満月な夜





「中止ですか?」

『そうなんだ。僕も警部も、別の事件にかり出されて』

「解りました。じゃ、別の機会に」

『こっちから頼んだのに本当にごめん』

「いいですよ。また日程が決まったら連絡して下さい」











 2月13日。

 夕暮れ時の、17時。



 工藤新一は、大学の図書館を出た廊下で携帯に向かって話していた。

 相手は高木刑事。
















「・・・・・・つうコトは」





 






 携帯を畳むと新一は軽く息を付く。

 今日は、これから高木に呼ばれて彼の家へ行く予定だった。







 最近引っ越したと聞いて、先週彼の家へ遊びに行った。

 その時の家具の配置に違和感を感じたから、後で高木に連絡をしてたのだ。







 それは動線。

 人間は、ある一定のリズムで生活している。

 ひとつひとつの行動が連なりを『動線』と呼ぶが、それが効率よく繋がっていないと時間のロスを生むし、積もり積もって身体への悪影響になる場合がある。



 だから『家具の配置を考えた方がいいですよ』と提案したら、互いの空き時間が重なった今日の午後に、部屋へ行く予定になっていたのだが・・・・・・・・











 ・・・・・でもまあ、しょうがない。











 予定は未定とは良く言ったもの。

 しかも彼は公務員で、市民の安全が最優先の捜査一課の刑事。




















「そうか。今日13日か・・・・・」









 歩き出しながら携帯を開き、待ち受け画面の時計を見た。

 日付に、そう呟く。










 ・・・・ある顔が浮かんだ。
























「今日も稽古っつってたっけ――――――――――・・・・・」













 大会が近いから毎日練習してるとメールにあった。

 自分も忙しかったから、じゃあ逢えるのは来週くらいかという返事もした。



 しかし。



















 ――――――――・・・・・時間が出来たんだから、行くしかない。
























 新一はそう結論付けると、駐車場へ向かった。




































ひとくぎり



































「確か・・・・・道場はこっちの建物だった気が」











 高速に乗って、数十分。

 降りた後も細い道をえんやこら。



 本当に東京は道が入り組んでいて、慣れないと車は不便だ。





 いくら月明かりがあると言っても。

 知らない道は、夜に来るもんじゃねえ・・・・・・・・そう新一は、思い知る。



















「月曜は6時過ぎには終わってるって言ってたよな・・・・」












 新一は速度を落とし、剣道部の練習所のある場所へ向かう。

 本来なら休暇期間なのだが、今月末に試合を控えていて、2月になってからは毎日稽古していると言っていた筈。













 ・・・・・・どこにいやがんだ。



















 昼が長くなってきたとは言え、17時を過ぎると闇に落ちるのが早い。

 車の中から探すのは大変かな・・・・と、適当な所に停めて外に出ようとした。



 その、時。





















「ん?」

















 ・・・・・・オンナノコ達の中に、見慣れたシルエットを見つけた。




































ひとくぎり

































 それは服部平次。

 道具を背負い、部員達と仲良さげに会話しながら歩いている。




















 ――――――――――・・・・・なんだありゃ。




 アイツしか男子部員、いねえじゃねえか。
























 何となくイラッと来た新一。

 爆音と共に急接近し、急停車した。



 突然目の前に現れたスポーツカーに女の子達は驚き、声を上げる。
















 ・・・・・予想通り、平次は彼女らを庇う様に車の前に出た。


















「誰や!? 危ない運転しおって!」

「俺だ」

「く、工藤!?」

「えー? やだ、工藤君? ほんとに?」

「うっそ信じらんない、本物?」

「どーも。本物です」













 突然、目の前に『工藤新一』が現れた。



 運転席からひょっこりと顔を出し。

 上目遣いに、彼女たちに微笑いかける。













 ・・・・今までテレビや雑誌でしか見た事のない有名人。


 服部平次の知り合いだと聞いていたが、生で見るのは初めてだったから大喜びだ。















「気い付けろや。なんつー運転しとんねん」

「悪り」

「で、どないしてん」

「ちょうどこの近くに来ててさ。用も終わったから、お前の稽古でも見物してこうかと思ったんだけど・・・・・・・終わってたなんて残念だな」













 そう言いながら新一は、平次の後ろの彼女たちに視線を移した。

 今の言葉に『君たちの練習姿も見たかったな』という意味がある事を、伝える為に。



 さらに再び上目遣い。

 決定的な効き目を、その場に残す。












 ・・・・・・・平次はさすがに面白くない。



















「おえ工藤。悪いんやけど、俺まだこれから・・・・・」

「そ、それじゃ服部君、また明日ね」

「は?」

