チェス




「お。また俺の勝ち」

「・・・・・」

「ほんっと、お前チェスはとことん弱いな」

「うっさいわ」

「んじゃ、さっさと風呂洗って珈琲入れてきてくれ」















 今年のゴールデンウイークは、結構長い。

 会社員などは休みの取りようで最大10連休らしい。



 今日は5月の4日。

 服部平次は、毎年この日には必ず工藤邸に来ている。

 







 理由はもちろん新一の誕生日だからだ。

















 ・・・・・ひょんな事で恋愛関係に発展してから、この日だけは忘れない。



























「じゃじゃーん」

「ん?」

「ケーキ買うてきたて言うたやろ。スタバのチーズケーキ」

「何だ。ホールじゃねえのか」

「男二人でホールケーキ食べ切る自信あるんか? それに、スタバにホールないわ」

「そうだったな」

 

 











 リボンも何もない、普通の紙袋。

 それに普通にテイクアウトの仕様。





 それでいい。

 今更、二人の間で装飾なんて必要もないし、あっても気色悪いだけ。

























 ・・・と。



 新一は平次の腕脇にビンが挟まっているのを見つけた。

 その視線に、気付く。



















「そやそや。先にこっち取ってや」

「ワイン? こんなのウチにあったっけ」

「それも買うてきた。探したで~ 工藤の生まれ年」

「へえ」

















 ひょいと抜くと確かに自分の生まれた年。

 何で人間は、自分の生年のものをもらったりすると嬉しくなるのだろうかと、新一は客観的に考える。



 ベッド脇に盆を置き、平次は隣に座った。


















「朝からワインなんて豪勢っつーか、怠惰っつーか」

「ええやん。今日はのんびりするんやし」

「そりゃそうだけど・・・・・こういうのは」















 『久しぶりだから』。

 そんな言葉を、音には出さず口唇に語らせてしまう新一。



 気恥ずかしそうに微笑う。



















 ・・・・・・・それは太陽の光に反射して文字通り眩しい表情だった。































 平次はたまらず、抱きしめる。

















「ほらきた。ほんっとお前は、俺に弱い」

「やっぱ確信犯かい。あんまり遊ばんといてや」

「遊んでねえ。楽しんでるだけだ」

「・・・・おんなしコトやん」

「そう拗ねるな」













 いいつつ、軽く口唇に触れる。

 予想外に『ちゅ』とか言う恥ずかしい音が出て、笑ってしまった。















「あ。そやそや」

「?」

「ほい、プレゼント」

「何コレ」

「工藤、iPodは持ってたよな」

「え? ああ」

「Bluetoothのヘッドフォンなんやけど、コレがな、結構ええ音出しよるんや」

「・・・・・へえ」













 何度かキスを繰り返した後、新一は再びワインに口を付ける。

 すると平次は思いだした様に何かを取り出した。



 それは何処にでもあるようなヘッドフォン。

 けれども普通付いてるケーブルが見あたらない・・・・・・・

















「せや」

「iPodに対応するのも出たのか。いいな、ケーブル邪魔でしょうがなかったんだよ」

「だと思うた」

















 満面の笑顔をする平次。

 新一は、少し目を細める。












 ・・・・・・いつからだったろう。



 嫌なことがあっても、こいつの笑顔を見ると気持ちが落ち着くようになった。































 嫌な事件が起こる度。

 嫌なことがある度。







 その度に服部を呼び出しても、あいつは嫌な顔せず俺に会いに来てくれた。

























 東京と大阪。







 決して近くない距離を、何でもないという表情をして――――――――――・・・





























「・・・・工藤?」

「へっ」

「何や、オモロイ顔して」

「お?」

「嬉しいなら素直に嬉しい顔してええねんで?」

「よ、余計なお世話だ」















 新一は首まで紅くなる。

 まったく、その姿が本当に面白いから平次はたまらない。









 普段ならば表情を変えず、体温も変えない『工藤新一』

 他人の気配がある場所では、例え同じ物を同じセリフで渡されてもこんな表情をすることはない。



 でもここは新一の部屋。























 ・・・・・・・・誰の邪魔も入らない空間だからこそ、ここまで見せてくれている。



























 まあ。



 ここまでの領域に踏み込むには、平次もかなりの労力と時間を費やしたのだけれど。























「良かったわ。これやったら安心して付けて歩けるな」

「安心?」

「大学行く時iPod聞いとるやろ? けどケーブル邪魔で、不便て言うてたやんか」

「・・・ああ」

「それに電車とか混んでる場所やと引っかかったりして、イヤホン外れやすくなるし。そしたら人に話し掛けられやすくなるし。工藤、そーゆうの苦手やもんな」

「!」















 平次の言葉に新一は目を見開く。

 そして、複雑な表情をした。























 まったく。



 お前は、本当に俺のことを良く解ってるよなあ・・・・・・・・・・




































ひとくぎり































 新一の大学は、駅から20分ほど歩くところにある。

 その前に、家からも15分歩いて電車には30分ほど揺られている。



 その間。

 最初のうちは小説などを読んでいたが、周りの人間の話し声や、仕草の音が気になりだしてしまった。



















 もともと騒がしい場所は好まない新一。

 更に、適度に有名なお陰で所構わず話し掛けられる事が多くなってきた。

















 このご時世。

 少しでも冷たい対応や発言をしてしまうと、インターネットやメディアに有ること無いこと騒がれてしまう。



 それが事実無根でも、内容はひとり歩きしてしまうのだ。



























 ・・・・・・・新一は、そんな状況に疲れてしまっていた。



























 ならばと。

 最近主流になってきたハードディスク系のオーディオプレイヤーを買った。



 これで音楽でも聴いていれば雑音は聞こえまい。

 聴いてなくても、ヘッドフォンさえ付けていれば話し掛けられても無視出来る。



















 そしてそれは、思った以上に効果があった。

 しかし。











 ・・・・・イヤホンやヘッドフォンが取れやすい。

 そうでなくとも、手などに引っかかって外れてしまう。











 さて何か良い方法はないものか。



 そんな事を思っていた時だったから、嬉しいと同時に驚いてしまった。





















「気に入ったか?」

「・・・・・ああ」

「そら良かった」

「っとにお前って・・・・・・」

「ん? 惚れ直したか」

「俺にベタ惚れなんだなあ。ま、しょーがないけど」

「・・・・ちゅうか『ありがとう』の一言くらいないんか?」

「このチーズケーキ美味いな。あれ、お前食わないんなら俺食っていい?」























 でも。

 やっぱり素直に言葉には出せない。



















 ・・・・表情に出せても、音にするのはまだちょっと照れくさい。





























 だけど平次も解ってる。

 それが『工藤新一』だと、解ってる。



 だから小さく息を付く。
 そして微笑いながら『コラ、それは俺のや』と自分の分を取り返した。




































ひとくぎり





































 服部平次は工藤新一に弱い。

 そして、チェスにも弱い。







 だから。































 ・・・・・・・・・勝てる可能性のあるチェスを、まず攻略せんとなあ。



















 そう思ってると。

































「!」

「お礼。続きは今夜な」























 一生勝てそうにもない笑顔と共に、キスが飛び込んできた。


































Fin