Winter White Sigh





「何か天候悪いらしくて、搭乗遅れてるみたいだ」

「まさか飛ばへんとか?」

「最悪は、そうなる」










  ロンドン、ヒースロー空港。

  新一に誘われ、この冬ロンドンの工藤邸に来ていた平次。



  約一週間の滞在の後、第二の目的であるローマへ行く為2人は夕刻この場所へ来ていた。








  16時過ぎには日が暮れた空。

  それを見つめている男の元に、新一はひょいと飲み物を渡す。



  スターバックス・ラテ。

  ここにもあるんやな、と平次は呟き受け取った。













「ま、急ぐわけでもないし。ゆっくりしとこ」

「そうだな」

「さっきな~ 桜子に似合いそうな首輪、見つけてん。時間も出来たことやし他んトコも見て買うて来よ思て」

「・・・・・ここまで来て桜子かよ」

「せやかて、もう何日も会うてへんねんで? さびしいに決まっとるがな」

「なら勝手に一人で行け。俺はここにいるからな」












  拗ねたようにそっぽ向く。

  それも、無理はない。



  新一はとにかく『桜子』という名前に過剰な反応を示すのだ。

















 サクラコ。

 それは、平次が飼っているアメリカン・ショートヘアの猫の名前だ。







  親戚の家からもらってきた時には仔猫だったのだが、今では世間一般から見てもかなりの美人に成長。

  とにかく親バカというか何と言うか、平次の溺愛ぶりは大変なもので新一としては面白くない。




  でも。


  最近はそれにも慣れてきたと自分では思っていたのだが――――――――・・・・・・







  この異国の地まで連れて来られるはずも無く、両親もいるとはいえ一週間ばかり二人で過ごせて機嫌も良かった。

 


  しかし。

  とうとう今日、その名前を彼の口から聞いてしまった。




















  ・・・・・まあ、平次としても良く我慢した方だろう。



























「何ゆーとるん。一緒に行こうや」

「こんな人混み、歩きたかねーんだよ」

「・・・・・一緒に行こ?」

「っ・・・・・」














  あからさまに嫉妬の表情の新一を、平次はカップに口を付けたまま上目遣いに見た。

  それはいつも新一がする仕草だったが、こうして平次からされると結構な衝撃になる。



  不覚に、耳まで赤くなった。
















「な?」

「・・・・・・しょーがねえな」

「おおきに」



















  そうして満面の笑みを浮かべられると、勝てない。

 



