メリクリ


「工藤君、今日は何か用事ある?」

「え?」

「課の忘年会なんだよ。目暮警部が、工藤君も都合つけばって言っててね」

「・・・・・・あー・・・・それが、その」

「って言うだろうと思ったよ。今日はイヴだし、約束ない訳ないのに、警部も知ってて言うんだから」

「じゃ、じゃあ失礼します。宜しく言っておいて下さい」















 12月24日。金曜日。

 2004年のクリスマスは、週末と重なっている。



 新一はこの日、近くの図書館に寄ってから警視庁へ出向き、少しばかり捜査に協力して18時を迎えた。









 

 隣にいるのは高木ワタル刑事。

 新一が『コナン』だった頃から世話になっていたから、元の身体に戻ってもつい何かと頼ってしまう人である。



 

 

















 ・・・・・・ひとりっ子の新一にとって、『兄』の様な存在。

























 12月に入ってからも関東地方は暖冬と言われ、手袋など必要のない日々が続いていた。

 しかし昨日あたりから急に冷え込み、この冬初めて新一はタンスから取り出した。



 今もマフラーをぐるぐる巻きにし、外に出ようとしていて。

 そこを、高木刑事に呼び止められたのである。

























 そうだ。



 今日はクリスマス・イヴ。























 街もどこもイルミネーションと赤と緑の装飾が煌めいて。

























 ・・・・・・・・・恋人達の夜を祝うように、風は凪いでいる。











 しかし――――――――――・・・・・・























「一緒に過ごす相手が服部だって知ったら、高木さんひっくり返るだろうなあ・・・・・」













 霞ヶ関の駅へ下りながら、新一は自嘲気味に微笑う。

 後ろから追いかけてくる冷気を振り払いながら、改札を通った。



 ちょうど着いていた列車に駆け込み、ひと息付く。


















 ――――――――――・・・・まあ最初にひっくり返ったのは、俺の心臓だけど。



























 がたんごとん、がたんごとん。

 なんて漫画の様な効果音が響く中、新一はメールをチェックする。



 ふと見ると電池残量が赤。

 FOMAにしてから持ちが悪くなったよなあと睨みながら、ひとつの未開封メールをクリックした。



























「お。着いたか」









 周りには聞こえない程度に呟き、周りには見られない様に顔を伏せて微笑う。

 そして正面の扉の硝子には映っていたのに気付いて、また微笑った。



 









 今日はイヴだ。



 混んでいる車内も、いつもとは違った空気を漂わせている。



















 ・・・・・・みんなみんな、今日のこの日を楽しんでいる。



 だから他人のことなんて、気にしていないだろう。



















 新一は結構な有名人だ。



 高校の頃からメディアに露出していて、文句の付けようもないこの容姿。

 更にトーク番組の出演を受けてからと言うもの、その予想以上の反響に、現在はこうして顔を隠さないと街も気軽に歩けない状況になっていた。

 



 今日は真っ赤な帽子を目深に被り、モスグリーンのマフラーで口元まで隠している。

 少し前にティーオレンジに染めた髪を少しだけ出し、足もとまであるファー付きの真っ白なロングコートを羽織って。



 もちろん、目には細い黒フチの眼鏡だ。















 まあ、解る人間が見れば・・・・・シルエットだけでも、『工藤新一』だとバレてしまうのだが。

 そこは東京。





 意外に、バレないもんである。

























「――――――――・・・・・・やべえな・・・・・何で俺、こんなに浮かれてんだ」

























 あとひとつ。



 次に扉が開けば、渋谷に着く。

























 ・・・・・あいつが待ってる、渋谷の街に。































 何度逢っても飽きない。

 どんなに逢っても足りない。

















 いくらメールを交わしても。



 どんなに電話をしても。



























 ――――――――――・・・・・・この『もうすぐ逢える』という『嬉しさ』の感情は、輝きを失わない。































 やがて渋谷に到着する。

 扉が開き、冷えた空気が身を包む。



 新一は長い裾を蹴りながら走った。


































ひとくぎり

































 渋谷のスクランブル交差点。

 その目の前にある、『SHIBUYA TSUTAYA』。





 ようやく青になった横断歩道も走り抜け、新一はそこへ駆け込んだ。



























 ・・・・・・駆け、込もうとして。





 少し手前で足を、止める。































「・・・・・・・・」



















 硝子張りの店内。

 ここは一階がビデオやDVDの販売フロアで、エスカレーターを挟んでスターバックスが入っている。



 そこの入り口付近のスタンディングスペースが外から見えるのだが――――――――――・・・・・・・・























 見知った顔を確認して、新一は足を止めた。



































「・・・・・合格だ」

























 ヤバい。



 にやける。










 ・・・・・ったく、何でこいつは期待通りの顔をしてやがるんだろう?



































