6時5分。

 枕元に置いてあった携帯の液晶表示を、なんとか目をこらして新一は見る。

















「・・・・・・・・何でこんな時間に」









 

 目が覚めたのだろうか。

 考えつつ再び掛け布団にくるまり、未だ暗い空をカーテンの隙間から覗いた。























 ・・・・・ひやりと額に冷気。























 静かな空間。

 確か、部活をやっていた頃はこのくらいに起きていたっけと思い出す。







 12月も終わりに近づいた今。

 空気はとても冷たく、息は白く手はかじかむ。



 それでも平気でグランドを走り回っていたのが、今となっては遠い昔のように思えた。





















 まだハタチを過ぎたばかりだってのに――――――――――・・・・・



 ジジイか、俺は。

























 もう一度寝よう。

 今日は、久しぶりの休日。



 膨大な課題も提出して、あとは冬休みを待つだけ。

 いくら眠ったところで起こされる心配もないし、起こる人物も今・・・・・この家には住んでいない。



 

















 ・・・・・・・・・・ここは、数年も前から自分ひとりで住んでいるのだから。










FAITH[01] やわらかい夜明け







「ちくしょう。何か余計疲れた」









 6時45分。

 二度寝しようと思ったのに、レム睡眠の間に立て続けに何本もの夢を見てしまった。



 それがどれも疲れる夢で。

 フルカラーのドルビーサラウンドで繰り広げられる壮大なドラマに、新一は耐えきれずとうとうベッドから這い出す。







 カーテンを開けるとちょうど日が昇るところで。

 突き刺さってくる朝の光が、新一に向かって真っ直ぐに伸びてきていた。























 ・・・・・・窓を開ける。



 思いのほか気持ちいい空気が胸を満たす。





























「どーせ起きついでだし――――――――――・・・・・・・・散歩でもしてくっか」























 こんな自分は珍しい。

 苦笑しつつ、新一はしっかりと着込んで部屋を出た。



 でも階段の途中で足を止める。



























 ・・・・・・・別に要らねえかな。





















 それは携帯電話。

 いつも必ず持ち歩いているから、つい無いのに気付いて引き返そうとした。





 でも。

















 朝だし。

 今日は、休みだし。



 だから新一は財布だけ握りしめ、鍵を閉めて家を出た。
































ひとくぎり

































 朝の空気は新鮮で。

 寒いせいもあるけど、何だか風景まで違う感じがする。



 新一は駅へ向かう大通りではなく、少し脇に逸れた道を歩いた。

 ・・・・・・すぐに
堤無津川(テイムズガワ)が見えてくる。







 ここまで来ると、朝日が綺麗に見えた。



























「ホント。冬の朝って感じ」















 夏よりも遙かに高い空。

 まだ白んでいる地平線辺りからの、綺麗なグラデーション。



 所々に散らばっている雲が、二度とない模様を描いている。



















 ・・・・・・・・新一は空を見るのが好きだ。



 それもこんな、雲が少し出てている空が。























 続いている。

 この空は何処までも、無限に。



















 そしてその河も。





 ・・・・・・・・・・・・世界中の海へ、その流れはこの地球を包んでいる。















 『水の惑星』

 そう地球が呼ばれている事を、新一は小学校の頃に図書館に置いてあった本で読んだっけと思い出した。























「うっわ。なんか俺、かなり癒されてるかも」









 こんな景色を見るのは久しぶりで。

 と言うより『気にとめる』のが久しぶりなのかもしれない。



 最近ときたら休みの前の課題も多かったし、捜査の応援にも首を突っ込み過ぎたりで・・・・・・・・ろくに身体も心も労ってなかった。

















 そう言えば――――――――――・・・・あいつにも八つ当たりしたまま・・・・・・・



























「・・・・・・・・」





















 見せたい。

 この景色を、あいつにも見せたい。



 そう思って新一はポケットに手を入れたが、携帯を部屋に置いてきた事に気付いた。









 深く息をつく。























 ・・・・・・・・・・・・・・・・いつもこうだ。


 俺は、肝心な時に―――――――――――――――・・・・・・・・





























 自嘲気味に微笑いながら握る右手。

 前髪を通り過ぎる風が、また冷たく新一を包んだ。







 ・・・・・その時だった。

























「工藤!」















 対岸から手を振る影。

 逆光で顔がよく見えなかったが、あのシルエットには確かに見覚えがあった。





 何よりも、その声に。
















「―――――――・・・・服部?」

「お前、こんな時間に何しとんねーん!?」














 それは服部平次。

 新一と同じく高校生の頃から探偵と称され、主に関西で注目を浴びている人物。



 彼は冬休みを東京で過ごす計画で出て来ているらしく、しばらく父親名義のマンションにいると聞いていた。











 その平次は何事か叫んでいるのだが、川幅がある為こっちには良く聞こえない。