  ・・・・・・惚れた方が負けとは良く言ったものだ。


  新一は、軽く息を付いた。
























「今―――――――・・・・・18時か。あと30分くらいしかねえぞ」

「充分や。ほな、工藤それ早よ飲んで」















 搭乗予定の便は19時05分のローマ行きだ。

 どうなるか解らないが、少なくとも30分前にはこのシーティング・エリアに設置されているインフォメーションボードを見なければならない。






 飛ぶか、キャンセルか。

 現在ロンドン上空は厚い雲に覆われていて、強風の為すでに何便かは欠航となっていた。



 飛ばない場合はこの場所で夜を明かす事になり兼ねない。






 でも二人は他の乗客に比べ幾分か気が楽だった。

 何故なら、もし飛ばなくても再び別荘へ戻れば良いだけの話なのだから。






























ひとくぎり





























「確か日本円OKやったよな」

「・・・・・釣銭はポンドだけどな」









 この極上の笑顔。幸せそうな、しまりのないツラ。

 誰が見ても愛しい彼女にプレゼントを買って帰る男にしか見えない。



 新一は久々にげんなりしつつ、平次が戻ってくるまでの間、そこらへんのマフラーやらジャケットやらを見ていた。















 ふと。



 表に面しているマネキンに視線を留める。























 ・・・・・・長げえマフラーだな。



 けど、これが原因で誰か電車に巻き込まれた事故があったよな――――――――――――――・・・・






 厚底が流行った時もそうだったけど、危ないよなあイマドキのファッションは。























 でもこれ・・・・・色とかデザインは好きかも・・・・・・



























 そんな事を考えていた数分後、平次がようやく戻って来た。



 『随分かかったな』と言い掛け振り向くと、首に柔らかい感触が巻きついてくる。












「え?」

「ちょお遅いけど、クリスマスプレゼント」

「――――・・・・・へ?」












 新一は訳が解らない。

 その反応がお気に召したらしい平次は、再び満面の笑顔で答えた。













「欲しそうに見とったし、似合いそうやと思うたから・・・・・まあ、工藤は何着てもええけどな」

「べ、別に俺は」

「・・・要らんの?」

「い・・・・いる」










 外気温に比べて、この空港内は酷く暑く。

 上着も要らない程の人々の熱気が溢れ返っていた中で。



 新一は多分、この空間にいる誰よりも体温を上げていた。





 それは『バーバーリー・ロンドン』の定番、ベージュのチェック模様のマフラー。

 今年流行しているロングサイズのものだった。








「素直でよろしい」

「・・・・・・桜子のは?」

「もちろん買うたで。それにコレ見てや~ 猫用のマフラーもあったんや。可愛くて一緒に包んでもろた。工藤とおそろいや」

「・・・・へえ」

「今度、コレ付けた桜子とそれ付けとる工藤、一緒に写真撮らしてな? めっちゃ絵になる思うねん!」

「ったくお前は・・・・・」








 満面の笑みで、紙袋から手のひらサイズのマフラーを取り出した平次。

 ここまで嬉しそうに言われたら、文句どころか礼を言うタイミングすら失ってしまう。



 新一は苦笑しつつ息を付き、マフラーをぐるぐると頬まで巻―――――――――・・・・まだ赤いだろう顔を隠した。























ひとくぎり


























 18時25分。

 中央の広場に戻って来ると、二人はインフォメーションを見る。



 ローマ行き209便は何とか離陸可能らしく、ゲート案内が表示されていた。











「良かったな。行こう」

「メシ出るんかな~ 腹減ってもうた」

「軽食があるはずだけど」

「・・・・・・工藤目え赤いで。眼鏡、持って来てへんの?」











 眩しそうに目を細めるから平次が問う。

 相変わらず俺の事となると鋭いなあと、新一は微笑った。










「今日は雨だったから平気だと思ったんだけど。やっぱ建物ん中は乾いてるみたいだ」

「ええから外して来いや」

「ゲート近くでいい。どーせ、そこでも暫く待つんだし」








 手のひらで口を覆い何度目かのあくび。

 ドライアイの新一は、こうする事によって目に涙を供給しようとする。



 最初に新一のその姿を見た時、平次は自分といるのが退屈なのかとショックを受けた。

 でも、すぐに理由を言われて安心したのを覚えている。








 ・・・・・視力が悪くなったことのない平次は、ただ大変やなと返すしか出来なかった。












 ローマ行きのゲートに着く。

 航空券のチェックを済ませ、新一は平次に荷物を預けて近くのトイレへと向かった。


















「えーと・・・・・コンタクトのケースどこに入れたっけ」






 ごそごそとショルダーの底を探り目的のものを取り出す。

 乾いて眼球に貼り付いていたそれを何とか外すと、軽く息を付いた。












 ・・・・・・・あー・・・・・目に何も入ってないって、ホント楽。






 これで視力バッチリだったら言うことねえんだけどなあ・・・・・・・・・














 進む視力の悪化。

 その原因は解っている。



 『コナン』から『新一』に戻って、これは加速度的に進んだ。








 だからこれは後遺症。

 子供の身体から戻る為に何度も試薬品を投与し、ようやく取り戻した自分。



 でも、世の中はそんなに甘いものじゃなかったらしい。












 それは物凄い脱力感。

 身体中の力が抜け、しばらく起き上がる事も出来なくなる程の。
















 ・・・・・もう何度、そんな状態に陥ってきただろう?






















