タバコの理由








「風・・・・・強いなー」













 ガタガタ揺れる窓。

 梅雨の合間の、湿った空気。



 新一は洗濯物を取り込みながら空を見上げた。















「なんや、渇いてへんな」

「しょうがない。乾燥機かけるさ」

「せやったら貸し」

「やってきてくれんの? 珍しい」















 今にも雨粒が落ちそうだ。

 16時過ぎまで待ってみたが、これ以上は干しておいても無駄だろう。



 そう息を付きながらカゴを抱えた時、平次が庭へ出て来た。

















「何ぞしとらんと、落ち着かん」

「情けねえな」

「止めよ思て努力しとんねん。茶化すなや」

「そうだな。近寄ってもニオイねえって事は―――――――・・・あれからずっとか?」

「お、おう」















 新一が顔を近付けてくる。

 

 自分より背の高い、彼の口元。

 くんくんと犬のような仕草をすると、にやりと微笑った。





















 ・・・・・平次はドキリとして、後ずさる。





















「よし。今日は泊めてやる」

「ホンマ?」

「約束だからな。その調子で完全に止めろよ」

「解っとるがな」

「んじゃ、宜しく」



















 ほいと渡された洗濯かご。

 そのまま二人は家へ入り、新一が二階へ上がって行ったのを平次は確かめる。



 そして、大きく息を付いた。























「は~・・・・・・・」























 少しその場に座り込む。

 更に、深呼吸。

























「・・・・・・よし。頑張れや、俺」





























 自身にエールを送る。

 立ち上がり、洗面所へと歩く。







 そうして乾燥機へ衣類を入れると、スイッチを入れた。


































ひとくぎり





































 服部平次は大学へ入ると同時に、ある事実を知ってしまった。







 それは工藤新一への感情。

 いつの間にか友達として見れなくなっていた自分に、気付いてしまったのだ。















 ・・・・もちろん悩んだ。


 自分自身でも信じられない気持ちに、眠れない日が続いた。

























 東京と大阪。







 決して近くは無い距離なのに、どうしてか事件が起こる度に会ってしまう。

 会うからこそ、感情がその度に積み重なり苦しくなる。





 男と女ならば悩みはしない。

 相手が同性だから、誰にも相談できない。





















 ・・・・・・一年以上もそういう環境にいた平次。





 だからつい、手を出した。



























 仮にもスポーツをしている身。

 それがどんなにマイナスかは、自分自身が良く解っている。















 でも――――――――・・・・・・・



 何かで気を紛らわせなければ、耐えられそうになかった。

























 吸っている間は何も考えずにいられた。

 別に美味しいとは思わないが、気分はすっきり出来た。













 とは言っても。



 やるのは一週間に一本か二本。

 それも、軽いのを選んでいたのに・・・・・・・















 新一には、どうしてか直ぐにバレた。



























 そう。

 あれは、先月の終わり頃。





 三ヶ月ぶりに会った帰りの夜だった。



























『服部』

『んー?』

『・・・・お前、いつから吸ってんだ?』













 警視庁へ来ていて、目暮警部や高木刑事。

 そして佐藤刑事たちと飲んだ帰りだった。



 22時過ぎの米花町で、工藤邸へと歩いている時に新一がそう聞いてきた。











 主語のない質問。

 でも、大抵何のことかすぐに理解出来るだろう。













『吸うて?』

『とぼけるな。どうしてだ』

『―――――・・・・・さすがに工藤には隠せへんか』

『悩みでもあるのか? だったら話せ。聞くくらい出来るぞ』



















 ・・・・・お前だから話せへんっちゅーねん。


 平次は、新一に気付かれないように息を付いた。





















『なきゃ吸っちゃイカンか?』

『信じられねーんだよ。剣道やってるし・・・・・それに嫌ってただろ、タバコ』

『ああ。今でも嫌いやな』

『ならどうして』

『・・・・どうしてて聞かれてもなあ』















 暗闇でも威力のある眼光。

 『工藤新一』が『工藤新一』の証であるその目に、平次は正視出来ず視線を逸らした。















 ・・・・・逸る心臓。

 高鳴る鼓動。







 綺麗だとしても相手は男なのに。
 何故こんな感情を持ってしまうのか、本当に解らない。

















 ふいに、新一の足が止まった。























『・・・・服部』

『吸う言うても、稽古ない時ちょおやるくらいやぞ』

『別に、俺の身体じゃねえから構わないけど――――――――――・・・・・って言いたい所だがな。タバコは、吸ってる人間より吸ってない周りの人間に害を及ぼす。そのニオイや煙は、苦手な人間にとって耐え難い苦痛にしかならない。それくらい、知ってるよな』























