・・・・・・・・・・どうして、こんなに好きになっちまったんだろう。































 あいつは男で。

 俺も、男で。













 別に今まで『そういう種類』の人間を差別した事も軽蔑した事もなかったけど。



























 まさか――――――――――――――・・・・・・

 自分が男を、好きになるなんて。



















FAITH[03] 切なさの行方







「久しぶりやなあ。春、以来か」

「・・・・・何してたんだお前」

「ん? サークル仲間と、ちょいと温泉旅行」

「へえ」













 関東の山奥で起きた殺人事件だった。

 前に顔見知りになった千葉県警の刑事がいて、その人に助言を頼まれ新一は来ていた。













「じゃあ工藤くん、私達は署に戻るから。今日はありがとう、助かったわ」

「いえ」

「服部君も。後で府警の方にもお礼を言わなくちゃいけないかな」

「ええですよ、そんなん」











 東西の名探偵が集結するという偶然の結果、謎は全て無事解決。

 そして県警の人間達が次々と帰る中、平次が新一を引き止めた。









「工藤、もう帰るんか?」

「車だし。こっから3時間もすりゃ、家に着く」

「ひと晩くらいええやろ。俺らと一緒に泊まってかへんか」

「・・・・・え?」

「是非お願いします。工藤さんのお蔭で主人の疑いも晴れたんですから、今夜はここに泊まって行って下さい」











 驚く新一に、この宿の女将も声を掛けてきた。

 先ほどの事件で容疑者とされていた此処の主人を救ったのが、この二人なのだから当然だろう。



 結局断りきれず、新一は眺めの良い離れへと案内されてしまった。

































 ・・・・・なんて所で逢っちまうんだ。



 どうして、俺達はいつもこうなるんだ?

