 このまえ倒れたのは、急に寒くなった日。

 あれから約一ヶ月。



 間隔で言ったら、そろそろ『その波』が来てもおかしくない頃だ。




















「・・・・・・・・服部の前でだけは倒れんなよな」


















 鏡の自分に言い聞かせる。








 余計な心配はさせたくない。

 あいつの笑顔が曇る事だけは、耐えられない。



 心底俺に惚れてるのを解ってる。

 俺だって、嫌になるくらいそうだ。






 けど。
























 ―――――――・・・・・・医者に診てもらっても悪い所は特に映ってないと言われ。

 納得出来ず、薬を作った張本人であり同じ薬を飲んで小さくなった灰原哀こと、宮野志保に相談してみた。



 すると・・・・・・彼女もまた同じ状態で。











 調べながら色々試薬を作ってはいる。

 けれど、まだ有効なものは出来ていない。



 この状態が命に別状が有るのかないのか、それすら解らないと言うのだ。  


















 でも、もともと人間の命だって永遠ではない。

 それは昔から変わらない。







 だから、新一は別に怖くはない。




















 『死』は、人間にいずれ訪れるもの。



 生れ落ちた瞬間から、その命が尽きるまでの『余命』をただ歩んでいるに過ぎない。












 だから。


















 ――――――――――――――・・・・・今までは、怖く、なかった。
































「・・・・・後悔なんか、してたまるか」










 怖いのは、あいつに逢えなくなる事だと知った。

 だから平次をロンドンまで誘った。





 今まではそんな事しなかったけど、考えを改めた。












 明日どころか今日これから先も解らない生命の行方。

 言いたい事や、 やりたい事を我慢してたって出来なくなってからでは遅い。



 それに気づいたから新一は、自分でも不思議なくらい素直な感情を平次にぶつけてきた。

 我侭もたくさん言って、喧嘩も数え切れないくらいしてきた。












「うわ。目え赤けー・・・・・・目薬持ってくりゃ良かった」








 鏡を覗き込んで手を洗い、前髪を直す。

 腕時計を見ながらそこを出て、乗る前にミネラルウォーターでも買おうと正面の店に寄った。





























ひとくぎり






























「ローマか・・・・・桜子も連れて来たかったなあ」










 平次は窓の正面に座って、ガラス越しに暗い空を見上げていた。

 思えば、こんなに長い期間離れていたのは桜子と暮らし始めてから初めての事だ。







 やっぱり寂しい。

 でも新一から『お前も一緒にロンドン来るか?』と誘われた事が嬉しかったから、桜子を親戚に預けて自分はここへ来た。






 12時間に及ぶ拘束は確かにキツかった。

 しかし隣を向くと惚れた相手がいる。





 異国の地に降りても、日本とまるで違う風景の中に新一がいるのだ。
























 ・・・・・・・・・・これが嬉しくなくて何だと言うのだろう。




























「工藤、遅いなあ・・・・・・」






 搭乗が始まった。

 周りの人間達が、次々と席を立ってゆく。



 平次は二人分の荷物を抱えると、新一を捜しにその消えた方向へと歩き出して行った。
















 ・・・・・ふと、嫌な予感がする。


























「―――――――・・・・・・・・」





























 まさか、どこかで倒れて・・・・・・・・?











 妙な動悸がますます不安を募らせて行く。

 駆け込んでトイレを覗くと、でもそこには誰も居らず個室にも人の気配はなかった。
















 どこに行ったんや・・・・・・・・・














 その場所を出て、人の波を掻き分けながら視線を凝らす。

 すると、右手の店からひょっこりと新一が姿を現した。










「工藤!!」

「あれ、どうした服部」

「ど・・・・・どうしたもこうしたも―――――――・・・・・・乗り始めとるから捜しに来たんやないか」

「そうか。悪い、ちょっと買い物してた」












 そうして、ひょいと袋の中から小さなクッションらしきものを取り出した。














「・・・・何やコレ」

「人形とか、子供用の座布団だと思うんだけどさ。この上に桜子座らせたら、すげえ可愛いと思わねえ?」

「へ・・・・・・」












 平次はつい呆けた声を出す。












「ローマ行く前から荷物増やしてどーすんだって感じだけどな」

「工藤・・・・・」

「お前があいつにベッタリなのは正直ムカツクけど・・・・・・こうやってしばらく見てないと、やっぱり寂しいし。あのふわふわ、早く戻って触りたいよな」























 ・・・・・・今、平次は葛藤していた。




















 ここで抱きしめたら怒るだろうか?