 しばらくして携帯に耳を当てたが、新一が何も反応を示さない事が解るとあからさまに肩を落とした。

















 ・・・・・・そーだ。

 俺、携帯置いてきたんだ。



















 その平次の様子がどうしてか悟った新一。

 すると平次は走り出す。



 見ると50メートルくらい先に陸橋。

















 ――――――――――・・・・・あれを渡るつもりか。





























 ならば少しでも近づいてやろうと、新一もその方向へと歩き出した。


































ひとくぎり





























「何・・・・してんだよ、お前」

「そりゃこっちの台詞や。低血圧な工藤が珍しいやんか」

「――――――・・・・しょーがねえだろ。なんか、目ぇ覚めちまったんだから」











 時既に7時半。

 すっかり日も昇り、眩しい日差しが二人に降り注ぐ。











「携帯鳴らしたのに出ぇへんし」

「・・・・・散歩にわざわざ持ってくるか」

「ええんか? いつ警部ハンから連絡あるか解らへんのに」

「そん時はそん時だ。別に俺は刑事じゃねえ」

「ほー」















 意味ありげな微笑。

 横顔に程よく光が差し、絶妙なコントラストがその表情を際立たせている。









 おととい、虫の居所が悪くて怒鳴り散らして別れたままだったのに。

 まるで何事もなかったかのように笑顔を見せる平次。

















 そうだ。

 こういう奴だった。









 ・・・・・・・・本当にかなわないなあと、新一は目を細めた。

 















「それで?」

「ん?」

「お前は何でここにいるんだよ。マンションから随分離れてると思うけど」

「走り込みや。見て解らんか? 言うとくけど毎日やってんねんで、朝夕10キロ」

「え!?」

「工藤も身体鍛えとかんとアカンで~? 今からそんな厚着でどないするん」











 言われてみると平次は帽子にジャージ姿で。

 特に着込んでいる風もなく、それどころか腕まくりで汗さえ滲んでいる。



 新一はというと、しっかり冬用コートにマフラー。

 手袋まではしてないが、さっきからの冷たい風に身体を震わせている状態だった。













 ・・・・・・・少し、ムッとする。

















「ほっとけ。てめーは勝手に頑張ってろ」

「なあ、今日ヒマか?」

「は?」

「ヒマやろ? ヒマにしとけ。よっしゃ、ヒマ決定!」

「何なんだ一体!?」

「付き合うて欲しいトコあんねん。俺、ここら辺あんま良く解らんし」

「だから何だって聞いてんだ!!」










 回りくどい言い回しに新一は怒鳴る。

 すると平次は、少し照れたように呟いた。





















「――――――――・・・・・ちっさい子供の欲しがるモン、一緒に推理してくれへん?」


































ひとくぎり



























 実は、東京の親戚の家に母親の使いで行くことになっているらしい。

 そこにいる甥に『なにか土産っを持って行け』と言われたのだが、歳は小学校に上がったくらいだと聞いて平次は悩んでいた。



 身近にそんな年頃の子はいないから、今時は何が流行っているのか解らないと言うのだ。









 期日は、明日。

 だから今日までに何とかしなければならない。



 なんて悩みつつ今、日課の走り込みをしていた時に・・・・・・新一を見つけた。















「・・・・・・俺に聞いてくるってのは間違いなんじゃねえの?」

「せやかて、ついこの間まで子供(コナン)やったやんジブン」

「確かに外見はそーだったけど、中身は『俺』だったんだ。ったくケンカ売ってんのか」

「そー言わんと思い出して~な~。 ホレ、少年探偵団の子らとか居てたやろ?」

「半年以上も前の情報なんて当てになんねーと思うけど・・・・・」

「それでも頼むわ。ほんなら、10時っくらいに工藤んち行くで? 遅れんと、用意しといてな~」













 再び陸橋まで歩いていく間の数分間。

 平次は簡潔に経緯を話すと、無理やり約束して走り去る。





 ・・・・・・・ぶんぶんと手を振りながら。



























 この寒いのに本当に元気な奴だ――――――――――・・・・・





















 新一は感心しつつマフラーを口元まで引っ張り、冷たい風の中を家路に向かう。

























 ・・・・・・・・でもま、いっか。





















 どうせ何する予定でもなかったし。

 今日も寒そうだけど、天気はすこぶる良い。















「あ。その前に洗濯しちまわねーとな」













 今、何時だろう。

 最近は携帯を持ち歩いていたから、すっかり腕時計をしなくなっていた。

















「朝飯はイレブンで何か買ってくか・・・・・・・」















 財布は持ってきた。

 新一は小銭を確かめつつ、河原を越えた所にあるその場所へと向かって行った。


























ひとくぎり































 ・・・・・・・・・太陽は高さを増している。



























 風はやっぱり冷たく。



 目に染みる程に、痛いけど。





















 事件絡み以外で、服部と二人で出かけるのは――――――――――・・・本当に久しぶりだな。

























「・・・・・・・・・・・・」























 そう改めて思ったら。





















 ・・・・・・・・・何故か、少し気恥ずかしい気がした。