 広すぎる部屋で、新一はひとり夕食をとった。

 それから奥に佇む椅子に腰掛け、見えない月を見つめる。























 この宿に・・・・・・・服部が、いる。















 思いがけない展開に、新一は震えが止まらない。

 何故なら。











 工藤新一は、どうしてか現在(いま)――――――――――・・・・・・・・・・・服部平次に恋愛感情を持っているからだった。

























 あれは半年くらい前の冬。

 12月の、終り頃。



 散歩の途中で偶然会った平次に誘われ、買い物に付き合った帰りの電車の中が始まり。





















「ああもう、顔、赤いよな俺」









 一緒に夕飯を食べようと言ってくれたけど。

 平次と、その見知らぬ仲間との空間に入って行く事は新一には出来なかった。





 『疲れてるから一人で過ごしたい』

 そう言って、断った。











 でも、23時を過ぎた頃に平次が新一の部屋へとやって来た。

 仲間はもう酒で酔いつぶれたから、遊びに来たと言うのだ。



 笑う手には一升瓶。















 ・・・・・・・新一は高鳴る鼓動を精一杯抑えた。























「お前も結構、出来上がってんじゃねえの?」

「工藤はゼンゼン飲んでへんのか? ここん土地は、地酒ごっつ美味いで」

「・・・・・・・そんな気分じゃねえし」

「へ? 具合でも悪いん?」

「さっき雨に濡れたからな。少し風邪気味だし」















 小雨の中での現場検証。

 足場の悪い場所と、思いのほか冷えていた山の空気。



 そう。

 『疲れてる』のは、決して嘘ではない。







 少し新一は咳き込む。

 誘って悪いと思ったのか、平次は僅かに酔いの醒めた顔をした。








「そやったんか――――――――――・・・・・気ぃ付かんでスマン」

「お前が謝る事じゃねえよ。まあ、少し飲んだ方が良く眠れそうだな・・・・・・・それ、俺と飲む為に持って来てくれたんだろ?」

「せやけど」






 急に仔犬のようになった平次に新一は微笑う。

 瓶を抱えたまま帰ろうとしたから、それを制した。






「今グラス出すから、そこ座ってろ」

「あ。ええて、俺が取ったる―――――――・・・・・・・っ・・・・・・・?」

「うわ!」

「へ? 痛ででっ」













 その時、二人の視界が暗くなる。

 突然の暗闇に、直前に立ち上がった新一はテーブルに足を引っ掛けて転んでしまった。








 ・・・・・・平次を巻き込んで。


















 停電。



 どうやらこの辺り全てがそうらしく、窓から見える景色に明かりが無い。





 雨の夜だから月も見えず。

 視界が慣れるまで、暫くかかってしまった。





















 そしてその時。





 ・・・・・二人に事件は起こっていた。

















「っつー・・・・・・・・工藤、平気か?」

「だ、大丈夫だ」

「なんやもー 停電かいな・・・・うわ、クチビル切ってしもたな~ 血ぃの味しよるわ」

「え?」

「スマン工藤、俺、倒れた時どっか歯で引っ掛けてへんか? えらいブツけた感じしたんやけど・・・・・・」

「さ、さあな。別にどこも」

「・・・・・そーか?」













 次の瞬間。

 電気が戻って視界が明るくなる。



 二度三度瞬きをして、平次は新一の上から身体を退かそうとして・・・・・・・・・・・

















 ・・・・・・・・目の前の彼を見て、動きを止めた。



















「何してんだ・・・・・・・早くどけろ」

「・・・・工藤、その血――――――――・・・・・・・・」

「気にすんな。掠っただけだ」

「せやかて俺やろ? 俺が・・・・・・その」

「いいって言ってんだろ! とにかく退けろ!!」

















 乱れた前髪。

 転倒ではだけた、浴衣の胸元。





 ・・・・・平次より遥かに色素の薄い肌。















 そしてその語る口唇に見えたのは――――――――――――・・・・・・赤い、鮮血。



















 新一は動揺していた。

 激しく、動揺していた。





 あまりの予期せぬ出来事に・・・・・・・・表情を隠す事が出来なかった。





















 ・・・・・だから。



 耳まで首まで、情けないくらい顔が熱くなるのを止める事が出来なかった。

















 平次はそんな新一から視線を外せない。

 そしてその血の色に魅入られた様に、小さく呟く。








「今・・・・・・救急箱借りて来たるから」

「こんなもん舐めときゃ治る。要らねえよ、そんなもん」

「せやったら俺がしたるわ・・・・・・・」

「・・・・・?」










 今この男は何と言った?

 思い出そうとするよりも先に、再び視界は暗くなる。





 平次の顔が、ぼやけて見える・・・・・・・・・























 何だ?



 これは、どういう事だ・・・・・・・?

























 口唇に他人の体温を感じる。













 ・・・・・生暖かい、熱い、感触。

























 これって――――――――――――――・・・・・・・・っ・・・・・・・

























 ほんの数秒の接触。

 離れ際に、ぺろりと傷口を舐められ新一は身体を震わせる。







 ・・・・・・・ゆっくり視線を上げた。



















 そこには今自分のした事に動揺を隠せない平次。

 新一は、自嘲気味に微笑い我に返る。










「何・・・・・・・お前、実はそういう趣味?」

「――――――――・・・・・・いや、その・・・・・・」

「それとも俺がモノ欲しそうな顔してたとでも言うのか?」

「工藤、あのな」

「してたからって、他人のクチ舐めるか普通? ま、とにかく正気に戻ってくれて助かったよ。流石の俺も力じゃお前に敵わねえし―――――――・・・・・・あのまま行ってたら、洒落じゃすまねえしな」













 怒鳴られてもおかしくない状況だった。

 平次は、とんでもない事を新一にしたのだから。



 でも。















 ・・・・・・・・・・・新一は無表情だった。



 ただ、平次を見つめながら抑揚なく呟いていた――――――――――――――・・・・・・・・













「そんなつもりや・・・・・・・なくて」

「・・・・・いいから出てけよ」

「工藤、せやから」

「別に怒ってやしねえよ。事故だし、減るもんじゃねえし・・・・・・・ただ、もう酒飲む気分じゃねえや。悪いけど、それ持って帰ってくれ」

「――――――――・・・・・スマンかった」











 そうして新一は平次を押しやる。

 冷たい視線を投げ、その脇を通り過ぎる。





 窓際の椅子。

 視線を、降り続く雨に留めたまま其処に腰を下ろした。









 だから。













 平次は静かに、この部屋を出て行くしかなかった――――――――――――――・・・・・・・・




























ひとくぎり





















 決して男が好きな訳ではなかった。

 出会った時も、他に好きな人がいた。



 その頃から、おせっかいな服部。

 やたらと人に構う服部。












 ・・・・・・・・・そして必要以上に心配性だった服部。


















 この想いに気付いてから、何度繰り返し考えただろう。
















 どうしてあいつは俺の前に現れたのか。

 あの時、どうして俺を捜しに来たのか。












 どうして・・・・・・・



 俺は、あいつに惚れちまったのか。

























「ちくしょう、腹立つ――――――――――・・・・・・・・」








 次の日、朝早く旅館を出た新一。

 捕まらない程度のスピードで、ひたすら車を走らせ家に戻って来た。



 その車中。

 他の誰も乗っていないから、声に出して色々と考えながら。














「・・・・・・・・どういうつもりで、あんな事」






 平次が『そういう種類の人間』でない事は知っている。

 今まで散々一緒に行動し、何度も同じ部屋で過ごした事があったが・・・・・変な空気は感じなかった。

















 ・・・・・・その平次が自分に行為を仕掛けてきた。



 これは、どう取ればいいのだろう?