「せっかく迎えに来てくれたんだし? あたしたちも、今日はもう帰るし」

「ちょ、ちょお待て、これからミーティング言うたやろ??」

「そんなの明日で良いわよ! じゃ、今日はお疲れ様~ 明日も宜しくね!」

「お前が言い出したんやろが伊藤! そんなんでええんか??」

「良いって言ってるでしょ。それじゃ工藤君、いつでも歓迎するから、本当に道場、遊びに来てね!」

「うん。ありがとう」

















 ひらひらと手を振って、彼女たちを見送る。

 女子部員達はすっかり新一が気に入ったらしく、夢見心地な表情で帰って行った。



 その傍らで大きく息を付くのは平次だ。
















 ・・・・・すっかり新一に『持って行かれた』のだから、当然だろう。





























「何してんだ。乗れ」

「相変わらずモテまくりやな」

「お前だって俺の大学じゃ、同じようなもんだろうが」

「・・・・・ホンマに何しに来たんや」

「いいから乗れ」

「へいへい」











 さっきまで女の子達に向いていた笑顔は何処へやら。

 新一は表情を戻すと、窓を閉めた。
































ひとくぎり



































 高速に乗る前にコンビニに寄った。

 缶珈琲を買うと、車に戻る。



 助手席の平次に『持っててくれ』と熱いそれを放った。















「そういや聞きたかったんだけど」

「何や」

「お前の大学。剣道部って他に男子部員いねえのか」

「は?」











 そして新一は問う。

 平次は、きょとんと見返した。











「・・・・・・さっきの連中に、他にヤロウが見当たらなかった」

「ああ、あれか。今日は女子部の稽古を見てくれて頼まれとってな」

「女子部?」

「うちん大学、2月いっぱいまで休暇期間なんやけどな。俺は来週大会やし、女子部も週末試合控えとんねん。せやから、稽古に来とったんや」

「へー・・・・」














 ちょっとした謎が解けて新一はひと息付く。

 エンジンを掛けて車道へ出ると、家とは逆の方へ走り出した。



 だから平次は驚く。














「どこ向かっとんねん」

「高台の、あの場所」

「・・・・・こん寒いのに、わざわざ物好きやな」

「だってあれ見ろ。今日は、満月だ」

















 エンジンを掛けながら、新一は視線で月を差した。


























 ――――――――――・・・・・まだ19時前。


 水平線近くに存在するそれは、気味が悪い程に大きく妖しい。



























 正直、平次を乗せてからの行き先は考えてなかった。





 ただ今日は13日で。

 明日が14日だから、日付が越える時には一緒にいられれば良いと思った。























 ・・・・・・・・・そうしたら目の前に見えたのは見事な満月だったのだ。



























「満月やったんか。どーりででかい思たわ」

「雲もねえし、絶好の夜だな」

「・・・・・嬉しそうやな。なんでそないに月に興奮すんねん?」

「そりゃー『魔力』があるからな。『ルナティック』って言葉があるくらいだし」






















 ハンドルを操りながら新一は薄く微笑う。

 窓ガラスに映る平次が、意味ありげな表情をしていた。





















 ルナティック。


 それは、狂気。




 遙か昔から、月の光は人の心を惑わすと伝えられている。



 スペイン語で『ルナ』は『月』。

 常軌を逸しているという言葉にもある様に、月夜には不思議な出来事も多い。
























 そう言えば――――――――――・・・・・

 俺が妙な感情に支配され始めた時も、月が綺麗だった。


























 ある泥棒を追いかけていた。

 こんな月夜の夜に、白装束の目立つ格好で彼は空を飛んでいた。





 しかし人間がどんなに頑張っても限界がある。

 視界から消えていく彼に舌打ちした途端、後ろから急激な力を感じた。














『うわ!』

『前見ろやアホ! どこに目ぇ付けとんねん!!』

『え?』













 怒鳴られ気付くと、あわやトラックと接触。

 数センチ脇を通り過ぎていったそれに、新一はさすがに目を見開いた。
















『ホンマにお前、命がなんぼあっても足りへんな。何度目や』

『わ、悪い』

『頼むで。俺も気が気やない』

『・・・・服部』


















 新一は車道に飛び出す所だった。

 上ばかり見ていたら、ついガードレールすら飛び越えようとしてしまったのだ。



 後ろから付いてきていた平次はさすがに驚き、その身体を引き寄せる。



















 ――――――――・・・・・そして、腕の中の新一に小さく言った。





























 あの腕の力はどういう意味なのか。

 囁く声が震えていたのは、何故なのか。


















 ・・・・・・・・・それを考え出したら止まらなくなって。



 新一は、それから平次の事が気になって仕方なくなってしまった。



























 そんな俺たちの関係が変わったのは次の満月。

