』だ。









 去年の冬。

 新一は渋谷で平次を待っている時、ある輩にちょっかいを出された事があった。


 既に有名人だった新一だが、彼らは『新一』とは知らずにちょっかいを出してきた。





 その数、3人。























 ・・・・・人通りの激しい駅前の、待ち合わせで有名な場所だった。

 
































ひとくぎり





























『ねえねえ、キミ誰か待ってんの?』

『・・・・・』

『ツレナイなあ~ 俺らなんか相手に出来ないって? キレイな顔してるけど男だよね? カノジョ待ってんの?』

『・・・・・・・』

















 新一は相手にしたくなかった。

 だから、無視していた。



 しかしその態度は相手らをムキにさせたらしく、引かない。

 そのうち『工藤新一』だとバレてしまった。















『そーいえばどっかで見たカオだと思った! キミ、あのクドウくんじゃん?』

『マジで?』

『うわ、ホントだこいつ工藤新一だよ』

『へえ~ 有名人がこんな所で誰待ってんの~? 俺らも混ぜてくんない?』











 目立たない様にしていたのに、この連中が騒ぎ出したお陰で周りにも気付かれ始めた。

 新一は、とうとう立ち上がり睨み付ける。













『・・・・仕方ないな。少しだけ付き合ってやる』

『お~ ハナシ解るじゃん。どこ行く?』

『そこの路地裏でいい。あんまり、人に見られたくない』

『意外とダイタンなんだ。そんじゃあ行こうぜ』













 ここは渋谷駅前。
 東京に慣れていない平次が解りやすい場所だからと、指定したのが間違いだった。


 休みのせいもあって人が多いったらない。




 でも逆に都合が良いのも確かだ。


 木の葉を隠すなら森へ。
 そういう言葉がある様に、人間が隠れるのにこの人混みは好都合だったのだ。



 










 ・・・・なのに運悪く絡まれてしまうのは、『工藤新一』の引力が強すぎるせいだろう。























 携帯の時計を見る。

 約束の時間までは後20分。いつも10分早く来る奴だから、それまでには終わらせよう。




 そう新一は考えながら、男共を顎で誘い人気のない場所へと誘導した。

















 














ひとくぎり





























『そらそや。工藤の本性知らんでちょっかい出したら、痛い目見るだけやからな』

「お前のせいだろ。人の多い場所で待ち合わせなんて嫌だっつったのに」

『せやかて他ん場所知らへんかったんや。しゃーないやろ』












 あの後どうなったかと言うと。

 新一は数分もしない内に、元の待ち合わせ場所に戻っていた。










 涼しい顔をして。



 少しの息も、乱さず。














 ・・・・でも僅かに怒りの色が見えた目を、平次は会って直ぐに見抜いた。

 だから問いただして現場に様子を見に行ったのだ。














 彼らはまだ路地裏で伸びていた。

 やがて気付き新一の顔を見た途端、慌てて起きあがり逃げて行く。



 閑散とした薄闇のその場所で。

 2人は、顔を見合わせた。












『えらいビビっとったやんけ。逆に訴えられたらどないするん?』

『キスしようとしやがったから股間蹴り上げてやったんだ。男相手にそんな行動してたなんて、バレたくねえだろ』

『・・・工藤を相手にしたんが運のツキやな』

『やっぱテレビに出るんじゃなかったな・・・・・たまに外出りゃ、こーやって変な連中が寄ってくるし・・・・・そんなに弱そうに見えてんのか? 画面の俺』

『まー・・・・・弱そうっつーか、なんつーか』

『?』





















 ・・・・平次はあの時、隣の新一を見て息を付いたのを覚えている。





















 フツーのジャケットに、フツーのシャツ。


 更にフツーのジーンズを穿いて深めの帽子を被り、眼鏡まで掛けているのに何故こんなに人を惹きつけるのだろうか?































 どんなに顔を隠しても。



 ありきたりな格好を、していても。







 もって生まれた天性の雰囲気は滲み出てしまう。

 だからあの3人の男達は、雑踏の中から『工藤新一』に惹き寄せられてしまったのだ。

























 ・・・・・・それは自分が彼に、特別な感情を抱いているせいだけじゃなかった筈。























「そろそろ切るぞ。洗濯モン、干さねえと」

『9時か~ 俺はこれからオカンに付き合わされて買いモンや』

「親父さん仕事か」

『いつもの事や。今日も朝早から出て行きよったわ』

「そうか。まあ、親孝行しとけよ」

『・・・・工藤』










 窓を開け、風を入れた所に平次の自分の名を呼ぶ声。

 さっきまでと声の調子が変わり、新一は聞き返す。





















「ん?」

『好きやで』

「そんな事解ってる」

『来週あたまには帰れるし、そしたら桜見物に行こうや。ホワイトデーもあげてへんしな』

「わ、解ったっての。じゃあな」



















 その言葉にどくんと心臓が跳ねる。

 だから新一は、さっさと切った。

















 ・・・・・大きく深呼吸して枕に頬をうずめる。



























「あのヤロウ―――――――・・・・朝からイヤラシイ声聞かせやがって」































 耳元にまだ声が残ってる。

 頬から首にかけて、燃えるように熱い。





 甘く低い響きが、何よりも新一を震えさせるという事を平次は知っている。



























 ・・・・きっと今頃、あの男はニヤニヤしてこの姿を想像しているに違いない。































「『ホワイトデーもあげてへんしな』って――――――――・・・・覚えてやがったのか」





























 新一は堅く目を閉じた。

























 3週間逢っていない。

 今月の14日は、平次は大阪の実家へ帰っていた。





 新一はでも律儀な奴の事だから、郵便か宅配便かで何かを寄越すものだと思っていた。

 だから14日は一日家から出なかった。



 つまり、待っていたのだ。





















 ・・・・・でも日が暮れて部屋が暗くなっても、インターホンは鳴り響かなかった。





























 夜23時の定期連絡は来た。

 けれども『この日』の話題は出なかった。





 確かに先月の14日は大した事はしていない。

 コンビニで弁当と一緒に買った『ダース』を、『ほらよ』と渡しただけだ。

















 ・・・・・それでも平次は、本当に嬉しそうに受け取ってくれた。































 だから期待してしまった。



 もしかしたら、自分の為に大阪から来てくれるかもしれないと。

 息を切らして笑顔で、『よお工藤』とインターホンを鳴らしてくれるんじゃないかと。

























「・・・・・あの日、思い知ったんだっけな」

























 自分の気持ちはどこにあるのか。

 本当にそばにいて欲しいのは、誰なのか。





















 あの暗闇の中で思い出したのは――――――――――・・・・・彼の笑顔だけ、だったのだから。


































ひとくぎり



































 それは春。



 桜の満開が近い、春も弥生の終わりのこと。

























 ・・・・・新一は起き上がると、もうすぐ満開を迎える庭の桜の樹をもう一度見つめた。








































Fin