 人間には突発的な生理現象が起こる。

 その一瞬前まで気にもしてなかった相手に対し、思いもよらぬ行動を起こす事がある。






 それに『好意』を抱いていなくとも。

 『性欲』が起こるのは、人間の原始的なメカニズムだ。


















「んなわけ、ねえか・・・・・・・・・・」








 自分の容姿が良いことを新一は知っている。

 異性も同性も関係なく惹きつける力が有ることを、自覚している。



 それは今まで意外なほど役に立ってきて。

 感情を乱すことなく、自分の思いのままに相手を動かしてきた。













 そんな自分の『引力』が。



 ・・・・・・服部にも効いたのだとしたら。














 俺に、特別な感情なんて――――――――――――――・・・・・・・・持ってない。




















 だって服部は謝った。





 ・・・・・・・・・・・勢いの接触に、後悔したから。


















 車を車庫に入れて直通の階段で家に入る。

 梅雨なせいもあるが妙に湿っぽく感じ、窓を開けて歩いた。



 太陽が高い。















 ・・・・・・この曇りまくりな感情と違い、空は昨日とは打って変わっての快晴だった。
































ひとくぎり






























 どうして好きになんかなったんだろう。


















 それも男を。

 友達を、あいつを。



















 ・・・・・・なんで俺は、キスなんかされちまったんだろう。

























「くそう―――――――――・・・・・寝ても覚めても、あいつの顔しか浮かんでこねえ」














 14時を過ぎ15時になっても。

 小説を読みに書斎に行っても、家中に掃除機をかけてフローリングを水拭きしていても。








 ・・・・・・新一は、服部平次の事が頭から離れなかった。






















 下手に接触を果たしたから。

 妙な感触だけ、口唇に残ってる。












「ああもう、今度は車でも洗ってくるかな!」








 新一は何か悩んだり考えたりする時、むしょうに掃除がしたくなる。

 それで、もうかれこれ2時間以上も家中を磨いていたのだが・・・・・・・・



 とうとうする所がなくなり今度は車に触手を伸ばした。














 山を走ってきたから、結構汚れている。

 きっと洗いがいがあるだろう。



 ジャージの腕をまくり、新一は車庫へと向かった。













 裏口から階段を下り、ホースを抱えたまま電気を付ける。

 工藤邸の車庫は三方をコンクリートで囲んであり、入り口がシャッターになっていた。



 中に排水溝もあるから、いつもならこのまま行動に移すのだが今日は蒸し暑い。

 開閉ボタンを押して空気を入れ替える事にした。










 ・・・・・・それは、大きな音も立てずに開いてゆく。














 差し込んでくる夕暮れの光。

 それに目を細めると同時に、新一は現れた人影に驚いた。
















「――――――――・・・・・服部・・・・!?」

「おう」

「何してんの・・・・お前」

「なんやろ。気い付いたら足、こっち向かっとった」








 それは服部平次だった。

 どこか緊迫した雰囲気で俯き、新一の方へ歩いて来る。














 ・・・・・・・大阪に向かっている筈の人間がどうしてここに?