 いや、怒られたって構わない。














 とにかく今、無性に抱きしめたくて堪らない――――――――――――――・・・・・・


















「・・・・・服部?」

「工藤、ちょおこっち」

「え? けどもう時間・・・・・・・・」

「ちょっとだけや」










 きょとんとする新一。

 平次はその腕をひっぱり、トイレに連れ込む。



 そして誰も居ないことを確かめ、荷物を片手に持ったまま新一を抱きしめた。












「お・・・・・お前、こんな所で・・・・・」

「・・・・反則やぞ工藤」

「何が?」

「人目あるトコで、可愛ええ事せんといて・・・・・・・・」

「!」












 肩越しに鏡が見えた。

 平次の背中から僅かに見える自分が、物凄く赤くなっている気がする。



 だから、目を逸らした。












「あと3時間は我慢せなアカンし―――――――――――・・・キス、さして」

「もう・・・・行かねえと」

「すぐ終わるさかい」

「っ・・・・」












 ゆっくりと壁に押さえ付け、平次は数回その口唇を吸う。



 誰が来るかも解らないこの状況。

 それが新一にも妙な感覚を起こさせるが・・・・・・・・












 ・・・・・・・・・本当にすぐ、離れた。


















「桜子ん事。気にしてくれておおきに」

「い、いいから行くぞ」

「おう」













 とろけそうな笑顔。

 いくら向けられても決して慣れることのないその表情に、新一は動悸を気にしつつ平次と搭乗口へ向かって行った。































ひとくぎり






























「あっちの移動手段て?」

「電車。あとはまあ、タクシーかな」

「楽しみやな~」

「とりあえず名所は全部見ないとな。日曜は店関係、休みがほとんどだけど―――――・・・・・明日は土曜だから、ちょうど良いだろ」










 他の所は三つの座席が連なっているのに、ここだけは二席のままで、前にシートが無いから足もそれなりに伸ばせそうだ。



 しかし、天候はまだ荒れ模様らしく。

 フライト予定時刻を過ぎても動き出す気配がなかった。












「工藤、水くれへん?」

「―――――・・・・」

「・・・工藤?」










 離陸し、飛行状態が安定しなければ機内サービスも始まらない。

 だから平次は、新一がミネラルウォーターを買ったのを見てたから、飲ませてもらおうと話しかけた。



 しかし。











 窓に視線を向けたまま振り向きもしない。

 だから、肩に触ってみた。












「くど・・・・・・」

「・・・・悪い――――――――・・・・・・水、ショルダー・・・・・入ってる、から」











 全身の力が抜けたような表情で、ゆっくりと顔を向ける。

 ・・・・触った頬も酷く熱かった。
















「・・・・・」

「暫くしたら、治まるから・・・・・・・気に・・・・・すんな」

「・・・・・・せやけど」

「乗務員にも言うな――――――・・・・・・ただ・・・・・・少し肩、貸してくれ・・・・・・」










 言うと同時に新一は寄り掛かる。

 伝わってくる苦しい息遣いに何も出来ず、平次は早くその波が通り過ぎる事を願うしかない。





 やがてフライトの案内が告げられる。

 とにかく平次は新一の状態を気づかれない様に、自分の帽子を被せてやった。

































ひとくぎり






























 ・・・・・・身体に浮遊感を受け、新一は目を開ける。
















「もう平気か?」

「・・・・ああ」

「座っとる時で良かったな。そーやないと騒ぎになるトコや」

「―――――――・・・・やっぱり知ってたんだ」

「スマン」

「・・・・・何で謝るんだよ」

「何でて・・・・」














 新一はまだ身体が思うように動かないのか、力なく微笑む。

 それが、更にまた平次の表情を曇らせた。














「だから、嫌だったんだ」

「え・・・・?」

「そんな顔されんの解ってたし――――――――・・・余計な心配も、させたくなかった」












 目を伏せ、何とか力を振り絞って自分の座席の背もたれに寄り掛かる。

 頭に乗せてあった帽子も返し、ショルダーから水を取り出し少し口に含んだ。














「お前。飲んだのか?」

「・・・・まだやけど」

「なら、ほら」















 口調は戻って来たようだ。

 平次もひと安心し『おおきに』と受け取った。





 やがて食事が運ばれて来る。

 相変わらずフレンチな軽食に、二人は顔を見合わせ失笑しつつ手を付け始めた。












「サラダ、本当に味うすいよな」

「塩かけるとイケるで」

「あ。なーる」










 他愛のない会話をしながらも平次は気になっていた。

 そんな視線に、新一は気づく。












「・・・・・・大丈夫だって」

「へ?」

「あんまり俺見てっと、変に思われるぞ」

「何で」

「な、何でって・・・・・」

「ココ一番前やし、背もたれ高いし。それに・・・・・自分達以外の人間なんぞ、誰も気にしとらんて」

「そりゃ・・・・そうだろうけど」


















 解ってる。

 ただ、言ってみただけだ。

















 あまりにも強く見てるから。



 こっちが、息が詰まりそうになるから。

















 ・・・・そんな心情を察してか、平次はニヤリと微笑った。


