 こんな風に、雲もなく風もない―――――――――・・・・穏やかな晴れた月夜だった。





































ひとくぎり

































 ほとんど車が通らない坂を上りきると、なだらかな道が開ける。

 新一はいつもの駐車場へ停めた。













「相変わらず恐ろしい運転しおって・・・・・・来週の試合前にケガ゙でもしたら、どーしてくれんねん」

「情けねえなあ。だったら誘いに乗らなきゃ良かったじゃねえか」

「工藤がガッコまで車で乗り付けて、俺を拉致同然に連れ去ったんやないか。考える余地、あるかい」

「しょーがねえだろ。急に時間が出来たんだ」













 それでも無理矢理に車に乗せた訳ではない。

 嫌なら付いてこなかっただろうし、隣に大人しく座ってはいないだろう。



















 ・・・・・・これはただ、急に逢ってしまったから照れくさいだけなのだ。





















「はー。人の都合おかまいなしなんは、健在かい」

「不満か」

「迷惑やけど不満はない。ちゅうか嬉しくてしゃーないわ。誘拐するくらい、俺に逢いたい思てくれてたって事やもんな」

「!」















 しまった、と思ったが遅かった。

 『急に時間が出来たから』なんて、自分の方が逢いたかったと言ってしまったようなものだ。




 墓穴を掘った新一。




 ・・・・・平次が、ニヤニヤしていた。

















「せやけど気にくわん」

「・・・・何がだ」

「なんじゃその髪? しばらく逢わんうちに色気づいたもんや」

「は? どんな色にしようが俺の勝手だろうが」

「そらそーや。せやけオモロないんや。ボケ」

「お前の都合なんて知るかっつーの!」
















 だけどひとつの作戦は成功したようだ。









 それは髪の色を変えた事。

 知り合いの美容師に勧められたのだが、やってみると本当に自分に合っていた。





 怒ったふりして車から出る。

 思った通りに、平次も付いてきた。
















 ・・・・・・・・手のひらに暖かい、さっきの缶珈琲を渡される。























「ほれ」

「・・・・・ちょっと気分変えたかったんだ。似合ってなくは、ねえと思うんだけど」

「似合うとるから腹立つ。せやからキスさせろ」

「は?」















 伝わってくる温度を握りしめ新一が微笑う瞬間だった。

 平次の言動が脳に達する前に、彼は新一の口唇を塞ぐ。












 ・・・・・・・・さして驚かず、ゆっくりとまぶたを閉じた。

























「久々やから緊張するわ」

「情けねえな」

「うっさいわ。工藤かてそうやったろ」

「俺はただ寒いからちょっとな」

「ったく。ホンマ素直やないな」

















 寒いのも震えたのも本当。

 だけど、触れた箇所から伝わる温度がある。





 この感覚は久しぶりだから新一も微笑った。




















 メールや電話で連絡を取り合ってはいたけど。

 やっぱり、こうして直に逢って顔を見て、声を聴くこと以上のものはない。



























 ・・・・・・それに、逢わなきゃキスもそれ以上の事も出来ないのだ。



























 そうして再び2人は口唇を重ねる。

 ゆっくり、渇いたそれを潤すように。




















 何度も何度も、角度を変えて深く強く――――――――――・・・・・・

























「・・・ちょっと待て」

「何やねん、ええトコで」

「なーんか角度が違うな―――――――・・・・もしかして、また背え伸びやがったな」

「あ。やっぱそー思うん? 最近、どーも目線がちゃうな~ と思とったんや」

「・・・・・」


















 その途中だった。

 新一が突然、平次を引っぺがした。

















 ・・・・・・・・いつもとキスの角度が違う事に、少なからずのショックを受けている。



























 そんな新一に平次が気付いた。





















「お、男はハタチ過ぎてもまだまだ伸びるらしいで?」

「別に慰めてくれなくても結構だ」

「せやったら何でそないに睨むん?? 工藤、ちっさい方やないやろ?」

「うるせえ。これ以上、お前を見上げたくねえんだよ」

「んな事言うたかてな~」




















 高校の頃は同じくらいの目線だった。

 けど、今では・・・・・・



















 男同士だからこその葛藤なのだろうか。



 外見的にも対等でいたいと思うのに、個々の成長バランスまではコントロール出来ないのが悔しかった。



















 少しの沈黙。

 それをどう受け止めたのか、平次が新一を抱きしめる。





 これがまた自分をすっぽりと包むから――――――――――・・・・・・腹が立つと言うものだ。

























「・・・・・ケンカ売ってんのか」

「何でそうなるん」















 悪態をついても身体は正直に反応する。

 感じる体温は、結局心地良い。














 ・・・・だから新一はそれ以上語らず、平次の背中に腕を回した。










































Fin