 新一は、苛立ちを隠せない。
















「昨日の―――――――・・・・・・・事やけど」

「・・・・・・何だよ。もう気にしてねえよ。だから帰れ。俺、忙しいんだ」

「あれから考えたんや。夜も眠れんくて、ずっと考えた」

「いい加減にしろよ!! あんなの事故だろ!? 考えなくたって忘れりゃいーんだよ! 何マジになってんだ? 馬鹿じゃねえの!?」










 頭に血が上った。

 ご丁寧に、平次は此処まで謝りに来たという事だ。












 そりゃ自分は変だったろう。

 不意の出来事に、耳まで真っ赤になっていたくらいだ。



 あんな姿・・・・・・今まで他の誰にも見せた事なんかなかった。

 それくらい動揺してた。認める。










 ・・・・・・・・だから放っておいて欲しかった。



 わざわざここまで来てなんか、欲しくなかった―――――――――――・・・・・・・・


















「・・・・・・・・・・人の気も知らねえくせに」





























 ヒトノキモ、シラネエクセニ。





























 最後の言葉は決して音にしてはいなかった。

 口唇だけが、僅かに動いただけだった。



 でも。



















 ・・・・・・・平次は少し驚いた顔をして新一を見た。





























 その次の瞬間。

 覚えのある感触が、また新一を襲った。












「・・・・・・・っ・・・・な・・・・・!?」

「アカンわ・・・・・・・」

「ちょ、服部・・・・・っ・・・・・何す・・・・・・」

「――――――――・・・工藤」

「ん・・・っ・・・!」













 噛み付くように口唇が塞がれたと思うと、肩を押さえ付けられた。

 そのまま車の窓に押し付けられ、更に口唇を攻められる。















 ・・・・・・・・・息継ぎも出来ないくらいの激しさだった。






































ひとくぎり





























 数分のキスの後ようやく解放される。

 既に身体の力が残っていない新一は、ぐったりとしたまま呼吸を繰り返していた。



 平次は後部座席のドアを開ける。

 次に腕の中の身体を押し込めると、その上に覆いかぶさって来た。











 ・・・・・・・新一は流石に驚きの表情を見せる。

















「何、されると思うとる?」

「・・・・・ま、さか・・・・・」

「嫌なら逃げえや――――――――――・・・・・・俺をぶん殴って蹴飛ばして、罵ったらええ。そうしてくれたら、諦めもつくわ」

「服部・・・・・・」

「どないするんや・・・・・・俺、今からお前に酷い事しようとしとるんやぞ・・・・・・解っとるやろ?」

















 解らない筈がなかった。





 あんなに苦しいキスをされ、口の中を攻められ。

 今こうして押し倒されている状態で次に何をしようとしているのか。















 ・・・・・・自分の下腹部に感じる硬さが、それを証明している。



























 これは、本当に現実か?





















「俺を――――――――――・・・・・手に入れたいのか」

「・・・・・せや」

「俺の事が・・・・・好きなのか?」

「――――――――・・この感情を、そう言うんやったら・・・そうなんやと思う」












 平次も今の感情を持て余しているらしく。

 自分の行動に戸惑いながら、ただ目の前の新一を困った様に見つめていた。
















 薄暗い、至近距離。





 ・・・・・・太陽の光はもう届かない。














「・・・・・・本気で言ってんのか」

「ずっと考えとった――――――――――・・・・・・・・・何でこないに工藤の顔がちらつくんか。それに・・・・・・・・血ぃに染まったお前の口唇が、どうしても頭から離れてくれへんねん――――――――――・・・・・カラダ疼いて、止まらへんねや・・・・・」

「っ・・・・・・・」

「工藤――――――――・・・・・・・・これは恋愛感情やと思うか?」












 見たことのない表情をしていた。

 行動とは裏腹に、様子を伺う視線を新一に落とす。



 押さえ付けられている腕からは震えが伝わって来た。















 ・・・・・・・・新一はその瞳の中の、自分を見る。























 開けっ放しの後部座席の扉。

 男二人が余裕で寝られるオフロード車を買ったのは、新一の趣味。



 それは勿論、こんな事に使う為ではなかった。























 ・・・・・・・通り過ぎる人の声が聞こえてくる。

























 新一は、小さく深呼吸をした。

























「いいぜ」

「・・・・え?」

「車庫のシャッター、閉めて来い」

「―――――――――・・・・抱きしめて終わりとか、そういう意味とちゃうで?」

「だから俺に入れたいって事だろ? その硬くなってるヤツをさ」

「!」

「散々人の弱いトコ攻め煽りやがって・・・・・・・お蔭で俺もかなりキてんだよ。だから―――――・・・・・・・・・・・・・責任、とれ」

















 夢かもしれないと思った。

 でも、新一は悪態をつき無表情を通した。





















「・・・・・工藤」

「けどカラダ傷つけやがったら二度はない。いいな」





















 ・・・・・・・・・だってまた謝られたら、どうしたらいい?














 この激情は、気の迷いだったと。

 『恋』と勘違いするくらいの、ただの『情』だと。
















 良くある場の雰囲気に酔ってしまっただけなんだと。



 そう告げられたら、俺は―――――――――――・・・・・・・・・・だから。

























 この簡易的密室で必要以上の露出もせず。

 互いの欲望を吐き出している時も。





 そのあと家に戻って、部屋で再び肌を重ねた時も・・・・・・・・・・

























 ・・・・・・・・新一は平次の名も他の言葉も語らず、快楽の吐息だけを漏らしていた。


































ひとくぎり





























 どうしてこんなに好きになっちまったんだろう。

























 あいつは男で。

 俺も、男で。





















 別に今まで『そういう種類』の人達を、差別した事も軽蔑した事もなかったけど・・・・



 まさか自分が『そう』なるなんて。

















 それは6月の頃だった。

 梅雨の時期の、冷たい雨のぱらつく夜から始まった関係だった。







 あれからもう半年。

 街はクリスマスも終わり、年越しの準備で忙しない12月の終わり。



























「・・・・・・・きちんと言わないとな」















 新一は、止まらない想いと手の中の缶珈琲を抱え、駅から家へと続く道を歩いていた。