「くーどーう」

「何だよ」

「そんな睨まんでもええやんか・・・・・・・」

「・・・・っ・・・・!?」













 そっぽ向く顎を掴み引き寄せ口付ける。

 瞬間の出来事に新一は目を閉じる事も忘れ、それを受けた。






 ・・・・離れ際に口唇を舐められ僅かに身体が震える。














「お・・・・・お前ってヤツは・・・・」

「ここ、ごっつええ死角やわ。隣の列さえ気にしとったらええんやもん」

「だからってな!!」














 つい大声を出しそうになり、新一は慌てて口を閉じる。



 上機嫌の平次。

 だから新一は逆に不機嫌になり、それから着くまで目を閉じ寝たふりをし続けてやった。































ひとくぎり






























「工藤~ もう機嫌直して~な~」

「うるせえ。すぐ調子に乗りやがって」










 日付の変わる少し前。

 二人は、イタリアのアリタリア空港に着いた。



 さっさと降りて自分のスーツケースを見つけ、歩き始める新一。

 平次は慌ててその後に続く。










「足速いなー ジブン」

「お前が遅いんだろ」

「へーへー」

「・・・・・なに笑ってんだよ。ったく」










 そう言われても、平次は嬉しかった。

 新一はあれから具合も安定し、こうして無事に降りられた。











 密室で具合が悪くなると、回復しても中々元の気分には戻れない。

 身体が怖がってしまうからだ。





 だから平次はわざとキスをした。












 もちろん下心が無いと言えば嘘になるが、それよりも新一の気を、あの発作から逸らす事が優先事項だった。
















 降りる事が不可能な状況で。

 どうやったら、一番気を落ち着かせられるか。





 どうしたら・・・・その事を頭から離れさせられるのか。

 それには新一に自分の事を気にさせるのが、一番良いと思ったのだ。














 ・・・・・あれから目を閉じ寝たふりを続けた新一。


 いくらちょっかいを掛けても頬を突いたり髪の毛をすいてみても、僅かな反応だけを残し相手にしてくれなかった。



 それでも身体全体でこちらの様子を伺う雰囲気は感じ取れた。




















 大丈夫。

 『病は気から』と言うのは、本当にその通り。












 ・・・・・・発作を思い出す暇もないくらい、自分がちょっかいを出していれば良いだけだった。






























「ほら、タクシー乗るぞ」








 入国審査も終わり、外へ出る。

 思いのほか暖かい事に驚き、空を見上げた。








「星、出とるな~」

「服部。いい加減にしろ」

「解っとるって」








 タクシーのトランクにスーツケースを入れ、閉める。

 運転手にホテルの名前とその通りを告げると、しばらく二人は黙って窓からの風景を眺めていた。

































ひとくぎり


























「やっと着いたな」

「もー今日は、さっさと風呂入って寝よか」

「先に入れよ。俺、とりあえず母さんに電話しとく」








 30分ほど走り、ホテルにチェックインした頃には25時を廻っていた。

 二人は荷物をベッドに放り上着を脱ぎ始める。










「・・・・・お前の両親は知っとるんか」

「え?」

「その、身体ん状態」

「―――――・・・・いや。まだどうなるか解んねえし・・・・・・・言っても心配させるだけだろ」

「解らへんて・・・・・・?」

「原因が解らねえんだ。病院で診てもらっても」










 マフラーを外し、時計をはずし。

 すっきりとした黒のタートルネック姿を見せた新一が、苦笑いして平次に向いた。










「だから治療のしようがねえんだよ。今、同じ症状の宮野に調べてもらってるけど」

「宮野て―――――――・・・・あの小さくされとった、ねーちゃんか」

「ああ」

「・・・・・・そうなんや」








 本当に気持ちが正直に顔に出る平次。

 途端に表情を暗くした彼に、新一はまた胸が苦しくなった。














「こうなったのは自業自得だ・・・・・・・・・そんな顔、すんなよ」











 知られたくないと思ってた。

 でも、多分気づいているだろうと思ってた。




 それなら―――――・・・・・こいつの前でだけは平気でいようと思ってた。




















 ・・・・・・気づかないふりを、してくれているなら。
















「工藤――――――――・・・・・・」

「日常生活に支障はないんだぜ? 体力落ちたり、視力落ちたりしたくらいで」 

「・・・・・それ全然フォローになってへんで」

「そうか?」









 良いからさっさと風呂に入って来い。

 そう言われ、平次はしぶしぶバスルームに向かう。



 やがてシャワーの音が聞こえてくるのを確かめると、新一は受話器に手を伸ばした。





























ひとくぎり


































「――――――――――・・・・・ん・・・・・・・・・・?」














 新一はベッドにうつ伏せになって目が覚める。

 妙な風を感じ、くしゃみをした。
















「こーゆーホテルの空調ってデフォルトが寒いんだよな・・・・・・・・」














 周りを見渡すと誰も居らず。

 やたらと静かなのを、不思議に思う。













 あれ。

 服部って風呂上がったのか・・・・・・?
