 見上げられる瞳。

 睨まれ、平次は少しひるんだ。



















『・・・・ああ』

『ハッキリ言う。俺は、それを苦痛に感じる側だ』

『へ・・・? け、けどそんな素振り、みじんも・・・・・・』

『警視庁や飲み屋で、俺の我がまま言う訳にいかねえだろ。みんな目上の人だし、我慢くらい出来る。けど』

















 新一は再び歩き出す。

 赤信号に気付き、止まってまた平次に視線を移した。











 ・・・・・・そして一言。





























『お前の喫煙だけは、絶対に許さない』





























 そう、呟いた。
































ひとくぎり

































「あれは効いたな~」













 平次は、あの夜からタバコを止めた。




 もともと好きで吸っていた訳ではない。

 ・・・・それに。



 『止めなかったら二度と家に泊まらせない』と言われては、止めない訳にいかない。

























 だからもう吸わない。

 彼への感情は余計に募り苦しいけれど、嫌われるより辛いことはない。

























 ・・・・・・・・・自分が耐えれば良いだけなのだ。





























 叶う事のない想いを。



 空を見上げ、胸焦がしながら。



































「さて。食材、調達せんとな」













 そうして平次は気を取り直す。



 久しぶりに東京に来た目的。

 実は、新一に会う以外にも、ひとつある。















「服部、行けるか?」

「おう」

「魚料理以外っつったら肉と野菜か――――――――――・・・・・・ん~ どーにかして食わせたいな。なんか方法、考えろ」

「無理やろ。あいつ、前にすり下ろしたイワシも感知したし」

「日本に住んでて魚食えねえのって、食の楽しみ半分は損してるよな」

「ホンマやな~」















 階段から足音がして、着替えた新一が降りてくる。

 これから夕食の買い出しだ。







 明日は21日。

 一般的に夏至と言われ、一年で最も昼が長い日。



















 と同時に。



 二人にとって、とても大事な友人の誕生日でもある日だ。





















「あれ」

「どうした?」

「これて・・・・・」

「ああ、快斗の忘れ物。うち禁煙で吸わせねえから、玄関に置いとくんだけど良く忘れて帰るんだ」

「・・・なぬ?」













 靴を履きながら、ふと見た先にあったのはタバコの箱。

 それについて問う平次に新一はサラリと答えた。





 ・・・・・自分に対する態度とのえらい違い。

 平次は、少しカチンと来る。













「何してる。ぼけっとしてねえで、さっさと出ろ」

「・・・・・黒羽には寛容なんやなあ。俺には止め言うといて」

「は? そりゃ、あいつはお前じゃねえし」 

「意味解らん。差別や差別!」

「るっせーなあ・・・・・・別に良いんだぜ。お前がこの家に入れないだけの話だ」















 わめく平次を押しやり、新一は鍵を閉める。



 相変わらず湿った風。

 頬に張り付く髪をかき上げ、門を出た。





















 ・・・・・てっきり駅へ向かうと思った平次。

















 仕方あるまい。

 普段は歩く距離だ。





 なのに新一が背を向けるから、拍子抜けした。





















「オイコラ、何処いくねん」

「ワインも買うし、車で行くぞ。運転しろ」

「・・・・・」

「何か文句でも?」

























 ある、訳がない。



 あっても言える訳がない。





























 どんな理不尽な言動をされても。

 どんなに、振り回されても。



















 彼は、この服部平次が焦がれてやまない・・・・・・・ただひとりの存在なのだから。






































Fin


>>>新一側の話「許せない理由」はこちら。