 そわそわして、落ち着かなくて、ちょろちょろ視線を動かして。















 いつ来るのか。

 あとどれくらいで現れるのか、楽しみで嬉しくて仕方がない。



 そんな表情を、隠しもせず服部平次は道行く人間に披露している。















 そしてその男が『想っている相手』は――――――――――・・・・・・・







































「よう。待たせたな」

「おー工藤、久しぶりやな」

「・・・・・こんな寒いトコで待ってなくても、二階行けば座れるだろ」

「寒いワケないやろ。待っとる相手はオマエやぞ?」

「!」













 新一はゆっくりと店内に入り、すぐ左側で珈琲を飲んでいる平次に声を掛ける。

 すると彼は満面の笑みを浮かべ、とんでもない台詞をさらっと言い放った。



















 まったく。



 こういう人の目が有り過ぎる場所に限って、この男は爆弾発言をする。















 ・・・・・それもこれも新一の反応を楽しむ為に。



























「どーしたん? ほっぺ真っ赤やな~」

「そりゃそうだ。こんなに寒けりゃ、赤くもなる」

「ほー・・・・」

「俺も何か買って来る。荷物、持っててくれ」













 ほんの少し見える肌が赤いのを平次は見逃さない。

 気温差で僅かに曇った眼鏡を直しながら、新一は財布だけ持つとスターバックスのレジへ向かった。





 クリスマスに、この時間のせいか混んでいる。

 やがて新一が戻って来た。

















「何にしたん?」

「ホワイトチョコレート・モカ」

「は? それってあの甘ったるいニオイのアレか?」

「うるせえな。疲れてんだから甘いのが欲しいんだよ」

「・・・・そーいや今日も朝早い言うてたな」

「んー ちょっと現場行って、調べもんあったから図書館行って、霞ヶ関行ってきた」

「ほどほどにしとけや。本職でもないんやし」

「好きでやってるから」

















 熱いそれを、少しづつ喉に通す。

 その感触にようやく笑顔を見せた。





 だから、平次も微笑う。

















「・・・・な、何だ?」

「いや。さっき逢うてから初めて笑たなー思て」

「そ、そうか?」

「それにそのカッコ。なんや・・・・・俺へのクリスマス・プレゼントみたいやな」

「は?」















 突拍子もない事を言われ、新一は改めて自身を見る。

 そしてピンと来て、今度こそ赤くなった。



 つまりこの『配色』だ。



















「何や、そーゆー事とちゃうん?」

「んなワケねえだろ!!」

「大声出すなて。バレたら困るやろ~ クドウシンイチくん?」

「ちょっ・・・」

「っちゅー事で。もう行くで」

「え? おい待てって、俺まだ飲んでねぞ!」













 あまりの強引さに、また新一は大声を出してしまう。

 すると店内にいた女の子達が気付いたらしく、騒ぎ出してしまった。



 更に一部の女の子は、連れが服部平次だと気付いていたらしく。

 『やっぱり』という声と共に追い掛けて来る。

















「おー 俺も捨てたもんやないな~」

「んな呑気な事言ってる場合か!!」

「しゃーないやんか! 工藤が可愛ええカッコして来る方が悪いんやで!?」

「だーかーら!! 走りながらそーゆー事を叫ぶんじゃねえっつってんだ!!」















 運良くスクランブル交差点は青。

 二人は女の子達をまくと、表通りから少し外れた道へと逃げ込んだ。















 ・・・・・・新一は手元の紙コップを恐る恐る見る。



 フタを外すと殆ど水分は消えていて、泡だけが残っていた。









 もしかして道行く人にかかっちまった・・・・?

 そう思い、ガックリ肩を落とす。



















「ったく・・・・・相変わらず強引な奴だな」

「工藤がさせたんやで」

「何だと?」

「何で、苦手な『渋谷』と人の多い『あんな場所』、待ち合わせ場所に指定したん?」

「・・・・お前が見たかったからだよ」

「へ?」

















 ひと気が無くなると、益々寒さが身に染みる。

 新一は近くのゴミ箱にカップを捨てると、視線を空に移した。











 ・・・・・・・・高く暗く、まるで雪が舞い落ちてきそうな空。

















「お前の『俺を待ってる姿』、好きなんだよね」

「・・・・・工藤」

「このクリスマスの時期に、ひとりであんな目立つ所で『誰か』を待ってる。お前は大阪では有名だし、東京でも知ってる人間は多い。少しくらい顔を隠してたって、目ざとい女の子達には解るだろうな。事実そうだったし?」

「・・・・・」

「期待通りだった。お前はたまらない顔して待ってたよ・・・・そして現れたのは『俺』。誰だか解らないけど、こんな格好してるし・・・・・ぱっと見には男か女か解んねえ奴が現れた。そして・・・・・」

「もしかして・・・・コレも予定のうちて言うんか?」

「おう。久々に逢った俺に我慢できなくなって、さっさと連れ去った。そうだろ?」















 吐く息は白く。

 囁かれる言葉は、たまらなく甘い。













 ・・・・・・・・新一は確信を得た微笑みを見せると、目の前の男を抱きしめた。































 観念したように、平次も微笑う。



















「かなわんなー・・・・・ホンマ」

「俺に勝てる訳ねえだろ」

「この帽子ん色とマフラーの色も、みーんな作戦なんや」

「だって今日はイヴだからな。これだったらお前は、我慢出来ねえだろうと思ってさ」

「くっそー・・・・クリスマスカラーにやられてしまうとは、服部平次一生の不覚や」

「いいんじゃねえの? 今日は奇跡の夜だ」











 直接肌が触れてはいないけど。

 二人は、互いの体温を感じていた。



 約2ヶ月ぶりの再会。

 東京と大阪に離れて暮らす彼らは、逢う時間が限られている。



















 だからこそ、この瞬間がとても貴重――――――――――・・・・・・・



























 やがて重なる口唇。







 何度かついばむ様に感触を楽しむと、二人はまた夜空を見上げた。






































ひとくぎり







































 ・・・・・本当は、ただ『普通』に『待ち合わせ』がしてみたかっただけ。



























 『普通』の恋人同士のように。





 『普通』に、人の多い場所で・・・・・・この、クリスマス・イヴを過ごしてみたかっただけ。



































 だって今日は奇跡の夜。

































 でも、こうして一緒にイヴを過ごせる事が・・・・・





















 ・・・・・男同士の俺達にとって『一番の奇跡』だって事も、もちろん知ってる。
















































Fin