 でも本人がいない。



 もしやと思い、新一はバスルームへの扉を開け中へ入る。

 更に思いっきりカーテンを開けた。


















「・・・・・・・やっぱり」










 息を付いて見下ろすと、そこには平次が気持ち良さそうに浴槽の中で寝こけている。

 だからその頬を叩いた。












「バカかお前、風邪引くぞ」

「ん~・・・・」

「さっさと上がれ。俺が次に入んの忘れてんじゃねえ」

「・・・・・あー工藤やんか。一緒に入ってくれるん?」

「はい?」












 寝ぼけ
(まなこ)で囁かれる声に、新一は呆れながらも赤くなる。



 湯や汗ではり付いた髪。


 そして透き通る液体の中の肢体がいやにハッキリと視界に入ってきてしまい・・・・・・眼鏡が曇る前に網膜に焼き付いてしまった。








 その時。

 平次の口元が僅かに上がるのを、新一は見る。












「まあ―――――――――・・・・・そんままでもええわ。俺が、こん中で脱がせたるし」

「うわ!」

「眼鏡。危ないし外そか」

「ちょ・・・・・っ・・・・・・・・服部・・・・・・!」












 縦に長い浴槽は、何とか大人の男二人が入った所でも余裕の大きさで。

 新一はあっという間に服のまま湯の中に落とされてしまった。





 ・・・・頭からびしょ濡れにされた新一。

 突然の事に、思わず平次にしがみつく。










「信じらんねえ・・・・・・っ・・・・・・・」

「目ぇ覚めたら工藤なんて、やっぱ俺、ツイとるな」

「ベッドまで待てねえのか!?」

「せやかて工藤が誘ってんもん。食わな損やろ」

「誘ってねえ!!」










 そうは言ってみるものの、平次の腕はしっかりと新一の腰に回されていて、離してくれそうもない。



 ・・・・・それに下腹部に当たる生の感触と、一週間以上も肌を重ねてなかった事も思い出して新一も何だか身体が熱くなってきた。












「畜生・・・・・」

「ん?」

「俺も、我慢出来なくなって来ちまったじゃねえか――――――――・・・・・・脱がせてくれるんなら、早く、しろ・・・・っ・・・・・」

「・・・・・せやったら腰、少し浮かしてな」

「んっ・・・・・」










 声と同時に潜り込んでくる手が、ファスナーを素早く下ろす。

 そして暫く下着の上から新一自身を刺激し続け、耳に届く息遣いを感じながら平次は下半身から全てのものを取り去った。




 残るは上。

 しかし、ハイネックだ。














 ・・・・少し考えたが、そのままする事にした。






















 上だけっちゅーのも・・・・ごっつイヤラシくてええしなあ・・・・・・・・
























「何、考えて・・・・やがる・・・・?」

「ん? 別になーんも」

「ホントかよ・・・・・・」

「ほい、乗って。もーちょっと気持ち良くさしたるし・・・・・・」

「・・・ん・・・・・・・・」












 座っている平次の足に改めて新一は跨がる。

 湯を挟んで自身を絡み合わせると、平次は次にはり付いている服を思い切り首元まで引き上げた。








 そうしてゆっくり・・・・・・現れた二つの突起を転がし始めて行った・・・・・・・・・・・・・・・・・































ひとくぎり




























「いや~ 久々で燃えたな~」

「・・・・全くな」

「何や不満なん? 足りへんかった?」

「そうじゃなくて・・・・・・・」








 平次にも参ったが。

 自分がまさか、こんなに欲求不満になっているとは思わなかった。








 新一は軽く自己嫌悪に陥る。

 でも無理なかった。



 ロンドンでは両親と一緒だったから、いくら部屋が一緒でも夜にそういう行動を起こせる筈もなかったのだ。










 なんとなく・・・・・これから帰る日まで、毎晩この調子なんだろうなあ・・・・・・

 そう思うと、決して嫌ではない自分にカラ笑いしてしまう。






 時計を見ると朝の4時。

 一体、何時間バスルームに居たんだろう・・・・・・・・?










「とにかくお前のお蔭でジーンズもセーターも台無しだ。ああ~ 高かったのになコレ・・・・・縮んだらどうしてくれるんだ」

「あ。俺アクロンとか持っとるけど」

「え!?」

「入れた覚えはないねんけどな。オカンが洒落で突っ込んだんか解らんけど・・・・・駄目もとで試してみるか?」

「寄こせ!!」












 ・・・・・・その後。


 新一がバスルームに篭ったのは言うまでもない。































ひとくぎり




























「明日まずどこ行く・・・・?」

「ローマ市内観光しようや。スペイン階段もトレヴィの泉も見たいし、コロッセオにも入りたいんや」

「・・・・・だったらそろそろ寝ようとか思わねえのか」










 予想はしていた。

 洗濯を終えた新一を、平次が待っているであろう事は。



 しかし。










 まさかそれからまた2時間近くも体力を使うとは思っていなかった・・・・・・














「どーせ夜明け遅いんやし・・・・まだ足りへんし」

「俺は充分だ」

「まだ、中こんなに熱いやんか――――――――――・・・・・言うとることと身体は別みたいやけど?」

「そ・・・・それは・・・・」








 桜子を気にする必要のない夜なんて、何ヶ月ぶりだろう。

 そんな事を考えていたら・・・・・・達しても達しても火照りが治まってくれないのだ。



 新一は視線を逸らす。

 でも平次は顎を掴み、再び自分に向かせた。












「・・・・・んー? 何や・・・・・まだ、俺締め付ける余裕あるやん」

「だから、そーゆう事を言葉にすんじゃねえっつうの!!」












 身体の下で新一が喚く。

 未だ平次が入ったままの状態で、さっきから煽られ囁かれ身体もいい加減参っていた。















 頭は眠い。


 ・・・・・けど、身体は相手を離さない。














 そんな理不尽な新一の状態を、本当は解っていたから――――――――・・・・・静かに腰を浮かせた。































 深呼吸して目を閉じる新一。

 軽く息をつく、平次。














 ・・・・・余韻に浸りながらシーツに身を沈める。
















「そーいや工藤・・・・・・前、猫飼うとか言うてなかったか?」

「・・・・そーだったっけ」

「確か、言うてた」










 覚えてる。

 あまりにも桜子にベタ惚れな平次を見て、自分もこんな相手が欲しいと思ってた。



 でも。



















「とっくに諦めたよ。必ず夜、家に戻れるわけじゃねえし・・・・何かあったら、耐えられそうもねえし」

「・・・・工藤」

「俺にはお前がいるだろ?」



















 それは初めての新一の弱音だった。



 平次はそれ以上何も言う事も出来ず、僅かに微笑い自分を見る表情をただ見つめる。

 そして。














 ・・・・・そのまま枕元に点いてた明かりを消し、今度こそ二人は眠りに落ちて行った。




































ひとくぎり


































 それはある冬の日。



 切なさとぬくもりが同居する、異国の地での寒い冬の日の事・・・・・・・・・・・・


































Fin